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本編 第2章

呪われたらしい……です

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「……イザーク様。本当に、どうしてこんなにも頻繁にいらっしゃるのですか?」

 その日、ヴェルディアナはまたしても勤務時間中にイザークに絡まれていた。彼はこの店で最も気に入っているという総菜パンを手に持ちながら、「ヴェルディアナの顔を拝みに来てやっただけだ」などと言う。しかし、それはヴェルディアナからすれば迷惑でしかない。

 そう思いながらも、ヴェルディアナはぎこちない笑みを貼り付け「余計なお世話です」と言葉を返す。

 今、店内は珍しく閑散としていた。本日は空いている時間がところどころあった。そのため、あぁ少しゆっくりと出来そうだなぁ。ヴェルディアナはそう思っていたというのに。イザークが来店したことにより、その目論見は木っ端みじんに崩れ去ってしまう。

「ところで、ヴェルディアナは結婚する気はないのか」

 ヴェルディアナが会計をしていると、不意にイザークがそんなことを問いかけてくる。

 これは、きっとヴェルディアナに恋人がいないことを嘲笑しようとしている。そうヴェルディアナは思った。

 が、ヴェルディアナには本当に恋人がいない。結婚の予定もない。嘘をついてもすぐにばれてしまうのがオチだ。だからこそ、正直に言うしかない。

「……そう、ですね。まぁ、相手がいませんから」

 誤魔化してもよかったと言えば、よかった。けれど、イザークはとにかくしつこい男だ。だから、ヴェルディアナはさっさと帰ってもらいたかったのだ。総菜パンを袋に入れ、イザークに手渡す。その瞬間、言葉にできないような嫌な予感がヴェルディアナを襲った。
 ……なんだろうか。うすら寒い空気とでもいうのだろうか。

「ヴェルディアナ、どうした」
「……いえ、何でもない、です」

 だが、きっと気のせいだ。そう決めつけ、ヴェルディアナはもう一度貼り付けたような笑みを浮かべ、トレーに載せられたお金を受け取る。本当に、何故イザークはこんな下町のパン屋に顔を見せるのだろうか。純粋にパンを気に入ってくれているのならば、それはそれでいいのだが……。そう、思ってしまう。

「こちら、おつりで――」

 そんなことをヴェルディアナが考え、おつりをイザークに手渡そうとしたときだった。

 ――ヴェルディアナの手に、鋭い痛みが走る。

「いたあっ!」

 思わずそんな声を上げ、ヴェルディアナは手を引っ込めた。その痛みはまるで鋭い刃物か何かに刺されたような強烈なもので、到底耐えられるようなものではない。そのため、ヴェルディアナは手を引っ込めたのだが、イザークはそんなヴェルディアナを見て怪訝そうな表情を浮かべるだけ。どうやら、イザークには何もなかったらしい。

(この痛み、一体何?)

 静電気の一種、だろうか。そう判断し、ヴェルディアナはもう一度イザークにおつりを手渡そうとする。けれど、イザークの手に触れた瞬間また鋭い痛みがヴェルディアナを襲った。……これは、何かがある。自然現象じゃない。そう、悟った。

「おい、ヴェルディアナ。どうした」

 ヴェルディアナの様子を見て、イザークはふてぶてしくそう言う。イザークが何かをしたのだろうか? そんなことを考え、ヴェルディアナは彼の目をまっすぐに見つめてみる。すると、彼は露骨に視線を逸らした。が、その視線はすぐにヴェルディアナの手の甲に向けられた。

「……おい、ヴェルディアナ。それ……」

 それから、ゆっくりとイザークはヴェルディアナの手の甲を指さす。だからこそ、ヴェルディアナは自身の手の甲を見つめる。そして、そこには――何やら妖しくて、不気味な模様のようなものが浮かび上がっていた。それに、ヴェルディアナは戸惑う。

「……な、に」
「ヴェルディアナ」

 戸惑うヴェルディアナに対し、イザークは「お前、呪われているぞ」と淡々と告げる。

 呪われている。それは一体、どういうことなのだろうか?

「ヴェルディアナ、知らないのか? それ、呪われた証拠みたいなものだぞ。……お前、誰かから恨みを買ったんだろ」

 呆れたようにイザークはそう言うが、ヴェルディアナにはこれっぽっちも心当たりがない。そのため「そんなわけ、ないじゃないですか!」と言葉を返す。

 呪われる覚えなど、ヴェルディアナにはない。もちろん、無意識のうちに人を不快にしてしまったことはあるだろう。だが、呪いをかけられるほど恨まれる覚えは……なかった。

「ど、どうしよう……」

 呪われたなど絶対に人には知られたくない。そう思い、ヴェルディアナは手の甲をもう一つの手で隠した。

 早退、させてもらおうか。

 その後、魔法使いの元を訪れてこの呪いを解いてもらうしかない。焦る脳と心に落ち着くように暗示をかけ、ヴェルディアナは冷静を装うことしかできない。

「ヴェルディアナ、呪いを解くための金はあるのか?」
「そ、そんなこと、気にしている場合じゃないです……!」

 イザークのその無神経な言葉に、ヴェルディアナは慌ててそう返す。お金はこの際分割で払えばいいだろう。そう、思っていた。

 しかし、ヴェルディアナの返答を聞いたイザークは、「つりはいらない。それで行ってこい」と言い、総菜パンの入った袋を持ち店を出て行ってしまう。確かに、これだけの金額があれば魔法使いの元に行って呪いを解いてもらう代金にはなるだろう。が……。

(イザーク様に借りを作るのが、すごく悔しい……!)

 本当に、それが嫌だ。そう思ってしまうが、背に腹は代えられない。あとできちんとお金を返せばいいだろう。そんな判断をするしかなかった。

「あれ、ディア? どうしたの?」

 そんなことを考えていると、店の奥からアナベルが顔を見せる。そのため、「ちょっと、気分が悪くて……」という嘘をついてしまった。もちろん、手の甲は隠したまま。

「……そう。今日は早退してもいいよ。私、代わりに入るからさ」
「……ごめん」
「ううん、困ったときはお互い様だからさ。……帰って、きちんと休みなよ」

 アナベルはにっこりと笑いながらそう言って、店の制服であるエプロンを手早く身に着けていた。それを見て、ヴェルディアナは心の中で何度も何度も謝り、早足で更衣室に向かう。

(私、そんなにも誰かに恨まれていたの……?)

 手の甲に浮かび上がった妖しく不気味な模様を見つめ、ヴェルディアナはそう思ってしまう。だが、そもそもこの呪いが一体どういう部類の呪いなのかがわからない。生憎、ヴェルディアナには魔法や呪いの知識がないため、よく分からない。ただ、わかるのは。

「……私、これからどういう風に生活をすればいいのよ」

 この呪いの所為で、今後の生活に苦労しそうだということだった。
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