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第二部
第18話 嫉妬
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でも、その言葉を拒否する意味もなくて。だから、私は「はい」と言って頷く。後ろではようやく私に追いついたイレーナが、息を切らしていた。……申し訳ないことを、してしまった。
「……エステラ、俺は少し、二人で話したいと思っています。いいでしょうか?」
そんな私の考えなど知らないオルランド様は、そう声をかけてきた。そのため、私はそのお言葉に渋々といった風に頷く。あんまり、二人きりで話をしたい感じではない。そもそも、距離を置こうと言ってきたのはオルランド様なのだ。……オルランド様の真意が、分からない。
「では、行きましょうか。トマス、少し待っていてください」
オルランド様のその言葉を聞いたトマスが「はい、殿下」と返事をしていた。……二人きり。それってつまり、イレーナもここにいるということよね? ……まぁ、いいわ。オルランド様のことだし、変なことはしない……と思う。ここ一年と少しで、私とオルランド様の間には微かな信頼関係が芽生えていたと、思う。願望だけれど。
オルランド様に手を引かれて、私は歩く。ただ無言で私よりも半歩先を行くオルランド様の後頭部を見つめながら、私は内心で謝罪していた。オルランド様は、私のことを想ってくれている……はず。なのに、私はジュリアンさんに心変わりしようとしていた。いや、違う。ジュリアンさんの中に、煌を見ていた。今の私が好きなのはオルランド様なのに。……煌への気持ちを、捨てきれていない。それが分かるから、心の中が申し訳なさで埋まっていく。情けなさを、感じてしまう。
「……エステラ」
私がそう思っていた時、不意にオルランド様が私に声をかけてくる。だけど、視線はこちらに向かない。オルランド様は、前を向いたまま私に声をかけてきていた。……こういう時、どういう反応をすればいいかが、よく分からない。ただわかるのは……その声音が、静かながらに怒りを宿しているということくらい、だろうか。
「……は、ぃ」
その怒りの感情が怖くて、私は身を縮こませながらそう返事をする。そうすれば、オルランド様は「……エステラは、あの男が好きですか?」とゆっくりと噛みしめるように、問いかけてきて。……違う。私が好きなのは――オルランド様、なの。信じてもらえないかも、だけれど。
「ち、違います。私が好きなのは――」
――オルランド様、です。
そう、言いたかった。なのに、言えなかった。オルランド様が、私のことを近くの壁に押し付けてきたから。……これは、世にいう壁ドン。経験は二回目だけれど、胸キュンはしない。相変わらず、迫力のあるオルランド様に、押されてしまうから。本当に、殺しの術にしか思えない。
「本当に?」
オルランド様のその声は、震えていた。……多分、オルランド様は私の行動で不安になってしまったのだろう。それが分かるからこそ、私はオルランド様に「……本当、です」と絞り出すような声で告げる。そう、今の私が好きなのは――オルランド様だけ。
「わ、私、オルランド様をお慕いしております。ジュリアンさんに向ける感情と、オルランド様に向ける感情は……全然、違います」
震える声でそう言えば、オルランド様は「……信じ、られませんよね」なんて零していた。……そりゃそうだ。結局口では何とでも言える。行動に移さなくては、ならない。もうジュリアンさんに会わない。会ったとしても、拒絶する。そう言わなくちゃ。そう思って、意を決して私が口を開こうとした時だった。オルランド様が、悔しそうな表情をした。……その所為で、私の口から言葉の続きは出てこなくて。
「おるらん、ど、さま?」
彼の名前をゆっくりと呼べば、オルランド様は「……俺、が」と意味の分からない単語を零す。……俺が、なに? そんな意味を込めてオルランド様を見つめ続ければ、オルランド様は「俺が、一番エステラのことを分かっている」と続けていた。そのお言葉に、私は目をぱちぱちと瞬かせることしか出来なかった。オルランド様は一体、何を言っているの? そりゃあ、私のことを一番分かっている男性は……オルランド様、だろうけれど。多分。
「お、オルランド様? 何を、そんな当然のことを――」
「――あの男じゃ、ない」
そう言ったオルランド様のお声は、震えていた。それに胸を射貫かれたように、私はなにも言えなくなった。あの男。その単語が示すのは、間違いなくジュリアンさん。……どうして、そこでジュリアンさんが出てくるの? 確かに、煌に似ているけれど……そんなこと、オルランド様には関係のないことじゃない。
「あ、あの……」
私は、オルランド様の方に手を伸ばした。そうすれば、その手をオルランド様に力いっぱい掴まれる。ぎゅっと握られた手が、痛みを発する。オルランド様は、乱暴なことはしないお方だった。しかし、今……私を見つめる目は、狂気に満ちていて。
「……エステラは、勘違いをしています」
その後、オルランド様は私の目をまっすぐに見つめてそう口にした。その声は、はっきりとしたもの。私の耳に、残るような声。
「……エステラ、俺は少し、二人で話したいと思っています。いいでしょうか?」
そんな私の考えなど知らないオルランド様は、そう声をかけてきた。そのため、私はそのお言葉に渋々といった風に頷く。あんまり、二人きりで話をしたい感じではない。そもそも、距離を置こうと言ってきたのはオルランド様なのだ。……オルランド様の真意が、分からない。
「では、行きましょうか。トマス、少し待っていてください」
オルランド様のその言葉を聞いたトマスが「はい、殿下」と返事をしていた。……二人きり。それってつまり、イレーナもここにいるということよね? ……まぁ、いいわ。オルランド様のことだし、変なことはしない……と思う。ここ一年と少しで、私とオルランド様の間には微かな信頼関係が芽生えていたと、思う。願望だけれど。
オルランド様に手を引かれて、私は歩く。ただ無言で私よりも半歩先を行くオルランド様の後頭部を見つめながら、私は内心で謝罪していた。オルランド様は、私のことを想ってくれている……はず。なのに、私はジュリアンさんに心変わりしようとしていた。いや、違う。ジュリアンさんの中に、煌を見ていた。今の私が好きなのはオルランド様なのに。……煌への気持ちを、捨てきれていない。それが分かるから、心の中が申し訳なさで埋まっていく。情けなさを、感じてしまう。
「……エステラ」
私がそう思っていた時、不意にオルランド様が私に声をかけてくる。だけど、視線はこちらに向かない。オルランド様は、前を向いたまま私に声をかけてきていた。……こういう時、どういう反応をすればいいかが、よく分からない。ただわかるのは……その声音が、静かながらに怒りを宿しているということくらい、だろうか。
「……は、ぃ」
その怒りの感情が怖くて、私は身を縮こませながらそう返事をする。そうすれば、オルランド様は「……エステラは、あの男が好きですか?」とゆっくりと噛みしめるように、問いかけてきて。……違う。私が好きなのは――オルランド様、なの。信じてもらえないかも、だけれど。
「ち、違います。私が好きなのは――」
――オルランド様、です。
そう、言いたかった。なのに、言えなかった。オルランド様が、私のことを近くの壁に押し付けてきたから。……これは、世にいう壁ドン。経験は二回目だけれど、胸キュンはしない。相変わらず、迫力のあるオルランド様に、押されてしまうから。本当に、殺しの術にしか思えない。
「本当に?」
オルランド様のその声は、震えていた。……多分、オルランド様は私の行動で不安になってしまったのだろう。それが分かるからこそ、私はオルランド様に「……本当、です」と絞り出すような声で告げる。そう、今の私が好きなのは――オルランド様だけ。
「わ、私、オルランド様をお慕いしております。ジュリアンさんに向ける感情と、オルランド様に向ける感情は……全然、違います」
震える声でそう言えば、オルランド様は「……信じ、られませんよね」なんて零していた。……そりゃそうだ。結局口では何とでも言える。行動に移さなくては、ならない。もうジュリアンさんに会わない。会ったとしても、拒絶する。そう言わなくちゃ。そう思って、意を決して私が口を開こうとした時だった。オルランド様が、悔しそうな表情をした。……その所為で、私の口から言葉の続きは出てこなくて。
「おるらん、ど、さま?」
彼の名前をゆっくりと呼べば、オルランド様は「……俺、が」と意味の分からない単語を零す。……俺が、なに? そんな意味を込めてオルランド様を見つめ続ければ、オルランド様は「俺が、一番エステラのことを分かっている」と続けていた。そのお言葉に、私は目をぱちぱちと瞬かせることしか出来なかった。オルランド様は一体、何を言っているの? そりゃあ、私のことを一番分かっている男性は……オルランド様、だろうけれど。多分。
「お、オルランド様? 何を、そんな当然のことを――」
「――あの男じゃ、ない」
そう言ったオルランド様のお声は、震えていた。それに胸を射貫かれたように、私はなにも言えなくなった。あの男。その単語が示すのは、間違いなくジュリアンさん。……どうして、そこでジュリアンさんが出てくるの? 確かに、煌に似ているけれど……そんなこと、オルランド様には関係のないことじゃない。
「あ、あの……」
私は、オルランド様の方に手を伸ばした。そうすれば、その手をオルランド様に力いっぱい掴まれる。ぎゅっと握られた手が、痛みを発する。オルランド様は、乱暴なことはしないお方だった。しかし、今……私を見つめる目は、狂気に満ちていて。
「……エステラは、勘違いをしています」
その後、オルランド様は私の目をまっすぐに見つめてそう口にした。その声は、はっきりとしたもの。私の耳に、残るような声。
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