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本編 第7章
バッリスタ家の秘密
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「……ご存じ、ないんですね」
ヴェルディアナの言葉にオリヴァーはそう返事をすると、その橙色の目を細める。その目は何処となく優しそうであり、出逢った頃のオリヴァーそのもののようにも思えた。
「バッリスタ伯爵家は、治癒に特化した魔法使いの家系だったんです。……数代前にその能力は朽ち果ててしまいましたが」
オリヴァーは肩をすくめながらそんなことを教えてくれた。
しかし、能力が朽ち果ててしまったのならばヴェルディアナに治癒の魔法が使えるわけがない。そもそも、ヴェルディアナには魔法の適正さえないのだ。このロンバルディ王国で珍しく、生活魔法以外の魔法がほとんど使えない稀有な人種だった。
「……私には、魔法の適正能力が……」
「それ、です」
ヴェルディアナの言葉を遮るようにそう言うと、オリヴァーは「治癒の魔法を使える人は、ほかの魔法がほとんど使えないんです」と言う。
「だから、僕はもしかしたら貴女が先祖返りの能力を持つんじゃないかって、思っています」
そう言いながら、オリヴァーはヴェルディアナの目をまっすぐに見つめてきた。ヴェルディアナの視線とオリヴァーの視線が交錯する。そんな彼の目を見つめながら、ヴェルディアナは「……約束、守ってくださいませ」と言って目を伏せた。
「はい。僕は母さえ助かればそれでいいんです」
オリヴァーはそう言うと、扉を開ける。
部屋の中はきれいな空気に包まれていた。足を一歩踏み入れるだけでも、その空気のきれいさがよく分かる。何処となく身体が軽くなるようなその空気に驚いていれば、オリヴァーは天蓋付きの寝台の方に近づいて行く。
「母さん」
そして、彼はそう声をかける。
すると、一人の女性が起き上がってきた。彼女はさらさらとしたきれいな金色の髪を持ち、橙色の目を細めながらオリヴァーと会話をしている。その声は消え入りそうなほどに小さく、ヴェルディアナには何を言っているかがよく分からなかった。
遠くから二人を見つめていれば、オリヴァーがヴェルディアナのことを手招きしてくれた。そのため、ヴェルディアナは一歩一歩足を踏み出して彼らの方に近づく。
「あら、オリヴァーの恋人?」
女性はニコニコと笑いながらヴェルディアナにそう声をかけてくる。その容姿はとても儚げであり、今にも消え入ってしまいそうなほどに繊細に見えてしまった。そんな彼女の言葉に息を呑んでいれば、オリヴァーは「違うよ。ただのお友達」と言ってにっこりと笑っていた。
「ヴェルディアナさんって、言うんだ」
オリヴァーは優しい声で母親に声をかけてる。そのため、ヴェルディアナもオリヴァーの話に合わせるように「ヴェルディアナ・バッリスタと申します」と言ってぺこりと頭を下げる。
「あらあら、とてもきれいなお嬢さんね」
ヴェルディアナのことを見て、女性はころころと笑う。しかし、すぐにせき込んでしまった。……やはり、相当身体が悪いらしい。オリヴァーはそんな彼女の背を撫でながら、ヴェルディアナに縋るような視線を向けてくる。だからこそ、ヴェルディアナはそっと女性に近づき、その場に屈みこんだ。
「……私、オリヴァー様に頼まれたんです」
出来る限りにっこりと笑ってそう言えば、女性は「なにを?」と問いかけてくる。そのため、ヴェルディアナは笑う。
「貴女様のことを、助けてほしいって」
肩をすくめながらそう言えば、女性は「……そう」と言葉を零す。その後「……そのために、オリヴァーは貴女をここに連れてきたのね」と言っていた。
「オリヴァーには、たくさん苦労をかけたの。だから、私はこの子に幸せになってほしいわ」
「……母さん」
「ねぇ、オリヴァー。……貴方は、大変なことをしてしまったのよね」
そう言った女性の声はとても凛としたものだった。その所為だろうか。オリヴァーは息を呑む。
「あの人に従うほかなかったとはいえ、貴方は大切な人を貶めてしまったのよね」
「……」
「だって、その目には後悔の色が浮かんでいるもの。……ねぇ、オリヴァー。私はそこまでして助かりたいとは思わないわ。……貴方がたくさんの人を傷つけたこと。それは、決して許されることじゃない」
ゆるゆると首を横に振り、女性はそう言う。その言葉をオリヴァーはただ黙って聞いていた。
「ねぇ、オリヴァー。私、貴方のことを大切に思っているわ。だから……どうか、私のために貴方自身の幸せを犠牲にすることは、止めて頂戴」
「……でも」
「貴方には輝かしい未来がある。……こんなことをしても、何にもならないわ」
肩をすくめて、女性はそう言った。そして、彼女はヴェルディアナに向き合う。
「……貴女の大切な人を、この子が陥れてしまったのよね。私が謝って済むことじゃないって、わかっているわ。でも、言わせて頂戴」
――ごめんなさい。
女性はそう言ってその小さな背を震わせながら頭を下げてきた。
ヴェルディアナの言葉にオリヴァーはそう返事をすると、その橙色の目を細める。その目は何処となく優しそうであり、出逢った頃のオリヴァーそのもののようにも思えた。
「バッリスタ伯爵家は、治癒に特化した魔法使いの家系だったんです。……数代前にその能力は朽ち果ててしまいましたが」
オリヴァーは肩をすくめながらそんなことを教えてくれた。
しかし、能力が朽ち果ててしまったのならばヴェルディアナに治癒の魔法が使えるわけがない。そもそも、ヴェルディアナには魔法の適正さえないのだ。このロンバルディ王国で珍しく、生活魔法以外の魔法がほとんど使えない稀有な人種だった。
「……私には、魔法の適正能力が……」
「それ、です」
ヴェルディアナの言葉を遮るようにそう言うと、オリヴァーは「治癒の魔法を使える人は、ほかの魔法がほとんど使えないんです」と言う。
「だから、僕はもしかしたら貴女が先祖返りの能力を持つんじゃないかって、思っています」
そう言いながら、オリヴァーはヴェルディアナの目をまっすぐに見つめてきた。ヴェルディアナの視線とオリヴァーの視線が交錯する。そんな彼の目を見つめながら、ヴェルディアナは「……約束、守ってくださいませ」と言って目を伏せた。
「はい。僕は母さえ助かればそれでいいんです」
オリヴァーはそう言うと、扉を開ける。
部屋の中はきれいな空気に包まれていた。足を一歩踏み入れるだけでも、その空気のきれいさがよく分かる。何処となく身体が軽くなるようなその空気に驚いていれば、オリヴァーは天蓋付きの寝台の方に近づいて行く。
「母さん」
そして、彼はそう声をかける。
すると、一人の女性が起き上がってきた。彼女はさらさらとしたきれいな金色の髪を持ち、橙色の目を細めながらオリヴァーと会話をしている。その声は消え入りそうなほどに小さく、ヴェルディアナには何を言っているかがよく分からなかった。
遠くから二人を見つめていれば、オリヴァーがヴェルディアナのことを手招きしてくれた。そのため、ヴェルディアナは一歩一歩足を踏み出して彼らの方に近づく。
「あら、オリヴァーの恋人?」
女性はニコニコと笑いながらヴェルディアナにそう声をかけてくる。その容姿はとても儚げであり、今にも消え入ってしまいそうなほどに繊細に見えてしまった。そんな彼女の言葉に息を呑んでいれば、オリヴァーは「違うよ。ただのお友達」と言ってにっこりと笑っていた。
「ヴェルディアナさんって、言うんだ」
オリヴァーは優しい声で母親に声をかけてる。そのため、ヴェルディアナもオリヴァーの話に合わせるように「ヴェルディアナ・バッリスタと申します」と言ってぺこりと頭を下げる。
「あらあら、とてもきれいなお嬢さんね」
ヴェルディアナのことを見て、女性はころころと笑う。しかし、すぐにせき込んでしまった。……やはり、相当身体が悪いらしい。オリヴァーはそんな彼女の背を撫でながら、ヴェルディアナに縋るような視線を向けてくる。だからこそ、ヴェルディアナはそっと女性に近づき、その場に屈みこんだ。
「……私、オリヴァー様に頼まれたんです」
出来る限りにっこりと笑ってそう言えば、女性は「なにを?」と問いかけてくる。そのため、ヴェルディアナは笑う。
「貴女様のことを、助けてほしいって」
肩をすくめながらそう言えば、女性は「……そう」と言葉を零す。その後「……そのために、オリヴァーは貴女をここに連れてきたのね」と言っていた。
「オリヴァーには、たくさん苦労をかけたの。だから、私はこの子に幸せになってほしいわ」
「……母さん」
「ねぇ、オリヴァー。……貴方は、大変なことをしてしまったのよね」
そう言った女性の声はとても凛としたものだった。その所為だろうか。オリヴァーは息を呑む。
「あの人に従うほかなかったとはいえ、貴方は大切な人を貶めてしまったのよね」
「……」
「だって、その目には後悔の色が浮かんでいるもの。……ねぇ、オリヴァー。私はそこまでして助かりたいとは思わないわ。……貴方がたくさんの人を傷つけたこと。それは、決して許されることじゃない」
ゆるゆると首を横に振り、女性はそう言う。その言葉をオリヴァーはただ黙って聞いていた。
「ねぇ、オリヴァー。私、貴方のことを大切に思っているわ。だから……どうか、私のために貴方自身の幸せを犠牲にすることは、止めて頂戴」
「……でも」
「貴方には輝かしい未来がある。……こんなことをしても、何にもならないわ」
肩をすくめて、女性はそう言った。そして、彼女はヴェルディアナに向き合う。
「……貴女の大切な人を、この子が陥れてしまったのよね。私が謝って済むことじゃないって、わかっているわ。でも、言わせて頂戴」
――ごめんなさい。
女性はそう言ってその小さな背を震わせながら頭を下げてきた。
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