血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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「人」②

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 その時、僕は思い出していた。茶の間でしていた父と母の会話だ。この町には語り継がれている物語が多いこと。加えて、宗教がらみの事件や、見世物小屋、骨のない少女の話も聞いたりした。
 渡辺さんは、自分の憶測や、調査したことを言っているだけなのだろうか?
 それなら、その言動は特におかしくはない。
 伊澄さんの姉の話は、おそらく渡辺さんの妄想だろう。
 だが、妙な違和感が残る。
 なぜ、渡辺さんは、僕たちにこの話をファミレスでしなかったのだ?
 この話の流れなら、渡辺さんは何かの本題、つまり、渡辺さん自身が知りたいことを伊澄瑠璃子に持ち出すために、僕たちを利用したようにも思える。

「けれど、渡辺さんのお話は、少し違いますね」
 渡辺さんにそう言った伊澄瑠璃子は冷やかな笑みを浮かべている。
 まるで、伊澄瑠璃子と渡辺さんとだけの会話のようだ。その中に僕たちはいない。
 
「私の姉は、もうこの世にはいない・・そう思っています」
 だったら、渡辺さんのおかしな推論は当たっていない。
「でも、この町に色々な伝承があるのは、本当です」
 この町の伝説は、本当なのか? あるとしたら、それは、どんな伝承なのだ?

「渡辺さん。お話は、それだけじゃないでしょう?」と伊澄瑠璃子は挑発的な瞳を見せた。
 そして、
「あなたは、もっと私に訊きたい話が他にあるのでしょう?」と言った。

 その言葉に、渡辺さんの顔が険しくなった。
「ああ、訊きたいね」
 渡辺さんも負けずと言葉を返し、
「まず第一に、君に、『あいつ』を入れられた人間は、その後、どうなる運命なんだ?」と強く訊いた。
 それは僕たちも知りたい。
 間に合う者、手遅れの者に分けられるのか?
 そして、間に合わない者は、その後、どうなるのか?

「渡辺さんのご質問は、私が、人間の体に、あなたが『あいつ』と呼ぶものを入れている、それが前提ですよね?」
「じゃないのかい?」
 いくら伊澄さんでも、そればかりは否定できないだろう。
 実際に、僕は何度も見ている。
 伊澄瑠璃子が、物置小屋で体育の大崎に入れているところを見たし、幽霊屋敷で取り巻きの白山あかねの中に入れているところも見た。そして、僕の中に「あれ」を入れようとしていた。

「でも、みなさんはご存知ではないでしょう。私が、そのようなことをしていたその目的については」
 淡々と言う伊澄瑠璃子に神城が、
「伊澄さんの目的なんて、知らないわよ。私は奈々を元の体に戻して欲しいだけよ」と憤った。
 神城の憤りに伊澄瑠璃子は、その目的について語るのをやめ、
「では、その後、どうなるのか申しましょう」と言った。
 その言葉に思わず息を飲む。
 だが、彼女は絶望的な一言を放った。
「・・放置しておくと、体内に宿っている『人』に体を奪われます」
 人? 今、体内の「人」と言ったのか? 「あれ」でもなく、渡辺さんが言う「あいつ」でもなく、「人」と。
 そして、その「人」に、体を乗っ取られるというのか。
 だが、神城も君島さんも伊澄瑠璃子が言った「人」という単語には気づいていないようだ。
 神城はそれよりも佐々木のことを思い、怒りに体が震えているようだし、君島さんは「気持ち悪いわ・・あの大崎先生もいずれそうなるのかしら?」と言っている。

 そんな中、最も大きな反応をしたのは渡辺さんだった。
「やはり、そういうことか!」
 渡辺さんの大きな声に伊澄瑠璃子は動じない。その代わり、
「渡辺さん。そんなに大きな声を出されて、どうしたのです?」と冷ややかに微笑んだ。
 渡辺さんは、何かに憤っているようだ。その手を見ると、渡辺さんの拳が硬く握られ、ブルブルと震えている。
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