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本編 第7章
カザーレ侯爵夫妻
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リベラトーレが王宮からの遣いに連行され、早くも三日が経った。あれ以来、ヴェルディアナは与えられた部屋に閉じこもってしまっていた。
ヴェルディアナの仕事はリベラトーレの専属侍女である。そのため、彼がいなければすることもない。ほかの仕事を手伝うと申し出たこともあるのだが、ラーレの「ヴェルディアナ様は、ゆっくりしていてください」という言葉に押されてしまった。
(……リベラトーレ、さま)
確かに、リベラトーレのしたことは許されないことかもしれない。だけど、被害者であるヴェルディアナが許すと言っているのならばそれでいいのではないだろうか? そう思ってしまうところもあったが、結局決めるのは王宮の人間なのだ。
そんなことを考えていれば、不意に部屋の扉がノックされる。それに驚き返事をすれば、「失礼するよ」と言う声と共に一人の男性が顔を見せた。その後ろには何処となくリベラトーレの面影がある女性がいる。この二人を、ヴェルディアナはよく知っていた。……とはいっても、十年前の姿だが。
「ヴェルディアナさん。この度は申し訳なかった」
男性――リベラトーレの父親がそう言って頭を下げる。
ゴトフリー・カザーレ。彼はリベラトーレの父であり、現在のカザーレ侯爵家の当主だ。元々は王国が認める研究施設の一つに所属しており、今は他国を視察目的で回っているという。
そんな彼はプライドも投げ捨て、ヴェルディアナに深々と頭を下げてくる。大方、息子のしでかしたことをそこまで重く捉えているのだろう。
「私からも、本当にごめんなさい」
ゴトフリーの隣に並び、女性――リベラトーレの母親が頭を下げる。
彼女の名前はキャロリン・カザーレ。元々は末端男爵家の令嬢ではあったものの、その魔法の才能を見出されカザーレ侯爵家に嫁いできたという経歴の持ち主だ。ちなみに、ゴトフリーよりも二つ年上らしい。
そんな二人はヴェルディアナから見てもとても仲睦まじく、いつも一緒にいた。まぁ、仲良くなければ共に視察に向かわないのだろうが。
「本当に、貴女にはどう謝罪しても許されないと思っている。……だが、どうかリベラトーレのことを恨まないでほしい」
ゴトフリーはそう言う。その後「あの子は、それほどまでに貴女のことが好きだったんだ」と頭を下げたまま続けた。
「……こんなことを言っては何だけれど、貴女がいなくなってから、あの子は何も手をつけなくなってしまったの。……それこそ、食事も食べなくなってしまった」
キャロリンがゴトフリーの言葉を引き継ぐ形で言葉を発する。その目はうるんでおり、当時のリベラトーレのことを思いだしているんだろう。それがわかるからこそ、ヴェルディアナは息を呑む。
「けど、ある日変わったの。……ヴェルディアナさんに似合うようになる。そのために、優秀な魔法使いになるって言ったの」
「……そうなの、ですか」
「えぇ、私たちはそれを喜んだわ。でも、あの子の心はずっと壊れていたのね。……私たち、それに気が付けなかった」
視線を斜め下に向けながら、キャロリンはそう言う。その言葉の節々には隠し切れない後悔がこもっており、その後悔がヴェルディアナの心をえぐっていく。だからこそ、ヴェルディアナはゴトフリーとキャロリンを見つめ「……私、恨んでいませんから」と静かな声で告げた。
「むしろ、私が原因なのです。私が、あの時リベラトーレ様との婚約を解消してしまったから」
目を伏せてそう言えば、二人は黙り込んでしまう。そのため、ヴェルディアナは続ける。
「もっと、リベラトーレ様のお気持ちを尊重すればよかった。年齢が離れているからなんて、気にしなければよかった」
「……ヴェルディアナさん」
「私、ずっと怖かったんです。私は所詮残りかすの伯爵家の娘。リベラトーレ様には似合わない。そう、言われるのが、怖かった」
バッリスタ家の娘でいる以上、ヴェルディアナは社交界で『残りかすの伯爵家の娘』としか見られない。それが、怖かった。リベラトーレの側に堂々と並べない自分が、惨めだった。
「でも、今はリベラトーレ様のこと、好いています。彼の隣に、ずっと一緒に居たいです」
まっすぐに二人を見つめそう言えば、二人はほっと息を吐く。その後「……私の方から、いろいろと働きかけてみるよ」とゴトフリーが言う。
「元々、王弟派の魔法使いは国王派の魔法使いを貶めることに必死だからね。……リベラトーレが利用されたという証拠さえあれば、情状酌量の余地があると判断されるはずだ」
ゴトフリーはそう言うと、身を翻す。そして「キャロリンさん。行きましょう」と妻に声をかけていた。
「……えぇ、旦那様。ヴェルディアナさん。私たちがどうにかするから、貴女は何もしなくていいわ」
キャロリンはヴェルディアナにそう告げると、ゴトフリーと並んで部屋を出て行く。その後ろ姿は、とても仲睦まじく見えてしまう。
(あんな未来が、あったはずなのに)
それを台無しにしたのは、ヴェルディアナ自身。そう思ったら――いてもたってもいられなかった。
ヴェルディアナの仕事はリベラトーレの専属侍女である。そのため、彼がいなければすることもない。ほかの仕事を手伝うと申し出たこともあるのだが、ラーレの「ヴェルディアナ様は、ゆっくりしていてください」という言葉に押されてしまった。
(……リベラトーレ、さま)
確かに、リベラトーレのしたことは許されないことかもしれない。だけど、被害者であるヴェルディアナが許すと言っているのならばそれでいいのではないだろうか? そう思ってしまうところもあったが、結局決めるのは王宮の人間なのだ。
そんなことを考えていれば、不意に部屋の扉がノックされる。それに驚き返事をすれば、「失礼するよ」と言う声と共に一人の男性が顔を見せた。その後ろには何処となくリベラトーレの面影がある女性がいる。この二人を、ヴェルディアナはよく知っていた。……とはいっても、十年前の姿だが。
「ヴェルディアナさん。この度は申し訳なかった」
男性――リベラトーレの父親がそう言って頭を下げる。
ゴトフリー・カザーレ。彼はリベラトーレの父であり、現在のカザーレ侯爵家の当主だ。元々は王国が認める研究施設の一つに所属しており、今は他国を視察目的で回っているという。
そんな彼はプライドも投げ捨て、ヴェルディアナに深々と頭を下げてくる。大方、息子のしでかしたことをそこまで重く捉えているのだろう。
「私からも、本当にごめんなさい」
ゴトフリーの隣に並び、女性――リベラトーレの母親が頭を下げる。
彼女の名前はキャロリン・カザーレ。元々は末端男爵家の令嬢ではあったものの、その魔法の才能を見出されカザーレ侯爵家に嫁いできたという経歴の持ち主だ。ちなみに、ゴトフリーよりも二つ年上らしい。
そんな二人はヴェルディアナから見てもとても仲睦まじく、いつも一緒にいた。まぁ、仲良くなければ共に視察に向かわないのだろうが。
「本当に、貴女にはどう謝罪しても許されないと思っている。……だが、どうかリベラトーレのことを恨まないでほしい」
ゴトフリーはそう言う。その後「あの子は、それほどまでに貴女のことが好きだったんだ」と頭を下げたまま続けた。
「……こんなことを言っては何だけれど、貴女がいなくなってから、あの子は何も手をつけなくなってしまったの。……それこそ、食事も食べなくなってしまった」
キャロリンがゴトフリーの言葉を引き継ぐ形で言葉を発する。その目はうるんでおり、当時のリベラトーレのことを思いだしているんだろう。それがわかるからこそ、ヴェルディアナは息を呑む。
「けど、ある日変わったの。……ヴェルディアナさんに似合うようになる。そのために、優秀な魔法使いになるって言ったの」
「……そうなの、ですか」
「えぇ、私たちはそれを喜んだわ。でも、あの子の心はずっと壊れていたのね。……私たち、それに気が付けなかった」
視線を斜め下に向けながら、キャロリンはそう言う。その言葉の節々には隠し切れない後悔がこもっており、その後悔がヴェルディアナの心をえぐっていく。だからこそ、ヴェルディアナはゴトフリーとキャロリンを見つめ「……私、恨んでいませんから」と静かな声で告げた。
「むしろ、私が原因なのです。私が、あの時リベラトーレ様との婚約を解消してしまったから」
目を伏せてそう言えば、二人は黙り込んでしまう。そのため、ヴェルディアナは続ける。
「もっと、リベラトーレ様のお気持ちを尊重すればよかった。年齢が離れているからなんて、気にしなければよかった」
「……ヴェルディアナさん」
「私、ずっと怖かったんです。私は所詮残りかすの伯爵家の娘。リベラトーレ様には似合わない。そう、言われるのが、怖かった」
バッリスタ家の娘でいる以上、ヴェルディアナは社交界で『残りかすの伯爵家の娘』としか見られない。それが、怖かった。リベラトーレの側に堂々と並べない自分が、惨めだった。
「でも、今はリベラトーレ様のこと、好いています。彼の隣に、ずっと一緒に居たいです」
まっすぐに二人を見つめそう言えば、二人はほっと息を吐く。その後「……私の方から、いろいろと働きかけてみるよ」とゴトフリーが言う。
「元々、王弟派の魔法使いは国王派の魔法使いを貶めることに必死だからね。……リベラトーレが利用されたという証拠さえあれば、情状酌量の余地があると判断されるはずだ」
ゴトフリーはそう言うと、身を翻す。そして「キャロリンさん。行きましょう」と妻に声をかけていた。
「……えぇ、旦那様。ヴェルディアナさん。私たちがどうにかするから、貴女は何もしなくていいわ」
キャロリンはヴェルディアナにそう告げると、ゴトフリーと並んで部屋を出て行く。その後ろ姿は、とても仲睦まじく見えてしまう。
(あんな未来が、あったはずなのに)
それを台無しにしたのは、ヴェルディアナ自身。そう思ったら――いてもたってもいられなかった。
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