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《一方その頃の旦那様②》使者の狙いとまさかの大脱走!

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(Side:ユージーン)

「あの、ですからユージーン様。彼女達はユージーン様の身の回りの世話をさせる為に寄越よこしていますので、せめて部屋の中に入れて頂けると……」
「断る」

 私が謎の部屋で目覚めてから数刻。
 お湯やら着替えやら持ってきた女を追い返すと、イングス伯爵の邸へ来たあの忌々しい使者の男と、さっきとは別の女が部屋に押しかけて来た。

 胸ぐらを掴んで『早く王都へ帰せ』と、怒鳴り付けてやりたいが、コイツらはおかしな薬を嗅がせて人をかどわかす様な人間だ。
 幸い今は危害を加える気は無さそうにも見えるが、刺激を与えない方がいいだろう。
 流石にそれくらいは私にもわかる。


「先程の者はお気に召さなかったのかと思い、別の者を連れて来たのですが……こちらの者もお気に召しませんか?」

 人を拐かして監禁して女を送り込んで、お気に召すも何もないだろう。コイツは阿呆アホなのか?

 私が憮然として黙り込んでいると、男はヘラヘラと言葉を重ねてくる。

「では、ユージーン様の女性のお好みを教えて頂けませんかな?」
「妻だ」

 ヘラヘラ笑っていた男の顔がヒクッと引きった。

「は、ははは……噂に違わぬ愛妻家ぶりですな。しかし、たまには違うタイプの女性というのも…
「妻だ」

「………………」
「妻だ」

「……出直して参ります」
「そうしろ」


 扉をバタンと勢いよく閉めてやると、外側からガチャリと鍵をかける音が聞こえた。
 
 まったく、何がしたいんだアイツらは。
 

『ユージーン、お水もってきたよー』

 窓の外から、木のコップを抱えた精霊がふよふよと飛んでくる。

「おお、すまないな。ありがとう」

 この精霊は、先ほど窓の外を飛んでいた精霊だ。

 声をかけて、『困っているからしばらく私の手伝いをしてくれないか』とスカウトしたら快く引き受けてくれた。
 対価はアナのクッキーだ。

 こうしてアナは、離れていても間接的に私を助けてくれるのだ。まさに妻のかがみ!!

『ユージーン、なかま、手伝いたいってー』
「そうか。気持ちはありがたいのだが、アナのクッキーは貴重でな。アナのクッキーがこの上もなく貴重なのは常にそうなのだが、特に今は次にいつアナに会えるか分からんのだ」

『次にいつアナに会えるか分からない』

 自分で言っておきながらこの言葉の持つ意味に打ちのめされ、その場に一人崩れ落ちる。
 どうしてこんな事になってしまったんだ……。

『ユージーン、アナに会いたいの?』
「ああ、控えめに言って会いたすぎて干からびそうだ」
『たいへんだね! お水のんで!』

 ぱたぱたと水を持ってくる精霊に随分と心が慰められる。
 しかし、こうして私が精霊を見る事ができるのもアナと結婚したお陰だからな! 
 やはりアナは可愛くて優しくて…(以下略)


『ぼくも、アナ、会いたいー!』
「おおそうか、気が合うな! アナは素晴らしいからな!」

 さすが、精霊はアナの良さが分かるのだな!

「あんなおかしな人間がのさばっている様な所は住みにくかろう。私と一緒に来るか?」
『いいのー?』
「ああ、いいぞ。きっとアナが沢山クッキーを焼いてくれるぞ!」

『いいなー、クッキー!』
『ぼくもいきたい』
『ぼくもー!!』

 いつの間に集まっていたのか、窓から大量の精霊達がドドドッと雪崩れ込んで来る。

 おお、辺境伯領も精霊が多いのだな。

「皆も来るか?」
『『『いくー!!』』』

 ふむ。これだけの精霊の協力があれば、ここから逃げ出してアウストブルクの国境まで辿り着けるか?

 ここが辺境伯領なら、王都やハミルトン伯爵領を目指すより、アウストブルクの国境を目指す方が近い。


「す、す、す、素晴らしい!!」


 声に驚いて振り返ると、いつの間にか先ほどの使者の男が扉を開けてこちらを凝視していた。
 ノックもせずに無礼な奴だ。

「こんな短時間にこれ程沢山の精霊を集めるとは! やはりユージーン様ほどこの辺境伯領の領主に相応しい方はおりません!!」

 コイツも精霊が見えるのか?
 今まで精霊が見えるのは皆、善人ばかりだと思っていただけに何か嫌だな。

 血走った目で精霊の群れに突っ込む使者の男に、精霊たちがキャーキャー言って逃げ惑う。

『きもーい!』
『きもーい!!』
『まじムリー!!』

「おお、精霊様が私めにお声を……!!」

 ……結構酷い事を言われて喜んでいるが、特殊な性癖の持ち主なのか?

「ゆ、ユージーン様! 精霊様は何とおっしゃっているのですか!?」

 ああ、何を言っているかまでは分からないのか。不憫だな。

「キモいと言っているぞ」
「……」
「マジ無理だそうだ」
「…………」

 顔を青くしてワナワナと震える使者の男。
 同情はせんぞ。

「ふっ、通常精霊はそう簡単に人間に心を開いたりはしませんからな。ユージーン様が特別なのです!!」

 そうか?

「ユージーン様は、もっとご自分が特別なのだと理解すべきです!!」

 そう言って興奮した使者にガッシと両手を握りしめられてしまった。
 確かにキモい。これは無理だ。

「私共は、ユージーン様のその血を出来るだけ多く残したいのです! どんどんと力が失われていく今、精霊の巫女の血脈に力を持った男児が生まれていたなど、まさに僥倖! まさに精霊王のお導き!!」

 
 話の風向きが明らかにおかしい。
 イングス伯爵領にいた時から執拗に女性を連れて来ていたのは、まさか……。


「ユージーン様がどうしてもフェイラー辺境伯領を治めたくないとおっしゃるなら仕方がない。しかし、せめてそのお力は私共にもお分け下さい!!」


 私に、アナ以外の女と子を成せと言うのか!?


 身体中に悪寒が走り、握られていた手を乱暴に振りほどく。

「この痴れ者が! 今すぐその口を閉じろ!」

 私の本気の怒りを感じているはずなのに、その男は薄気味悪くニヤニヤと笑っている。

「私が妻以外の女に触れる事などあり得ない!」
「そうですか。今はそうでも、人の心は変わりますよ? 私供が、ゆっくりとユージーン様の目を覚まさせて差し上げましょう」
「うるさい! 出て行け!!」

 男を無理矢理部屋から押し出す。

 ハアハアと荒くなった息を整える様に、深呼吸して考える。
 何という事だ、これが貞操の危機という奴か。
 こうしてはいられない、一刻も早くここから離れなけれぱ。



 これは、どうしてもの時の最終手段にしようと思っていたが……



 私はおもむろに窓に近付くと、思い切り開け放つ。

「なぁ、私がここから飛び降りたとして、何とか海に叩きつけられない様に身体を浮かせないか?」

 精霊トリオが風を操り、色々な物を飛ばしたり浮かせたりしているのは見た事がある。

『え? ユージーン飛びおりるの!?』
『ぼくたちの力じゃ、浮かすのはむり』
『いきおいを、ゆっくりにならできるかもー。でもドボーンするよ?』

「そうか。しかし、このままここにいるのは我慢がならんのだ」

 出された食事にも手は付けない方が良いだろうし、このまま食事も取らなければ体は弱る一方だろう。

 どうせやるなら体力の残っている今のうちがいい。


「よし、男は度胸だ! 飛ぶか!!」


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