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第一章末っ子王女の婚姻

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※本日2話目の投稿となります。

―――――――――――――

「兄上。どこにいらしていたんですか?」
「ちょっと水浴びをな」
 休憩後の会議に姿を現さなかった兄。
 怪訝そうに見て来るサミュエルに、レオナルドは含みを持たせた笑いを浮かべて答えた。
「水浴びだって?」
「大きな声を出すな。話は湯を浴びてからにしてくれ」
 不機嫌そうなサミュエルを置いて、レオナルドは鼻歌交じりで浴室へと消えて行った。

「全く、兄上の自由さときたら、いつも振り回されるこっちの身にもなって欲しいものだ」
 そんな兄の後ろ姿を見ながらサミュエルは首を振り、呆れ顔で笑っていた。

 湯に浸かりながらレオナルドはリディアの事を考えていた。
 オーレア王国第三王女リディア。今まで、第二王女の存在迄しか把握していなかった。なぜ、公表されていなかったのか。何か理由があるに違いないと。

――リディ……六才か。自分より二十近くも下の王女が【番】だったとは。さて、これからどうしたものか。あの香りは【番】以外にありえない。そうと分かってしまった以上は、リディを自分のそばに置くことは必須だ。胸、否、腹の奥から私の中にある竜の魂が、あの幼い【番】を欲しているのが分かる。
 晩餐の場で小さな王女リディアとは、また顔を合わせることになるだろう。
 その時に【番】であることを告げてしまおうか――

 レオナルドは湯を指で弾いて、満足気に笑みを浮かべながらリディアを自国に連れて帰る算段をしていたのだった。

 そして、湯から上がると服装を整え、意気揚々と晩餐の席へと向かった。
 既に訪問してから五日が過ぎており、ほぼ交渉も纏まり後は交換条件の内容のみとなった。
 オーレア王家との食事も三回目となり、食事は和やかな雰囲気で始まった。
 彼らサザーランド王国の使団が、この国を訪れた日の晩餐会に第三王女は出席していなかった。しかし、今夜は軽い食事会だ。きっと幼い王女も出席するに違いないと、彼は考えていたのだった。

 だが、そこに期待をしていた第三王女リディアの姿は無かった。

――何故だ?――
 
 モヤモヤする気持ちを抑えレオナルドが挨拶をする。

「精霊の国と言われる貴国との友好を結ぶことが出来ました事を、我がサザーランドは大変うれしく思います」
「我が国こそ、竜の国であるサザーランド王国と人の国として手を取る事が叶い嬉しく思っておる」
「ありがとうございます」
 レオナルドとサミュエルが揃って頭を下げた。
 乾杯と互いにグラスを掲げる。
 
 サザーランド王国からは
 王太子レオナルド(二十五)
 第二王子サミュエル(二十二)
 そして、使者団五名。

 オーレア王国の出席者は
 国王、王妃
 第一王女クリスティ(二十)
 第一王子アゼル(十九)
 第二王子ラスカル(双子・十七)
 第二王女リリアーヌ(双子・十七)
 
 第三王女の姿は見受けられない。

「第二王子であるサミュエル殿下には、フィアンセが既にいると聞いておるが、王太子のレオナルド殿下にはまだ決まったお方がいないとか。どうじゃろうか、友好の証としてわが娘のどちらかを妃に迎えて下さらんかのう」

 美貌のレオナルドにはまだ妃もフィアンセもいない。

「私にですか?」

 王女二人が頬を染めながらレオナルドの方を見ている。
 国王である父から、二人には事前に嫁入りの打診はあった。こんな素敵な方なら喜んで嫁いでいける。どちらが選ばれても文句は言わない。と二人の間で話し合っていたのだった。

「お気持ちは嬉しく思います。ですが、私は魔力が強いために普通の女性では子を成す事も難しく、共に生きる事が出来ません」
「ふむ、我が娘たちは精霊の加護を持ち、魔力を受け難いと思うのだが、それでも駄目なのだろうか」

 それを聞いて慌てたのは第二王子のサミュエルだった。

「陛下、魔力もそうですが、兄上は私よりも竜の血が濃いのでございます。この世にただ一人完全な成竜の姿にもなれます。故に自分で選んだ妃でなければ難しいかと」
「それは、貴殿の国でいうところの『番』というものか?」
「はい。もし、どちらかの王女殿をお迎えしたとしても、後から番が見つかった場合、最初の妻であろうと目を向ける事はありません。番が妃となり王女殿は側室に下がる事になります」
 王女の二人は明らかに気落ちした表情となり、肩を落とした。

「番となる者が見つからないという場合もあるのか?」
「ええ、ほとんどの竜族はそうです……私たち竜の血を引く者は二十歳までに番が見つからないと番と出会える可能性は少なくなっていくと言われております。私は幸運にも十五の時に国内で、その女性と巡り逢うことが出来ました。兄は現在二十五でありますが、未だ……だからといって、見つからないとは断言できません」

「ふむ、難儀な種族よのう。それでレオナルド殿は、その番が見つかるまで、お一人でいるおつもりなのであろうか?」

 その場にいた全員が、レオナルドに視線を向ける。
 彼は少し笑みを浮かべて言った。

「ご心配には及びません。番はもう見つけましたので」

「えっ、兄上。それは本当ですか?」
「ああ、サミュエル本当だ」

 王太子が念願の番を見つけたと聞き、サザーランド王国の使団は喜びに沸く。

「国を出る前にそんな事は一言も言っておられなかったではないですか!」
 ガタンと音を立てて、サミュエルが椅子から立ち上がった。
「落ち着け、サミュエル。オーレア陛下の御前だぞ」
 レオナルドは笑みを浮かべながら、立ち上がった弟を座らせる。
「失礼いたしました」
 サミュエルがオーレア王に一礼する。
「よい、よい、貴殿たちにとって番とはそれ程大事なことなのであろう。レオナルド殿に相手が見つかり目出度いではないか」
「ありがとうございます、陛下」
「兄上の番……国に帰る楽しみが出来ました。交渉を早くまとめさせて頂き帰国せねばなりませんね」
 サミュエルは兄の番が見つかったと知り、頬を紅潮させて喜ぶ。
 レオナルドはにこやかに言葉を続けた。

「急いで帰国する必要はない。私の番はこの国におるのだから」

 予想外の告白に皆驚きを隠せない。

「我が国に来て、番となる者を見つけられたというのか?」
「はい、陛下」
「王城内にいると?」
「その通りにございます」
「この二人の王女はではないのか?」
「違います」
「では……侍女や城の中で働く者の中に?」

「陛下、私の番は―――
 第三王女……リディア殿にございます」

「リっ、リディアだと!!!」
「なぜ、リディアの事を知っていらっしゃるの!?」
 思いもしななかったリディアの名前が上がり、騒めくオーレア王家の面々。

「えっ、第三王女って、王女はもう一人おられるのですか?」
「「「…………」」」
 オーレア王家が言葉を飲み込む。

 国外に公表されいるのは二人の王女のみだ。何故それを彼が知っているのか、城内で知り得た情報なのだとは思うが。
 名前まで出され「番」だと言われては……王は隠すことを諦める。
 
「実はもう一人娘はおる。しかし、リディアは少し問題を抱えておるので、二年前から公には出ていない」
 オーレア国王は困惑しながらも、サミュエルの問いに答えた。
「ご病気か何かですか?」
「そのようなものだが……」

「私がお会いしたリディ、リディア王女は健康そのものでしたが?」
 王家家族が全員目を見開く。

「殿下、どこで、リディと会ったのですか?」
 第一王女のクリスティが声を上げた。
「池で楽しそうに水遊びをされていましたよ。成り行きで、私も池に入る事になってしまいましたが」
 レオナルドはリディアが溺れたと勘違いをしたことを思い出し、ふふっと笑う。
 その精悍な顔から一瞬見せた笑みに、二人の王女は見とれてしまう。
「それで、兄上は濡れた服で戻って来たのですね」
 サミュエルは納得したようにうなずいている。
「あの子はまた池で泳いでいたのですか」
 王妃が俯きながら呟いた。

「しかし、どうしてあの子が番だと?」
「自分の番の香りが分かるのです」
 レオナルドは満足気に答えた。
「かおり?」

「陛下、我々は番を香り、匂いで見つけるのです。他の者には分からない、自分だけに匂う香りに導かれるのです」
 レオナルドの代わりにサミュエルが補足する。
「リディアからその香りがしたというのか?」
「ええ、先ほど散歩をしている最中でした。私は番の香りに導かれ、知らずの内に池に向っていたのです。そしてそこで、魚と遊ぶ妖精に出逢いました。それがリディア王女です」

「そんな……でも、リディはまだ六才ですわ」
 王妃は嘆く様に言った。

「我ら竜の血を引く者は生まれたばかりの赤子でも、番と分かれば親から引き取り自分の手で育てる者もおります。王女が六才でも兄が番と認めれば問題はないのです」
「しかし、あの子は……いや、年齢は良いのだ。王家同士の婚姻は年の差も然り、生まれた時から決められることもあるのだから。しかし、あの子は普通の子どもとは違うのだよ」

「普通の子どもと違うとは?」

「リディアが欲しいと言うのなら、深く話さなければなるまい。ここでは落ち着かぬゆえ、場所を移してお話しよう」

 オーレア王と王妃、そして、レオナルドとサミュエルの四人だけが「暁の間」へと移動することとなった。


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