入れ替わりの婚約者

扇 レンナ

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~序章~

上手くいかない花嫁修業②

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 自然とミラベルの口からそんな言葉が零れ出ていた。

 それには、リゼットとて同意したい。

 多分ではあるが、二人の人選が逆であれば、上手く行ったような気もするのだ。……希望的観測論でしかないが。

「でもまぁ、このままやるしかないわね」

 ミラベルがそう言って、ティーカップを手に取って口に運ぶ。

 その仕草は美しくて、品がある。それはリゼットにはないもの。

 ……そして、きっとリゼットの婚約者が望んでいるであろうもの。

(そう、彼はきっと私よりもミラベルのほうを好ましく思うわ。……こんなお転婆娘よりも、大人しくて博識な女性のほうがいいに決まっている)

 リゼットの婚約者は、南の辺境を治める伯爵だ。

 そこは大きな港があることもあり、貿易が盛ん。その彼もまた、商売人魂のたくましい男性だった。

 だからこそ、底抜けに明るいがお転婆なリゼットと彼は、上手く行かないのだ。

 なにもかもを計算して動きたい彼と、直感で動きたいリゼット。相性が悪すぎた。

「というか、大体どういう理由で私たちは婚約者が決まったんだっけ?」

 リゼットがそう零せば、ミラベルが眉間にしわを寄せたのがわかった。……どうして覚えていないのか。そうとでも言いたげな態度だ。

「皇帝陛下からのお達しじゃない。もちろん、どちらがどちらに嫁ぐかは自由だったわ。そこを決めたのはお祖父さまよ」

 二人の祖父――先代のブランシャール伯爵は厳格な人物だ。合わせ、なによりも融通の利かない人物である。

「ほら、お祖父さまは人に興味がないでしょう? だから、適当に決めたそうよ」
「まぁ、二分の一を外したのね」

 融通が利かない。そのうえで頑固。自分の意見は絶対に曲げない……そんな祖父に逆らうこともできなかった二人は、渋々その話を受け入れた。

 皇家からの頼みを断るという考えは、祖父にはない。だって、彼は古い人間だから。

(孫娘のこと一つまともに見ていないなんて……)

 リゼットは心の中で悪態をつきつつ、脚をぶらぶらと揺らす。ミラベルに睨まれたが、そんなこと気にする余裕もない。

「……ねぇ、ミラベル。覚えている?」
「なにをよ」

 ジト目になりつつリゼットを見つめ、ミラベルがそう問いかけてくる。

 だからこそ、リゼットはテーブルをバンっとたたいた。

「私たち、昔よく入れ替わって遊んだじゃない」

 あれは、二人が小さな頃。両親も判別がつかないという顔を使って、度々入れ替わって遊んでいたのだ。

「だからね――」
「却下よ」

 ミラベルはリゼットの言葉を最後まで聞かずに、切り捨てる。

「大体、あれは小さな頃だから許されるのよ。今入れ替わってみなさい。すぐにばれるわ」

 彼女の言葉は正しい。かといって、このまま大人しく結婚を受け入れるのも苦しい。

「けど、ミラベルはこのままでいいの? このままだと、相性の悪い人と一生を送る羽目になるわ」

 その言葉に、ミラベルの眉間がぴくりと反応する。……多分、彼女もそれを憂いでいるのだ。

 双子というのは本当に便利である。意思疎通が容易いのだから。

「そんな未来、私は絶対にごめんよ。だったら、入れ替わってみるのもありだと思わない?」
「……そんなもの、無理よ」

 ミラベルはそう言うが、目の奥が揺れているのがよくわかる。

 ……多分、葛藤している。それに気が付いて、リゼットはあと一押しだと思った。

「ねぇ、お願い。私の一生の頼みだと思って、私と入れ替わってみてくれない?」

 ミラベルの手をぎゅっと握って、懇願した。

 もう、彼女に縋るしかないのだ。婚約者のあの冷たい視線に晒されるのは、結構堪える。

「……はぁ、わかったわよ」

 しばらくして、ミラベルがそう言葉を口にした。が、すぐに「ただし」と言葉を付け加える。

「入れ替わることは、公言しましょう」
「……え」
「もちろん、全員にとは言わないわ。せめて、互いの婚約者にくらいきちんと明かすのが礼儀よ」
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