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血①
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◆血
「悪かったな、佐々木、松村」
僕は二人に向かって言った。「松村が、あの屋敷に探検に行こうと誘った時、僕はみんなと行くべきだったんだな」
三人で行っていれば、流れが変わっていたのかもしれない。
松村は、「奈々、屑木の中に入れたいんだろう?」と言った。
「だから、私、無理矢理は嫌なんですよぉ」
やっぱり、松村が「あれ」を入れるのか。男はイヤだな・・
すると、佐々木が意味ありげな笑みを浮かべ、
「キスは出来ないですけどぉ、間接キスなら、いいですよね」と言った。
間接キス?
「松村くん、屑木くんを押さえていてください」
佐々木の号令に、松村が「よしまかせろ」と言わんばかりに背後から俺を羽交い絞めにした。圧倒的な力だ。瞬時の行動だった。
だが、僕には逃げる気、身をかわす気も失せていた。
僕は地べたに仰向きになり、空を見上げる格好になった。
そこに覆い被さるように佐々木の顔が現れた。
佐々木の口腔から「あれ」がヌルッと姿を現した。おそらく意思を持っているのだろう。
ナメクジのようなものが、佐々木の口から解放されたように顔を出し、僕の顔を見つけ、ビクンビクンと何度か痙攣するように跳ねた。
そして、すぐに僕の口に触れ、こじ開けるようにして口の中に入ってきた。
これが間接キスなのかどうかは分からないが、この状態は、「あれ」を介して佐々木と繋がっているとしか思えなかった。
でも、相手が佐々木でよかった・・
そう思った瞬間、口の中がヌルヌルの感触で一杯になり、そのまま、体の中に広がっていった。
「あれ」は口から食道、胃へ下るものと勝手に思っていたが、違うようだった。体の器官、それぞれに分散していくように体全体に満ちていく。そんな感じだ。
体外では具現化していたものが、いったん体内に入ってしまうと、体の細胞に溶け込んでしまうかのようだ。
だから、口元では気持ち悪かったが、入り始めるとそうでもない。
それに、次第に、自分の思考が楽な方に変化していくのがわかった。もう余計なことを考えなくていい。
景子さんのことも、正直に姉だと思ってしまえばいい。「お姉ちゃんが好きだ」と言えばいい。禁じられた恋に走ればいい。
次第に心の中のブレーキが解除されていく。
・・ああ、今、わかった。
伊澄瑠璃子は、僕に入れようとしていた時、
「楽になれるわよ・・」そう言っていた。全ての欲望から解き放たれる。そう言っていた。その具体的な感覚は分からなかったが、今、少し、分かった気がする。
・・体が、何かに支配されていく。そんな感覚だった。
僕の中に入ろうとするものに全てを委ねればいい。そうすれば、もっと楽になれる。
よけいなことを考えず、僕の思考も任せればいい。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。おそらく、一分も経っていないと思う。
だが、僕の体の約半分が、「あれ」で満たされたのが分かった。
その時、
「んんっ!」
佐々木が自分の喉をつかみ、もがき苦しみ始めた。
「ああああっ」
同時に僕を覆っていた佐々木の体が離れていき、間接キスの媒体である「あれ」がびろんと伸び切って、引き千切れた。
完全に入ろうとしていた異物が僕の口腔から出ていったのだ。
全部ではない。半分は僕の中に残って、体の中で蠢いているのがわかった。
この状態・・保健医の吉田先生と同じだ。吉田女医も、全部入れられそうになった時、肉親である父親が現れて、伊澄瑠璃子は全て入れることを断念した。
だが、どうして佐々木はこんなに苦しんでいるのだ? 吉田女医のケースでは、伊澄瑠璃子は何ともないようだった。伊澄瑠璃子と佐々木、二人の耐性の違いなのだろうか?
「どうしたっ、奈々!」
松村が叫んだ。心配そうに佐々木に駆け寄った。
佐々木は、「松村くん、誰かくる!」と胸を押さえながら言った。
松村が「誰かって?」と訊くと、
「屑木くんと血の繋がった人が・・」と言うなり、ゴホオッと激しく咳き込んだ。口の中が詰まったようだ。
それは誰なのか?
誰かの体に「あれ」を入れようとする時、血縁者の登場でそれは中断を余儀なくされる。
僕と血がつながっている人。
それは僕の家族・・父か母。だが、両親がこんな場所に来るはずがない。
この公園に来る人はただ一人・・決まっている。
景子さんだ。
・・だが、違ったようだった。
僕の予想は大きく外れた。そこには景子さんとは全く異なる人物が立っていた。
「よお、お前、たしか『クズキ』とか言う名前だったかな?」
それは、ファミレスで景子さんと同席していた学生の男だった。
ひょろっとした体型で、とかげのような顔をしている。こいつ・・いつからいたんだ?
景子さんは、男を「シンドウ」と呼んでいた。僕はその男に何度か出くわしている。シンドウはあの屋敷にもいた。男女の交合のように「あれ」を相手の女の体に入れていた。
何が目的で景子さんに近づいていたのか? そして、何故、今この場にいるのか。
それにおかしい。佐々木奈々が苦しみだした理由が分からない。この男は僕の血縁者でも何でもないからだ。
イヤな予感がした。
僕はふらつく体を起こし、口元を拭った。
悪い予感めいたものが僕の中で徐々に膨らみ始めた。
「悪かったな、佐々木、松村」
僕は二人に向かって言った。「松村が、あの屋敷に探検に行こうと誘った時、僕はみんなと行くべきだったんだな」
三人で行っていれば、流れが変わっていたのかもしれない。
松村は、「奈々、屑木の中に入れたいんだろう?」と言った。
「だから、私、無理矢理は嫌なんですよぉ」
やっぱり、松村が「あれ」を入れるのか。男はイヤだな・・
すると、佐々木が意味ありげな笑みを浮かべ、
「キスは出来ないですけどぉ、間接キスなら、いいですよね」と言った。
間接キス?
「松村くん、屑木くんを押さえていてください」
佐々木の号令に、松村が「よしまかせろ」と言わんばかりに背後から俺を羽交い絞めにした。圧倒的な力だ。瞬時の行動だった。
だが、僕には逃げる気、身をかわす気も失せていた。
僕は地べたに仰向きになり、空を見上げる格好になった。
そこに覆い被さるように佐々木の顔が現れた。
佐々木の口腔から「あれ」がヌルッと姿を現した。おそらく意思を持っているのだろう。
ナメクジのようなものが、佐々木の口から解放されたように顔を出し、僕の顔を見つけ、ビクンビクンと何度か痙攣するように跳ねた。
そして、すぐに僕の口に触れ、こじ開けるようにして口の中に入ってきた。
これが間接キスなのかどうかは分からないが、この状態は、「あれ」を介して佐々木と繋がっているとしか思えなかった。
でも、相手が佐々木でよかった・・
そう思った瞬間、口の中がヌルヌルの感触で一杯になり、そのまま、体の中に広がっていった。
「あれ」は口から食道、胃へ下るものと勝手に思っていたが、違うようだった。体の器官、それぞれに分散していくように体全体に満ちていく。そんな感じだ。
体外では具現化していたものが、いったん体内に入ってしまうと、体の細胞に溶け込んでしまうかのようだ。
だから、口元では気持ち悪かったが、入り始めるとそうでもない。
それに、次第に、自分の思考が楽な方に変化していくのがわかった。もう余計なことを考えなくていい。
景子さんのことも、正直に姉だと思ってしまえばいい。「お姉ちゃんが好きだ」と言えばいい。禁じられた恋に走ればいい。
次第に心の中のブレーキが解除されていく。
・・ああ、今、わかった。
伊澄瑠璃子は、僕に入れようとしていた時、
「楽になれるわよ・・」そう言っていた。全ての欲望から解き放たれる。そう言っていた。その具体的な感覚は分からなかったが、今、少し、分かった気がする。
・・体が、何かに支配されていく。そんな感覚だった。
僕の中に入ろうとするものに全てを委ねればいい。そうすれば、もっと楽になれる。
よけいなことを考えず、僕の思考も任せればいい。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。おそらく、一分も経っていないと思う。
だが、僕の体の約半分が、「あれ」で満たされたのが分かった。
その時、
「んんっ!」
佐々木が自分の喉をつかみ、もがき苦しみ始めた。
「ああああっ」
同時に僕を覆っていた佐々木の体が離れていき、間接キスの媒体である「あれ」がびろんと伸び切って、引き千切れた。
完全に入ろうとしていた異物が僕の口腔から出ていったのだ。
全部ではない。半分は僕の中に残って、体の中で蠢いているのがわかった。
この状態・・保健医の吉田先生と同じだ。吉田女医も、全部入れられそうになった時、肉親である父親が現れて、伊澄瑠璃子は全て入れることを断念した。
だが、どうして佐々木はこんなに苦しんでいるのだ? 吉田女医のケースでは、伊澄瑠璃子は何ともないようだった。伊澄瑠璃子と佐々木、二人の耐性の違いなのだろうか?
「どうしたっ、奈々!」
松村が叫んだ。心配そうに佐々木に駆け寄った。
佐々木は、「松村くん、誰かくる!」と胸を押さえながら言った。
松村が「誰かって?」と訊くと、
「屑木くんと血の繋がった人が・・」と言うなり、ゴホオッと激しく咳き込んだ。口の中が詰まったようだ。
それは誰なのか?
誰かの体に「あれ」を入れようとする時、血縁者の登場でそれは中断を余儀なくされる。
僕と血がつながっている人。
それは僕の家族・・父か母。だが、両親がこんな場所に来るはずがない。
この公園に来る人はただ一人・・決まっている。
景子さんだ。
・・だが、違ったようだった。
僕の予想は大きく外れた。そこには景子さんとは全く異なる人物が立っていた。
「よお、お前、たしか『クズキ』とか言う名前だったかな?」
それは、ファミレスで景子さんと同席していた学生の男だった。
ひょろっとした体型で、とかげのような顔をしている。こいつ・・いつからいたんだ?
景子さんは、男を「シンドウ」と呼んでいた。僕はその男に何度か出くわしている。シンドウはあの屋敷にもいた。男女の交合のように「あれ」を相手の女の体に入れていた。
何が目的で景子さんに近づいていたのか? そして、何故、今この場にいるのか。
それにおかしい。佐々木奈々が苦しみだした理由が分からない。この男は僕の血縁者でも何でもないからだ。
イヤな予感がした。
僕はふらつく体を起こし、口元を拭った。
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