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本編 第2章

第8話

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「……申し訳ないが、よろしく頼む」
「いえ、お気になさらず」

 そもそも、料理は大体妻の仕事だ。

 なので、律哉が気に病む必要などない。少なくとも、真白はそう思う。

(どういうお料理を作るか、考えておかなくちゃ……)

 ともなれば、あとでどんな食材があるかどうかも見ておかなくてはならないな。

 頭の中で素早く今後の予定を立てていれば、律哉がふと「あぁ、それと」と声を上げていた。

「本日は休暇なんだ。……この後、よかったらだが買い物に行かないか?」
「……お買い物、ですか?」
「そうだ。食材とかも一人分しかなくてな。……ある程度、補充しておいた方がいいかと思うんだ」

 確かに、それは間違いない。

 そう判断して、真白はこくんと首を縦に振る。

「それから、あなたに必要なものがあれば買い足したい。男一人で暮らしていた邸宅だからな。いろいろと、不便があるだろう」

 彼はさも当然のようにそう言うが、真白からすればそんな出費はやめてほしい。

 ただでさえお金がないのだ。今後のことを考えれば、貯蓄をするほうがいいだろう。

「いえ、その。……私のことは、お気になさらず。私は、空気に徹しておきますので」

 妻とは空気に徹し、夫を陰から支えるものだ。

 真白の父は、よくそう言っていた。はっきりと言えば、その考えが正しいのかは未だに疑問である。

 でも、こういうときにその言い訳はよく使えた。

「妻とは空気に徹し、夫を支えるものだと習っております。……ですので、私のことは」
「いや、そういうわけにはいかない」

 真白の言葉を遮って、律哉がそう言う。今までにないほどに迫力のある声に、真白は目をぱちぱちと瞬かせた。

 その姿を見てか、律哉はハッとして「すまない」と言葉を口にする。

「確かに、そういう考えはあるだろう。……だが、俺はあなたを空気と思って接することは出来そうにない」

 ゆるゆると首を横に振った律哉が、そう伝えてくる。……ただ、戸惑うことしか出来ない。

「あなたは俺の妻だろう。つまり、家族だ」
「……家族」
「家族を空気のように扱うことなど、出来やしない。……そういうことだ」

 彼はさも当然のようにそう言う。……なんだか、無性に照れ臭い。その所為で、真白は少しだけ俯いた。

 そんな真白を見たためか、律哉が「真白?」と声をかけてくる。

 ……今、顔を上げることは出来そうにない。

「なにか、変なことでも言っただろうか? もしも、そうだったら――」
「ち、違います!」

 律哉は変なことなんて言っていない。

「い、いえ、ただ、そういうお考えもあるのだなぁと、思いまして……」

 目からうろことは、こういうときに使う言葉なのだろう。

 一人納得しつつ、真白は頷く。律哉は「そうだろうか?」と零していた。

「俺の考えは、一般的だと思う。……まぁ、未だに古臭い人間は、あなたのいうような考えも持っているだろうが」
「……古臭い」

 それは遠回しに真白の父を「古臭い」と称しているに近いだろう。

 けれど、律哉の表情を見るに。そういう意味を含んでいることはないようだ。

 ただ純粋に、真白を大切に思っているからこそ、出た言葉のようだった。

「今後、そういう考えは俺としては廃れてほしいな。……妻も、家族なのだから」
「……はい」

 彼の真剣なまでの言葉に、頷くことしか出来ない。

「なので、遠慮はよしてくれ。今後あなたが快適に過ごすために必要なものは、必要な品だ」
「……はい」

 ここまで言われたら、断るのは逆に失礼に当たるだろう。

 そう思うからこそ、真白はこくんともう一度首を縦に振っていた。
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