血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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対峙①

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◆対峙

 その時・・
 教壇側の扉が開いて、隣のクラスの男性教師・・谷垣先生が顔を出した。その後ろには隣のクラスの生徒もいる。
「なんですか、この状況は?」
 古文担当の谷垣先生は上手く状況が掴めないようだ。眉間に皺を寄せている。気が弱いことで有名だ先生だ。
「えっ?・・上里先生!」
 谷垣先生は生徒たちに担がれている上里先生を見て驚きの声を上げた。
「何があったんですか? 保健室の吉田さんまで・・」と言いかけ、
「お、大崎先生・・」と更に言葉を詰まらせ、倒れている大崎の異様な姿に唾を呑み込んだ。
「彼は自宅謹慎だったはずじゃ・・どうしてここに?」と谷垣先生は唸るように言って「まさか、また女子生徒に手を・・」と続けた。
 こんな場所で女子生徒に淫行・・それはありえないが。

 神城が委員長らしく前に進み出て、
「谷垣先生っ・・大崎先生が生徒に暴力をふるったんです。上里先生も突き飛ばされて、気絶してるんです」と皆を代表して状況を説明した。
 説明を受けた谷垣先生は、「そ、そうなのか・・」と言って、今度は吉田女医に、
「吉田さん・・そうなんですか?」と確認するように訊いた。

 訊かれた吉田女医は、転がっている大崎の元に歩み寄り、
「そうですの・・大崎先生は、生徒たちに危害を加えようとしていましたの」と言ったと思うと、
 吉田女医はヒールで大崎の腹にガンと蹴りを入れ、うつ伏せの背にドンとそのヒールの底を乗せた。大崎から「うっ」と言うくぐもった声が洩れた。
「ええっ! 吉田先生っ・・大崎先生に何てことを・・」
 谷垣先生が慌てて制した。
 だが、吉田女医は大崎の背に片足を乗せたまま、
「こうしておかないと・・大崎先生、またおいたをしちゃいますもの」と笑みを浮かべた。
 ミニスカートからムッチリした白い太腿が剥き出しになっている。
 谷垣先生は、扇情的な光景から視線を外すのに苦労しているようだ。

 しかし・・問題は、それからだった・・
 それからの二人の様子がどうもおかしい。
 吉田女医は、しばらく谷垣先生を直視している風に見えた。
 すると、そのあと、
 谷垣先生の顔が緩んだ。そして、イヤらしい笑みを浮かべると、その目は全て吉田女医の熟れきった肢体に注がれた。
「それで・・吉田先生が大崎先生を懲らしめてくれたのですね・・」
 谷垣先生は、なぜか納得したようだ。そして、「もう大丈夫ですね。吉田先生がおられるのですから」と言った。
 谷垣先生の目がトロンとしている。背後の男子生徒達も同様だ。
「では、僕も授業に戻ります」と言って出ていった。

 谷垣先生が去ると、神城が「ええっ?」と目を丸くした。「ちょっと、今の、おかしくない?」
 そんな様子を見て、
「・・吉田センセイ」
 そう他の女子生徒たちの中から吉田女医を呼んだのは、伊澄瑠璃子だ。
「あら、伊澄さん・・何かしら?」
 妖艶女医が、伊澄瑠璃子に向き直った。
 同時に生徒たち全員が、二人の女性に注目した。
 伊澄瑠璃子の美貌に魅入る者、吉田女医の色香に心奪われる男子達。
 伊澄瑠璃子の切れ長の目の光が更に増したように見え、それに吉田女医が艶熟美で対抗しているように感じた。

 そして、伊澄瑠璃子は吉田女医に向かって、
「吉田先生の・・その首の穴・・いつから、そこにあるの?」と訊いた。
 えっ・・吉田先生の首の穴?
 確か、今と同じように伊澄瑠璃子が保健室で指摘した時には、穴があったはずだ。だが、今は、首筋の穴なんて 吉田先生にはない・・松村と同じように穴が消えてしまったのか?
 伊澄瑠璃子には、ないはずの穴が見えるというのか?

 血が噴き出る穴・・それを見たことのない生徒たちには何の話か、全くわからないだろう。穴について知っているのは、僕を含めて、神城、佐々木、そして松村だけのはずだ。
 伊澄瑠璃子の取り巻きの二人については不明だ。

 吉田女医は、ようやく大崎の背中を押さえ込んでいる美脚をすっと下ろした。
 そして、首筋に人差し指を当てながら、
「やっぱり、伊澄さんにはこれが見えるのねえ」と言った。
 吉田女医の足元で、大崎が「うっ、うっ」とうごめいている。
 だが、大崎がむくっと起き上ろうとすると、再び、ドンッと厚底ヒールの脚で蹴り込んだ。まるで猛獣使いのようだ。

 その光景の異様さに女子生徒の一人が、
「なんなのよ、あれ・・吉田先生は、やり過ぎよ・・こんなの絶対におかしいわ」と叫んだ。
 それはわかっている。わかってはいるが、誰も口を出せない。僕らは何もできない。
 このことに関わること自体が怖い。
 
 そんな生徒たちの反応など気にも留めず、吉田女医は伊澄瑠璃子に向かって、
「伊澄さんも、この男が出来そこない・・そう思っているのでしょう?」と訊いた。
 どうやら、吉田女医の関心事は、伊澄瑠璃子一人にあるように思えた。

「・・私の失敗作・・だと言いたいの?」
 伊澄瑠璃子は吉田女医の問いにそう応えた。少し怒っている・・そんな風な口調だ。
 黒崎みどりと白山あかねが、吉田女医に向かって声を揃え、
「ちょっと、あなた。伊澄さんに失礼ですわ!」と言った。
 もはや、この二人は伊澄瑠璃子の完全な配下に見える。
「あ~ら・・伊澄さんは、そちらのお二人も手なずけているのね」と吉田女医は言った。

 僕の横で神城が袖を引っ張り、「二人が何の話をしているのか、わからないんだけど」と言った。佐々木も神城に寄り添うように来て、「あの二人・・絶対におかしいですよ」と言った。

 それまで松村に寄り添うようにいた君島律子が、「ひっ」と細い声を上げた。
 君島さんの指が教室の窓側の鏡を指している。
 その鏡には、吉田女医の顔・・
 鏡に映ったのはほんの一瞬だったが、僕は見た。
 やはり、吉田女医の顔は腐っている・・ように見える。

 君島さんの様子を見て判断したのか、吉田女医は、
「伊澄さん・・また今度、ゆっくりお話をしましょうねえ」
 と、幕を引くようにそう言って、大崎の右足をむんずと掴んだ。
 そして、
「出来損ないは・・それなりの『形』にしておかないといけませんわね」と言って、
 ずるずると大崎の足を軽々と引っ張って部屋を出て行った。
 大崎の体は、何度か痙攣を繰り返しながらも、あり得ない力の吉田女医に引かれていく。
 大崎の聞こえるか聞こえないかの小さな声が耳に届いた。
 その声は、「タスケテクレ」・・そう言っているように聞こえた。

 結局、教室から逃げ出したものは誰もいなかった。
 吉田女医が去った途端、急に生徒達がざわつき始める。
「おい、何だったんだよ? 今のは・・」
「わかんないわよ・・肝心の大崎先生が連れていかれたし・・」
「だからっ・・おかしいんだよ! あの女医の吉田先生がおかしいんだよ」
「でもよお・・吉田先生・・色気があり過ぎだよな」
「俺、今度、仮病を使って、保健室に行こうかな」とくだらない冗談が飛ぶ。
 実際に暴力をふるった体育の大崎よりも、それを押さえ込んだ女医の方に話題が集まっている。

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