血を吸うかぐや姫

小原ききょう

文字の大きさ
上 下
96 / 118

復活②

しおりを挟む
 それは・・
「伊澄さんは、お姉さんを蘇らせようとしているんだろ?」
 伊澄さんの切れ長の瞳がぴくっと引き攣ったように痙攣した。
 伊澄瑠璃子は、姉のレミを、人間として、再びこの世界に蘇らせようとしている。
 僕の推論は、たぶん合っているだろう。
 伊澄瑠璃子は、僕の言葉を肯定するように静かに頷いた。
 神城が「そんなの無茶苦茶よ。有り得ないし、自然の摂理に反するわ」と委員長らしい言葉を吐き、君島さんは君島さんらしく、
「でも、伊澄さんなら、やりそうよ」と言った。
 だが、当の伊澄瑠璃子は、そんな二人の言葉には耳を貸さない。

 その時、それまでうずくまっていた渡辺さんが身悶えするように体をのたうち回り始めた。
「オ、オレの中で、あいつが、大きくなって・・んぐっ」
 そう言って渡辺さんはゆらりと立ち上がり、ドアに向かった。
「渡辺さんを放っといていいのか?」僕は伊澄さんに言った。
 伊澄瑠璃子は「また妹のところにでも行くのでしょう」と応えた。

 伊澄さんがそう言い、君島さんが「みっともない」と侮蔑の言葉を投げかけ、神城が肩を撫で下ろした瞬間、
 僕は叫んだ。
「神城っ、うしろ!」
 僕は忘れていた。吸血鬼の動きが異常に速いことを。
「えっ?」神城は当惑した表情を浮かべた。
 神城の背後に渡辺さんの姿が見えたと思った瞬間には、
 神城の白い首筋に、尖った歯が這い寄るのが見えた。
 だが、僕の方も、速く動ける。催眠にもかかっていないし、体が軽い。
 そんな僕の軽い体は渡辺さんの背後にまわっていた。
「神城から、離れろおッ!」
 僕は怒号と共に、渡辺さんの体を神城から引き剥がし、よろけたところを突き飛ばした。
 渡辺さんは家の支柱に顔をぶつけ、更に足がもつれたのか、そのまま玄関に突っ伏した。
「ううっ」と呻いて、渡辺さんは顔を上げた。その顔を手で覆っているが、顔が大変なことになっているのは見て取れた。 
 神城が渡辺さんの醜く歪んだ顔を見て悲鳴を抑えている。渡辺さんは、力を無くしたのか、そのままうずくまっている。
 その光景は、至極、憐れに尽きるものだった。彼に初めて会った時の印象とはまるで正反対だ。

 渡辺さんを突き飛ばした後、荒くなった息を整えていると、
「屑木くん!」
 突然、叫んだのは君島さんだった。
 同時に僕のおでこに、何やら冷たくヌルッとしたものがペチャっと当たった。触手だ。
 そして、触手は眼の上をスルスルと通り過ぎ、口元にまで伸びてきた。慌てて口を閉じたが、それは口をこじ開けようとする。僕は両手でヌルヌルの触手を掴み、口への侵入を防いだ。
 それは、破れた天井から伸びていた。サヤカはまだいたのだ。
 そして、触手は、もう一本あった。つまり、サヤカの右腕と左腕だ。もう片方の触手が僕の首に巻き付いた。まさか触手で血を吸うことは出来ないだろうが、首が締めつけられる。全ては一瞬の出来事だった。

 両手で口の触手を取り除こうとしている間に、君島さんが「屑木くん!」と言いながら僕の首に巻きつく触手を掴み、「この触手、しつこいわね、何度も出てきて」と言った。
触手を振り解くのに手こずっている君島さんを茫然と見ている神城に君島さんは、
「ちょっとっ、あなたも手伝いなさいよ!」と叫んだ。
 神城は「ええっ!」と拒否反応を示しながらも、「こんな気持ち悪いのを触るなんて、冗談でしょ!」とか言って触手を掴んだ。掴むなり、手を離したのを見て君島さんが、「やっぱり神城さんはお嬢様育ちなのね」と侮蔑の言葉を投げた。
 その言葉に反発した神城が、
「ええいっ、こんなものっ!」と叫び、その勢いで、触手を引き千切ってしまった。
 触手は、サヤカの腕だ。それを千切られてはさすがに痛みというものがあるのではないだろうか?
「あぐわっはああぁっ」と意味不明の雄叫びが天井から聞こえた。同時に、神城が引き千切った触手が畳に落ち、更に不気味な体液がポタポタとそこら中に垂れた。
 口へ侵入しようとしていた触手も、しゅるしゅると天井に引き下がった。

 その様子を静観していた伊澄瑠璃子が、
「あら、私が屑木くんを助けようと思ったのだけれど、力を貸すまでもなかったわね」と淡々と言った。そして、
「それにしても憐れな妹さんねぇ・・今、サヤカさんは、自分の非力さを痛感しているのではないかしら?」と言って、
「彼女の体は、既に壊れかけているようね」と続けた。
 その言葉を肯定するように、天井の上で、ガタガタゴトゴトといつまでも音がしている。時折「うっ、うむうっ」と苦悶の声が洩れてくる。それは泣いているような声にも聞こえる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

JOLENEジョリーン2・かごめは鬼屋を許さない また事件です『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。

尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
ホラー
怖いホラーです。残酷描写ありです。 苦手な方は御注意ください。 完全フィクション作品です。 実在する個人・団体等とは一切関係ありません。 ジョリーン・鬼屋は人をゆるさない  の続編になります。不定期連載になる予定、少々お待たせします。 もしよろしければ前作も お読みいただけると よくご理解いただけると思います。 応援よろしくお願いいたします。 っていうか全然人気ないし あんまり読まれないですけど 読者の方々 ありがたいです。 誠に、ありがとうございます。 読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。 もしよければお気に入り登録・イイネ・感想など、よろしくお願いいたします。 大変励みになります。 ありがとうございます。

原典怪飢

食う福
ホラー
食べるのが好きな女の子と怪異のお話 不定期で筆が乗ったら更新します。 ホラーじゃないけどミステリーでもなさそう。 短編じゃないけど長編でもなさそう。

処理中です...