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本編 第2章
第24話
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お茶会の翌日。
私は、王城の中庭で一人ベンチに腰かけていた。
今日のドレスは簡易的なもので、そこまで煌びやかではない。ラインヴァルトさまがご用意されたドレスの中でも、一番の軽装。
多分、ドレスというよりはワンピースみたいなものだと思う。
「……このまま、避け続けるわけにはいかないわよね」
小さくそう呟く。
ラインヴァルトさまを避け続けることは、出来ない。かといって、お顔を合わせることも、現状出来そうにない。
昨日のことを思い出して、胸がずきんと重く痛む。……でも、それに気が付かないふりをする。頭をゆるゆると横に振って、私は何度か深呼吸をした。
「私よりも、コルネリアさまのほうが、歓迎されるんだわ」
言葉にして、なんだか情けなくなる。
けれど、それは真実。紛れもない、現実。
きっと、私がどれだけ頑張っても、彼女には勝てないだろう。
自分自身にそれを言い聞かせて、空を見上げる。青々とした空は、雲一つない。照り付ける太陽は、なんの悩みもないのだろう。……羨ましい。心から、そう思う。
「……やっぱり、修道院に行こう」
しばらくして、自然とそう言えた。
そもそも、婚約破棄されたときから、薄々修道院に行こうとは思っていたのだ。
遅かれ早かれ、そうなるのは当然だった。
「一旦お屋敷に戻って、修道院に行く意思をお伝えしましょう。……今までなにをしていたのかと責められるだろうけれど、ここに居続けるよりはいいわ」
そうだ。ここで、ラインヴァルトさまとコルネリアさまの仲睦まじい様子を見せつけられるより。
一時的にきつい言葉を浴びせ続けられるほうが、ずっといい。
一瞬だけ激しい苦しみに襲われるか、長い間緩やかな苦しみに締め付けられ続けるか。
そんなもの、絶対に前者のほうがいい。
「そうと決まれば、お部屋に戻りましょう。荷造りをして、出て行く準備をしなくては……」
そう呟いて、ベンチから立ち上がる。そっと息を吐いて、吸って。
私は、この王城で滞在させてもらったお部屋に向かうことにした。せめて、少しの後片付けはしたいな。
のんきにそう考えていた私。だけど、それは叶わない。
「……ラインヴァルト、さま」
私のお部屋の前に、ほかでもないラインヴァルトさまがいらっしゃったから。
(どう、しよう)
彼は扉の真ん前の壁に陣取っていて、彼の視界に入らずにお部屋に入る術はない。
(一旦、戻りましょう。……ラインヴァルトさまには、いつまでも私を待ち伏せている時間などないもの)
王太子という立場を持つ彼は、ずっと私に時間を割くことは出来ない。
それが、今は本当に幸運だと思う。
もちろん、最後にご挨拶をすることは必要。けど、それは……うん、荷造りが終わってからでも、大丈夫。
(……少し、時間を潰そう)
その一心で、私は踵を返した。が、すぐに「テレジア!」と名前を呼ばれる。
……ほかでもないラインヴァルトさまのお声だった。
頭がすぐに理解して、逃げようと足が動いた……の、だけれど。
「テレジア、逃げるな」
彼のほうが、脚が長くて、早い。歩幅も大きい。つまり、私が逃げることは出来なくて。
……私は、ラインヴァルトさまにあっさりと捕まった。
「……放して、ください」
震える声で、抗議をする。
彼ははっきりと「嫌だ」と告げる。
……嫌なのは、こっちだ。
「テレジア。……なにか、あったんだろ? 俺、鈍いし女性の気持ちなんて、わからない。……だから、教えてくれ」
彼が私の頬を優しく指で撫でて、そう懇願してくる。
その指の感触に、私の心がぐっと締め付けられて。挙句、もう我慢も限界だった。
「テレジア!」
はらはらと、涙が頬を伝う。ぽたり、ぽたりと床に落ちる水滴。
ラインヴァルトさまが、慌てられている。止めなきゃ、涙を、止めなきゃ――。
「ラインヴァルトさまの、所為です……!」
開いた口から、漏れる悪態。ラインヴァルトさまが、私を凝視されている。
「もう、これ以上私の気持ちを弄ばないでください……!」
これ以上、コルネリアさまと仲睦まじい姿を見せつけられたら、私は、私は――。
(本当に、おかしくなってしまう。心まで、醜くなってしまう……!)
それだけは、いとも容易く想像できた。
私は、王城の中庭で一人ベンチに腰かけていた。
今日のドレスは簡易的なもので、そこまで煌びやかではない。ラインヴァルトさまがご用意されたドレスの中でも、一番の軽装。
多分、ドレスというよりはワンピースみたいなものだと思う。
「……このまま、避け続けるわけにはいかないわよね」
小さくそう呟く。
ラインヴァルトさまを避け続けることは、出来ない。かといって、お顔を合わせることも、現状出来そうにない。
昨日のことを思い出して、胸がずきんと重く痛む。……でも、それに気が付かないふりをする。頭をゆるゆると横に振って、私は何度か深呼吸をした。
「私よりも、コルネリアさまのほうが、歓迎されるんだわ」
言葉にして、なんだか情けなくなる。
けれど、それは真実。紛れもない、現実。
きっと、私がどれだけ頑張っても、彼女には勝てないだろう。
自分自身にそれを言い聞かせて、空を見上げる。青々とした空は、雲一つない。照り付ける太陽は、なんの悩みもないのだろう。……羨ましい。心から、そう思う。
「……やっぱり、修道院に行こう」
しばらくして、自然とそう言えた。
そもそも、婚約破棄されたときから、薄々修道院に行こうとは思っていたのだ。
遅かれ早かれ、そうなるのは当然だった。
「一旦お屋敷に戻って、修道院に行く意思をお伝えしましょう。……今までなにをしていたのかと責められるだろうけれど、ここに居続けるよりはいいわ」
そうだ。ここで、ラインヴァルトさまとコルネリアさまの仲睦まじい様子を見せつけられるより。
一時的にきつい言葉を浴びせ続けられるほうが、ずっといい。
一瞬だけ激しい苦しみに襲われるか、長い間緩やかな苦しみに締め付けられ続けるか。
そんなもの、絶対に前者のほうがいい。
「そうと決まれば、お部屋に戻りましょう。荷造りをして、出て行く準備をしなくては……」
そう呟いて、ベンチから立ち上がる。そっと息を吐いて、吸って。
私は、この王城で滞在させてもらったお部屋に向かうことにした。せめて、少しの後片付けはしたいな。
のんきにそう考えていた私。だけど、それは叶わない。
「……ラインヴァルト、さま」
私のお部屋の前に、ほかでもないラインヴァルトさまがいらっしゃったから。
(どう、しよう)
彼は扉の真ん前の壁に陣取っていて、彼の視界に入らずにお部屋に入る術はない。
(一旦、戻りましょう。……ラインヴァルトさまには、いつまでも私を待ち伏せている時間などないもの)
王太子という立場を持つ彼は、ずっと私に時間を割くことは出来ない。
それが、今は本当に幸運だと思う。
もちろん、最後にご挨拶をすることは必要。けど、それは……うん、荷造りが終わってからでも、大丈夫。
(……少し、時間を潰そう)
その一心で、私は踵を返した。が、すぐに「テレジア!」と名前を呼ばれる。
……ほかでもないラインヴァルトさまのお声だった。
頭がすぐに理解して、逃げようと足が動いた……の、だけれど。
「テレジア、逃げるな」
彼のほうが、脚が長くて、早い。歩幅も大きい。つまり、私が逃げることは出来なくて。
……私は、ラインヴァルトさまにあっさりと捕まった。
「……放して、ください」
震える声で、抗議をする。
彼ははっきりと「嫌だ」と告げる。
……嫌なのは、こっちだ。
「テレジア。……なにか、あったんだろ? 俺、鈍いし女性の気持ちなんて、わからない。……だから、教えてくれ」
彼が私の頬を優しく指で撫でて、そう懇願してくる。
その指の感触に、私の心がぐっと締め付けられて。挙句、もう我慢も限界だった。
「テレジア!」
はらはらと、涙が頬を伝う。ぽたり、ぽたりと床に落ちる水滴。
ラインヴァルトさまが、慌てられている。止めなきゃ、涙を、止めなきゃ――。
「ラインヴァルトさまの、所為です……!」
開いた口から、漏れる悪態。ラインヴァルトさまが、私を凝視されている。
「もう、これ以上私の気持ちを弄ばないでください……!」
これ以上、コルネリアさまと仲睦まじい姿を見せつけられたら、私は、私は――。
(本当に、おかしくなってしまう。心まで、醜くなってしまう……!)
それだけは、いとも容易く想像できた。
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