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5話
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「夜会の前に彼らを紹介するよ」
僕は前庭から共にしていた二人の男性に目をやった。
「彼はドニ・ゴーチェ子爵。ラオネスを担当している地方長官補佐で、彼がいないと俺は仕事ができなくなるほど優秀な人だ」
紹介を受けて、五十代半ばの男性が、穏やかな笑顔を浮かべながら謙遜と挨拶を口にした。
地方長官補佐。
ロベルティア王国内各地にある王国直轄地は、国王が任命した地方長官たちがそれぞれ治めている。
その長官の下に幾人もの補佐が存在し、直轄地の運営を行っている。
ラオネスも周辺の西南部一帯を含めて広大な直轄地となっており、ゴーチェ子爵はラオネスの都市担当の補佐であるようだ。
もちろん、この地にも地方長官は存在する。
父は兄の領主業の勉強のために、この地の長官と協議して、ラオネスの都市主権だけを切り離して第二王子のものとしたのだ。
将来的には、長官の統治を全て引き継いで、兄が西南部一帯の領主となる予定だと聞いている。
兄にとっては、ラオネスの運営が広大な土地の領主となる第一歩なのだ。
僕からすると、国内随一の商業都市を治めるのが第一歩だなんて、レベルが高すぎて呆然とするばかりだ。
「そして、彼がモーリス・ガディオ伯爵。船舶関係のギルドの総括をしていて、将来有望な若き伯爵なんだ」
二十代半ばのきれいな顔立ちの伯爵が、華麗に微笑む。
意志の強そうな美形で、微笑み一つにも迫力があった。
ラオネスでの船舶関係のギルドといえば、かなり重要だ。
ゴーチェ子爵と共に、ここで一足先に紹介されるということは、領主にとって大事な人物なのだろう。
「このラオネスの地で、殿下の御尊顔を拝謁できましたことは、無上の喜びでございます」
「漁業や海運業が盛んなラオネスで、船舶ギルドを総括なさっているなんて、兄上のおっしゃる通り、とても有能な方なのですね」
ガディオ伯爵の無駄のない謙遜を聞きながら、僕の顔は半ば自動的に笑みを浮かべた。
褒め言葉にも謙遜にも、とりあえず微笑みを返す。
それが僕の、ここ二十日間で得たテクニックだ。
「殿下の専属騎士殿と、久しぶりにお会いできたことも嬉しいですね」
伯爵の視線が背後の騎士に向かって、僕は驚いた。
「フレデリクと面識が?」
「ええ。恥ずかしながら、私は一度騎士を目指したことがありまして。フレデリク……いえ、テュレンヌ卿と同じ師についていたことがあります。私は才能も根性も持ち合わせておらず、途中で断念してしまいましたが、卿には大変お世話になりました」
「そうだったのですか」
視線で許可をすると、フレデリクが口を開く。
「お久しぶりです、ガディオ伯爵。寡聞にして、伯爵がラオネスにおられることを存じませんでしたが、八面六臂のご活躍でいらっしゃるようで何よりです」
うわ……。
フレッド、伯爵に少しの関心もないんだろうな……。
無難な挨拶を交わしている二人を見ながら、僕はフレデリクが社交界での定型文を棒読みしているのを感じとった。
社交の場に立っても、持ち前の頭の良さで他者には悟らせないのだけれど。
フレデリクは他人にあまり興味がない。
本当に剣一筋で生きてきたのだなと思う。
自分が大切にしたいと思う人に対しては非常に情が厚く、騎士として面倒見もよいのだが。それ以外には何というか……無だ。
とはいえ、誰にも彼にも良い顔をする八方美人なフレデリクなんて、想像すらしたくないのだけれど。
「それじゃあ、挨拶はこれぐらいにしようか。夜会までテオは休んでいて」
「ありがとうございます。会場はこの館ですか?」
「うん。ここの広間だよ。王城の数ある広間とはまた違った趣があってね。オーディベルグの大きな像とも会えるよ」
オーディベルグとは海神の名だ。
湾岸都市であるラオネスは、海神を主神として祀っている。
「王都では海神の名を耳にすることも少ないので、何だか新鮮ですね。楽しみにしておきます」
微笑みながら答えると、兄が何とも言えない表情で僕を見下ろしてくる。
「何だか不思議な気持ちでね……。テオなのに、テオじゃないというか……」
「あ、ああ……そうですよね……」
それも当然のことだろう。
僕は少し前まで別人のように太り、汚い言葉ばかりを周囲に投げつけていたのだ。
兄としてずっとそんな弟を見てきたのだから、どうしても慣れないに決まっている。
「アルフィオ兄上も別人だって未だに言ってきますから。痩せるとこんなに印象が違うんだって、僕も驚いたんですよ」
「痩せたことも驚いたけど……それだけじゃないよ。挨拶や会話も、とても上手くなってるから……。俺の知ってるテオとは違うなって」
「……この二十日間は社交漬けでしたから。少しは上達したかもしれませんね」
僕の言葉に、兄は口もとを緩ませた。
「俺も二十日間で、もっとしっかりした領主になれるかな」
「それとこれとは、事の重大さも規模も全く違いますからっ」
思わずつっこむと、皆が笑顔を見せてくれた。
よかった……。
兄と和やかな雰囲気で会話ができて、心から安堵する。
抱いていた不安は杞憂に終わりそうだ。
嬉しくなって、もっと話をしたいと思ったのだけれど、子爵がそっと兄に声をかけて、時間切れを告げていた。
「ごめんね。俺はこれから外せない仕事があって。次に会うのは夜会の直前になるけど、館内で好きに過ごしていていいからね」
「分かりました。お仕事、頑張ってくださいね」
兄は僕に優しく微笑むと、子爵たちを連れて名残惜しそうに仕事に向かっていった。
兄上、すごく忙しそうだなぁ……。
「はぁ~。やっとラオネスだぁ~!」
騎士と侍従を連れて与えられた部屋に入ると、僕はすぐにソファに寝転んだ。
ちょっとお行儀が悪いけど、何だか旅の疲れをどっと感じたのだ。
寝転んだまま部屋に視線を巡らせると、兄の執務室と同じで、この部屋もとても居心地がいい雰囲気だった。
木彫り細工の柱が非常にきれいで、鳥獣模様のタペストリーが目を引いた。
「みんな驚いてたね。兄上なんて絶句してたよ。ものすごく疑われちゃったし」
僕は騎士と侍従に視線をうつしながら言った。
「ラオネスでは、テオドール様のご様子は広まっていませんからね」
「そうだよね~」
エヴァンの言葉に、僕は頷く。
前世の世界では、遠い地の情報も一瞬で手に入るけど、こちらの世界ではそうはいかない。
「また別人説が噂されるのかな?」
「騎士団では、今も影武者だと信じている者がいますし、そういった噂は流れそうですね」
フレデリクが苦い顔をしながら言う。
「あははっ。とんでもない話だよね」
「ええ。私に直接聞きにくる者もいて、呆れましたよ」
今の第三王子は影武者かと聞かれて、不愉快そうな顔をしているフレデリクを想像して、僕は大きく笑った。
「別人みたいだったら、そもそも影武者にならないのにね」
無理やりな影武者説に笑い声を止められずにいると、エヴァンが飲み物は何がいいかと尋ねてきた。
「果汁が飲みたいな。たっぷりお願いします!」
「かしこまりました」
「あ、ここに着いたばかりなのに、頼んで大丈夫?」
「問題ありませんよ」
エヴァンは微笑みながら格好よく言いきると、無駄のない動きで部屋を出ていった。
僕の侍従はどこにいても非常にスマートだ。
「フレッド、お疲れ様~!」
部屋で二人きりになると、僕はソファから立ちあがって、フレデリクに抱きついた。
首もとにぐりぐりと額をすりよせて、愛する人の匂いで鼻腔を満たす。
犬みたいにじゃれつく僕を、フレデリクはしっかりと抱き返してくれた。
「テオもお疲れ様。移動と社交の繰り返しで大変だったな」
「思った以上に忙しかったね。第三王子として頑張らないとって気合いを入れてたけど、さすがに疲れたよ」
優しく頭を撫でられ、僕はうっとりと目を細めた。
「でも、ひとまずは兄上に受け入れてもらえたし、会話も普通にできたからよかったよ。それだけでも、ラオネスに来た価値はあるよね。あとは、しっかりと謝罪しないとな……」
「テオなら、きっと上手くいくから。大丈夫だ」
「うん……。ありがとう」
強く強く抱きつくと、それ以上の力強さで抱きしめられる。
急に始まった熱い抱擁大会に、僕は子供のように無邪気な笑い声をあげた。
「力比べは、どうしたってフレッドには敵わないよ~」
「テオだって鍛えてるだろ?」
「そうだけど~。最近は運動が全くできてないし。馬車の中に長時間いると、どうしても体が辛くなっちゃうよね」
馬車での長距離移動の過酷さを改めて振り返っていると、大きな手が頬に触れた。
「無理してないか?」
「平気。騎士様がこうして労ってくれるからね。すぐに元気になるよ。フレッドこそ、無理してない? 社交の場に、侯爵令息として同行してくれることも多いでしょ?」
フレデリクは『専属騎士』と『侯爵家の子息』の二つの顔を駆使して傍にいてくれる。
僕はとても助かっているのだけれど。
「フレッドからすると、負担にしかなってないよね……」
見上げると、碧い瞳が温かい光を湛えて、こちらを見つめてくる。
美しいアクアマリンの輝きに、僕はいつだって胸を高鳴らせてしまう。
「負担になんか感じてない」
そう言って、フレデリクは僕の頭をそっと引きよせる。
「俺がずっとテオの傍にいたいんだ。どんな時も……」
鼻先が触れるような距離で深く視線を交わせば、口づけの予感に唇がふるえる。
頬を優しく撫でられながら瞼と閉じると、静かに唇が重なった。
何度も啄むような口づけが繰り返されて、心地よい触れ合いに、すぐに意識がとろけていく。
「……っふぁ……フレッド……あ、んっ……」
熱い舌が絡まり、濡れた唇が擦れ合う感触が気持ちいい。
もっと欲しくなってフレデリクの首に腕を回すと、歯列を舌で割られて、口腔内を余す所なく暴かれた。
「テオ……」
唾液を奪われ、上唇を甘噛みされて。
情熱的な口づけに、身も心も愛する人で満たされる。
「……ぁっ……ん、んん……っぅ……」
夢中になって貪り合って、唇の感覚がすっかり消えてしまった頃に、ゆっくりと唇が離れる。
互いを繋いだ唾液の糸を舌先で舐め切ると、フレデリクはすっと目を細めた。
「俺はテオから褒美のキスがもらえるなら何でもする」
「……だめだよ。キスでそんなに安請け合いしたら」
「テオの唇が安いわけないだろ?」
フレデリクは僕の濡れた唇をそっと親指でなぞった。
「何よりも得難い価値のあるものだ」
アクアマリンの瞳と見つめ合いながら、僕は頬を熱くした。
「フレッドがどんどん口説き上手になっていくから、僕は大変だよ」
フレデリクが小さく笑う。
「口説かれてくれるのか?」
「……しょうがないから、口説かれてあげるよ」
ゆっくりと目を閉じると、白銀の騎士は再び口づけをくれる。
甘くて濃厚で……いやらしくて気持ちいのいいキス。
ラオネスに到着して早々、僕は愛する人との触れ合いに夢中になった。
エヴァンは空気を読んで、非常にゆっくりと果汁の準備を進めています。
僕は前庭から共にしていた二人の男性に目をやった。
「彼はドニ・ゴーチェ子爵。ラオネスを担当している地方長官補佐で、彼がいないと俺は仕事ができなくなるほど優秀な人だ」
紹介を受けて、五十代半ばの男性が、穏やかな笑顔を浮かべながら謙遜と挨拶を口にした。
地方長官補佐。
ロベルティア王国内各地にある王国直轄地は、国王が任命した地方長官たちがそれぞれ治めている。
その長官の下に幾人もの補佐が存在し、直轄地の運営を行っている。
ラオネスも周辺の西南部一帯を含めて広大な直轄地となっており、ゴーチェ子爵はラオネスの都市担当の補佐であるようだ。
もちろん、この地にも地方長官は存在する。
父は兄の領主業の勉強のために、この地の長官と協議して、ラオネスの都市主権だけを切り離して第二王子のものとしたのだ。
将来的には、長官の統治を全て引き継いで、兄が西南部一帯の領主となる予定だと聞いている。
兄にとっては、ラオネスの運営が広大な土地の領主となる第一歩なのだ。
僕からすると、国内随一の商業都市を治めるのが第一歩だなんて、レベルが高すぎて呆然とするばかりだ。
「そして、彼がモーリス・ガディオ伯爵。船舶関係のギルドの総括をしていて、将来有望な若き伯爵なんだ」
二十代半ばのきれいな顔立ちの伯爵が、華麗に微笑む。
意志の強そうな美形で、微笑み一つにも迫力があった。
ラオネスでの船舶関係のギルドといえば、かなり重要だ。
ゴーチェ子爵と共に、ここで一足先に紹介されるということは、領主にとって大事な人物なのだろう。
「このラオネスの地で、殿下の御尊顔を拝謁できましたことは、無上の喜びでございます」
「漁業や海運業が盛んなラオネスで、船舶ギルドを総括なさっているなんて、兄上のおっしゃる通り、とても有能な方なのですね」
ガディオ伯爵の無駄のない謙遜を聞きながら、僕の顔は半ば自動的に笑みを浮かべた。
褒め言葉にも謙遜にも、とりあえず微笑みを返す。
それが僕の、ここ二十日間で得たテクニックだ。
「殿下の専属騎士殿と、久しぶりにお会いできたことも嬉しいですね」
伯爵の視線が背後の騎士に向かって、僕は驚いた。
「フレデリクと面識が?」
「ええ。恥ずかしながら、私は一度騎士を目指したことがありまして。フレデリク……いえ、テュレンヌ卿と同じ師についていたことがあります。私は才能も根性も持ち合わせておらず、途中で断念してしまいましたが、卿には大変お世話になりました」
「そうだったのですか」
視線で許可をすると、フレデリクが口を開く。
「お久しぶりです、ガディオ伯爵。寡聞にして、伯爵がラオネスにおられることを存じませんでしたが、八面六臂のご活躍でいらっしゃるようで何よりです」
うわ……。
フレッド、伯爵に少しの関心もないんだろうな……。
無難な挨拶を交わしている二人を見ながら、僕はフレデリクが社交界での定型文を棒読みしているのを感じとった。
社交の場に立っても、持ち前の頭の良さで他者には悟らせないのだけれど。
フレデリクは他人にあまり興味がない。
本当に剣一筋で生きてきたのだなと思う。
自分が大切にしたいと思う人に対しては非常に情が厚く、騎士として面倒見もよいのだが。それ以外には何というか……無だ。
とはいえ、誰にも彼にも良い顔をする八方美人なフレデリクなんて、想像すらしたくないのだけれど。
「それじゃあ、挨拶はこれぐらいにしようか。夜会までテオは休んでいて」
「ありがとうございます。会場はこの館ですか?」
「うん。ここの広間だよ。王城の数ある広間とはまた違った趣があってね。オーディベルグの大きな像とも会えるよ」
オーディベルグとは海神の名だ。
湾岸都市であるラオネスは、海神を主神として祀っている。
「王都では海神の名を耳にすることも少ないので、何だか新鮮ですね。楽しみにしておきます」
微笑みながら答えると、兄が何とも言えない表情で僕を見下ろしてくる。
「何だか不思議な気持ちでね……。テオなのに、テオじゃないというか……」
「あ、ああ……そうですよね……」
それも当然のことだろう。
僕は少し前まで別人のように太り、汚い言葉ばかりを周囲に投げつけていたのだ。
兄としてずっとそんな弟を見てきたのだから、どうしても慣れないに決まっている。
「アルフィオ兄上も別人だって未だに言ってきますから。痩せるとこんなに印象が違うんだって、僕も驚いたんですよ」
「痩せたことも驚いたけど……それだけじゃないよ。挨拶や会話も、とても上手くなってるから……。俺の知ってるテオとは違うなって」
「……この二十日間は社交漬けでしたから。少しは上達したかもしれませんね」
僕の言葉に、兄は口もとを緩ませた。
「俺も二十日間で、もっとしっかりした領主になれるかな」
「それとこれとは、事の重大さも規模も全く違いますからっ」
思わずつっこむと、皆が笑顔を見せてくれた。
よかった……。
兄と和やかな雰囲気で会話ができて、心から安堵する。
抱いていた不安は杞憂に終わりそうだ。
嬉しくなって、もっと話をしたいと思ったのだけれど、子爵がそっと兄に声をかけて、時間切れを告げていた。
「ごめんね。俺はこれから外せない仕事があって。次に会うのは夜会の直前になるけど、館内で好きに過ごしていていいからね」
「分かりました。お仕事、頑張ってくださいね」
兄は僕に優しく微笑むと、子爵たちを連れて名残惜しそうに仕事に向かっていった。
兄上、すごく忙しそうだなぁ……。
「はぁ~。やっとラオネスだぁ~!」
騎士と侍従を連れて与えられた部屋に入ると、僕はすぐにソファに寝転んだ。
ちょっとお行儀が悪いけど、何だか旅の疲れをどっと感じたのだ。
寝転んだまま部屋に視線を巡らせると、兄の執務室と同じで、この部屋もとても居心地がいい雰囲気だった。
木彫り細工の柱が非常にきれいで、鳥獣模様のタペストリーが目を引いた。
「みんな驚いてたね。兄上なんて絶句してたよ。ものすごく疑われちゃったし」
僕は騎士と侍従に視線をうつしながら言った。
「ラオネスでは、テオドール様のご様子は広まっていませんからね」
「そうだよね~」
エヴァンの言葉に、僕は頷く。
前世の世界では、遠い地の情報も一瞬で手に入るけど、こちらの世界ではそうはいかない。
「また別人説が噂されるのかな?」
「騎士団では、今も影武者だと信じている者がいますし、そういった噂は流れそうですね」
フレデリクが苦い顔をしながら言う。
「あははっ。とんでもない話だよね」
「ええ。私に直接聞きにくる者もいて、呆れましたよ」
今の第三王子は影武者かと聞かれて、不愉快そうな顔をしているフレデリクを想像して、僕は大きく笑った。
「別人みたいだったら、そもそも影武者にならないのにね」
無理やりな影武者説に笑い声を止められずにいると、エヴァンが飲み物は何がいいかと尋ねてきた。
「果汁が飲みたいな。たっぷりお願いします!」
「かしこまりました」
「あ、ここに着いたばかりなのに、頼んで大丈夫?」
「問題ありませんよ」
エヴァンは微笑みながら格好よく言いきると、無駄のない動きで部屋を出ていった。
僕の侍従はどこにいても非常にスマートだ。
「フレッド、お疲れ様~!」
部屋で二人きりになると、僕はソファから立ちあがって、フレデリクに抱きついた。
首もとにぐりぐりと額をすりよせて、愛する人の匂いで鼻腔を満たす。
犬みたいにじゃれつく僕を、フレデリクはしっかりと抱き返してくれた。
「テオもお疲れ様。移動と社交の繰り返しで大変だったな」
「思った以上に忙しかったね。第三王子として頑張らないとって気合いを入れてたけど、さすがに疲れたよ」
優しく頭を撫でられ、僕はうっとりと目を細めた。
「でも、ひとまずは兄上に受け入れてもらえたし、会話も普通にできたからよかったよ。それだけでも、ラオネスに来た価値はあるよね。あとは、しっかりと謝罪しないとな……」
「テオなら、きっと上手くいくから。大丈夫だ」
「うん……。ありがとう」
強く強く抱きつくと、それ以上の力強さで抱きしめられる。
急に始まった熱い抱擁大会に、僕は子供のように無邪気な笑い声をあげた。
「力比べは、どうしたってフレッドには敵わないよ~」
「テオだって鍛えてるだろ?」
「そうだけど~。最近は運動が全くできてないし。馬車の中に長時間いると、どうしても体が辛くなっちゃうよね」
馬車での長距離移動の過酷さを改めて振り返っていると、大きな手が頬に触れた。
「無理してないか?」
「平気。騎士様がこうして労ってくれるからね。すぐに元気になるよ。フレッドこそ、無理してない? 社交の場に、侯爵令息として同行してくれることも多いでしょ?」
フレデリクは『専属騎士』と『侯爵家の子息』の二つの顔を駆使して傍にいてくれる。
僕はとても助かっているのだけれど。
「フレッドからすると、負担にしかなってないよね……」
見上げると、碧い瞳が温かい光を湛えて、こちらを見つめてくる。
美しいアクアマリンの輝きに、僕はいつだって胸を高鳴らせてしまう。
「負担になんか感じてない」
そう言って、フレデリクは僕の頭をそっと引きよせる。
「俺がずっとテオの傍にいたいんだ。どんな時も……」
鼻先が触れるような距離で深く視線を交わせば、口づけの予感に唇がふるえる。
頬を優しく撫でられながら瞼と閉じると、静かに唇が重なった。
何度も啄むような口づけが繰り返されて、心地よい触れ合いに、すぐに意識がとろけていく。
「……っふぁ……フレッド……あ、んっ……」
熱い舌が絡まり、濡れた唇が擦れ合う感触が気持ちいい。
もっと欲しくなってフレデリクの首に腕を回すと、歯列を舌で割られて、口腔内を余す所なく暴かれた。
「テオ……」
唾液を奪われ、上唇を甘噛みされて。
情熱的な口づけに、身も心も愛する人で満たされる。
「……ぁっ……ん、んん……っぅ……」
夢中になって貪り合って、唇の感覚がすっかり消えてしまった頃に、ゆっくりと唇が離れる。
互いを繋いだ唾液の糸を舌先で舐め切ると、フレデリクはすっと目を細めた。
「俺はテオから褒美のキスがもらえるなら何でもする」
「……だめだよ。キスでそんなに安請け合いしたら」
「テオの唇が安いわけないだろ?」
フレデリクは僕の濡れた唇をそっと親指でなぞった。
「何よりも得難い価値のあるものだ」
アクアマリンの瞳と見つめ合いながら、僕は頬を熱くした。
「フレッドがどんどん口説き上手になっていくから、僕は大変だよ」
フレデリクが小さく笑う。
「口説かれてくれるのか?」
「……しょうがないから、口説かれてあげるよ」
ゆっくりと目を閉じると、白銀の騎士は再び口づけをくれる。
甘くて濃厚で……いやらしくて気持ちいのいいキス。
ラオネスに到着して早々、僕は愛する人との触れ合いに夢中になった。
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