血を吸うかぐや姫

小原ききょう

文字の大きさ
上 下
46 / 118

急ぐ男女

しおりを挟む
◆急ぐ男女

「君島さん・・大丈夫ですかね」
 佐々木が不安そうに言った。
 今日も神城は病欠だ。僕は佐々木奈々と、二日連続で行動を共にしている。
 今日の放課後・・友人の松村が君島律子と連れ立って、あの幽霊屋敷に行くということだ。
 僕はそれを制止したい。その気持ちは佐々木も同じだが、
 佐々木は女の子だ。あの場所は危険だ。
 
 佐々木にそう言うと、
「でもですねえ・・私、松村くんが心配なんですよ」と言った。 佐々木と松村は幼馴染だ。気になって仕方ないのだろう。
 さて、どうするか?
「放課後、僕が松村にちゃんと言って、行くのを止めさせてみるか・・」
「それが一番いいんですけど・・松村くんのあの勢いを見ている限りでは、無理のようです。それに、今日、行かなかったとしても、私たちの知らない日に行ってしまえば、それで終わりですよね」
 それもそうだな。
「それと、私・・あの屋敷に興味があるというか、あの屋敷の中に、実際に何があるのか、知りたいんですよ」
 そう佐々木は好奇心たっぷりに言ったが、
「僕もそれなりに興味はあるが・・あの中には何か得体の知れないものがありそうで怖いんだ」
 怖い・・
 僕がそう言うと、佐々木は「そうですね・・確かに」と同意して、
「昨日、屑木くんが吉田女医から聞いた話もありますからね」
 
 僕は昨日の帰り、吉田女医に遭遇し、彼女から聞いた話を佐々木に伝えたが、僕に関することは言っていない。
 そんなことは言えない。僕が血を吸われ、吸血願望があることを話せば、僕と佐々木の関係も即終わりだ。当然、神城とも。

「いずれにせよ・・屋敷の近くまで行ってみるか」と僕は提案した。
 佐々木もそれに賛成し、結局二人で行くことになった。
 今回は伊澄瑠璃子がいないし、あの腰巾着の二人もいない。
 それに、目的は松村が君島さんを屋敷内に連れ込むことを阻止するだけのことだ。

 屋敷に向かいながら佐々木は、「でもお二人が、本当にデートとして、あの屋敷を選んでいたのなら、私たち、ただのお邪魔虫ですよね」と言って笑った。
 僕は「それもそうだが・・場所が悪すぎる」と言って、
「もしただのデートだとしても・・佐々木、あれを見たのを憶えているだろ? あの屋敷に大きな楽器のケースがズラリと並んでいたことを?」
「はい、きっちり憶えていますよ」
「あれってさ・・人を入れる・・棺(ひつぎ)に見えなかったか?」
「棺桶・・ですか・・そう言われたら見えないこともなかったですけど・・屑木くんの考え過ぎじゃないですかぁ?」
 だといいが・・
 そう思っていると、佐々木が前方を指差し、
「あの二人・・松村くんと君島さんですよ」と言った。

 男子高生と女子高生・・一見お似合いのカップルにも見えるが、松村の方は少し野暮ったく、君島さんは上品で、どことなく気品に溢れている。
 どうも釣り合いが取れていない二人のように思えるが、松村は、あの教室での惨事で君島さんを体育の大崎の毒牙から守ろうとしたナイトだ。君島さんが心惹かれても不思議はない。

 二人の向こうには、あの幽霊屋敷が見えている。
 僕は前を行く二人に「おーい」と声をかけた。
 すぐさま立ち止まり振り返った二人に「どこに行くんだよ」と訊いた。
 松村は、「屑木・・それに、佐々木」と僕ら二人を見比べ言った。
 君島さんは僕たちには関心がなさそうに目を反らした。

「松村くん・・やっぱり、屋敷に行くのはやめた方がいいと思います」佐々木が忠告する。
 僕は松村に、「また血を吸われたりしたらどうするんだ」と強く言った。
 その言葉に君島さんが松村を見上げて、
「ねえ、松村くん・・血を吸うって、何のことなの?」と訊いた。
 その返事の代わりに松村は、僕に、
「おい、屑木、変なことを言うなよ。君島さんが不安がってるじゃないか」と言った。
「変なことって・・松村、お前、忘れたのかよ」
 松村は屋敷内で首筋に穴が空き、血が出てきたと言っていた。
 そのことを喚起させるように松村に言うと、
「だからと言って、君島さんを屋敷に連れていってはダメだということにはならない」と返された。「それに、僕のことを君島さんにもっと知ってもらいたいんだ」
 あれ? 松村は自分を指すときに「僕」ではなく「俺」と言っていたはずだが・・
「松村のことを君島さんに知ってもらうって?」
「ああ、そうだよ。君島さんは、僕のことをもっと知りたがっている」
 すると佐々木が堪えかねて、
「君島さん・・松村くんの言っていることは本当ですか?」と尋ねた。

 佐々木の問いに、君島さんは髪を丁寧にかき上げ、
「私、松村くんが一緒に行きたいって言う所なら、どこにだってついて行くし、松村くんのことをもっと知りたいの」と言った。
 佐々木は、「ええっ!・・いつもの君島さんらしくない」と言った。
 確かに、君島さんらしくない発言だ。
 君島さんはどちらかと言うと、松村のような男には目もくれないし、自分の行きたい所は自分で決めるというタイプだ。

 もしかすると・・
 僕が、あることを推測するのと同時に、横の佐々木が僕の脇腹をつつき、
「これって、催眠なのでしょうか?」と小さく言った。「松村くんが、君島さんに催眠をかけている・・そう言うことなのでしょうか?」
「いや、松村にそんな能力があるとは思えない・・」と僕は応えた。
「だったら?」
 だったら・・君島さんに催眠をかけているのは、松村ではない。
 だとすると、催眠は松村の中に仕込まれている・・そう考えると道理がつく。
 どうやって?
 それは、伊澄瑠璃子が松村の体の中に入れたものだ。

「なあ、佐々木・・伊澄さんは、誰かの体の中に何かを入れることによって、その対象の人間を支配下においているんじゃないか?」 
「信じられませんけど・・そう仮定して、目の前の松村くんと君島さんを見ると、頷けますよね」そう佐々木は同調した。
「だったら、あの二人を止められないな」
「そうですよね。あの二人を、別の力が動かしているのでしたら」

 そう結論づけた時、
「屑木くん・・あれは?」と佐々木が言った。佐々木の視線の先に、おそらく大学生のカップルと思える男女が屋敷の敷地内に入っていくのが見えた。
「あれが・・屋敷付近でよく目撃される『逢引』する男女、というやつか」
 だが、その男女の姿は仲睦まじく歩くというよりも、何かの儀式に参列するような二人にも見えた。それは松村と君島さんにも言える。

 あの屋敷は、愛し合う男女が互いに求め合う場所ではない。
 若い男女が求め合うのではなく、
 二つの命を貪り合う・・そんな場所に感じる。
 しかし、何故そう思う? なぜ僕にはそれが分かる?

 佐々木が、
「他にもいたんですね・・」と言った。「私、あの屋敷でカップルが逢引するなんてこと、ただの噂とばかり思っていましたよ」
「そうだな・・本当にいたようだな」

 だが、僕と佐々木の思いとは別に、松村は全く違うことが頭に浮かんでいるようだった。
「先を越される」
 そう松村は誰ともなく言った。
 だが、僕はその言葉を聞き逃さなかった。
「おい、松村、誰に、何を先を越されるんだ?」
「屑木には関係ないよ」と松村は応え、「さあ、君島さん、中に入ろう」と言って君島さんをエスコートした。
 そんな様子を見て佐々木が「止めるのは無理のようですね」と言った。
「佐々木は、松村と幼馴染なんだろ・・佐々木が説得したら、中に入るのをやめるんじゃないか」
「そう思ったのですけど、今の松村くんは、他に目がいっているような気がしてなりません」
「君島さんの方を見ているということか?」
 幼馴染の佐々木奈々よりも、クラスの高嶺の花の君島律子の方を。
「違うと思います・・たぶん、あの屋敷の中にしか関心がないような・・」
 だったら・・
「だったら、僕たちも、中に入るか・・」
 佐々木には、無理にとは言わない・・佐々木にはそんな言い方をした。
「屑木くん。私も中に入ります・・松村くんが心配ですから」
 ひょっとしたら、佐々木は・・松村に好意を抱いているのか? しかし、松村の方は佐々木を見てはいない。

 先を行く松村と君島さんを追いかけるような格好で、僕と佐々木は後に続いた。
 二人は僕らに目もくれない。
 よくカップルが周囲の視線を気にしないのと同じなのかもしれない。
 だが、この二人の場合・・よくあるカップルの心情とは一線を画するように見える。

 僕と佐々木は、またあの鉄条網を抜け、鬱蒼とした茂みの中を歩く羽目になった、
 何度来ても、慣れない場所だ。いや、こんな場所に慣れることは決してないだろう。
 先を見ると、松村と君島さんは大きな扉の向こうに消えていた。
 空を見上げると、もう日が暮れているのがわかった。前回来たのとほぼ同じような時刻だ。
 前回と大きく異なるのは、メンバーの中に伊澄瑠璃子がいないことだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

JOLENEジョリーン2・かごめは鬼屋を許さない また事件です『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。

尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
ホラー
怖いホラーです。残酷描写ありです。 苦手な方は御注意ください。 完全フィクション作品です。 実在する個人・団体等とは一切関係ありません。 ジョリーン・鬼屋は人をゆるさない  の続編になります。不定期連載になる予定、少々お待たせします。 もしよろしければ前作も お読みいただけると よくご理解いただけると思います。 応援よろしくお願いいたします。 っていうか全然人気ないし あんまり読まれないですけど 読者の方々 ありがたいです。 誠に、ありがとうございます。 読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。 もしよければお気に入り登録・イイネ・感想など、よろしくお願いいたします。 大変励みになります。 ありがとうございます。

処理中です...