血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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吸収①

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◆吸収

 その時、
「ちょっと・・神城さん」
 そう神城に声をかけてきたのは、クラスの中で影の力を持つと悪評高い君島律子だ。
 一部の女子の間で恐れられている。つまり、敵にまわすとロクな目に合わないということだ。
「あなた、委員長でしょ」
「そうだけど」君島律子のきつい口調に神城は身構える。
 君島律子は僕の存在など軽く無視して神城にガンガン言葉を投げてくる。
「だったら、あの人」と君島律子は伊澄瑠璃子の席を指差し、
「あんなの許せるの?」と言った。
 見ると、伊澄瑠璃子の両サイドに取り巻きのいつもの二人・・
 あれ?
 いつもの取り巻きの子たちではない。いつもの黒崎みどりと白山あかねではなく、別の女子が三人、伊澄瑠璃子に話しかけ、互いに談笑している。
 だが、そのことに何の問題があるというのだ。
 僕と同じように神城もそう思ったらしく、
「君島さん・・伊澄さんに何か問題があるの?」と尋ねた。
「だって、あの子たちは・・」
 君島律子がそう言いかけ、口ごもった。
 その様子を見て判断するには・・どうやら、君島さんが言いたいのは伊澄瑠璃子当人に対してではなく、彼女を取り巻く女子に問題があるらしい。
 その女子たちはつい先日まで君島律子の周りにいた女の子たちだ。
 それが、気がつくと伊澄瑠璃子のそばに寄っている。
 女子特有の嫉妬なのか・・
 伊澄瑠璃子に自分の仲間もしくは配下を持っていかれたことに対する嫉妬心。
 いずれにせよ、僕が口を出す問題でもなさそうだ。それにまるで子供のような感情。低レベル過ぎる。

「君島さん・・」と神城は前置きし、
「君島さんの言っていることの意味がわからないわ・・誰が誰と仲良くしようと、本人の自由よ」ときっちり述べた。
「違うのよ!」
 そう大きな声を君島律子は出した。
「何が違うの?」神城もどう対処していいか分からない様子だ。委員長は大変だな。
「絶対におかしいのよ」そう何度も君島さんは言う。
「だから、どうおかしいの?」神城も重ねて問う。
 きつい口調になった神城に君島さんは、
「あの子たちだけじゃないの・・他の子も、どんどん伊澄さんの周りに集まっていくのよ」
「何・・それ?」
 神城は更に困った顔になる。
 伊澄瑠璃子は高レベルの美貌の持ち主だ。
 女子生徒の羨望の的でもある。
 そんな彼女の周りに女子が吸い寄せられるように集まっても不思議ではない。

 君島律子は重ねて「ねえ、おかしくない?」と言った。
 神城も次第に鬱陶しくなってきたらしく「だから、何がそんなにおかしいのよ」ときつく言った。
 そんな憤る神城に君島さんはこう言った。
「だったら、次の休み時間の彼女を見てみなさいよ」
 そう言って君島さんは立ち去った。
 その後ろ姿を見送りながら神城は「全く、何なのかしら?」と愚痴った。
 僕は「まあまあ」と神城をなだめて「君島さんの言う通り、次の休み時間の彼女たちを見たらいいじゃないか」と言った。
「そうね」と神城は言い残し、自分の席に戻った。

 授業中、伊澄瑠璃子は後ろ姿しか見えない。
 だが、そんな彼女の背中を見ているだけで、僕の中にある種の感情が生まれる。
 もっと彼女を知りたい。見たい・・
 そんな感情とは別に理性も働く。
 伊澄瑠璃子は危険だ。あの屋敷内の行動もおかしかったし、言動も不気味極まりない。
 そして、一連の出来事に彼女が絡んでいる。

 授業中もぼんやりそんなことを考えながら時間をやり過ごした。
 そして、二時間目が終わる。授業が終わっても伊澄瑠璃子は席を立たない。すると、案の定、女子が二、三名、彼女の周囲に現れた。
 さっきと同じじゃないか。君島さんは何を言っていたんだ。何もおかしいところはない。
 三時間目もやり過ごし、昼休みになった。
 気がつくと、伊澄瑠璃子は席を立ち、取り巻き連中が後に続いた。

 君島律子を見ると、一人寂しく弁当箱を開けているところだった。ついこの前までは彼女の取り巻きが周囲に机を寄せ弁当タイムとなっていたのに、今は一人だ。さすがにこの風景には同情を禁じ得ない。
 そんな思いで君島を見ていると、僕の前に神城と佐々木が表れた。
「ねえ。屑木くん、奈々と三人で校庭に行きましょ」
 三人で弁当だな。
 僕は承知して弁当箱持参で神城、佐々木と3人で校庭を見下ろす階段に腰かけた。
 5月らしい青空が広がっている。
 この三人でいるのも次第に慣れ、居心地も良くなっている。
 ある種の吊り橋効果かもしれないな・・この三人で怖い思いをしたのだから。
 そんなことを思っていると、さっそく神城が話を切り出した。
「君島さんの言っている意味がわかったわよ」
「涼子ちゃん・・私も気づいてましたよ」と好奇心旺盛な佐々木奈々が言った。
「なんのことだ? 僕もずっと見ていたけれど、何も変わったところはなかったぞ」
「もうッ、屑木くんは伊澄さんの姿ばかり追いかけていたでしょ」そう神城がきつく言った。
「そうじゃないのか?」
 そう言った僕に神城は、
「休み時間ごとに、伊澄さんの周りの女が変わっているのよ」と説明した。
 佐々木奈々が「そうなんですよ。変ですよ」と同調した。
 休み時間ごとに、伊澄瑠璃子の取り巻きの女子が変わっている・・それはおかしいことなのか。
「それ・・そんなにおかしいことなのか?」重ねて問う。
「だって、全くかぶらないのよ」
 かぶらない・・女の子がかぶらない。
「そうなんですよ。たとえば、二時間目の休み時間にはAさん、Bさん。次の休み時間にはCさんとDさん・・そんな具合ですよ」そう佐々木が論立てて説明した。
 そんな神城と佐々木に、
「みんながそれぞれ、気を使っているんじゃないか? それに、伊澄瑠璃子を大勢で取り囲んだら彼女も迷惑だろ」と反論した。
 ところが神城は、
「私は君島さんに言われて、今日しか見ていなかったけれど、奈々は前から気づいていたんだって」と言った。
 そう言われた佐々木が身を乗り出し、
「毎日・・ずっとそんなローテーションで回っているんです・・つまり」
 つまり・・
「統率がとれているんですよ」と佐々木奈々は言った。
「つまり、伊澄瑠璃子の取り巻きの数は一定を保っている・・そういうことなのか?」
 人数を調整している・・
「そうみたいよ」と神城が断定した。
 しかし・・
「だったら、どうして、その中に、僕たちや君島さんは含まれないんだ?」
 そんな僕の疑問に神城はこう説明した。
「まず、屑木くんは男子よね。まだ男の子が伊澄さんの近くに群がった話は聞かないわ・・君島さんの場合は・・そうねえ・・君島さんは伊澄さんが嫌いだからじゃない?」
「じゃあ、神城と佐々木の場合は?」
 僕の問いに佐々木がこう言った。
「私たちは、伊澄さんを既に取り巻いているのかもしれませんよ。別の意味で」
「そうよねえ。屋敷で一緒の時間を過ごしたんだもの」と神城が続けた。
 佐々木奈々は話をまとめるように、
「私たち、伊澄さんの支配下にいるのかもしれませんねえ。例えばですけど」と言った。
 
 僕たちは伊澄瑠璃子の支配下に置かれている。
 そう思えないこともない。そんな節は多々ある。
 僕も気づけば、彼女のことを考えていることがよくある。

「私、そんなのイヤよ。誰かの支配下にいるなんて」と神城は感情的に言った。
 そう言った神城に佐々木は「涼子ちゃん。だから例え話ですよ・・そんなの私だっていやだし」と言った。
「僕も違うと思う・・僕たち三人は決して伊澄さんの支配下にはいない」
 すると神城は少し落ち着いた口調になり、
「でも、もしそうだとしたら、君島さん・・ちょっと可哀想じゃない? 今までの人気を伊澄さんに全部持っていかれた形だし」と言った。
 だが僕は、
「そうかな? 君島さんは、自分より抜きん出ている伊澄さんを嫌ってる・・そんな気持ちを貫いているから、それはそれでいいんじゃないかな。理由はどうあれ、君島さんは僕たちと同じように伊澄さんの支配下にはいない」と言った。
「そうねえ・・そういう意味では、君島さんと私たちはちょっと似ているかも」と神城は言った。
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