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その人
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◆その人
僕がイズミの手をグイグイと引いて行くと、
「ミノルさん、あんまり強くすると、手が抜けちゃいます」とイズミが小さく言った。
その声はイズミのものだった。いつものイズミだ。
ミチルは隠れたのか?
「イズミ、今日は悪かったな。大変なことにつき合わせて」
僕の早歩きに追いつこうと、もつれそうな足で懸命に歩くイズミは、
「ミノルさん、珍しくワタシに謝っているのですか?」と言った。
「ああ、そうだ。おかしいか? 本当に悪いと思ってるんだ」
せっかく島本さんコーディネートのゴシック調の服でパーティに来て、こんな目に遭うとは思ってもみなかった。
ミノルさんの役に立てる、と嬉しそうに言っていたイズミの顔が目に浮かぶ。
「イズミ、体は大丈夫か?」
「もう、立ち直りました」
一時はどうなることかと思った。
「でも、あまりミノルさんのお役に立てなくて残念です」とイズミはしょげ返っている。
「いや、もう十分だ」
山田瞳子の人格が分かったこと。彼女の思念で創った男ドールが何体もいること。
そして、如月カオリの救出劇。いろんなことがわかった。
会場を出ると、イズミがこう言った。
「ヤマダトウコは、A型、B型ドールも含めて、フィギュアドールを何体も破壊しています。それだけでなく、寿命が末期のドールを転売したりもしているようです」
「だろうな」と僕が合わせると、イズミは、
「それだけでなく、ヤマダトウコは、人間も、何人か傷つけています」と補足した。
それも頷ける。
サツキさんが言っていた。山田瞳子は自分に都合の悪い人間を排除する、と。
そのような勝手なことをしても、彼女がいまだに法に問われていないのは、彼女が法をすり抜ける術を知っているのか、それともバックに強い味方がいるのか、それは分からない。もしかすると只のやりたい放題かもしれない。
ただはっきりと言えるのは、僕たちは、もう既に山田瞳子という不気味な女を敵にまわしてしまったということだ。
「イズミ、今日は十分に役に立ってくれたぞ」
僕はそう言うと、イズミは帽子を前に傾けた。照れているようだ。
イズミの苦労をねぎらわないとな。これからイズミの好きな、
「紅茶でも飲みに行くか?」と誘った。
ドールは食事が出来ない。唯一、飲料だけは嗜める。
だが、イズミは首を振った。
「お家で、サツキさんがワタシたちのお帰りを待っています。早くお家に帰りたいです」
「それもそうだな」
その通りだ。
山田瞳子を敵にまわしても、僕たちには元B型ドールのサツキさんもついている。
そして、今日、味方は他にも一人増えたようだった。それは如月カオリだ。
ホッとしながら、会場のあった場所から遠のく。
大きなスクランブル交差点で信号が変わるのを待っていると、
「ミノルさん。お手々が熱いです」とイズミが言った。
見ると、イズミの顔に困惑した表情が浮かんでいる。
今、気づいた。
僕は会場からイズミの手を引いて出てきたので、ずっとイズミと手をつなぎっぱなしだった。
「ごっ、ごめん」
僕はドールのイズミに謝り、手を放した。
人間の手の温度がフィギュアドールには耐えられなかったのだろうか?
「どうして、謝るのですか?」
「だって、ずっと人間の手に触れていたから、熱かったんじゃないのか?」
これまで僕はそんなに長い時間、イズミの体に触れたことはなかった。
僕がそう言うと「温度は関係ありません」と答えた。
「じゃ、なんだよ。困った顔をしてるじゃないか?」
「問題は、その熱さではなく、ミノルさんの行為です」
「行為?」
イズミは「はい、行為です」と言って、
「ミノルさんと、ワタシの関係性は『お友達』という設定なので、手を繋ぐ行為はおかしい、のではないかと」と説明した。
なんだよ、そういうことか。
そう理屈をこねるイズミに僕は言った。
「別にいいじゃないか、友達でも手を繋ぐことだって、あるんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、そうだ。イズミが知らないだけじゃないのか?」
僕がそう言うと、
「この世界、まだまだ知らないことだらけですね」とイズミが小さく言った。
そして、
イズミは「では・・」と言って、手を差し出した。
また手を繋いで欲しいようだ。
僕はイズミの手を握った。小さな指が僕の手の中にある。
信号が変わった。
交差点を渡りかけると、イズミが僕の手をくいくいと引いた。
「なんだよ?」
「ミノルさん、あの人」
イズミは交差点を歩く人ごみの中のある人物を指した。
「あの人、ワタシの顔と似ています」
その言葉に、はっとした僕はその方向を追いかけた。
そして、イズミが目を留めた理由がわかった。
それは「浅丘泉美」だった。
ビジネススーツに身を固めたその女性は、紛れもなく僕の初恋の女性だ。
僕を見事に振った女の子。いや、その時は女の子だったが、今や、僕と同い年、つまり30代の立派な女性。しかもどうみても働く女性だ。高校の時の透明感溢れるイメージと異なり、冷徹な感じがするのは気のせいだろうか。
思考が錯乱する中、アッと言う間に、浅丘泉美とすれ違った。
心臓が高鳴るのがわかった。振り返ることもできないし、当然、声なんてかけられない。
向こうは僕の存在に気づいたのだろうか?
もし気づいていたとしても、ドールと手を繋いでいる男、しかも昔ふった男に声をかけたりはしないだろう。
だが、イズミが、自身の顔と似ていると思ったのは解せない。
どう見ても、ドールのイズミと、たった今、見かけた浅丘泉美の顔に類似点が見いだせない。故に、どうしてイズミが彼女の顔を見て、浅丘泉美だと判断したのか?
「ミノルさんの思念から構成した様々なタイプの浅丘泉美の成長した顔が、ワタシのデータの中にあります」
イズミはそう言った。
「なんかそれイヤだな」
確かに、僕の知っている浅丘泉美の顔は、女子高生の顔だ。まだ幼い。
その顔の思念でイズミを創った。しかも島本さんの娘さんの顔まで混ざっている。
現在の浅丘泉美の顔とドールのイズミの顔にはかなりの開きがある。
だが、イズミはそのことも踏まえて、成長した浅丘泉美の顔のパターンを想定していたということだ。
落ち着きを取り戻した僕は振り返り、交差点の方を見た。まだ彼女の姿を認めることができるだろうか?
いた・・
しかも、浅丘泉美は、さきほどまで僕たちがいた会場のあったホールに向かっていた。
彼女は、あの草壁グループの催しと関係があるのだろうか?
そして、僕は思っていた。
浅丘泉美を恋していた僕の心は、まだ生きている、と。
そうでないと、さっきの胸の高鳴りを説明できない。
僕がイズミの手をグイグイと引いて行くと、
「ミノルさん、あんまり強くすると、手が抜けちゃいます」とイズミが小さく言った。
その声はイズミのものだった。いつものイズミだ。
ミチルは隠れたのか?
「イズミ、今日は悪かったな。大変なことにつき合わせて」
僕の早歩きに追いつこうと、もつれそうな足で懸命に歩くイズミは、
「ミノルさん、珍しくワタシに謝っているのですか?」と言った。
「ああ、そうだ。おかしいか? 本当に悪いと思ってるんだ」
せっかく島本さんコーディネートのゴシック調の服でパーティに来て、こんな目に遭うとは思ってもみなかった。
ミノルさんの役に立てる、と嬉しそうに言っていたイズミの顔が目に浮かぶ。
「イズミ、体は大丈夫か?」
「もう、立ち直りました」
一時はどうなることかと思った。
「でも、あまりミノルさんのお役に立てなくて残念です」とイズミはしょげ返っている。
「いや、もう十分だ」
山田瞳子の人格が分かったこと。彼女の思念で創った男ドールが何体もいること。
そして、如月カオリの救出劇。いろんなことがわかった。
会場を出ると、イズミがこう言った。
「ヤマダトウコは、A型、B型ドールも含めて、フィギュアドールを何体も破壊しています。それだけでなく、寿命が末期のドールを転売したりもしているようです」
「だろうな」と僕が合わせると、イズミは、
「それだけでなく、ヤマダトウコは、人間も、何人か傷つけています」と補足した。
それも頷ける。
サツキさんが言っていた。山田瞳子は自分に都合の悪い人間を排除する、と。
そのような勝手なことをしても、彼女がいまだに法に問われていないのは、彼女が法をすり抜ける術を知っているのか、それともバックに強い味方がいるのか、それは分からない。もしかすると只のやりたい放題かもしれない。
ただはっきりと言えるのは、僕たちは、もう既に山田瞳子という不気味な女を敵にまわしてしまったということだ。
「イズミ、今日は十分に役に立ってくれたぞ」
僕はそう言うと、イズミは帽子を前に傾けた。照れているようだ。
イズミの苦労をねぎらわないとな。これからイズミの好きな、
「紅茶でも飲みに行くか?」と誘った。
ドールは食事が出来ない。唯一、飲料だけは嗜める。
だが、イズミは首を振った。
「お家で、サツキさんがワタシたちのお帰りを待っています。早くお家に帰りたいです」
「それもそうだな」
その通りだ。
山田瞳子を敵にまわしても、僕たちには元B型ドールのサツキさんもついている。
そして、今日、味方は他にも一人増えたようだった。それは如月カオリだ。
ホッとしながら、会場のあった場所から遠のく。
大きなスクランブル交差点で信号が変わるのを待っていると、
「ミノルさん。お手々が熱いです」とイズミが言った。
見ると、イズミの顔に困惑した表情が浮かんでいる。
今、気づいた。
僕は会場からイズミの手を引いて出てきたので、ずっとイズミと手をつなぎっぱなしだった。
「ごっ、ごめん」
僕はドールのイズミに謝り、手を放した。
人間の手の温度がフィギュアドールには耐えられなかったのだろうか?
「どうして、謝るのですか?」
「だって、ずっと人間の手に触れていたから、熱かったんじゃないのか?」
これまで僕はそんなに長い時間、イズミの体に触れたことはなかった。
僕がそう言うと「温度は関係ありません」と答えた。
「じゃ、なんだよ。困った顔をしてるじゃないか?」
「問題は、その熱さではなく、ミノルさんの行為です」
「行為?」
イズミは「はい、行為です」と言って、
「ミノルさんと、ワタシの関係性は『お友達』という設定なので、手を繋ぐ行為はおかしい、のではないかと」と説明した。
なんだよ、そういうことか。
そう理屈をこねるイズミに僕は言った。
「別にいいじゃないか、友達でも手を繋ぐことだって、あるんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、そうだ。イズミが知らないだけじゃないのか?」
僕がそう言うと、
「この世界、まだまだ知らないことだらけですね」とイズミが小さく言った。
そして、
イズミは「では・・」と言って、手を差し出した。
また手を繋いで欲しいようだ。
僕はイズミの手を握った。小さな指が僕の手の中にある。
信号が変わった。
交差点を渡りかけると、イズミが僕の手をくいくいと引いた。
「なんだよ?」
「ミノルさん、あの人」
イズミは交差点を歩く人ごみの中のある人物を指した。
「あの人、ワタシの顔と似ています」
その言葉に、はっとした僕はその方向を追いかけた。
そして、イズミが目を留めた理由がわかった。
それは「浅丘泉美」だった。
ビジネススーツに身を固めたその女性は、紛れもなく僕の初恋の女性だ。
僕を見事に振った女の子。いや、その時は女の子だったが、今や、僕と同い年、つまり30代の立派な女性。しかもどうみても働く女性だ。高校の時の透明感溢れるイメージと異なり、冷徹な感じがするのは気のせいだろうか。
思考が錯乱する中、アッと言う間に、浅丘泉美とすれ違った。
心臓が高鳴るのがわかった。振り返ることもできないし、当然、声なんてかけられない。
向こうは僕の存在に気づいたのだろうか?
もし気づいていたとしても、ドールと手を繋いでいる男、しかも昔ふった男に声をかけたりはしないだろう。
だが、イズミが、自身の顔と似ていると思ったのは解せない。
どう見ても、ドールのイズミと、たった今、見かけた浅丘泉美の顔に類似点が見いだせない。故に、どうしてイズミが彼女の顔を見て、浅丘泉美だと判断したのか?
「ミノルさんの思念から構成した様々なタイプの浅丘泉美の成長した顔が、ワタシのデータの中にあります」
イズミはそう言った。
「なんかそれイヤだな」
確かに、僕の知っている浅丘泉美の顔は、女子高生の顔だ。まだ幼い。
その顔の思念でイズミを創った。しかも島本さんの娘さんの顔まで混ざっている。
現在の浅丘泉美の顔とドールのイズミの顔にはかなりの開きがある。
だが、イズミはそのことも踏まえて、成長した浅丘泉美の顔のパターンを想定していたということだ。
落ち着きを取り戻した僕は振り返り、交差点の方を見た。まだ彼女の姿を認めることができるだろうか?
いた・・
しかも、浅丘泉美は、さきほどまで僕たちがいた会場のあったホールに向かっていた。
彼女は、あの草壁グループの催しと関係があるのだろうか?
そして、僕は思っていた。
浅丘泉美を恋していた僕の心は、まだ生きている、と。
そうでないと、さっきの胸の高鳴りを説明できない。
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