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日常編
お約束はお大事に!(後編)
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僕は唇を尖らせると、今度はフレデリクの腕に抱きついて、恋人の服を選び始めた。
リヴィオのセンスが光るセレクトはさすがで、全てが白銀の美丈夫にぴったりの一品だ。
「う~ん。フレッドの格好よさを引き立てるものばかりで、迷っちゃうなぁ」
どれを選んでも究極の選択となってしまい、悩みに悩んでいると、側にある絹織物に目が止まった。
こ、これは……!
ブルーグレーの上品なそれは、思わず頬ずりをしてしまいたくなるほどの滑らかさで、一見して最上の絹布だと分かる。
硬派でいて甘い色香を漂わせているフレデリクに、とても似合う色と質感だ。
これは運命だと、己の本能が告げている。
「フレッドっ。これにしようっ! リヴィオさんに頼んで、一から仕立ててもらおうよ」
「いい色だな」
「そうでしょ? フレッドの髪や瞳の色を、より魅力的にしてくれると思うんだ」
眩しいブルーと落ち着いたグレーを併せ持った、優しく洗練された色味が、鮮やかな銀髪碧眼を品良く引き締めるのだ。
いいっ……いいよっ!!
僕の頭の中は、この絹布を身にまとう凛々しいフレデリクで満たされた。
「それでね、裾と袖に、銀糸でミリエーネの模様を入れるんだ。素敵でしょ? 襟も少しだけ刺繍で飾って……あとは――」
興奮して、腕に強く抱きつきながら、理想のデザインを語る僕。
「意匠まで考えてくれるんだな」
「あ……素人の僕より、職人さんが考えたものがいいよね……」
「いや、俺はテオがいい。服なら、父に奪われないだろうしな」
「ふふっ。じゃあ、マントに匹敵するぐらいの素敵なものにしてもらおうね」
「ああ。楽しみだ」
二人の間でのマントといえば、僕が剣術大会の時に専属騎士へ贈ったものを指す。
僕が針子さんと相談してデザインを考えた自信作で、フレデリクも気に入って、隊舎にある自室に飾ってくれていた。
しかし、フレデリクのお父さんであるテュレンヌ侯爵も大変お気に召したようで、半ば強引に邸宅へと持ち帰られてしまったらしい。
このことに関しては、未だに親子間で意見が対立していると聞く。
完全に素人のセンスなんだけど、テュレンヌ家の人たちが僕のデザインを好んでくれるのは嬉しいんだよね~!
「じゃあ、次はティーカップを見よう! 最近、一緒に朝のお茶をしてるでしょ? その時に、おそろいのカップで飲みたいなぁって思って。どうかな?」
逞しい腕にぶら下がるようにして、アクアマリンの瞳をのぞき込む。
「朝の時間が、今よりもっと特別な時間になりそうだ」
「うん、うんっ!」
僕たちは、きれいに並んだカップ&ソーサーに目をやった。
リヴィオが言っていたが、この全てが一流の職人によるもので、世界に一対だけのペアカップだ。
間近で見ると、精緻な細工にうっとりとため息が出てしまう。
「すごくきれい……。もはや芸術品だね。使うのに緊張しちゃう」
「そうだな。特に装飾が豪華なものは、普段使いとしては気が引けるな」
品ぞろえは非常に豊富で、中には、キンキラキンな黄金のカップかと思えるようなものまである。
フレデリクの言う通り、毎日のリラックスタイムには使いづらいかなと思う。
でも……昔の僕はこういうカップを、これみよがしに使ってたんだよね……。
前世の記憶がよみがえる前の、品のない生活が脳裏をよぎる。
身の回りを豪華なもので埋め尽くして、ふんぞり返っていた。
ギラギラしたカップで紅茶を飲んでいることが、王子として最高って……。
それで、気に食わないことがあると、周りの人にカップの中身をぶっかけたりしていた。
……本当に僕って……最低どころじゃない最悪王子だ……。
「テオ? どうかしたのか?」
急に静かになった僕に、フレデリクは不思議そうな顔を向けてくる。
熱く甘く、僕を愛してくれる優しいフレデリク。
こんな僕を好きになってくれたのは、本当に奇跡のような幸せだ。
「……フレッドが、僕を好きになってくれた奇跡を噛みしめてるんだ」
僕の突拍子もない言葉に、フレデリクは穏やかに頬を緩める。
「俺がテオを好きになったのは、奇跡じゃなくて必然だ」
僕がしたように、唇の端に可愛らしい音を立ててキスをされて、胸の奥が喜びでむずがゆくなった。
「……あんなにひどいことをいっぱいしたのに?」
「関係ない。俺はテオを愛さずにはいられないから」
「フレッド……」
ううっ……すきっ、だいすきっ!!!!!!
僕は、再びフレデリクに強く抱きついた。
「……何か思い出したのか?」
勘の鋭い恋人には、僕の心の中はすぐにバレてしまう。
「……少しだけね。でも、フレッドの愛の告白で、頭の中がいっぱいになっちゃった。カップ、一緒に選ぼう!」
ぐりぐりと広い胸に頭を擦りつけながら言うと、フレデリクはそっと僕の髪を撫でてくれた。
「俺はテオに選んでほしい」
「え~? 好みのものはないの?」
「俺は飲みやすい形と重さをしていればいいかな」
「……僕の服も、そういう観点から選んでくれていいんだよ?」
「それだけは別だ」
真剣に答えるフレデリクがおかしくて、僕は声を出して笑った。
「譲れないものってあるもんね」
僕はフレデリクの腕の中から、カップたちを見つめた。
派手なものからシンプルなものまで。
色とりどりだが、模様は花柄が多いようだ。
せっかくなら、王都では手に入らないようなものがいいんだけど……あるかな……。
「あの魚の柄……珍しいな」
「ん? どれ?」
フレデリクの視線の先には、白いカップがあった。
シンプルなデザインで、カップの真ん中とソーサーの縁に、青い模様が並んでいる。
よく見ると、それは魚だった。
一列になって、魚が泳いでいる。
「かわいいっ!」
周囲のものとは、一味違う雰囲気。
持ち上げてみると、飲みやすそうな形と重さだった。
これなら、フレデリクの要望も満たしている。
「ね、フレッドっ。これにしようよ! 魚の柄なんて、王都にはないだろうし。ラオネスらしくて素敵じゃない?」
「そうだな。素朴な可愛らしさがあって気に入ったよ」
「やった! このカップに決まりだねっ。明日のお茶の時間が楽しみだなぁ~」
「こうやって二人で選んだものだと、気持ちも華やぐな」
「でしょ~? 嬉しくなるよね」
そう言って、ご機嫌な笑みを向けると、白皙の美貌が柔らかく微笑み返してくれる。
くぅっ……フレッド、本当にカッコいいよなぁ……っ!!!!!!
ふとした瞬間の表情や仕草に、僕はいつだってドキドキさせられる。
毎日一緒にいるというのに、フレデリクの魅力には、少しも慣れることができなくて。
ずっと、胸を高鳴らせっぱなしなのだ。
「次は宝石か?」
「う、うん……っ」
わっ。ついフレッドに見惚れちゃってた……!
僕はごまかすようにして強く腕にしがみつくと、恋人を宝石の方へ引っ張っていった。
「すごいねぇ~! キラキラしてる!!」
陳列台の上は、大きな宝石箱をひっくり返したように輝いていた。
ルビー、サファイア、トパーズ、ダイアモンド、ガーネット。
真珠や珊瑚も一級品が並べられて、大迫力の美しさだ。
その中でも、一番品数が多いのがアクアマリン、次いでエメラルドだった。
「リヴィオさんも言ってたけど、今回はアクアマリンとエメラルドを沢山用意してもらったんだ」
「俺たちの瞳の色か?」
「うんっ。僕ね……フレッドの瞳と同じ色のアクアマリンが欲しいって前から思ってたんだ。それでね、フレッドにも、僕と同じ色のエメラルドを持ってて欲しいなぁ~って」
「いいな。俺の生涯のお守りにしよう」
生涯のお守り……っ!!
恋人のロマンティックな言葉に、恋心が激しくときめいてしまう。
「僕も! お守りにするっ」
「お互いに身につけておこうな」
強く頷くと、頬に優しい口づけが落ちてきた。
「ふふっ。フレッドの瞳の色に近いものがあればいいな」
僕はきれいに並んだアクアマリンをじっくりと見下ろした。
「思ったより、色の濃淡に幅があるね……!」
「同じアクアマリンだと思えないほどの差だな」
透明に近い涙を思わせる淡い碧から、澄んだ海を閉じ込めたような深い碧まで。
想像以上に色に個性があった。
「エメラルドも、それぞれ違う翠だ」
フレデリクはエメラルドのブローチを手にすると、比べるようにして、僕の目の横に持ってきた。
「どのエメラルドも鮮やかだが、テオの瞳ほど美しい翠は存在しないな」
「……~~~~っ」
すぐそうやって甘いことを言って~~~~!!
「今日はそういう言葉は、もう禁止ですっ!」
「どうして?」
「……ドキドキして買い物にならないの!」
本気のお願いだったというのに、フレデリクはおかしそうに笑う。
「笑わないでよっ。僕は本気なんだから」
「あまりに可愛いから、つい……」
白銀の騎士様は微笑みながら、僕の頬を撫であげる。
「分かった。テオが買い物に集中できるように尽力しよう」
「じ、尽力まではしなくていいよっ」
「そうか?」
何かと甘やかしたがりで尽くしたがりの恋人に、僕はいつも押され気味だ。
「とにかくっ。アクアマリンもエメラルドも沢山あるから、一緒にじっくりと色を確かめようね」
「ああ。満足のいくものを見つけよう」
僕たちは深く頷き合うと、お互いの瞳の色を見つけるべく、宝石の山へと出発した。
溢れんばかりの碧色の前で、僕は恋人の瞳に近いものを探していく。
宝飾品も、裸石も関係なく、ただ一つの碧色に限りなく似ているものを――
「そういえば……リヴィオさんが言ってた海の守護石の話、僕は初めて聞いたよ。シャトワでも、アクアマリンは人気だった?」
「そうだな。漁師たちがお守りにしているのを実際に見せてもらったが、縁起物だからと、かなりの上物を持っている人もいたな」
「なるほど~。それだけ、昔から深く信じられている言い伝えなんだね」
僕は手に持っていたアクアマリンの裸石を日光に掲げてみる。
碧い輝きはどこまでも清らかで、吸い込まれそうだ。
「お守りとして愛され続けるのも当然だと思える美しさだけど……僕が世界で一番きれいだと思う碧色は、フレッドの瞳だから……その、最高ですっ」
わぁっ……僕のバカっ!!
恋人として、さらりと瞳の美しさを褒めたかったのにっ!!!
言葉が上手く続けられずに、決まりの悪いセリフになってしまった。
ううっ……僕ってほんと彼氏力が低いっ。
「上手く言えなかった……」
ポンコツな自分の脳みそに打ちひしがれていると、フレデリクは優しく笑いながら、僕の体をぎゅっと抱きしめてきた。
「ちゃんと伝わったから。テオの言葉が嬉しくてドキドキしてる」
何やら嬉しそうに背中を撫でてくる。
イマイチな言葉だったけど、どうやらフレデリクは喜んでくれたようだ。
……子ども扱いされてる感が否めないですけどね!
「……僕も隊長みたいに、情熱的な言葉を上手くつむげるようになりたいよ」
「テオ……。レオンの賛辞に倣うべきところは何もない。あいつを参考にはしないでくれ」
強く懇願されて、僕はフレデリクの腕の中で吹き出すように笑った。
「俺は、美に陶酔しながら言葉を飾るテオは見たくない。レオンだけで充分だ」
うっとりと濃厚に美を語る自分を想像して、僕は大きな笑い声をこぼした。
「あははっ。僕には、そんな豊かな感性はないよ」
「テオは、誰かみたいになる必要はないからな」
「……フレッドは、ありのままの僕を好きでいてくれるもんね」
「ああ。俺が愛しているのは、自然なテオそのものだ」
フレデリクは柔らかい表情を浮かべると、流れるような仕草で僕のおとがいを持ち上げる。
そして、世界で一番の碧色がゆっくりと瞼で隠されると同時に、僕たちの唇が重なった。
「んぅ……フレッド……っ」
幾度も甘く求められて、心地よさにゆったりと身をあずける。
白銀の騎士の唇は、飽くことなく僕を優しく貪ってきて――
「っぁ……フレッド……リヴィオさんたちが待ってるから……」
「……二人きりの買い物なんだ。こういう時間も含まれてるんだろ?」
「す、少しぐらいならいいけど……こんなにいっぱいキスして、みんなを待たせたらダメだよ……」
「そう言われても、止められないな……」
「わっ……ちょ……んむっ……はぁぅ」
弾むように唇を啄まれて、僕はついつい制止の力を弱めてしまう。
「ぁん……まって……はやく、えらばないと……っ」
「俺はもう選んだ」
え? いつの間に!?
フレデリクは一つのエメラルドの裸石を手にして、僕の瞳の横に並べた。
「これが一番テオの瞳に似てる……」
「これが……」
恋人の手の中にあるエメラルドを見つめる。
澄んだ深翠が、鮮やかな輝きを宿してきらめいている。
こんなにきれいな色が、僕の瞳の色……。
「すっごくきれい。美しい色を選んでもらえて嬉しいよ」
「もちろん、テオの輝きには敵わないからな」
額にちゅっと口づけられて、僕は頬を緩めた。
「僕も、フレッドの瞳に一番近いものを探すよ」
僕だけのアクアマリンをじっくりと見上げて、改めて宝石たちを眺める。
ブローチ、指輪、ネックレス。
一つ一つ丁寧に見ていくが、これだというものがなかなか見つからない。
「フレッドの瞳が美しすぎて、似たものを見つけるのは難しいね……!」
ふふんっ。
今度は上手く言えた!
さらっと褒められたことに喜んでいると、フレデリクが微笑ましそうに僕を見つめていた。
……僕が甘い言葉を口にすると、フレッドの父性を刺激してない?
僕は、恋人としてドキっとしてもらいたいのにっ!
圧倒的な実力不足だ。これは、少しずつ修行していくしかないだろう。
いつか、僕の言葉でフレデリクを夢中にさせてみせるからっ!
新たな決意を胸に、目を皿のようにしていると、一つの裸石が目に入った。
これだ――!!
僕はすぐに手にとって、まじまじと観察した。
フレデリクが選んだエメラルドと同じぐらいの大きさだ。
澄みきった碧色は、穏やかな輝きを秘めている。
恋人がしたように、美しい瞳と比べるように並べてみれば。
優しく光るアクアマリンは、愛する人の瞳によく似ていた。
「フレッド、見つけたよっ。僕はこれにする!」
「……テオには、俺の瞳がこんな色に見えてるんだな」
「深く澄んだ美しい色だよ。いつも見惚れて、目が離せなくなるんだ」
「なら、ずっと見つめていてくれ……。何があっても、永遠に――」
「うん……」
そのまま、白皙の美貌にキスしそうになって、僕はぐっとこらえた。
「キス、してくれないのか?」
「……買い物が先だよ。続きは後でね」
「残念ですが……承知いたしました」
かしこまった騎士の物言いに、僕は笑った。
「どっちも裸石だから、何かに加工する?」
「そうだな……。俺はこのままで持っておきたいかな。何かに加工するよりも、ありのままで」
僕は手の中にあるアクアマリンを見下ろした。
大きさも充分なそれは、土台すらも必要としないぐらいの重厚な存在感だった。
「お守りだもんね。僕もこのまま持ち歩きたいっ。小さな袋に入れて、懐に忍ばせておけばいいもんね」
「そうだな。なら、この二つの裸石で決まりだな」
「肌身離さず持っておこうね!」
「俺たちの愛の証の一つだ」
愛の証――
言葉の響きが嬉しくて、僕はフレデリクに抱きついた。
「今日はありがとな。二人きりの買い物は、時間を忘れるほど楽しい」
「ね! 外商だとゆっくり見られるし! この買い物は、エヴァンが考えてくれたんだよ」
「それなら、ボーシャン殿にお礼をしようか。カフスボタンはどうだ?」
「いいね~っ! とっておきのボタンを二人で選ぼうよ」
フレデリクの素晴らしい提案に、僕は声を弾ませた。
「それで、俺はテオにもお礼をしたい」
「え? 僕に?」
「……この買い物の支払いを、俺にさせてくれないか?」
「そ、そんなっ……」
僕は慌てて言葉を続けた。
「突然誘っておいて、支払いを頼むなんて図々しいことは――」
「楽しい時間へ対する感謝の気持ちを込めて、俺が払いたいんだ」
「でも……」
「無粋な問いだが……今回の支払いは、テオが巾着袋を売り上げた分から出すつもりだろう?」
「う、うん……」
謹慎と共に、金銭の制限も解除されている。
以前のように浪費しなければ、ある程度のお金は自由にできるはずだ。
そして、兄のクロードからは、好きなものを好きなだけ買っていいと前から言われていた。
しかし、僕はなるべく国庫や兄のお金には頼りたくなかった。
幸いにも、王都でプロデュースした巾着袋の売り上げは好調で、まとまった金銭が手元にある。
恋人との楽しい買い物は、きちんと自分のお金で支払いたいと思っていた。
「テオが自分の知恵で得た大切なお金だ。それは、次にテオが新しいことを始める時の資本金にするといい」
「資本金……?」
フレデリクが微笑みながら頷いた。
「……フレッドがそこまで考えてくれるのは嬉しいけど……新しいことなんて、何も思いつきそうにないよ……」
「そう思っていても、急に考えが浮かぶかもしれないだろ? 何かあった時のために、すぐに動かせる金銭は持っておいた方がいい」
「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えようかな……」
そう言うと、大きな手に優しく頭を撫でられた。
「こんなに商品がそろってるんだ。もっと買うか?」
「そんな贅沢なことをしちゃっていいの?」
「服も宝石も、テオに似合うものは沢山ある。服は、あの藍色のものも気になっていたんだ」
それって……ワインレッドの次にド派手なやつだよね……。
「あと、この真珠のブローチ。どの服にも合わせやすいと思う。それに――」
「フ、フレッド、ちょっと待ってよっ。そんなに買ってもらうわけにはっ」
慌てた僕に、フレデリクはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「可愛い恋人に好きなだけ貢ぐのは、男の夢だろう?」
「み、貢ぐって――」
「俺の夢を叶えてくれないのか?」
「それは……」
世界一のアクアマリンが楽しそうに輝くものだから。
そんな風に言われたら、これ以上反対できないじゃんかぁ~~~!!!!!
「分かったよっ。僕は貢がれます!」
こうして、僕は完全にフレデリクのペースにはまってしまうのだった。
「本日は、楽しんでいただけたようで何よりです」
エヴァンが穏やかに口角を上げながら言う。
「うんっ。フレデリクとゆっくり買い物ができたよ。素敵なものばかりだったから、沢山買っちゃったし」
「ソレル商会の方々も、非常に喜んでおられましたよ」
「ふふっ。よかった」
恋人との買い物の時間を終えて、僕は自室でのんびりとソファに座っていた。
あれから、フレデリクにものすごい勢いで貢がれてしまって、買い物は大量となってしまった。
嬉しいけど、ちょっと申し訳ない気持ちもあるなぁ……。
「私のために外商を手配してくださったと聞きました。お気遣いをありがとうございます」
フレデリクが、隣に立っているエヴァンに礼を言う。
「街にお出ましとなると、お二人でのんびりというのは難しいですからね。楽しい時間を過ごされたのなら、私も嬉しいです」
「外に出ると、僕が王子なせいで自由に行動できないしね」
僕はエヴァンの言葉に続きながら、懐から一つの箱を取り出した。
「それでね……今日は、周りを気にせずにいっぱい買い物ができたから、エヴァンにも贈り物を買ったんだよ」
「私に……?」
エヴァンが目を丸くして驚いている。
侍従の表情がこんなに変わるのは珍しい。
「うん。フレデリクと二人で選んだんだ。気に入ってくれるといいけど……」
「ありがとうございます……。私にも、驚きを準備してくださったのですね」
「本当だ。そうなるね!」
フレデリクには、秘密の外商を。
エヴァンには、秘密の贈り物を。
二人共、とても驚いてくれたので、僕としては大満足だ。
エヴァンは、驚きと喜びが混ざった顔で、僕から箱を受け取った。
「中を拝見してもよろしいですか?」
「もちろんっ! もうエヴァンのものだからね」
侍従がゆっくりと箱を開けると、そこには珊瑚のカフスボタンがきれいにおさまっていた。
鮮やかな朱色が目を引く、美しい一品だ。
「素晴らしい品ですね……」
「気に入った?」
「ええ。瞬く間に目を奪われました」
榛色の目が、嬉しそうに笑みを描いた。
「よかった! 今日のことだけじゃなくて、エヴァンにはいつもお世話になってるからね。ありがとう」
「御礼を申し上げるのは、私の方です。侍従として経験が浅い身にも関わず、お二方は温かく受け入れてくださり……その上、このような贈り物までいただいて」
「ええ~? 僕、エヴァンが侍従として経験不足だなんて感じたことはないよ。ね、フレデリク?」
フレデリクは柔らかい表情で、すぐに頷いた。
「日常的に身につけてくれると嬉しいな」
「ええ。大切にします……。私の一番の宝物です」
エヴァンの喜びに満ちた顔を見て、僕とフレデリクは安堵しながら視線を交わした。
フレデリクとは、楽しい時間を過ごせたし。
エヴァンは、カフスボタンを快く受け取ってくれたし。
沢山買い物をして、リヴィオさんは喜んでくれたし。
うんうんっ。
最高だね!
僕は満面の笑みで、騎士と侍従を見つめた。
買い物中に何回ハグとキスをするんだよって、つっこまれそうですねっ。
延々と続くイチャつきを見守ってくださって、ありがとうございます。
ただの買い物話でしたが、こんなのも日常編らしくていいかなぁと思います!
そうそう。前に書こうと思って忘れていましたが、ミリエーネの花のモデルはネモフィラです。
ネモフィラの花畑、きれいですよね~!!
リヴィオのセンスが光るセレクトはさすがで、全てが白銀の美丈夫にぴったりの一品だ。
「う~ん。フレッドの格好よさを引き立てるものばかりで、迷っちゃうなぁ」
どれを選んでも究極の選択となってしまい、悩みに悩んでいると、側にある絹織物に目が止まった。
こ、これは……!
ブルーグレーの上品なそれは、思わず頬ずりをしてしまいたくなるほどの滑らかさで、一見して最上の絹布だと分かる。
硬派でいて甘い色香を漂わせているフレデリクに、とても似合う色と質感だ。
これは運命だと、己の本能が告げている。
「フレッドっ。これにしようっ! リヴィオさんに頼んで、一から仕立ててもらおうよ」
「いい色だな」
「そうでしょ? フレッドの髪や瞳の色を、より魅力的にしてくれると思うんだ」
眩しいブルーと落ち着いたグレーを併せ持った、優しく洗練された色味が、鮮やかな銀髪碧眼を品良く引き締めるのだ。
いいっ……いいよっ!!
僕の頭の中は、この絹布を身にまとう凛々しいフレデリクで満たされた。
「それでね、裾と袖に、銀糸でミリエーネの模様を入れるんだ。素敵でしょ? 襟も少しだけ刺繍で飾って……あとは――」
興奮して、腕に強く抱きつきながら、理想のデザインを語る僕。
「意匠まで考えてくれるんだな」
「あ……素人の僕より、職人さんが考えたものがいいよね……」
「いや、俺はテオがいい。服なら、父に奪われないだろうしな」
「ふふっ。じゃあ、マントに匹敵するぐらいの素敵なものにしてもらおうね」
「ああ。楽しみだ」
二人の間でのマントといえば、僕が剣術大会の時に専属騎士へ贈ったものを指す。
僕が針子さんと相談してデザインを考えた自信作で、フレデリクも気に入って、隊舎にある自室に飾ってくれていた。
しかし、フレデリクのお父さんであるテュレンヌ侯爵も大変お気に召したようで、半ば強引に邸宅へと持ち帰られてしまったらしい。
このことに関しては、未だに親子間で意見が対立していると聞く。
完全に素人のセンスなんだけど、テュレンヌ家の人たちが僕のデザインを好んでくれるのは嬉しいんだよね~!
「じゃあ、次はティーカップを見よう! 最近、一緒に朝のお茶をしてるでしょ? その時に、おそろいのカップで飲みたいなぁって思って。どうかな?」
逞しい腕にぶら下がるようにして、アクアマリンの瞳をのぞき込む。
「朝の時間が、今よりもっと特別な時間になりそうだ」
「うん、うんっ!」
僕たちは、きれいに並んだカップ&ソーサーに目をやった。
リヴィオが言っていたが、この全てが一流の職人によるもので、世界に一対だけのペアカップだ。
間近で見ると、精緻な細工にうっとりとため息が出てしまう。
「すごくきれい……。もはや芸術品だね。使うのに緊張しちゃう」
「そうだな。特に装飾が豪華なものは、普段使いとしては気が引けるな」
品ぞろえは非常に豊富で、中には、キンキラキンな黄金のカップかと思えるようなものまである。
フレデリクの言う通り、毎日のリラックスタイムには使いづらいかなと思う。
でも……昔の僕はこういうカップを、これみよがしに使ってたんだよね……。
前世の記憶がよみがえる前の、品のない生活が脳裏をよぎる。
身の回りを豪華なもので埋め尽くして、ふんぞり返っていた。
ギラギラしたカップで紅茶を飲んでいることが、王子として最高って……。
それで、気に食わないことがあると、周りの人にカップの中身をぶっかけたりしていた。
……本当に僕って……最低どころじゃない最悪王子だ……。
「テオ? どうかしたのか?」
急に静かになった僕に、フレデリクは不思議そうな顔を向けてくる。
熱く甘く、僕を愛してくれる優しいフレデリク。
こんな僕を好きになってくれたのは、本当に奇跡のような幸せだ。
「……フレッドが、僕を好きになってくれた奇跡を噛みしめてるんだ」
僕の突拍子もない言葉に、フレデリクは穏やかに頬を緩める。
「俺がテオを好きになったのは、奇跡じゃなくて必然だ」
僕がしたように、唇の端に可愛らしい音を立ててキスをされて、胸の奥が喜びでむずがゆくなった。
「……あんなにひどいことをいっぱいしたのに?」
「関係ない。俺はテオを愛さずにはいられないから」
「フレッド……」
ううっ……すきっ、だいすきっ!!!!!!
僕は、再びフレデリクに強く抱きついた。
「……何か思い出したのか?」
勘の鋭い恋人には、僕の心の中はすぐにバレてしまう。
「……少しだけね。でも、フレッドの愛の告白で、頭の中がいっぱいになっちゃった。カップ、一緒に選ぼう!」
ぐりぐりと広い胸に頭を擦りつけながら言うと、フレデリクはそっと僕の髪を撫でてくれた。
「俺はテオに選んでほしい」
「え~? 好みのものはないの?」
「俺は飲みやすい形と重さをしていればいいかな」
「……僕の服も、そういう観点から選んでくれていいんだよ?」
「それだけは別だ」
真剣に答えるフレデリクがおかしくて、僕は声を出して笑った。
「譲れないものってあるもんね」
僕はフレデリクの腕の中から、カップたちを見つめた。
派手なものからシンプルなものまで。
色とりどりだが、模様は花柄が多いようだ。
せっかくなら、王都では手に入らないようなものがいいんだけど……あるかな……。
「あの魚の柄……珍しいな」
「ん? どれ?」
フレデリクの視線の先には、白いカップがあった。
シンプルなデザインで、カップの真ん中とソーサーの縁に、青い模様が並んでいる。
よく見ると、それは魚だった。
一列になって、魚が泳いでいる。
「かわいいっ!」
周囲のものとは、一味違う雰囲気。
持ち上げてみると、飲みやすそうな形と重さだった。
これなら、フレデリクの要望も満たしている。
「ね、フレッドっ。これにしようよ! 魚の柄なんて、王都にはないだろうし。ラオネスらしくて素敵じゃない?」
「そうだな。素朴な可愛らしさがあって気に入ったよ」
「やった! このカップに決まりだねっ。明日のお茶の時間が楽しみだなぁ~」
「こうやって二人で選んだものだと、気持ちも華やぐな」
「でしょ~? 嬉しくなるよね」
そう言って、ご機嫌な笑みを向けると、白皙の美貌が柔らかく微笑み返してくれる。
くぅっ……フレッド、本当にカッコいいよなぁ……っ!!!!!!
ふとした瞬間の表情や仕草に、僕はいつだってドキドキさせられる。
毎日一緒にいるというのに、フレデリクの魅力には、少しも慣れることができなくて。
ずっと、胸を高鳴らせっぱなしなのだ。
「次は宝石か?」
「う、うん……っ」
わっ。ついフレッドに見惚れちゃってた……!
僕はごまかすようにして強く腕にしがみつくと、恋人を宝石の方へ引っ張っていった。
「すごいねぇ~! キラキラしてる!!」
陳列台の上は、大きな宝石箱をひっくり返したように輝いていた。
ルビー、サファイア、トパーズ、ダイアモンド、ガーネット。
真珠や珊瑚も一級品が並べられて、大迫力の美しさだ。
その中でも、一番品数が多いのがアクアマリン、次いでエメラルドだった。
「リヴィオさんも言ってたけど、今回はアクアマリンとエメラルドを沢山用意してもらったんだ」
「俺たちの瞳の色か?」
「うんっ。僕ね……フレッドの瞳と同じ色のアクアマリンが欲しいって前から思ってたんだ。それでね、フレッドにも、僕と同じ色のエメラルドを持ってて欲しいなぁ~って」
「いいな。俺の生涯のお守りにしよう」
生涯のお守り……っ!!
恋人のロマンティックな言葉に、恋心が激しくときめいてしまう。
「僕も! お守りにするっ」
「お互いに身につけておこうな」
強く頷くと、頬に優しい口づけが落ちてきた。
「ふふっ。フレッドの瞳の色に近いものがあればいいな」
僕はきれいに並んだアクアマリンをじっくりと見下ろした。
「思ったより、色の濃淡に幅があるね……!」
「同じアクアマリンだと思えないほどの差だな」
透明に近い涙を思わせる淡い碧から、澄んだ海を閉じ込めたような深い碧まで。
想像以上に色に個性があった。
「エメラルドも、それぞれ違う翠だ」
フレデリクはエメラルドのブローチを手にすると、比べるようにして、僕の目の横に持ってきた。
「どのエメラルドも鮮やかだが、テオの瞳ほど美しい翠は存在しないな」
「……~~~~っ」
すぐそうやって甘いことを言って~~~~!!
「今日はそういう言葉は、もう禁止ですっ!」
「どうして?」
「……ドキドキして買い物にならないの!」
本気のお願いだったというのに、フレデリクはおかしそうに笑う。
「笑わないでよっ。僕は本気なんだから」
「あまりに可愛いから、つい……」
白銀の騎士様は微笑みながら、僕の頬を撫であげる。
「分かった。テオが買い物に集中できるように尽力しよう」
「じ、尽力まではしなくていいよっ」
「そうか?」
何かと甘やかしたがりで尽くしたがりの恋人に、僕はいつも押され気味だ。
「とにかくっ。アクアマリンもエメラルドも沢山あるから、一緒にじっくりと色を確かめようね」
「ああ。満足のいくものを見つけよう」
僕たちは深く頷き合うと、お互いの瞳の色を見つけるべく、宝石の山へと出発した。
溢れんばかりの碧色の前で、僕は恋人の瞳に近いものを探していく。
宝飾品も、裸石も関係なく、ただ一つの碧色に限りなく似ているものを――
「そういえば……リヴィオさんが言ってた海の守護石の話、僕は初めて聞いたよ。シャトワでも、アクアマリンは人気だった?」
「そうだな。漁師たちがお守りにしているのを実際に見せてもらったが、縁起物だからと、かなりの上物を持っている人もいたな」
「なるほど~。それだけ、昔から深く信じられている言い伝えなんだね」
僕は手に持っていたアクアマリンの裸石を日光に掲げてみる。
碧い輝きはどこまでも清らかで、吸い込まれそうだ。
「お守りとして愛され続けるのも当然だと思える美しさだけど……僕が世界で一番きれいだと思う碧色は、フレッドの瞳だから……その、最高ですっ」
わぁっ……僕のバカっ!!
恋人として、さらりと瞳の美しさを褒めたかったのにっ!!!
言葉が上手く続けられずに、決まりの悪いセリフになってしまった。
ううっ……僕ってほんと彼氏力が低いっ。
「上手く言えなかった……」
ポンコツな自分の脳みそに打ちひしがれていると、フレデリクは優しく笑いながら、僕の体をぎゅっと抱きしめてきた。
「ちゃんと伝わったから。テオの言葉が嬉しくてドキドキしてる」
何やら嬉しそうに背中を撫でてくる。
イマイチな言葉だったけど、どうやらフレデリクは喜んでくれたようだ。
……子ども扱いされてる感が否めないですけどね!
「……僕も隊長みたいに、情熱的な言葉を上手くつむげるようになりたいよ」
「テオ……。レオンの賛辞に倣うべきところは何もない。あいつを参考にはしないでくれ」
強く懇願されて、僕はフレデリクの腕の中で吹き出すように笑った。
「俺は、美に陶酔しながら言葉を飾るテオは見たくない。レオンだけで充分だ」
うっとりと濃厚に美を語る自分を想像して、僕は大きな笑い声をこぼした。
「あははっ。僕には、そんな豊かな感性はないよ」
「テオは、誰かみたいになる必要はないからな」
「……フレッドは、ありのままの僕を好きでいてくれるもんね」
「ああ。俺が愛しているのは、自然なテオそのものだ」
フレデリクは柔らかい表情を浮かべると、流れるような仕草で僕のおとがいを持ち上げる。
そして、世界で一番の碧色がゆっくりと瞼で隠されると同時に、僕たちの唇が重なった。
「んぅ……フレッド……っ」
幾度も甘く求められて、心地よさにゆったりと身をあずける。
白銀の騎士の唇は、飽くことなく僕を優しく貪ってきて――
「っぁ……フレッド……リヴィオさんたちが待ってるから……」
「……二人きりの買い物なんだ。こういう時間も含まれてるんだろ?」
「す、少しぐらいならいいけど……こんなにいっぱいキスして、みんなを待たせたらダメだよ……」
「そう言われても、止められないな……」
「わっ……ちょ……んむっ……はぁぅ」
弾むように唇を啄まれて、僕はついつい制止の力を弱めてしまう。
「ぁん……まって……はやく、えらばないと……っ」
「俺はもう選んだ」
え? いつの間に!?
フレデリクは一つのエメラルドの裸石を手にして、僕の瞳の横に並べた。
「これが一番テオの瞳に似てる……」
「これが……」
恋人の手の中にあるエメラルドを見つめる。
澄んだ深翠が、鮮やかな輝きを宿してきらめいている。
こんなにきれいな色が、僕の瞳の色……。
「すっごくきれい。美しい色を選んでもらえて嬉しいよ」
「もちろん、テオの輝きには敵わないからな」
額にちゅっと口づけられて、僕は頬を緩めた。
「僕も、フレッドの瞳に一番近いものを探すよ」
僕だけのアクアマリンをじっくりと見上げて、改めて宝石たちを眺める。
ブローチ、指輪、ネックレス。
一つ一つ丁寧に見ていくが、これだというものがなかなか見つからない。
「フレッドの瞳が美しすぎて、似たものを見つけるのは難しいね……!」
ふふんっ。
今度は上手く言えた!
さらっと褒められたことに喜んでいると、フレデリクが微笑ましそうに僕を見つめていた。
……僕が甘い言葉を口にすると、フレッドの父性を刺激してない?
僕は、恋人としてドキっとしてもらいたいのにっ!
圧倒的な実力不足だ。これは、少しずつ修行していくしかないだろう。
いつか、僕の言葉でフレデリクを夢中にさせてみせるからっ!
新たな決意を胸に、目を皿のようにしていると、一つの裸石が目に入った。
これだ――!!
僕はすぐに手にとって、まじまじと観察した。
フレデリクが選んだエメラルドと同じぐらいの大きさだ。
澄みきった碧色は、穏やかな輝きを秘めている。
恋人がしたように、美しい瞳と比べるように並べてみれば。
優しく光るアクアマリンは、愛する人の瞳によく似ていた。
「フレッド、見つけたよっ。僕はこれにする!」
「……テオには、俺の瞳がこんな色に見えてるんだな」
「深く澄んだ美しい色だよ。いつも見惚れて、目が離せなくなるんだ」
「なら、ずっと見つめていてくれ……。何があっても、永遠に――」
「うん……」
そのまま、白皙の美貌にキスしそうになって、僕はぐっとこらえた。
「キス、してくれないのか?」
「……買い物が先だよ。続きは後でね」
「残念ですが……承知いたしました」
かしこまった騎士の物言いに、僕は笑った。
「どっちも裸石だから、何かに加工する?」
「そうだな……。俺はこのままで持っておきたいかな。何かに加工するよりも、ありのままで」
僕は手の中にあるアクアマリンを見下ろした。
大きさも充分なそれは、土台すらも必要としないぐらいの重厚な存在感だった。
「お守りだもんね。僕もこのまま持ち歩きたいっ。小さな袋に入れて、懐に忍ばせておけばいいもんね」
「そうだな。なら、この二つの裸石で決まりだな」
「肌身離さず持っておこうね!」
「俺たちの愛の証の一つだ」
愛の証――
言葉の響きが嬉しくて、僕はフレデリクに抱きついた。
「今日はありがとな。二人きりの買い物は、時間を忘れるほど楽しい」
「ね! 外商だとゆっくり見られるし! この買い物は、エヴァンが考えてくれたんだよ」
「それなら、ボーシャン殿にお礼をしようか。カフスボタンはどうだ?」
「いいね~っ! とっておきのボタンを二人で選ぼうよ」
フレデリクの素晴らしい提案に、僕は声を弾ませた。
「それで、俺はテオにもお礼をしたい」
「え? 僕に?」
「……この買い物の支払いを、俺にさせてくれないか?」
「そ、そんなっ……」
僕は慌てて言葉を続けた。
「突然誘っておいて、支払いを頼むなんて図々しいことは――」
「楽しい時間へ対する感謝の気持ちを込めて、俺が払いたいんだ」
「でも……」
「無粋な問いだが……今回の支払いは、テオが巾着袋を売り上げた分から出すつもりだろう?」
「う、うん……」
謹慎と共に、金銭の制限も解除されている。
以前のように浪費しなければ、ある程度のお金は自由にできるはずだ。
そして、兄のクロードからは、好きなものを好きなだけ買っていいと前から言われていた。
しかし、僕はなるべく国庫や兄のお金には頼りたくなかった。
幸いにも、王都でプロデュースした巾着袋の売り上げは好調で、まとまった金銭が手元にある。
恋人との楽しい買い物は、きちんと自分のお金で支払いたいと思っていた。
「テオが自分の知恵で得た大切なお金だ。それは、次にテオが新しいことを始める時の資本金にするといい」
「資本金……?」
フレデリクが微笑みながら頷いた。
「……フレッドがそこまで考えてくれるのは嬉しいけど……新しいことなんて、何も思いつきそうにないよ……」
「そう思っていても、急に考えが浮かぶかもしれないだろ? 何かあった時のために、すぐに動かせる金銭は持っておいた方がいい」
「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えようかな……」
そう言うと、大きな手に優しく頭を撫でられた。
「こんなに商品がそろってるんだ。もっと買うか?」
「そんな贅沢なことをしちゃっていいの?」
「服も宝石も、テオに似合うものは沢山ある。服は、あの藍色のものも気になっていたんだ」
それって……ワインレッドの次にド派手なやつだよね……。
「あと、この真珠のブローチ。どの服にも合わせやすいと思う。それに――」
「フ、フレッド、ちょっと待ってよっ。そんなに買ってもらうわけにはっ」
慌てた僕に、フレデリクはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「可愛い恋人に好きなだけ貢ぐのは、男の夢だろう?」
「み、貢ぐって――」
「俺の夢を叶えてくれないのか?」
「それは……」
世界一のアクアマリンが楽しそうに輝くものだから。
そんな風に言われたら、これ以上反対できないじゃんかぁ~~~!!!!!
「分かったよっ。僕は貢がれます!」
こうして、僕は完全にフレデリクのペースにはまってしまうのだった。
「本日は、楽しんでいただけたようで何よりです」
エヴァンが穏やかに口角を上げながら言う。
「うんっ。フレデリクとゆっくり買い物ができたよ。素敵なものばかりだったから、沢山買っちゃったし」
「ソレル商会の方々も、非常に喜んでおられましたよ」
「ふふっ。よかった」
恋人との買い物の時間を終えて、僕は自室でのんびりとソファに座っていた。
あれから、フレデリクにものすごい勢いで貢がれてしまって、買い物は大量となってしまった。
嬉しいけど、ちょっと申し訳ない気持ちもあるなぁ……。
「私のために外商を手配してくださったと聞きました。お気遣いをありがとうございます」
フレデリクが、隣に立っているエヴァンに礼を言う。
「街にお出ましとなると、お二人でのんびりというのは難しいですからね。楽しい時間を過ごされたのなら、私も嬉しいです」
「外に出ると、僕が王子なせいで自由に行動できないしね」
僕はエヴァンの言葉に続きながら、懐から一つの箱を取り出した。
「それでね……今日は、周りを気にせずにいっぱい買い物ができたから、エヴァンにも贈り物を買ったんだよ」
「私に……?」
エヴァンが目を丸くして驚いている。
侍従の表情がこんなに変わるのは珍しい。
「うん。フレデリクと二人で選んだんだ。気に入ってくれるといいけど……」
「ありがとうございます……。私にも、驚きを準備してくださったのですね」
「本当だ。そうなるね!」
フレデリクには、秘密の外商を。
エヴァンには、秘密の贈り物を。
二人共、とても驚いてくれたので、僕としては大満足だ。
エヴァンは、驚きと喜びが混ざった顔で、僕から箱を受け取った。
「中を拝見してもよろしいですか?」
「もちろんっ! もうエヴァンのものだからね」
侍従がゆっくりと箱を開けると、そこには珊瑚のカフスボタンがきれいにおさまっていた。
鮮やかな朱色が目を引く、美しい一品だ。
「素晴らしい品ですね……」
「気に入った?」
「ええ。瞬く間に目を奪われました」
榛色の目が、嬉しそうに笑みを描いた。
「よかった! 今日のことだけじゃなくて、エヴァンにはいつもお世話になってるからね。ありがとう」
「御礼を申し上げるのは、私の方です。侍従として経験が浅い身にも関わず、お二方は温かく受け入れてくださり……その上、このような贈り物までいただいて」
「ええ~? 僕、エヴァンが侍従として経験不足だなんて感じたことはないよ。ね、フレデリク?」
フレデリクは柔らかい表情で、すぐに頷いた。
「日常的に身につけてくれると嬉しいな」
「ええ。大切にします……。私の一番の宝物です」
エヴァンの喜びに満ちた顔を見て、僕とフレデリクは安堵しながら視線を交わした。
フレデリクとは、楽しい時間を過ごせたし。
エヴァンは、カフスボタンを快く受け取ってくれたし。
沢山買い物をして、リヴィオさんは喜んでくれたし。
うんうんっ。
最高だね!
僕は満面の笑みで、騎士と侍従を見つめた。
買い物中に何回ハグとキスをするんだよって、つっこまれそうですねっ。
延々と続くイチャつきを見守ってくださって、ありがとうございます。
ただの買い物話でしたが、こんなのも日常編らしくていいかなぁと思います!
そうそう。前に書こうと思って忘れていましたが、ミリエーネの花のモデルはネモフィラです。
ネモフィラの花畑、きれいですよね~!!
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なぁ恋さん、いつもありがとうございま~す♡♡日常編、読んでくださったのですね♪嬉しいです!!
私も、こういう日常を切りとった甘々なイチャつきが大好物で~♡ずっとイチャついててほしい笑
本当にそうですよねっ。記憶力って本気で羨ましい~!私もテオみたいにすっぽ抜ける派なので、フレッドの優秀な脳細胞を少し分けてもらいたいっ!!
とんでもないですよ~!私の方こそ、いつも楽しいコメントをいただいておりますから♡♡
テオの周りに溢れる優しさと幸福を感じ取ってもらえて、めちゃくちゃ嬉しいです!
読んだ後にほっこりしてもらいたいなぁと思って書いているので、目標達成できました♪
今、執筆中の話があるので、完成したらすぐに公開しますね!
アダルトありありの予定なので、よろしくお願いしま~す♡♡
いつもコメントをありがとうございます!!そうなんですよね……。
決してこれ以上の無理はして欲しくないけど、堂々とテオの名を呼ぶ夢は叶えて欲しいっ。
マリウスを思うと、胸が苦しくなってしまいますね。平民だと、どうしても行動が制限されてしまいます。
リーフェ編だと謹慎中だったので一緒にいられましたが、テオの生活の場が城に戻れば、マリウスは出入りできないところばかりです。専属でありながら、大事な時に側で守れない。名前すら呼ぶこともできない。
マリウスは本気でテオを守って忠誠を誓いたいからこそ、勇気を持って地上の地獄へと身を投じました。
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おっしゃる通り、マリウスはテオにとって恩人であり親友です。この辛い日々を乗り越え、目をみはるような立派な騎士になって、テオのところに帰ってくるのを見たいですね!それで、フレッドの嫉妬が発動しちゃって、テオが困惑するといいと思います♪これからも、一緒にマリウスを見守ってくだされば嬉しいです!
思いやりに溢れる感想をありがとうございました♡♡
なぁ恋さんっ、いつもありがとうございますっ!!完結をお祝いしてもらえて本当に嬉しいです♡♡
一日焦らしてからのコメント……非常にテオマリ的ですねっ!きゃっ♡♡
そんなに物語を高く評価していただけるなんてっ。感動して涙が出そうです~!!
あとがきとイラストも見てくださったなんて……!無上の喜びでございます!!
開花したフレデリクに爆笑しましたっ。確かに満開だっ笑
本当に、テオは心が広いですよね。本編最後のシーンなんて、テオが謝る必要はないですからねww
わぁ!電子書籍で購入していただいているのですねっ!!すっごく嬉しいです!ありがとうございます!
私も今、軽くリーフェ編に目を通してみました……もはやフレッドが猫かぶってるようにしか見えないっ笑
ベッドの上でも、欲望の百分の一ぐらいしか発散できてないしっ!!思った以上にウブでした~♡♡
まだまだ読みたいと言ってもらえて、テオの続編を書いた甲斐がありました!
なぁ恋さんは、前作も今作も、ずっと沢山のコメントをくださって、言葉に出来ないぐらい感謝しています。
少しでも気持ちをお返しすべく、番外編を頑張って書いていこうと思いますので、これからもどうぞご贔屓くださいませ!ソレル商会も、いつでもご来店をお待ちしておりますっ笑