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宗教
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◆宗教
あれから・・
神城、君島さん、僕の三人は、それぞれが家族に報告した。
その結果は、望んだものとは大きくかけ離れていた。あまり期待もしていなかったが、ある程度は渡辺さんの言った通りかもしれない。
みんな無関心なのだ。吸血鬼が信じられないことに加えて、何か、町全体がこの問題となると、避けているように思えた。
だが今回は違う。
あの廃墟を見れば誰だって、心が動かされるだろう。あそこには、渡辺さんとその妹のサヤカさんの魂の無くなった体があるはずだし、老人達もいるはずだ。
だが、それも甘い考えだということを後日思い知らされた。
それは神城から聞かされた。
彼女は、父親を引っ張り、あの廃墟を見せに行ったのだ。
廃墟は、ただの廃墟で、惨劇の跡も無かったし、そこに住んでいるはずの老人達の姿も見えなかった。当然のように、破れた天井裏には何もなかった。神城が言うには、渡辺さんもその妹のサヤカの存在も疑わしいとのことだ。
そして、僕と君島さんが遭遇した自転車事故。
事故自体、それほど大きくない事故だった、当然、新聞に載るような案件ではない。
事故より、問題は運転手と何人かの人間が血を吸われたことだ。そして、人間がミイラのようになったことは十分にニュースになる出来事のはずだ。
だが、そう思っているのは、吸血鬼に遭遇した人間たちだけのようだ。
家や学校では、全く話題に上らなかったし、あの事故の見物客がどれほど生き残ったのかも分からない。調べようがない。
だが、救急車や警察が来たはずだ。僕も君島さんもサイレンの音を聞いている。
駆けつけた人間は、あの現場を見て、どう判断したのだろうか。
果たして生き残った人間はいたのだろうか?
もし、あの出来事が、世間に取沙汰されていないとするならば、
何かの力が働いているとしか思えない。
これも、伊澄瑠璃子の催眠、もしくは結界等の効果か? 最初は、そう思った。
だが、伊澄瑠璃子一個人の力で、封じるには、これらの現象は大きすぎる。
異常な出来事は、少なくともこの町の全体で起きている。
・・僕たちの知らない所で、何か大きな力が動いている。そう感じざるをえない。
そんな無関心な人々の中で、最も異様だったのは、僕の母だ。
これまで僕は、屋敷であったことを両親に話していない。
だが、今回は、衣服が汚れていることを問い詰められたこともあって、母には話した。
「この町に、吸血鬼が巣食っているんだ」
具体的に何があったかを話した後、そう僕は話を締めくくった。
母は、きょとんとしたような顔をして、僕の話を聞いていた。
だが、最後に表情が険しくなり、何を言うかと思えば、
「きっと、あの女のせいよ!」
と、僕に向かって応えているのか、宙に向かって呪いの言葉を投げかけているのか分からない口ぶりで言った。
「あの女のせいだわ」繰り返し、毒づくように言った。
母が、「あの女」と言うのは、隣の家の奥さん、あるいは、その娘の景子さんのことだろう。景子さんの母親はともかく、景子さんのことを悪く言われるのは不快だった。
そんな母の言葉を聞いた時、別の意味で、母も何かの催眠状態になっているのではないかと疑ったほどだ。母に話すのではなかったと後悔した。
そして、学校では、伊澄瑠璃子は相変わらずの雰囲気を湛えながら教室にいる。その周囲には白山あかねと、黒崎みどりが取り巻いている。
松村は、僕に話しかけてこなかったが、神城は佐々木奈々と談笑している。
静かだ。
静かだし、信じられない光景だ。
だが・・おそらく、伊澄瑠璃子の取り巻きや、松村、佐々木奈々の中の「あれ」は成長していると推測される。
やがて、先日の自転車事故の少女、隣のクラスの天野美樹みたいになるかもしれない。
そんなことは僕も神城も望んではいない。
だが、僕はしっかりと憶えている。
伊澄瑠璃子の姉のレミの身に起こった不幸な出来事。そんな姉のレミを伊澄瑠璃子が蘇らそうとしていること。
そして、伊澄瑠璃子が別れ際に言った言葉・・
「私は、ついにレミ姉さんを入れるのに相応しい人間を見つけたのよ」
伊澄瑠璃子は、相応しい人間というのを「美しい」と形容していた。
その言葉に、僕はイヤなものを感じていた。
様々な疑問や不安を抱えながら、それでも僕は君島律子と互いの血を貪り合うことはやめなかった。時折、どこかで落ち合って、僕は君島さんの首筋に歯を這わせていた。
そんな繰り返しの中、日々は過ぎ、
いつもの日曜日の朝を迎える。
そんな日曜日の朝は、僕の場合、他の人とは違うかもしれない。なぜなら数年前から、日曜の朝、遅くまで寝たことがないからだ。
クラスの子が、「日曜日は、いつも昼近くまで寝てるよ」と言っているのを聞いて羨ましく思ったものだ。
日曜日の朝、遅くまで眠れない理由。それは隣の家から洩れる音にある。
景子さんの弾く美しいピアノの音では決してない。
ある人には不快な音、またある者には神々しい声。それは、何かの宗教の読経だ。
その読経で早く目が覚める。
僕の母は、景子さんのピアノに対してもそうだが、この読経にも不快な顔を見せる。
だが、僕の家も数年前は犬を飼っていて、犬の吠えるのに隣の人は文句を言わなかった。その手前もあり、母は愚痴を抑えている。父の方は、まるで気にしていない。
そんなわけで、僕たち家族は日曜日は早起きだ。互いの家は、古い木造建築なので、特によく聞こえる。
今朝も、読経が聞こえてくる。一般的な仏教の音韻とは一線を画している。妙に薄気味悪い。
随分前、景子さんの妹の美也子ちゃんから聞いた話では、
「日曜の朝には、家族みんなで集まって、読経を手を合わせて聴くのよ」と言っていた。
「お坊さんか、誰かが来ているの?」と僕が訊ねると、
美也子ちゃんは首を振って、
「ううん。違うの。あの声は、私のお母さんよ」と答えた。
その美也子ちゃんの返事に驚いたのを今でも憶えている。とても、年若い女性の声には思えなかったからだ。
何かの呪詛を唱えているような深い声・・
それは女性とも男性ともとれるような声だが、まさか、美也子ちゃんと景子さんのお母さんの声だとは思わなかった。
美しい容姿とその声が非常にアンバランスだ。実際に彼女が、あの太い声を出しているところを見ていないので、まだ信じることができないほどだ。
隣に住む人・・小山蘭子という名前だ。
そして、僕の母は蘭子さんを「あの女」と呼び、その娘の景子さんをも憎しみの対象にしているようだ。
女性特有の嫉妬なのか、それとも過去に何らかのトラブルがあったのか、それは分からない。それにそんな大人の事情を知ったところでどうなるものでもない。
だが、それが僕の人生に大いに関わる事態であれば話は別だ。
あれから・・
神城、君島さん、僕の三人は、それぞれが家族に報告した。
その結果は、望んだものとは大きくかけ離れていた。あまり期待もしていなかったが、ある程度は渡辺さんの言った通りかもしれない。
みんな無関心なのだ。吸血鬼が信じられないことに加えて、何か、町全体がこの問題となると、避けているように思えた。
だが今回は違う。
あの廃墟を見れば誰だって、心が動かされるだろう。あそこには、渡辺さんとその妹のサヤカさんの魂の無くなった体があるはずだし、老人達もいるはずだ。
だが、それも甘い考えだということを後日思い知らされた。
それは神城から聞かされた。
彼女は、父親を引っ張り、あの廃墟を見せに行ったのだ。
廃墟は、ただの廃墟で、惨劇の跡も無かったし、そこに住んでいるはずの老人達の姿も見えなかった。当然のように、破れた天井裏には何もなかった。神城が言うには、渡辺さんもその妹のサヤカの存在も疑わしいとのことだ。
そして、僕と君島さんが遭遇した自転車事故。
事故自体、それほど大きくない事故だった、当然、新聞に載るような案件ではない。
事故より、問題は運転手と何人かの人間が血を吸われたことだ。そして、人間がミイラのようになったことは十分にニュースになる出来事のはずだ。
だが、そう思っているのは、吸血鬼に遭遇した人間たちだけのようだ。
家や学校では、全く話題に上らなかったし、あの事故の見物客がどれほど生き残ったのかも分からない。調べようがない。
だが、救急車や警察が来たはずだ。僕も君島さんもサイレンの音を聞いている。
駆けつけた人間は、あの現場を見て、どう判断したのだろうか。
果たして生き残った人間はいたのだろうか?
もし、あの出来事が、世間に取沙汰されていないとするならば、
何かの力が働いているとしか思えない。
これも、伊澄瑠璃子の催眠、もしくは結界等の効果か? 最初は、そう思った。
だが、伊澄瑠璃子一個人の力で、封じるには、これらの現象は大きすぎる。
異常な出来事は、少なくともこの町の全体で起きている。
・・僕たちの知らない所で、何か大きな力が動いている。そう感じざるをえない。
そんな無関心な人々の中で、最も異様だったのは、僕の母だ。
これまで僕は、屋敷であったことを両親に話していない。
だが、今回は、衣服が汚れていることを問い詰められたこともあって、母には話した。
「この町に、吸血鬼が巣食っているんだ」
具体的に何があったかを話した後、そう僕は話を締めくくった。
母は、きょとんとしたような顔をして、僕の話を聞いていた。
だが、最後に表情が険しくなり、何を言うかと思えば、
「きっと、あの女のせいよ!」
と、僕に向かって応えているのか、宙に向かって呪いの言葉を投げかけているのか分からない口ぶりで言った。
「あの女のせいだわ」繰り返し、毒づくように言った。
母が、「あの女」と言うのは、隣の家の奥さん、あるいは、その娘の景子さんのことだろう。景子さんの母親はともかく、景子さんのことを悪く言われるのは不快だった。
そんな母の言葉を聞いた時、別の意味で、母も何かの催眠状態になっているのではないかと疑ったほどだ。母に話すのではなかったと後悔した。
そして、学校では、伊澄瑠璃子は相変わらずの雰囲気を湛えながら教室にいる。その周囲には白山あかねと、黒崎みどりが取り巻いている。
松村は、僕に話しかけてこなかったが、神城は佐々木奈々と談笑している。
静かだ。
静かだし、信じられない光景だ。
だが・・おそらく、伊澄瑠璃子の取り巻きや、松村、佐々木奈々の中の「あれ」は成長していると推測される。
やがて、先日の自転車事故の少女、隣のクラスの天野美樹みたいになるかもしれない。
そんなことは僕も神城も望んではいない。
だが、僕はしっかりと憶えている。
伊澄瑠璃子の姉のレミの身に起こった不幸な出来事。そんな姉のレミを伊澄瑠璃子が蘇らそうとしていること。
そして、伊澄瑠璃子が別れ際に言った言葉・・
「私は、ついにレミ姉さんを入れるのに相応しい人間を見つけたのよ」
伊澄瑠璃子は、相応しい人間というのを「美しい」と形容していた。
その言葉に、僕はイヤなものを感じていた。
様々な疑問や不安を抱えながら、それでも僕は君島律子と互いの血を貪り合うことはやめなかった。時折、どこかで落ち合って、僕は君島さんの首筋に歯を這わせていた。
そんな繰り返しの中、日々は過ぎ、
いつもの日曜日の朝を迎える。
そんな日曜日の朝は、僕の場合、他の人とは違うかもしれない。なぜなら数年前から、日曜の朝、遅くまで寝たことがないからだ。
クラスの子が、「日曜日は、いつも昼近くまで寝てるよ」と言っているのを聞いて羨ましく思ったものだ。
日曜日の朝、遅くまで眠れない理由。それは隣の家から洩れる音にある。
景子さんの弾く美しいピアノの音では決してない。
ある人には不快な音、またある者には神々しい声。それは、何かの宗教の読経だ。
その読経で早く目が覚める。
僕の母は、景子さんのピアノに対してもそうだが、この読経にも不快な顔を見せる。
だが、僕の家も数年前は犬を飼っていて、犬の吠えるのに隣の人は文句を言わなかった。その手前もあり、母は愚痴を抑えている。父の方は、まるで気にしていない。
そんなわけで、僕たち家族は日曜日は早起きだ。互いの家は、古い木造建築なので、特によく聞こえる。
今朝も、読経が聞こえてくる。一般的な仏教の音韻とは一線を画している。妙に薄気味悪い。
随分前、景子さんの妹の美也子ちゃんから聞いた話では、
「日曜の朝には、家族みんなで集まって、読経を手を合わせて聴くのよ」と言っていた。
「お坊さんか、誰かが来ているの?」と僕が訊ねると、
美也子ちゃんは首を振って、
「ううん。違うの。あの声は、私のお母さんよ」と答えた。
その美也子ちゃんの返事に驚いたのを今でも憶えている。とても、年若い女性の声には思えなかったからだ。
何かの呪詛を唱えているような深い声・・
それは女性とも男性ともとれるような声だが、まさか、美也子ちゃんと景子さんのお母さんの声だとは思わなかった。
美しい容姿とその声が非常にアンバランスだ。実際に彼女が、あの太い声を出しているところを見ていないので、まだ信じることができないほどだ。
隣に住む人・・小山蘭子という名前だ。
そして、僕の母は蘭子さんを「あの女」と呼び、その娘の景子さんをも憎しみの対象にしているようだ。
女性特有の嫉妬なのか、それとも過去に何らかのトラブルがあったのか、それは分からない。それにそんな大人の事情を知ったところでどうなるものでもない。
だが、それが僕の人生に大いに関わる事態であれば話は別だ。
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