34 / 37
第二部
第17話 懐かしむ
しおりを挟む
(……こんな感覚に、なるなんて)
ジュリアンさんの手を払うことも出来ず、私は呆然としていた。そんな私を正気に戻したのは、イレーナの「お嬢様」という声で。だからこそ、私はハッとしてジュリアンさんに「すみません」と言う。それは、頭を撫でないでほしいという意味だった。
「……あぁ、そういえば貴女には恋人がいました、ね。こんなところ、見られたら勘違いされてしまう、か」
私の言葉の意味を汲み取ってか、ジュリアンさんはそう言葉を告げてきた。……オルランド様は恋人じゃなくて婚約者だけれど、そんな些細なことはどうでもいいか。そう思い直し、私は「勘違い、されたくない、ので」と言葉を発する。ただでさえ今、オルランド様との関係がこじれているのだ。これ以上こじれることは、避けたい。
「……そう、か」
「はい」
「けど」
視線を逸らしながら私が返事をすれば、ジュリアンさんは笑う。その後、私の手を取った。今、私は勘違いされたくないと言ったのに。どうして、ジュリアンさんはこんなことを……? そう思って躊躇う私を他所に、ジュリアンさんは「エステラ様に、こんな悲しそうな顔をさせるなんて」と呟いていた。……なんというか、口調が軽くなっている、ような。……まぁ、気にしないけれど。
「俺だったら、エステラ様にそんな顔をさせない。……そんな、暗い表情はエステラ様には似合わないから」
……なんだろうか。ジュリアンさんは、何が目的なのだろうか。呆然とする私を見て、ジュリアンさんはただ笑う。そして、「貴女を見ていると、懐かしい気持ちになっちゃって」とはにかみながら続けた。……懐かしい気持ち、か。
(やっぱり、ジュリアンさんって――)
――煌、なのだろうか?
そう思ったら、私の心が揺れる。ドクンドクンと心臓が大きく音を鳴らし、ジュリアンさんのことを真正面から見つめることが出来なくなってしまう。……懐かしい。私の心も、その感情に支配されている。その所為なのだろうか、ジュリアンさんの手を振り払うことが出来なくて。
「……わ、私、は」
ゆっくりと唇を動かし、声を発しようとする。なのに、上手く言葉にならない。「貴方の前世は、煌という名前でしたか?」なんて尋ねられるわけがない。だって、前世の記憶がなかったらただの変な人なのだもの。本能で、懐かしいと思っている可能性も、あるわけだし。
「……エステラ様は、とても可愛らしい」
ぎゅっと握られた手が、熱い。違う。私は、オルランド様のことが好きなの。だから、ジュリアンさんのことなんて好きじゃない。好きじゃ、ない。……そう思うのに、心が揺らぐ。それは、弱くなっているところを見られたから? それとも、オルランド様との関係にひびが入っているから? だから、私は新しい恋を追い求めているの? なんて、ダメなの。ダメなのよ――。
「ごめんなさいっ!」
そう思ったら、私はジュリアンさんの手を振りほどいて、後ろに下がった。そのまま、ワンピースを翻し全力疾走。後ろからイレーナの戸惑うような声が聞こえたけれど、止まれなかった。今止まったら、変な表情を見せてしまうから。
(違う、違うっ! 私が好きなのは……オルランド様なのよ)
いくらジュリアンさんが煌に似ているからといって、心変わり出来るわけがない。私が好きなのは間違いなくオルランド様。煌への恋心は……前世の捨ててきた。そう、思わないとダメなのよ――!
そんなことを想って全力疾走していれば、勢いよく誰かとぶつかってしまう。その衝撃で、私は座り込んでしまった。……お、お尻が痛い……。けど、それよりも。そう思い直し、私は勢いよく顔を上げる。すると、そこには怪訝そうな表情を浮かべたオルランド様がいて。
「お、オルランド、さ、ま……」
「エステラ。どうか、しましたか?」
オルランド様は、私に手を差し出しながらそう問いかけてくれた。……今は、顔を見たくない。そう思っていたのに、突然顔を合わせてしまって、私はただ戸惑う。でも、突き放すことは出来なくて。私は、オルランド様の手に自身の手を重ねた。
「王宮は走ってはいけませんよ。……それくらい、エステラにも分かっているでしょう?」
「……は、はぃ」
さりげなく注意されて、私はぎこちない笑みを浮かべて返事をした。その後「ちょっと、気持ちの悪い虫が、いて……」と言い訳にもならない言い訳をする。そうすれば、オルランド様は「それでも、ですよ」と呆れたような表情を浮かべてそう言う。……うぅ、ぐうの音も出ないわ。だって、正論だもの。
「……ところで、今の時間は?」
時計を見て、オルランド様はそう告げてくる。そのため、私は静かに「休憩時間、でして」と肩をすくめながら言った。実際、あと一時間ほど休憩時間がある。教師の人の所用で授業がなくなったため、今日の休憩時間はいつもよりもかなり長かった。
「そうです、か」
オルランド様は私を立たせた後、静かに「……では、少しお話でもしますか?」と言ってきて。……距離を置き始めて、初めてまともに会話をしたかも。私は、心の中でそう思ってしまった。
ジュリアンさんの手を払うことも出来ず、私は呆然としていた。そんな私を正気に戻したのは、イレーナの「お嬢様」という声で。だからこそ、私はハッとしてジュリアンさんに「すみません」と言う。それは、頭を撫でないでほしいという意味だった。
「……あぁ、そういえば貴女には恋人がいました、ね。こんなところ、見られたら勘違いされてしまう、か」
私の言葉の意味を汲み取ってか、ジュリアンさんはそう言葉を告げてきた。……オルランド様は恋人じゃなくて婚約者だけれど、そんな些細なことはどうでもいいか。そう思い直し、私は「勘違い、されたくない、ので」と言葉を発する。ただでさえ今、オルランド様との関係がこじれているのだ。これ以上こじれることは、避けたい。
「……そう、か」
「はい」
「けど」
視線を逸らしながら私が返事をすれば、ジュリアンさんは笑う。その後、私の手を取った。今、私は勘違いされたくないと言ったのに。どうして、ジュリアンさんはこんなことを……? そう思って躊躇う私を他所に、ジュリアンさんは「エステラ様に、こんな悲しそうな顔をさせるなんて」と呟いていた。……なんというか、口調が軽くなっている、ような。……まぁ、気にしないけれど。
「俺だったら、エステラ様にそんな顔をさせない。……そんな、暗い表情はエステラ様には似合わないから」
……なんだろうか。ジュリアンさんは、何が目的なのだろうか。呆然とする私を見て、ジュリアンさんはただ笑う。そして、「貴女を見ていると、懐かしい気持ちになっちゃって」とはにかみながら続けた。……懐かしい気持ち、か。
(やっぱり、ジュリアンさんって――)
――煌、なのだろうか?
そう思ったら、私の心が揺れる。ドクンドクンと心臓が大きく音を鳴らし、ジュリアンさんのことを真正面から見つめることが出来なくなってしまう。……懐かしい。私の心も、その感情に支配されている。その所為なのだろうか、ジュリアンさんの手を振り払うことが出来なくて。
「……わ、私、は」
ゆっくりと唇を動かし、声を発しようとする。なのに、上手く言葉にならない。「貴方の前世は、煌という名前でしたか?」なんて尋ねられるわけがない。だって、前世の記憶がなかったらただの変な人なのだもの。本能で、懐かしいと思っている可能性も、あるわけだし。
「……エステラ様は、とても可愛らしい」
ぎゅっと握られた手が、熱い。違う。私は、オルランド様のことが好きなの。だから、ジュリアンさんのことなんて好きじゃない。好きじゃ、ない。……そう思うのに、心が揺らぐ。それは、弱くなっているところを見られたから? それとも、オルランド様との関係にひびが入っているから? だから、私は新しい恋を追い求めているの? なんて、ダメなの。ダメなのよ――。
「ごめんなさいっ!」
そう思ったら、私はジュリアンさんの手を振りほどいて、後ろに下がった。そのまま、ワンピースを翻し全力疾走。後ろからイレーナの戸惑うような声が聞こえたけれど、止まれなかった。今止まったら、変な表情を見せてしまうから。
(違う、違うっ! 私が好きなのは……オルランド様なのよ)
いくらジュリアンさんが煌に似ているからといって、心変わり出来るわけがない。私が好きなのは間違いなくオルランド様。煌への恋心は……前世の捨ててきた。そう、思わないとダメなのよ――!
そんなことを想って全力疾走していれば、勢いよく誰かとぶつかってしまう。その衝撃で、私は座り込んでしまった。……お、お尻が痛い……。けど、それよりも。そう思い直し、私は勢いよく顔を上げる。すると、そこには怪訝そうな表情を浮かべたオルランド様がいて。
「お、オルランド、さ、ま……」
「エステラ。どうか、しましたか?」
オルランド様は、私に手を差し出しながらそう問いかけてくれた。……今は、顔を見たくない。そう思っていたのに、突然顔を合わせてしまって、私はただ戸惑う。でも、突き放すことは出来なくて。私は、オルランド様の手に自身の手を重ねた。
「王宮は走ってはいけませんよ。……それくらい、エステラにも分かっているでしょう?」
「……は、はぃ」
さりげなく注意されて、私はぎこちない笑みを浮かべて返事をした。その後「ちょっと、気持ちの悪い虫が、いて……」と言い訳にもならない言い訳をする。そうすれば、オルランド様は「それでも、ですよ」と呆れたような表情を浮かべてそう言う。……うぅ、ぐうの音も出ないわ。だって、正論だもの。
「……ところで、今の時間は?」
時計を見て、オルランド様はそう告げてくる。そのため、私は静かに「休憩時間、でして」と肩をすくめながら言った。実際、あと一時間ほど休憩時間がある。教師の人の所用で授業がなくなったため、今日の休憩時間はいつもよりもかなり長かった。
「そうです、か」
オルランド様は私を立たせた後、静かに「……では、少しお話でもしますか?」と言ってきて。……距離を置き始めて、初めてまともに会話をしたかも。私は、心の中でそう思ってしまった。
0
お気に入りに追加
6,125
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。