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2話
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「テオドール様。頂上に着きました」
フレデリクの声と共に馬車が止まる。
最後の休憩場に着いたのだ。
すぐに馬車の扉が開かれたので立ちあがると、目の前で笑顔の専属騎士が恭しく手を差し出していた。
「どうぞお手を」
「…………」
もうっ! 今回こそはサクッと馬車を降りたかったのに!!
王女様にでもするような丁重なエスコートはいらないんだってば!!
言いたいことは色々あるが、僕はいつも通りフレデリクの手をとった。
こうなったのは、自分自身が原因でもあるからだ。
王都を出発して三日目に、僕はお尻の痛みに気をとられて、馬車から降りる時につまずいてしまったのだ。
それ以降、フレデリクは馬車から乗り降りする時に、僕の手をとるようになった。
女性じゃないんだから不要だよ、と何度か伝えたのだが、心配だからの一点張りで今に至る。
実はちょっと恥ずかしいのだけれど、この過保護な専属騎士の前でつまずいた僕が悪いのだと、渋々この手厚いエスコートを受け入れていた。
「あちらから、ラオネスの街が一望できるようですよ」
山頂は大きく開け、休憩にちょうどよさそうな草原になっている。
フレデリクの案内で麓を見渡せる場に立つと、僕は思わず声をあげた。
「わぁっ! すっごくいい眺め……!」
山頂から裾野までは草原が続いていて、なだらかな山腹には、無数の石灰岩が飛び出しているのが見える。
いわゆるカルスト地形というやつで、この辺り一帯は石灰石の産地としても有名らしい。
そして、その下の山裾には、美しいラオネスの街が広がっていた。
並ぶ家々は、どれも石灰石の白壁に橙色の屋根で、そこだけ見ていると、おとぎ話にでも出てきそうな可愛らしい街だ。
しかし、大きな存在感を放つ港や造船場が、海運業の発達した湾岸都市だとしっかり主張していて、この距離からでも活気が感じられた。
そんな迫力のある街の向こうには、どこまでも続く青く広い海。
テオドールとしては、生まれて初めて見る海だ。
「海……きれいだね……」
輝く海も、山裾に広がる街も。
全てが僕の目に鮮やかに映った。
「街も橙色の屋根が並んでて可愛い! 港に船も沢山! 沖にとまってる大きな船は商船かな? 天気がいいから、遠くまで見えるね!!」
あらゆるものに興奮して、わくわくしながら隣に立っている専属騎士を見上げると、彼は僕を見ながら微笑んでいた。
目の前に広がる絶景に興味はないようだ。
フレッド、こういうとこあるよね……。
フレデリクは、綺麗なものや景色に心動かされるタイプではない。
そういったものに感動している僕の横で、いつも非常に淡泊な反応を示している。
「僕じゃなくて、景色、景色!」
「テオドール様の可愛らしいお顔から目が離せないので、それは難しいですね」
すぐそうやって甘いことを言う!
美辞麗句を重ねる近衛隊長のレオンのことをフレデリクは白眼視しているけど、僕からすれば似た者同士だ。
「そういう言葉はお腹いっぱいです!」
唇を尖らせて不服を申し立てると、美貌の騎士様は柔らかく笑った。
「ほら、ちゃんと見てよ。僕たち、こんなきれいな街に滞在するんだよ」
僕は白と橙のコントラストが美しいラオネスを見下ろしながら、ゆっくりと深呼吸をした。
輝く海から届く潮風が、心地よく頬を撫でていく。
これから、この街で新しい生活が始まるのだ。
クロード兄上は……僕のラオネス滞在をどう思ってるかな……。
美しい街を眺めながら、久しく会っていない次兄の姿を思い浮かべた。
このラオネスの街を治めている、第二王子のクロード。
まともに会話をしたのは、もう随分と前のことだ。
劣等感をこじらせて、最低な態度を取りつづけていた僕に、次兄は何度も向き合おうとしてくれた。
それを口汚く拒絶して、自分勝手な憎しみをぶつけていた僕。
次兄との記憶が、ラオネスを目前にして弾んでいた心を曇らせる。
「ねぇ、フレデリク。僕、兄上に受け入れてもらえるかな……。こんな直前になって、会うのが怖くなってきちゃった」
美しい街から専属騎士にそっと視線を移すと、アクアマリンの目が優しく細められた。
「大丈夫ですよ。心配されることは何もありません。もしも……万が一、受け入れてくださらないようなら、言葉を尽くして、あなた様の信念をお伝えしましょう」
「信念?」
フレデリクはゆっくりと頷いた。
「テオドール様がどれだけ努力され、ご自分を変えてこられたのか。ご家族をどれだけ大切に思っていらっしゃるのか。あなた様の純真で強いお気持ちを何度でもお話しして、どうか、これからのテオドール様を見ていただきたいとお願いしましょう。兄君は私たちの言葉を無視されるような御方ではありませんよ」
「うん……そうだね。クロード兄上は優しいもんね」
僕は恋人に抱きつきたい気持ちを我慢して、彼の腕をぎゅっとつかんだ。
「信念なんて立派な言葉、僕には似合わない気がするけど……すごく嬉しい。ありがとう」
恋人の温かい眼差しに励まされ、兄と対面する勇気がわいてくる。
フレデリクの言う通り、僕の今の気持ちを全部伝えてみよう。
まずは、これまでのことをしっかりと謝らないと。
全てはそれからだよね……!
僕は体の芯にぐっと力を込めて、強い思いと共にラオネスの街を眺めた。
フレデリクの声と共に馬車が止まる。
最後の休憩場に着いたのだ。
すぐに馬車の扉が開かれたので立ちあがると、目の前で笑顔の専属騎士が恭しく手を差し出していた。
「どうぞお手を」
「…………」
もうっ! 今回こそはサクッと馬車を降りたかったのに!!
王女様にでもするような丁重なエスコートはいらないんだってば!!
言いたいことは色々あるが、僕はいつも通りフレデリクの手をとった。
こうなったのは、自分自身が原因でもあるからだ。
王都を出発して三日目に、僕はお尻の痛みに気をとられて、馬車から降りる時につまずいてしまったのだ。
それ以降、フレデリクは馬車から乗り降りする時に、僕の手をとるようになった。
女性じゃないんだから不要だよ、と何度か伝えたのだが、心配だからの一点張りで今に至る。
実はちょっと恥ずかしいのだけれど、この過保護な専属騎士の前でつまずいた僕が悪いのだと、渋々この手厚いエスコートを受け入れていた。
「あちらから、ラオネスの街が一望できるようですよ」
山頂は大きく開け、休憩にちょうどよさそうな草原になっている。
フレデリクの案内で麓を見渡せる場に立つと、僕は思わず声をあげた。
「わぁっ! すっごくいい眺め……!」
山頂から裾野までは草原が続いていて、なだらかな山腹には、無数の石灰岩が飛び出しているのが見える。
いわゆるカルスト地形というやつで、この辺り一帯は石灰石の産地としても有名らしい。
そして、その下の山裾には、美しいラオネスの街が広がっていた。
並ぶ家々は、どれも石灰石の白壁に橙色の屋根で、そこだけ見ていると、おとぎ話にでも出てきそうな可愛らしい街だ。
しかし、大きな存在感を放つ港や造船場が、海運業の発達した湾岸都市だとしっかり主張していて、この距離からでも活気が感じられた。
そんな迫力のある街の向こうには、どこまでも続く青く広い海。
テオドールとしては、生まれて初めて見る海だ。
「海……きれいだね……」
輝く海も、山裾に広がる街も。
全てが僕の目に鮮やかに映った。
「街も橙色の屋根が並んでて可愛い! 港に船も沢山! 沖にとまってる大きな船は商船かな? 天気がいいから、遠くまで見えるね!!」
あらゆるものに興奮して、わくわくしながら隣に立っている専属騎士を見上げると、彼は僕を見ながら微笑んでいた。
目の前に広がる絶景に興味はないようだ。
フレッド、こういうとこあるよね……。
フレデリクは、綺麗なものや景色に心動かされるタイプではない。
そういったものに感動している僕の横で、いつも非常に淡泊な反応を示している。
「僕じゃなくて、景色、景色!」
「テオドール様の可愛らしいお顔から目が離せないので、それは難しいですね」
すぐそうやって甘いことを言う!
美辞麗句を重ねる近衛隊長のレオンのことをフレデリクは白眼視しているけど、僕からすれば似た者同士だ。
「そういう言葉はお腹いっぱいです!」
唇を尖らせて不服を申し立てると、美貌の騎士様は柔らかく笑った。
「ほら、ちゃんと見てよ。僕たち、こんなきれいな街に滞在するんだよ」
僕は白と橙のコントラストが美しいラオネスを見下ろしながら、ゆっくりと深呼吸をした。
輝く海から届く潮風が、心地よく頬を撫でていく。
これから、この街で新しい生活が始まるのだ。
クロード兄上は……僕のラオネス滞在をどう思ってるかな……。
美しい街を眺めながら、久しく会っていない次兄の姿を思い浮かべた。
このラオネスの街を治めている、第二王子のクロード。
まともに会話をしたのは、もう随分と前のことだ。
劣等感をこじらせて、最低な態度を取りつづけていた僕に、次兄は何度も向き合おうとしてくれた。
それを口汚く拒絶して、自分勝手な憎しみをぶつけていた僕。
次兄との記憶が、ラオネスを目前にして弾んでいた心を曇らせる。
「ねぇ、フレデリク。僕、兄上に受け入れてもらえるかな……。こんな直前になって、会うのが怖くなってきちゃった」
美しい街から専属騎士にそっと視線を移すと、アクアマリンの目が優しく細められた。
「大丈夫ですよ。心配されることは何もありません。もしも……万が一、受け入れてくださらないようなら、言葉を尽くして、あなた様の信念をお伝えしましょう」
「信念?」
フレデリクはゆっくりと頷いた。
「テオドール様がどれだけ努力され、ご自分を変えてこられたのか。ご家族をどれだけ大切に思っていらっしゃるのか。あなた様の純真で強いお気持ちを何度でもお話しして、どうか、これからのテオドール様を見ていただきたいとお願いしましょう。兄君は私たちの言葉を無視されるような御方ではありませんよ」
「うん……そうだね。クロード兄上は優しいもんね」
僕は恋人に抱きつきたい気持ちを我慢して、彼の腕をぎゅっとつかんだ。
「信念なんて立派な言葉、僕には似合わない気がするけど……すごく嬉しい。ありがとう」
恋人の温かい眼差しに励まされ、兄と対面する勇気がわいてくる。
フレデリクの言う通り、僕の今の気持ちを全部伝えてみよう。
まずは、これまでのことをしっかりと謝らないと。
全てはそれからだよね……!
僕は体の芯にぐっと力を込めて、強い思いと共にラオネスの街を眺めた。
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