5 / 9
本編 第1話
05.
しおりを挟む
そう思い、背筋を正してメルレインに視線を向ける。アルティングルが出来る限り凛とした座り方を心がけていれば、目の前のメルレインはふっと口元を緩めていた。
「緊張することはない。この部屋には、俺とお前しかいない」
彼はそう言つつ頬杖をついて、脚を組みなおした。彼は背丈が高く、なおかつ脚も長い。……本当に、極上の男性だ。
(……しかし、そうはおっしゃっても余計に緊張するのだけど)
目の前の王の風格は、アルティングルの父とは比べものにならない。きっと、父なんて足元にも及ばないだろう。
心の中だけでそう呟いて、アルティングルは口を開く。
「本日は、お時間を作っていただき誠にありがとうございます」
「……あぁ」
アルティングルがそう言えば、メルレインは淡々と返事をくれた。その声は冷たい。興味がないと、声音だけで伝えているかのようにも、聞こえてしまう。
「陛下のお耳にも入っていらっしゃるかと思いますが、本年、多くの国が食糧難に陥っております」
それは、真実だ。もちろん、ナウファルだけの問題ではない。その周辺国も、圧倒的な水不足による食糧難に陥っていた。
砂漠において、雨が降らないというのは死活問題なのだ。
「我がナウファルも例外ではありません。……無礼だということは、承知のうえでございます。……ですが、どうか援助をしていただきたく」
視線を下げそうになる。けど、彼を見つめなければ。
自分自身にそう強く言い聞かせ、アルティングルはそう言い切った。
……メルレインの視線が、アルティングルを射貫く。かと思えば、その口元が楽しそうに歪んでいた。
「そういうことは、お前が頼むことではないのではないか?」
「……は」
彼の発したその言葉の意味が、いまいちよくわからない。その所為でアルティングルの口から間抜けな声が零れる。
だが、メルレインは気にした素振りもない。
「援助が欲しい。それはわかる。が、ならば王が来るべきであろう。……第七皇女のような末端の皇族が来るものではない」
「……そ、れは」
「まるで、我が国を舐めてかかっているかのようだ」
メルレインの言葉に、アルティングルは手をぎゅっと握りしめた。だって、彼の言っていることは正しいのだから。
「格上の相手に、頼む態度ではないだろう」
……間違いない。ナウファルは頼む側であり、かつ弱小国だ。普通ならば、アルティングルの父である王が来なければならない。
でも、それが出来ないわけがある。
「お、お父さま、は……」
「病で床に臥せっている、とでも言いたいのか? 残念だが、俺の耳には入っていないな」
言い訳を素早く潰された。まるで、退路を断たれたかのようだ。そう、思ってしまう。
「そもそも、我が国がナウファルなどに支援をし、メリットがあると思うのか」
「……いえ」
「ならば、その頼みは図々しいと言えるだろう。……お前も皇族の末席ならば、それくらい理解しているはずだ」
本当に、彼は正論で畳みかけてくる相手だ。
彼は確実に道を潰していく。気が付けば目の前にある一本の道しか残されていないようにも思える。そして、その道は――帰り道だ。
「わざわざ遠いところを出向いてもらって悪いが、お前の頼みは聞けないな。……これで、会談は終わりだ」
メルレインが立ち上がってそんな言葉で締めくくった。
……だけど、アルティングルにはここで引けないわけがある。なにがなんでも、援助をもぎ取らねばならないのだ。
「そこを、なんとかお願いできないでしょうか……?」
窺うようにそう問いかければ、メルレインの視線がアルティングルを射貫く。……「馬鹿なことを言うな」、彼の目はそう物語っていた。
「お前は先ほどの話を聞いていなかったのか。……無理なものは無理だ」
突き放すような、冷たい冷たい声。心臓がぎゅっと縮こまるのがわかる。……だけど。
「私に出来ることは、なんでもします。……この命を捧げたって、構いません」
「……なにを」
アルティングルを見つめるメルレインの目に、驚きが混じった。
それに目ざとく気が付いて、アルティングルは頭を深々と下げる。
「国のためならば、私は命を捨てる覚悟でございます。……それが、皇族としての務めでございますから」
母が言った。皇族ならば、民のために命を捨てる覚悟を持ちなさいと。
「民たちは、飢えております。……私一人の力では、なにも出来ないのです」
「……だったら、なんだ」
「あなたさまも王。……民たちが苦しむ姿を、見過ごせないという気持ちはわかるはずでございます」
必死に訴えて、訴えて、訴える。
メルレインは、なにも言わない。時折「ふぅん」というような声を上げるだけだ。
「ならば、一つ聞こう。……その民たちが飢えているのは、誰の所為だ?」
「……っ」
問いかけに、アルティングルは答えられなかった。唇を引き結ぶ。背中に嫌な汗が伝った。
「食糧難だから。水がないから。……それは、確かに一理あるだろう。……が」
頭を下げるアルティングルの前に、メルレインが立つ。彼は、アルティングルの髪の毛を掴んだ。
「――その根本の原因は、お前ら皇族であろう?」
「緊張することはない。この部屋には、俺とお前しかいない」
彼はそう言つつ頬杖をついて、脚を組みなおした。彼は背丈が高く、なおかつ脚も長い。……本当に、極上の男性だ。
(……しかし、そうはおっしゃっても余計に緊張するのだけど)
目の前の王の風格は、アルティングルの父とは比べものにならない。きっと、父なんて足元にも及ばないだろう。
心の中だけでそう呟いて、アルティングルは口を開く。
「本日は、お時間を作っていただき誠にありがとうございます」
「……あぁ」
アルティングルがそう言えば、メルレインは淡々と返事をくれた。その声は冷たい。興味がないと、声音だけで伝えているかのようにも、聞こえてしまう。
「陛下のお耳にも入っていらっしゃるかと思いますが、本年、多くの国が食糧難に陥っております」
それは、真実だ。もちろん、ナウファルだけの問題ではない。その周辺国も、圧倒的な水不足による食糧難に陥っていた。
砂漠において、雨が降らないというのは死活問題なのだ。
「我がナウファルも例外ではありません。……無礼だということは、承知のうえでございます。……ですが、どうか援助をしていただきたく」
視線を下げそうになる。けど、彼を見つめなければ。
自分自身にそう強く言い聞かせ、アルティングルはそう言い切った。
……メルレインの視線が、アルティングルを射貫く。かと思えば、その口元が楽しそうに歪んでいた。
「そういうことは、お前が頼むことではないのではないか?」
「……は」
彼の発したその言葉の意味が、いまいちよくわからない。その所為でアルティングルの口から間抜けな声が零れる。
だが、メルレインは気にした素振りもない。
「援助が欲しい。それはわかる。が、ならば王が来るべきであろう。……第七皇女のような末端の皇族が来るものではない」
「……そ、れは」
「まるで、我が国を舐めてかかっているかのようだ」
メルレインの言葉に、アルティングルは手をぎゅっと握りしめた。だって、彼の言っていることは正しいのだから。
「格上の相手に、頼む態度ではないだろう」
……間違いない。ナウファルは頼む側であり、かつ弱小国だ。普通ならば、アルティングルの父である王が来なければならない。
でも、それが出来ないわけがある。
「お、お父さま、は……」
「病で床に臥せっている、とでも言いたいのか? 残念だが、俺の耳には入っていないな」
言い訳を素早く潰された。まるで、退路を断たれたかのようだ。そう、思ってしまう。
「そもそも、我が国がナウファルなどに支援をし、メリットがあると思うのか」
「……いえ」
「ならば、その頼みは図々しいと言えるだろう。……お前も皇族の末席ならば、それくらい理解しているはずだ」
本当に、彼は正論で畳みかけてくる相手だ。
彼は確実に道を潰していく。気が付けば目の前にある一本の道しか残されていないようにも思える。そして、その道は――帰り道だ。
「わざわざ遠いところを出向いてもらって悪いが、お前の頼みは聞けないな。……これで、会談は終わりだ」
メルレインが立ち上がってそんな言葉で締めくくった。
……だけど、アルティングルにはここで引けないわけがある。なにがなんでも、援助をもぎ取らねばならないのだ。
「そこを、なんとかお願いできないでしょうか……?」
窺うようにそう問いかければ、メルレインの視線がアルティングルを射貫く。……「馬鹿なことを言うな」、彼の目はそう物語っていた。
「お前は先ほどの話を聞いていなかったのか。……無理なものは無理だ」
突き放すような、冷たい冷たい声。心臓がぎゅっと縮こまるのがわかる。……だけど。
「私に出来ることは、なんでもします。……この命を捧げたって、構いません」
「……なにを」
アルティングルを見つめるメルレインの目に、驚きが混じった。
それに目ざとく気が付いて、アルティングルは頭を深々と下げる。
「国のためならば、私は命を捨てる覚悟でございます。……それが、皇族としての務めでございますから」
母が言った。皇族ならば、民のために命を捨てる覚悟を持ちなさいと。
「民たちは、飢えております。……私一人の力では、なにも出来ないのです」
「……だったら、なんだ」
「あなたさまも王。……民たちが苦しむ姿を、見過ごせないという気持ちはわかるはずでございます」
必死に訴えて、訴えて、訴える。
メルレインは、なにも言わない。時折「ふぅん」というような声を上げるだけだ。
「ならば、一つ聞こう。……その民たちが飢えているのは、誰の所為だ?」
「……っ」
問いかけに、アルティングルは答えられなかった。唇を引き結ぶ。背中に嫌な汗が伝った。
「食糧難だから。水がないから。……それは、確かに一理あるだろう。……が」
頭を下げるアルティングルの前に、メルレインが立つ。彼は、アルティングルの髪の毛を掴んだ。
「――その根本の原因は、お前ら皇族であろう?」
0
お気に入りに追加
106
あなたにおすすめの小説
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする
カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m
リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。
王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【龍王様の箱庭】━━千人いるハレムの中で……私が龍王さまの運命のつがい!?
大福金
恋愛
小さな村で薬草を集め、薬を作り生計をてていた、主人公の翠蘭。
平穏で普通な毎日が一変したのは、竜王様の番が赤髪の女性だと世界に知れ渡った時。
赤髪の女性達は竜王国にある箱庭(ハーレム)に集められた。
翠蘭もそんな中の1人だった。
自分が選ばれるはずないと思っている翠蘭は箱庭での生活が息苦しくてたまらない。
出来ることなら村に帰りたい。
箱庭にいる番候補の貴族たちは皆、怠慢で偉そう。
事ある毎に、平民である翠蘭を見下し虐めてくる。
翠蘭は貴族たちの、ストレス発散の対象になっているのだ。
なぜ自分がこんな理不尽な扱いをうけないといけないのか。
だが……月が美しく照らしていたある日、翠蘭はある出会いをはたし……
この出会いを皮切りに翠蘭の運命は自分が思っていた事と真逆に進んで行く。
※朝6時10分に毎日更新予定です。
新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
英雄になった夫が妻子と帰還するそうです
白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。
愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。
好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。
今、目の前にいる人は誰なのだろう?
ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。
珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥)
ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる