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母子の時間①

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◆母子の時間

 アパートになだれ込むように帰った。
 留守番のイズミは、僕の帰りが待ち遠しかったのか、ちょこんと部屋の真ん中でペタン座りをしていたが、その場所に、ルミ子さんの胴体。そして、頭部が置かれることになった。狭い部屋が一杯になる。
 
「イズミ、申し訳ない! 結局、お前の力が必要になった」
 僕はイズミの驚く顔を前にして、両手を合わせ懇願した。
「ミノルさんが・・オマエの力が必要・・・オマエの・・」
 イズミは嬉しそうにそう言った。
「何か、方法がありそうか?」
 僕がイズミに訊ねると、
 イズミは思考の海に入り込み、しばらくして、顔を上げ、こう言った。
「サツキさんの力が必要となります」
「どういうことだ?」
「正確には、ワタシとサツキさんです」イズミはそう答えた。
「二人の力ということだな?」
 イズミはコクリと頷いた。

 イズミの説明によると、ルミ子さんは、体もそうだが、その思考も分断されたような状態にあるということだ。
 その状態で、ルミ子さんの口を開かせる為には、
 サツキさんが、さっきのようにルミ子さんの体にコードを差し込む。
 次に、イズミがルミ子さんの頭部の音声を出力する部分にケーブルを挿入する。
 サツキさんが説明するには、エレルギー体を思考に送り込み、音声を出力させるということだ。
 イズミは、ルミ子さんの頭部にコードを繋ぐと、胴体の首根っこに当てた。
 ぐらぐらする頭をイズミは支えた。少しでも元の状態を保ちたいためだ。頭部だけはあまりにも痛々しすぎる。
 ルミ子さんは、頭部のある四肢を横たえた状態になった。清水さんがルミ子さんの髪を綺麗に整えた。
 植村は、泣きじゃくりながら、「みんな、ありがとう」と何度も言った。
 だが、サツキさんはこう言った。
 ルミ子さんの生体エネルギーのようなものは、もって30分ほどだということだ。それが終われば、ルミ子さんはただの物体と化す。
 その言葉を聞いた植村は「そんなっ」と絶句した。そして、「これからなのに、まだこれからだったのに」と震える声で言った。
 これからも母子の時間が続いたのに・・ということだろうか。

 その様子を見ていた清水さんまで泣き出すのを見て、
 イズミが「人は、このような時に泣くのですね」と感慨深く言った。
 そして、僕の顔を見上げ、「ミノルさんは、お友達のワタシがこうなった時、泣いてくれますか?」と言った。
 僕は、「ばかっ」と言って、いつものようにイズミの頭を叩いた。
 いつもなら頭を押さえて、「ミノルさん、痛いです」と言うところだが、何も言わなかった。

 しばらくすると、皆が見守る中、
「あ、あ、あ、あ・・」
 ルミ子さんの頭部が振動を始めた。
 同時に植村が「お母さんっ」と叫んだ。
「コ、コウイチ・・」
 植村の声に反応したように、ルミ子さんが口を動かした。だがその動きはぎこちない。
「コウイチ・・無事だったのね・・」
 ルミ子さんは植村の姿を認めて言った。視野はあるようだ。
「ああ、この通り、無事だよ。お母さんのお陰だよ」植村はそう言って、「でも、俺のためにあんなことしちゃ、ダメだよ」
 植村の言葉に、
「お外は、本当に危ないわね・・これからも気をつけるんだよ」と言った。
 まるで小さい子に注意喚起するように。
 植村は「ああ、わかった。これからも注意して歩くよ」と応え、
「だから、今度また、一緒に外に行こうよ」と続けた。
 だが、植村の言葉にルミ子さんは首を横に振ったように見えた。

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