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すれ違う母娘
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◆すれ違う母娘
男型ドールは廊下に蹲っている。自分を支えきれなくなったような姿勢だ。
如月カオリは、誰ともなくこう言った。
「この男型ドールの自立神経回路を破壊しました」
それが本当なのか、どうかはわからないが、男ドールは膝を折ったまま、口からドロッとした液体を垂らしている。
その様子を見ても、山田瞳子は何とも思っていない様子だ。冷やかに男型ドールを見下ろしている。あのエスカレーター事件の時、エレナさんを見ていた時と同じ目だ。
この女には、暖かな人間の心はない、そう思った。
山田夫人は溜息をつき、携帯を取り出した。
「廊下よ・・来てくれる? 男ドールが一体、役に立たなくなったわ」
他の男型ドールでも呼び出したのか?
山田夫人は、電話をし終えると、如月カオリに向かって、
「カオリ、あなた、主人の元を離れたそうね」と言った。
如月カオリは、その所有者の山田課長の元を離れ、自立化している。
それが、かねてからの如月カオリの念願だった。
だが、ドールの生命の維持に必要な、錠剤や、硬水、充電はどうしているのだろう?
カオリには自由に使えるお金があるのだろうか? もしそうなら、その金はどこから?
そんな数々の疑問よりも、
如月カオリが、ここに、イズミの元に駆けつけてきた理由・・
それは、イズミの中にいるミチルが母親を呼んだからだ。
だが、ミチルが本当に来て欲しかったのは、ドールの如月カオリではなく、人間の島本さんの方だ。
それに如月カオリにしても同じようなことが言える。草壁夫人の思念のコピーならば、本当に会いたいのは、ドアの向こうでピアノを弾いている草壁ミチルだろう。
・・二人は、なんて皮肉な関係なのだろうか。
山田夫人が、その事実をどこまで知っているのか知らないが、
「ははあん、そういうこと・・」と言って、
「あら、カオリ、ひょっとして母親気取りなの?」とあざけ笑うように言った。
そして、如月カオリのことを、
「ただの、ドール。それも、頭の中が、草壁会長の亡くなった奥さんのコピーなんて、すごく笑えるわ」と罵った。
夫人のセリフに対して、如月カオリは表情を全く変えず僕に向かって、
「イムラ、この子を連れて、早く行きなさい。じきに他の男ドールが来るわ」と言った。
「あら、カオリ、私の言うことは無視する気?」
山田瞳子の顔が憤っている。
男ドールや如月カオリには冷淡だが、自分のプライドを傷つけられることには黙ってはいられないようだ。
人のことには関心のない僕だが、少なくとも目の前の山田瞳子のような女は嫌いだ。
「あなた、ドールのくせに、母親になろうとしているわけ?」
山田瞳子は続けて言ったが、如月カオリは黙っている。それよりもイズミ、いや、ミチルの様子が心配なようだ。
悲しいことに、そのイズミは僕の胴にすがりついている、まるで小さな娘が母親に抱きつくような体勢だ。
「笑わせるわね。カオリ!」
山田瞳子は吐き捨てるようにそう言った。そして、
「調子に乗っているんじゃないわよっ、ただのドールの分際で!」
その声と同時に、パンッという音がロビーに響き渡った。
山田瞳子の強烈な平手打ちだ。如月カオリの顔が、真横に向いている。
この山田瞳子という女は、人間の感情がない、そう思っていたが、ドールに対しては何かの感情を抱いているのかもしれない。
如月カオリは、すぐに顔を元の位置に戻し再びイズミの方を見た。まるで母親が娘を気にしているようだ。だが当のイズミは震えながら僕を見上げている。
大人たちの争いごとに巻き込まれるのはイヤ・・そんな顔だ。その顔がイズミのものなのか、ミチルのものなのか判別できない。
如月カオリは今度は山田瞳子に向き直ってこう言った。
「ワタシは、この子の母親ではありません、それに母親になろうとも思いません。ワタシはただのドールです」ドールならではの淡々とした口調だが、その言葉の中にドールの悲哀のようなものを感じた。
おそらく、如月カオリがこの会場にいたのは、会場でピアノを弾いている人間のミチルを見に来ることだったのではないか?
そして、偶然にも二重人格のイズミに出くわした。
無表情で言った如月カオリに山田瞳子は「ふんっ」と鼻で笑い、
「カオリ、あなたにはいずれきついお仕置きが必要ね」と強く言った。
その時、ホールの係員が来て、
「あのお、先ほどから、廊下が騒がしいと連絡があったものですから」と言って、辺りを見ながら、「あなたたちじゃないでしょうね?」と確認するように言った。
もちろん、廊下には他に誰もいない。
更に係員は、うずくまっている男型ドールを見て、
「これ、お客さんのドールでしょう? ちゃんと片付けておいてくださいよ」と言った。
係員が山田瞳子を見て言うと、山田瞳子はチッと舌打ちした。
続けて係員は、
「さっき、あなたが、このドールと一緒にいるところを見ているんですから」と指摘した。
「分かっているわよ。だから、さっき、この役に立たないドールを回収する者を呼んだのよ」
係員は更に「片付けるだけじゃなくて、床もきれいに拭いといてくださいよ」と言った。
こんな所に長居は無用だ。
僕はイズミの手を引き、如月カオリの言う通り、会場を出た。
山田瞳子が「お待ちなさい!」と叫んでいたが、如月カオリが制止しているようだった。
「ちょっと、カオリ! 手を離しなさい!」
山田夫人が叫ぶ声が遠のいていった。
男型ドールは廊下に蹲っている。自分を支えきれなくなったような姿勢だ。
如月カオリは、誰ともなくこう言った。
「この男型ドールの自立神経回路を破壊しました」
それが本当なのか、どうかはわからないが、男ドールは膝を折ったまま、口からドロッとした液体を垂らしている。
その様子を見ても、山田瞳子は何とも思っていない様子だ。冷やかに男型ドールを見下ろしている。あのエスカレーター事件の時、エレナさんを見ていた時と同じ目だ。
この女には、暖かな人間の心はない、そう思った。
山田夫人は溜息をつき、携帯を取り出した。
「廊下よ・・来てくれる? 男ドールが一体、役に立たなくなったわ」
他の男型ドールでも呼び出したのか?
山田夫人は、電話をし終えると、如月カオリに向かって、
「カオリ、あなた、主人の元を離れたそうね」と言った。
如月カオリは、その所有者の山田課長の元を離れ、自立化している。
それが、かねてからの如月カオリの念願だった。
だが、ドールの生命の維持に必要な、錠剤や、硬水、充電はどうしているのだろう?
カオリには自由に使えるお金があるのだろうか? もしそうなら、その金はどこから?
そんな数々の疑問よりも、
如月カオリが、ここに、イズミの元に駆けつけてきた理由・・
それは、イズミの中にいるミチルが母親を呼んだからだ。
だが、ミチルが本当に来て欲しかったのは、ドールの如月カオリではなく、人間の島本さんの方だ。
それに如月カオリにしても同じようなことが言える。草壁夫人の思念のコピーならば、本当に会いたいのは、ドアの向こうでピアノを弾いている草壁ミチルだろう。
・・二人は、なんて皮肉な関係なのだろうか。
山田夫人が、その事実をどこまで知っているのか知らないが、
「ははあん、そういうこと・・」と言って、
「あら、カオリ、ひょっとして母親気取りなの?」とあざけ笑うように言った。
そして、如月カオリのことを、
「ただの、ドール。それも、頭の中が、草壁会長の亡くなった奥さんのコピーなんて、すごく笑えるわ」と罵った。
夫人のセリフに対して、如月カオリは表情を全く変えず僕に向かって、
「イムラ、この子を連れて、早く行きなさい。じきに他の男ドールが来るわ」と言った。
「あら、カオリ、私の言うことは無視する気?」
山田瞳子の顔が憤っている。
男ドールや如月カオリには冷淡だが、自分のプライドを傷つけられることには黙ってはいられないようだ。
人のことには関心のない僕だが、少なくとも目の前の山田瞳子のような女は嫌いだ。
「あなた、ドールのくせに、母親になろうとしているわけ?」
山田瞳子は続けて言ったが、如月カオリは黙っている。それよりもイズミ、いや、ミチルの様子が心配なようだ。
悲しいことに、そのイズミは僕の胴にすがりついている、まるで小さな娘が母親に抱きつくような体勢だ。
「笑わせるわね。カオリ!」
山田瞳子は吐き捨てるようにそう言った。そして、
「調子に乗っているんじゃないわよっ、ただのドールの分際で!」
その声と同時に、パンッという音がロビーに響き渡った。
山田瞳子の強烈な平手打ちだ。如月カオリの顔が、真横に向いている。
この山田瞳子という女は、人間の感情がない、そう思っていたが、ドールに対しては何かの感情を抱いているのかもしれない。
如月カオリは、すぐに顔を元の位置に戻し再びイズミの方を見た。まるで母親が娘を気にしているようだ。だが当のイズミは震えながら僕を見上げている。
大人たちの争いごとに巻き込まれるのはイヤ・・そんな顔だ。その顔がイズミのものなのか、ミチルのものなのか判別できない。
如月カオリは今度は山田瞳子に向き直ってこう言った。
「ワタシは、この子の母親ではありません、それに母親になろうとも思いません。ワタシはただのドールです」ドールならではの淡々とした口調だが、その言葉の中にドールの悲哀のようなものを感じた。
おそらく、如月カオリがこの会場にいたのは、会場でピアノを弾いている人間のミチルを見に来ることだったのではないか?
そして、偶然にも二重人格のイズミに出くわした。
無表情で言った如月カオリに山田瞳子は「ふんっ」と鼻で笑い、
「カオリ、あなたにはいずれきついお仕置きが必要ね」と強く言った。
その時、ホールの係員が来て、
「あのお、先ほどから、廊下が騒がしいと連絡があったものですから」と言って、辺りを見ながら、「あなたたちじゃないでしょうね?」と確認するように言った。
もちろん、廊下には他に誰もいない。
更に係員は、うずくまっている男型ドールを見て、
「これ、お客さんのドールでしょう? ちゃんと片付けておいてくださいよ」と言った。
係員が山田瞳子を見て言うと、山田瞳子はチッと舌打ちした。
続けて係員は、
「さっき、あなたが、このドールと一緒にいるところを見ているんですから」と指摘した。
「分かっているわよ。だから、さっき、この役に立たないドールを回収する者を呼んだのよ」
係員は更に「片付けるだけじゃなくて、床もきれいに拭いといてくださいよ」と言った。
こんな所に長居は無用だ。
僕はイズミの手を引き、如月カオリの言う通り、会場を出た。
山田瞳子が「お待ちなさい!」と叫んでいたが、如月カオリが制止しているようだった。
「ちょっと、カオリ! 手を離しなさい!」
山田夫人が叫ぶ声が遠のいていった。
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