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40話

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そして、怒涛どとうのような騒ぎをどうにか乗り越えた夜。
僕はフレデリクと一緒に、自室のバルコニーで夜空を見上げていた。
ラオネスに来た日に、ここでダンスを踊ったのが、何だか遠い昔のことに思える。
先程までエヴァンもいたのだが、今日は疲れているだろうと思い、早めに下がってもらった。
エヴァンは、ガディオ伯爵逃亡と火事の一報を聞いて、造船場に駆けつけてくれたという。
それから、騎士たちと共に、放火の算段を立てている伯爵の手下を発見し、鐘が鳴らされるのを阻止したのだと聞いて、僕は侍従の活躍に感激してしまった。

火事が大きく広がらなかったのは、エヴァンや、騎士のみんなが迅速に動いてくれたからだよね。
本当によかった……。

「ギルド職員の人、軽い打撲ですんだみたいで安心したね」
「奥方も軽傷だったようだしな」

先程、若夫婦についての報告も届いて、僕は心底ほっとしていた。
誘拐された彼の妻は街道近くの繁みで見つかり、足に軽い怪我をしているだけだったので、今は二人で自宅療養中だそうだ。

「夫婦そろって怖い思いをさせてしまったから、兄上には、色々と気にかけてもらうように頼むつもりだよ」

僕は細く息を吐くと、隣に立つフレデリクの肩に頭を預けた。

「……今日は大変な一日だったね」

瞼を閉じれば、造船場の混乱が頭の中に広がり、胸がざわめいてしまう。
幸い、進水式に来ていた人たちのほとんどに怪我はなかった。
火事の現場では、火傷を負った人がいるようだが、いずれも重傷ではないと報告を受けていた。
しかし、倉庫や資材がいくつも燃やされ、被害や損失は計り知れず。
しばらく兄は、今以上に多忙な毎日になるだろう。

「テオ……」
「ん?」

名を呼ばれてフレデリクを見上げると、強く抱きしめられた。

「ごめんな。俺のせいで……」
「フレッドは、何も悪くないよ」
「俺への恨みを晴らすために、テオが狙われたんだ。海に落とされたのも、領主退任の目的とは別に、俺の苦しむ姿が見たかったんだろう……」
「……伯爵とフレッドの間にわだかまりがあるって分かっていても、まさか、あんなことをするなんて思わないよ」

逞しい体を抱き返しながら、僕はガディオ伯爵へと思いをはせた。

「でもね……僕は、彼の気持ちが少し分かるんだ」

辛い環境の中で、フレデリクと比べられる日々。
瞬く間に強くなっていくフレデリクと、伸び悩んで劣等感だけが募る自分。
父親は、テュレンヌ家に対しての雪辱を果たすことばかりを押しつけてきて。
どうにもならない苦しみを耐えるには、フレデリクを憎むことしかできなくて……。

「形は違えど、僕は伯爵と同じだなって思うところもあったから」
「あいつとテオは全く違う」
「そうかな……。僕はずっと劣等感や嫉妬心に囚われて、周りを攻撃しつづけてた。フレッドや兄上を憎み、自分を正当化することで、毎日をやり過ごしていたんだ」

僕は広い胸に頬をよせて、そっと瞼を伏せた。

「伯爵は、ガディオ家やお父上への憎しみが捨てられなかったって言ってた。そして、僕が過去をなかったことにして決別したって……」
「テオは、なかったことにはしてないだろ?」
「うん……。でも、僕は前世の記憶と価値観を得たから、自分を変えられたんだ。それがなかったら……僕だって、ずっとフレッドに憎しみをぶつけて、破滅的な人生を歩んでたに違いないよ」

心の奥底では憎しみを捨てたい、自分を変えたいと思っていても、どうしても囚われてしまう。
それは強力な呪いのように、体を蝕みつづけるのだ。

「大きなきっかけがあったにしろ、テオは過去としっかり向き合って、日々努力している。たとえ、憎しみを捨てられなかったとしても、大罪を重ねていい理由にはならない。俺のテオは、他者の苦しみに寄りそえる優しい王子だ。あいつと同調する部分なんか一つもない」
「フレッド……」
「あいつは、テオの優しさにつけ込むような策を立てていた。テオを苦しませて、俺の手をはなすように……」

手をはなしてと命じた時の、フレデリクの辛そうな顔を思い出す。
イネスの館に向かった時もそうだった。

「僕は、フレッドに辛い命令をした上に、約束まで破って……ひどい恋人だね」
「俺こそ、自分に向けられた悪意に、大切なテオを巻き込んだ……最低だ」

見上げると、意気消沈した恋人の顔。
きっと、僕も同じような表情をしているだろう。

「ね、フレッド……ごめんねのキスしよ? それでね、今回のことはいいよって、お互いに許せばいいんだ」
「テオが謝るようなことは、何もない」
「それはフレッドもでしょっ。とにかく、キスするのっ!」

鍛え抜かれた体に抱きついて、白皙の美貌にぐいっと顔を近づける。

「……テオが傷つけられていたらと思うと、自分を許せそうにないな」
「だめだよ。僕が無傷なのは、フレッドのおかげなんだから」
「俺は何もしてない。テオが勇気をもって立派に立ち回ったから、第二の放火だって防げたんだ」
「そんなこと言わないで。フレッドがくれたダガーがあったから反撃できたんだよ。上手く隙をつけたのだって、ずっと一緒に鍛錬を積み重ねてたから。フレッドの全てが、僕を守ってくれたんだ」

月光を閉じ込めて美しく輝くアクアマリンの瞳を、僕は一心に見つめた。

「だから……罪悪感なんていらないよ。このキスで、ごめんねは終わりにしよう」
「テオ……っ」

ぎゅっと固く抱きしめられると、愛する人から情熱的な口づけが降ってきた。

「ぁ……んんっ」

何度も角度を変えながら啄まれて、うなじの辺りが甘くしびれる。
熱く濡れた唇が擦れ合う感触がたまらなくて、僕の呼吸はどんどん乱れていく。

「んぁっ……フレッド……っ」

半ば無意識に、フレデリクの首に腕を回すと、口腔内に舌が入ってきた。
歯列をねっとりと舐められ、すぐに舌が絡めとられる。
全てを捧げたくなるような、とろけるようなキスに、僕はうっとりと身体を投じた。

「ぅん、ふっ……はぁっ……」

ひたすらに唇を貪り合いながら、混ざった唾液を飲み込むと、胸の中がじんと熱くなる。
たっぷりと恋人のキスに酔いしれると、銀色の糸を引きながら、わずかに唇が離れた。

「っ……これで……ごめんねは、もうなしだからね」

微笑みながら頷くと、フレデリクは再び僕の唇を奪ってきた。

「んぁっ、まって……フレッド……っ」

執拗に吸いつかれて、いやらしく唾液をすすられる。
激しい口づけに気を取られていると、背中を撫でていたフレデリクの手が、寝間着の上から大胆にお尻を揉んできた。

「ああぅ……っん」
「テオ……」

布越しとはいえ、双丘の奥まで触られて、僕は太腿を震わせた。
腰の奥が熱くなって、性器がじんじんしてくる。

「ごめんねのキスで興奮した……?」
「っ……あんんっ!」

恋人の手が、僕の感じ始めていた性器を撫であげた。
少しばかり膨らんでいたそれを布ごと揉まれて、僕はフレデリクにしがみつきながら、大きな手に性器を擦りつける。

「だって……フレッドのキス……気持ちよくて……」

うう……ごめんねのキスだったのに、恥ずかしい……。

そう思うのに、興奮した性器を、フレデリクの手に擦りつけるのを止められない。

あ……こするの、きもちいい――

腰を揺らして、少しばかりもどかしい快感に目を細めていると、顔中に口づけられた。

「夢中で擦りつけて……かわいい……」
「んやぁっ……そんなにもまないでぇっ……あ、ぁん」

布越しに強く性器を揉みしだかれ、僕は広い胸にすがりついて、淫らな声をまき散らす。

「寝間着が湿ってきた……テオは気持ちいいとすぐにおもらしするから、おしおきしないとな」

フレデリクはそう言って、その場にしゃがみ込むと、僕の寝間着のズボンを、下着ごと膝までずりおろした。










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