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騎士王子の片恋相手

騎士王子の片恋相手④

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「……これで、あらかた終わりましたね」

 それからナタン率いる後半の部隊と合流し、グレースとオディロンたちは何とか魔物退治を済ませることが出来た。

 剣のさやを撫でるオディロンの姿はとても絵になるほどかっこいい。そんな彼をぼうっと見つめていれば、オディロンは「何か?」とグレースに視線を向けてきた。そのため、「いえ、何でもないです」とキリっとした表情を作り上げて返事をする。

(この場だものね。私的なことは避けるべきだわ)

 そう思い、グレースは口元を引き締める。

 オディロンは魔物の亡骸を見つめつつ、「……やはり、食糧不足か」と呟いていた。

「この地に研究者の派遣を」
「はっ!」
「けが人はいるか?」
「一応軽傷者が数名。中傷者が一名です」
「では、すぐに治療を」

 グレースがオディロンの姿をぼうっと見つめている間に、彼はてきぱきと指示を出していく。そのため、グレースも部下の騎士たちに指示を出し始めた。

 ――そんな時だった。

「危ないっ!」

 真横からそんな声が聞こえ、グレースの身体が力いっぱい突き飛ばされる。驚きグレースが目を見開けば、グレースのいた場所に別の魔物がいた。

(なっ!)

 まだいたのか。

 そう思いつつもグレースが剣を構えれば、それよりも先にオディロンが颯爽と剣を引き抜き魔物に立ち向かう。そして、あっさりと魔物を倒してしまった……のだが。

「オディロン殿下!」

 彼は、突然倒れてしまった。よくよく見れば背中には深い傷跡があり、大方先ほどの魔物にやられてしまったのだろう。それを悟り、グレースは顔から血の気が引くような感覚に襲われてしまう。

 けれど。

「隊長!」
「わ、わかっているわ。すぐに治療の準備を!」

 オディロンが倒れてしまった今、ここで一番偉いのはグレースなのだ。ならば、自分がへこたれている場合ではない。そう思い、グレースは震える声でてきぱきと指示を出していく。

(――オディロン殿下っ!)

 きっと、先ほどグレースの身体を突き飛ばしたのはオディロンだった。そして、彼はグレースを庇ってこんなにも大きなけがを負ってしまった。……彼は、王子殿下なのだから。グレースなんて、守らなくてもよかったのに。

(……でも、きっと大丈夫)

 どくどくと流れる血を見つめながらも、グレースは心の中でそう呟いた。

 その後、ほかの騎士たちが救護のテントを張るのを見守りつつ、グレース自身は止血を試みる。

(……ダメ、か。治癒師を呼んだ方が良いかも)

 これでも手当の基本は学んでいる。が、オディロンのはさすがに傷が深すぎる。応急処置では間に合いそうにない。

「今すぐに近隣の村から治癒師を呼んで頂戴」
「はっ!」

 グレースの指示にナタンがすぐさまに駆けていく。

 胸の中に渦巻く嫌な予感を振り払うように、グレースは頭を横に振った。

 ◆

「……ふぅ」

 それから数時間後。すっかり日は落ちてしまい、辺りは暗くなっている。交代で騎士たちは火の番と休憩をしている。

 そんな中、グレースは一人オディロンの看病に当たっていた。幸いにも近隣の村の治癒師は優秀な人物であり、オディロンの傷を治してくれた。だが、どうにも彼は目覚めない。

 治癒師曰く、しばらくすれば目覚めるだろうということだったが、グレースは心配で仕方がなかった。

「隊長。少し、休憩しませんか?」

 グレースが一人オディロンの看病に当たっていると、不意にテントの外からナタンが顔を見せる。だからこそ、グレースは「いえ、大丈夫」と言って首を横に振った。

「ですが、隊長……」
「大丈夫よ。これは私が招いてしまったことだから」

 肩をすくめながらそう言えば、ナタンは「……いえ、そうじゃないと思いますが」と告げて眉を下げる。そんな彼の言葉をありがたく思いながら、グレースは「貴方はとりあえず休みなさい」と指示を出す。

「……私はもう少しオディロン殿下の様子を見ているから」
「……はい」

 グレースの言葉に納得はしていないようだが、ナタンは素直に引き下がってくれた。彼のこういうところは素直にありがたい。

 そう思いつつ、グレースはオディロンの手を握ってみた。ごつごつとした、男の人の手だった。

(オディロン殿下は、その身分から隊長に選ばれたわけじゃないものね……)

 彼は努力の人だ。身分が王子だから隊長という花形職についているという心無い言葉を言う輩もいるが、グレースはそうは思わない。彼が努力する姿を、グレースは時折見てきたのだ。

「オディロン殿下……」

 そっと彼の目元を指でなぞってみるものの、彼は身じろぎ一つしない。それがどうしようもなく苦しくて、グレースは目を伏せてしまう。

「私、オディロン殿下にたくさん失礼なことをしてしまいましたね」

 もしかしたら、語りかけたらちょっとは反応があるかもしれない。そんな小さな期待を胸に、グレースは彼に声をかけてみることにした。

「オディロン殿下がそういう方じゃないってわかっていても、私、貴方のお言葉が信じられなかった。……申し訳ないと、思っております。ですが、今更になりますが、私はオディロン殿下と向き合いたいと思っております」

 小さな声でそう語りかけ続ければ、ふとオディロンの指先が動いたような気がした。だからこそ、グレースはオディロンの顔に自身の顔を近づけていく。

「私、素直になれないのです。……こんな私のこと、オディロン殿下はもう好きじゃないかもしれません。でも、もしよければ――」

 ――貴方の告白を、受け入れたいと思うのです。

 ずっと考えていた。ジスレーヌに諭されて以来、グレースはずっとそのことばかりを考えていた。

 なのに、タイミング悪くオディロンはグレースの元を訪れなくなってしまって……この言葉を告げるのはこんな場面になってしまったのだ。

「オディロン殿下。どうか、私に手遅れだと思わせないでくださいっ……!」

 小さな声でそう告げた時だった。不意にオディロンの青色の目がうっすらと開かれる。それに驚いてグレースが「オディロン殿下!?」と声を上げる。そうすれば、彼は「……ぐれー、す?」と消え入りそうなほど小さな声でグレースの名前を呼ぶ。

「はい、そうです。グレース・レドレルです」

 どうしてフルネームで名乗ったのかはよくわからない。けれど、グレースがそう言えばオディロンはその手をゆっくりと動かしグレースの長い金色の髪を手で梳く。

「……これ、夢なんでしょうか? グレースが、俺の側に居て……」
「夢じゃないですっ!」

 彼の手を握りながら、グレースはそう告げた。すると、彼は「……グレース」ともう一度グレースの名前を呼んでくる。

「俺、グレースのこと、大好きなんです。……だから、どうか、どうか――」

 まるで、遺言みたいじゃないか。そう思いつつ、グレースは「生きてくださいっ!」ということしか出来なかった。

「……生きたら、グレースが俺の婚約者に……」
「なります、なりますからっ!」

 もう後先なんて考えられなかった。そっと彼の言葉にぶんぶんと首を縦に振ってそう告げれば、彼は口元をふっと緩めた。

「……がんば、るんで」

 それだけの言葉を残して、オディロンはまた目を瞑った。しかし、今度は胸が上下していることから、生きていることは一目瞭然だった。それにほっと胸をなでおろしつつ――グレースは、「よかった」と呟くのだった。

 ◆

 そして、それから数週間後。

「グレース! ほら、次はこれですよ!」
「ま、待って、待ってくださいぃぃ……!」

 その日、グレースは朝から着せ替え人形と化していた。というのも、婚約発表パーティーを開くことになり、その際のグレースの装いを選ぶこととなったのだ。

 オディロンは嬉々としてグレースのドレスを選ぶ。オーダーメイドのドレスをいくつか仕立て、その中から今回のパーティーに身に着けるドレスを選ぶ。

「グレース。桃色とかどうでしょうか? 貴女によく似合うと……」
「私は二十歳です! そんな可愛らしい色合いなんて……」

 彼が持つ桃色のドレスにグレースが難色を示せば、彼は「……じゃあ、青系?」と言って海のように深い真っ青なドレスを手に取る。
 確かに色合い的には問題ない。ただ、問題は――……。

「そのデザインは……ちょっと」

 なんというか、フリルがたっぷりとついた可愛らしいデザインなのだ。ドレスの注文は採寸以外はオディロンに任せてしまったので、グレースは今はじめてドレスのデザインを見ることになってしまった。……さすがに、これはないというデザインも多い。

「こう、もっとシンプルな、シンプルなものにしましょうよぉ……!」

 せめて、こう……もう少し、大人っぽいデザインに。そう思いグレースが抗議をすれば、オディロンは今度は水色のドレスを手に取る。それはシンプルながらに大人っぽいデザインであり、今の流行の最先端だった。

「……これとか?」

 彼は少し不満そうにそう言うが、グレースからすればそれ以上にいいドレスはない。そう思い、「それにします!」と大きな声で言ってしまった。

「じゃあ、次は髪飾りとかアクセサリーを……」
「……えぇっ」

 まだやるのか。そう思いつつも、楽しそうなオディロンを見ているともう何も言えなくなってしまう。

 どうやら彼はグレースを着飾ることに途方もない幸せを覚えているらしく、婚約者になってからは度々こうしてグレースの衣装を選ぶようになった。そのおかげなのか、最近では騎士たちからもグレースの服装は好評なのだ。

「……早く、騎士なんて辞めましょう?」

 不意にオディロンがそう言う。だからこそ、グレースは「嫌です」と答える。

「でも、命の危険が……」
「私はもう少し騎士を続けていたいです」

 確かにオディロンの心配もある意味ただしい。が、グレースからすればそれはお互い様なのだ。オディロンだけが命の危険に晒されるなんて……不公平もいいところ。まぁ、普通の貴族令嬢はこんなこと思わないのだろうが。

「それに……ほらっ、オディロン殿下も騎士服の私が好きでしょう?」

 なんと自意識過剰な言葉だろうか。そう思ったものの、オディロンが勢いよく「はい!」というので毒気は抜かれてしまう。

「俺の可愛いグレースは、何を着ても似合うんです。……グレース、好きです」
「……愛情が重いです」

 引きつる頬を無理やり伸ばしながら、グレースはそういう。すると、オディロンは嬉しそうに笑っていた。

 そんな彼の表情に完全に毒気を抜かれてしまって……グレースは、彼の肩に頭を預ける。

「グレース?」
「……オディロン殿下のこと、ずっと、本当は……その」

 そろそろ白状しようかと思うが、やっぱり無理だ!

 そう思うからこそ、グレースは「やっぱり、何でもないです……」ということしか出来なかった。

「グレース」
「またいつか、いつか言いますからっ!」

 せめて、挙式までには言いたい。そう思いながら――グレースは、目を瞑るのだった。
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