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第1章
飲み会は苦痛です 1
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新人歓迎会という名の飲み会は、毎年王都にある巨大な酒場を貸し切って行われる。この年に入ってきた騎士は強制参加ではあるものの、それ以外の騎士は自由参加だ。が、上層部の人間は強制的に参加させられるそうだが。
これは新米騎士たちの交流会でもあるので、騎士団の部署ごとに席が割り振られていた。その所為で、アリスの側にクリスタはいてくれない。彼女は第三騎士団……前線部隊に配属されたらしく、そこで同僚たちと楽しそうに言葉を交わしていた。
(うぅ、どう、声をかければいいの……?)
恐る恐る周囲を見渡す。でも、誰に声をかければいいかがわからない。
(二人組よりもグループに声をかけたほうがいいのよね? そっちのほうが、邪魔にならないし……)
そう思いつつ、アリスは一旦落ち着こうと深呼吸をした。
「よ、よし、行く――」
小さくそう呟いて、アリスが俯いていた顔を上げる。……瞬間、なんだかくらくらとして気分が悪くなってしまった。
一人でいるのが気まずくて、ちまちまとお酒を飲んでいた。多分、それが原因だ。
「うっ……」
まだ新人歓迎会は始まって三十分程度しか経っていない。予定では二時間ほどあるらしいので、我慢するのは無理だ。
(お手洗いに、行こう……)
もう、すでに無理っぽい。心が折れそうになりながら、アリスは席を立ちあがってお手洗いのほうに向かった。
しかし、災難とは立て続けに起こるものらしい。アリスがお手洗いから戻ってこようとしたとき、不意に目の前から先輩であろう男性騎士たちが歩いてきた。……年齢は、二十代半ばくらいだろうか。三人組の彼らは、アリスを見ると「やぁ」と声をかけてくる。その態度はフレンドリーではあるが、何故か心がざわめいた。
「ど、どうも……」
会釈して、彼らの隣を早足に通り抜けようとする。だが、不意に手首を掴まれた。驚いてそちらに視線を向けると、三人組のうちの一人がアリスに顔を近づけてきた。……さらりとした髪が、靡いた。
「そんな素っ気ない態度、取らないでよ。別に、取って食おうってわけじゃないんだからさ」
にんまりと笑った彼が、アリスの肩を軽く叩いてくる。仄かに香るアルコールのにおい。……彼らも、もうすでに相当飲んでいるらしい。自然と、顔をしかめてしまった。
「おいおい、警戒されているぞ? っていうか、この子新人だろ? 結構可愛いじゃん」
別の一人が、アリスの背後に立つ。……自然と、びくりと肩が揺れた。
「なぁなぁ、この後俺たちと抜け出さねぇ? どうせ、退屈してるんだろ?」
「そ、そういう、わけじゃあ……」
これはなんなのだろうか? 一種のナンパなのだろうか? 心の中でそう思いつつ、アリスは身体を縮める。
(そもそも、騎士ともあろうお人がナンパなんてするものなの……?)
それに、抜け出すということは……うん、大体想像がつく。
そのため、アリスはぶんぶんと首を横に振る。
「け、結構です! あの、私、戻りますね……」
勇気を振り絞って、男性たちの誘いを断る。けれど、アリスの手首を離してくれない。振り払おうとするものの、それさえも上手くいかない。
「そんなつれないこと言わないでよぉ~。ね? キミだって、ちょっとくらい……ねぇ?」
アリスの手首を掴んでいる男性が、アリスの顎をすくい上げた。自然と彼と見つめ合うような形になり、アリスの背筋に冷たいものが走った。……なんだか、マズイような気がする。
(ひぇええっ!)
こういうとき、どうやればうまく躱せるのだろうか? 思考回路を必死に動かすものの、全く頭が働いてくれない。
「そんなぐいぐい行くと怯えられるってば。……なぁ、新人ちゃん?」
別の騎士が、アリスの肩を抱き寄せてそう言ってくる。……手慣れている。それだけは、わかった。
「あ、あの、わ、私……その、そのっ!」
「言葉になってないよ? そんなんだと、悪い男に食べられちゃうかもね」
悪い男はあなたたちでしょう!
クリスタならば、きっとこう言えただろう。いや、アリスの姉もきっとこう言えた。アリスだから、言えないだけで……。
「っていうか、この子割と胸大きくね? うわぁ、えっちぃ~」
「お前本当に胸好きだなぁ」
自分を挟んで行われる下品な話に、アリスの顔からサーっと血の気が引いていく。
(こ、このままだったら、食べられる……?)
もちろん、物理的にじゃない。性的に、だ。それを察し、アリスはぶるりと身体を震わせる。
「い、いや、あの離してくだしゃい!」
必死の言葉だった。でも、噛んだ所為で全く迫力がない。
男性たちが一瞬だけ顔を見合わせた。が、すぐににやにやと笑っていた。
「噛んだよね? かーわいい。そういうの、そそる~!」
「ひぇっ!」
どうしてこんな人たちが騎士をやれているのだろうか……。
頭の中に小さく浮かんだ疑問。だが、それよりもこの状況をどう抜け出すかを考えなくては……。
(う、うぅぅぅ! 帰りたい! もう、無理ぃぃぃ!)
さすがにもう泣き出したい。視界が潤みだし、せめて寄宿舎に、出来ることならば実家に……とアリスが思い始めたとき。
「おい、お前ら、なにをしている」
救いの声が、聞こえてきた。
これは新米騎士たちの交流会でもあるので、騎士団の部署ごとに席が割り振られていた。その所為で、アリスの側にクリスタはいてくれない。彼女は第三騎士団……前線部隊に配属されたらしく、そこで同僚たちと楽しそうに言葉を交わしていた。
(うぅ、どう、声をかければいいの……?)
恐る恐る周囲を見渡す。でも、誰に声をかければいいかがわからない。
(二人組よりもグループに声をかけたほうがいいのよね? そっちのほうが、邪魔にならないし……)
そう思いつつ、アリスは一旦落ち着こうと深呼吸をした。
「よ、よし、行く――」
小さくそう呟いて、アリスが俯いていた顔を上げる。……瞬間、なんだかくらくらとして気分が悪くなってしまった。
一人でいるのが気まずくて、ちまちまとお酒を飲んでいた。多分、それが原因だ。
「うっ……」
まだ新人歓迎会は始まって三十分程度しか経っていない。予定では二時間ほどあるらしいので、我慢するのは無理だ。
(お手洗いに、行こう……)
もう、すでに無理っぽい。心が折れそうになりながら、アリスは席を立ちあがってお手洗いのほうに向かった。
しかし、災難とは立て続けに起こるものらしい。アリスがお手洗いから戻ってこようとしたとき、不意に目の前から先輩であろう男性騎士たちが歩いてきた。……年齢は、二十代半ばくらいだろうか。三人組の彼らは、アリスを見ると「やぁ」と声をかけてくる。その態度はフレンドリーではあるが、何故か心がざわめいた。
「ど、どうも……」
会釈して、彼らの隣を早足に通り抜けようとする。だが、不意に手首を掴まれた。驚いてそちらに視線を向けると、三人組のうちの一人がアリスに顔を近づけてきた。……さらりとした髪が、靡いた。
「そんな素っ気ない態度、取らないでよ。別に、取って食おうってわけじゃないんだからさ」
にんまりと笑った彼が、アリスの肩を軽く叩いてくる。仄かに香るアルコールのにおい。……彼らも、もうすでに相当飲んでいるらしい。自然と、顔をしかめてしまった。
「おいおい、警戒されているぞ? っていうか、この子新人だろ? 結構可愛いじゃん」
別の一人が、アリスの背後に立つ。……自然と、びくりと肩が揺れた。
「なぁなぁ、この後俺たちと抜け出さねぇ? どうせ、退屈してるんだろ?」
「そ、そういう、わけじゃあ……」
これはなんなのだろうか? 一種のナンパなのだろうか? 心の中でそう思いつつ、アリスは身体を縮める。
(そもそも、騎士ともあろうお人がナンパなんてするものなの……?)
それに、抜け出すということは……うん、大体想像がつく。
そのため、アリスはぶんぶんと首を横に振る。
「け、結構です! あの、私、戻りますね……」
勇気を振り絞って、男性たちの誘いを断る。けれど、アリスの手首を離してくれない。振り払おうとするものの、それさえも上手くいかない。
「そんなつれないこと言わないでよぉ~。ね? キミだって、ちょっとくらい……ねぇ?」
アリスの手首を掴んでいる男性が、アリスの顎をすくい上げた。自然と彼と見つめ合うような形になり、アリスの背筋に冷たいものが走った。……なんだか、マズイような気がする。
(ひぇええっ!)
こういうとき、どうやればうまく躱せるのだろうか? 思考回路を必死に動かすものの、全く頭が働いてくれない。
「そんなぐいぐい行くと怯えられるってば。……なぁ、新人ちゃん?」
別の騎士が、アリスの肩を抱き寄せてそう言ってくる。……手慣れている。それだけは、わかった。
「あ、あの、わ、私……その、そのっ!」
「言葉になってないよ? そんなんだと、悪い男に食べられちゃうかもね」
悪い男はあなたたちでしょう!
クリスタならば、きっとこう言えただろう。いや、アリスの姉もきっとこう言えた。アリスだから、言えないだけで……。
「っていうか、この子割と胸大きくね? うわぁ、えっちぃ~」
「お前本当に胸好きだなぁ」
自分を挟んで行われる下品な話に、アリスの顔からサーっと血の気が引いていく。
(こ、このままだったら、食べられる……?)
もちろん、物理的にじゃない。性的に、だ。それを察し、アリスはぶるりと身体を震わせる。
「い、いや、あの離してくだしゃい!」
必死の言葉だった。でも、噛んだ所為で全く迫力がない。
男性たちが一瞬だけ顔を見合わせた。が、すぐににやにやと笑っていた。
「噛んだよね? かーわいい。そういうの、そそる~!」
「ひぇっ!」
どうしてこんな人たちが騎士をやれているのだろうか……。
頭の中に小さく浮かんだ疑問。だが、それよりもこの状況をどう抜け出すかを考えなくては……。
(う、うぅぅぅ! 帰りたい! もう、無理ぃぃぃ!)
さすがにもう泣き出したい。視界が潤みだし、せめて寄宿舎に、出来ることならば実家に……とアリスが思い始めたとき。
「おい、お前ら、なにをしている」
救いの声が、聞こえてきた。
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