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ファミレス行②

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 通路を過ぎる子供たちがイズミたちを見て「わっ、ドールだ」と声を上げる。
 そんな子供たちに、イズミは反応することなく、なぜか上からの目線で見ている。
 イズミは、ファミレスにいることが誇らしいかのようだ。子供たちの方は普段からファミレスに来ているだろうがな。
 そんなイズミが可愛く思えるのはなんか癪だな。
 イズミの興味は、周囲の人間たちではなく、ウェイトレスが通路を行き来しながら運んでいるハンバーグやステーキの御馳走のようだ。
 時折、イズミは僕の腕を引き「あのようなものが体の中に入るのですか?」と訊く。
 何やら感心するようなイズミに、僕は「そうだ」と答えた。「人間は肉を食べる。ここに来ているお客さんは、みんなそうだ」
 逆に、そんな場所でドリンクバーのみを注文するドールは稀有な存在だ。
「まさか、肉が食べたい、なんて言うんじゃないだろうか?」
 イズミの先回りをしてそう言うと、サツキさんが、
「さすがに、そのようなことは思わないですが、どんな味なのか? 興味はあります」と言った。
 イズミの方は「匂いだけでも十分です」と言った。
 すごいな。嗅覚もあるのか。
「いい匂いか?」と尋ねると、「お紅茶の方がいいです」と答えた。
 そうかもしれないな。
「イズミ、そんなことより、せっかくドリンクバーを頼んだんだから、好きなものをとってきたらいいよ」
 僕の号令に、サツキさんとイズミが立ち上がり、ドリンクバーコーナーに向かった。
 大丈夫かな? 
 一抹の不安もあるが、二人とも、思考の海の中から、ファミレスのドリンクバーの情報くらいは取り出して、その要領はすぐに理解するだろう。そう思うことにした。
 そう思わないと、ドリンクバーコーナーでドールたちに説明するのも気が引ける。
 それに、イズミたちに自ら人間と同じことをさせるほうが、僕には好ましい。

 そう思っていると、サツキさんが、三人分の日本茶をトレイに載せてきた。どうやら要らぬ心配だったようだ。
 サツキさんに続いて、イズミが紅茶でも持ってくるのかと思っていたら、まるで子供のようにパタパタと小走りで戻ってきた。
「ミノルさん、タイヘンです!」
「何が大変なんだ?」
 イズミは「大変です」と繰り返すと、帽子を脱ぎ、席に置いて、
「この内容では対処のしようがありません」と言った。
 全くもって意味不明の言葉だ。
「ちゃんとキッチリ説明しろ、まず落ち着け!」
 イズミは「ハイ」と素直に応えて、改めて席にちょこんと座り直した。
「ミノルさん、ここは、ワタシを混乱させるような場所です」
 イズミはそう言っているが、その顔はすごく楽しそうだ。
「なんか、嬉しそうだな」
 僕が皮肉っぽく言うと、
 イズミは、首をブンブンと振り「楽しくはありません。混乱しているのです」と繰り返した。
 いや、どう見ても楽しんでいるようにしか見えない。
 イズミの話を聞いてみると、イズミが「混乱」と言うのは、ドリンクバーの紅茶の種類が多くてどれを飲んでいいのか、分からないということだった。

「お紅茶の種類が多く・・イズミは現在、とても混乱しています」
 イズミは、どの紅茶が自分に最も適しているか分からないらしい。
 なんと大袈裟な・・
「どの味が、ワタシの好みに合うか、全くもって不明です」
 イズミはそう言って帽子を大事そうに胸元に引き寄せた。
 そう言えば、家にあるティーパックはかなりの安物で、ただのレモンティー用としか書いていなかったな。
 そんなイズミの様子を見て見ぬふりのサツキさんは、静かにほうじ茶を飲んでいる。自分だけの世界に浸っているようだ。

「イズミ、それは人間も同じだ・・試しに色々と飲んでみて、気に入ったのをまた飲めばいい」
 戸惑うイズミにドリンクバーのルール等を丁寧に説明してやると、
「そうなのですか」とまた嬉しそうに反応し帽子を置いて、ドリンクバーに向かった。
 時間をかけて選んでいるらしく、中々戻って来ないので、サツキさんが「ワタシ、見てきますね」と立ち上がった。「お願いします。サツキさん」
 間もなくサツキさんと一緒に仲良く戻ってきたイズミは、「ミノルさん、お紅茶の種類は分かりました」と言って、
「ダージリン、アッサム、セイロン、アールグレイ・・」と紅茶の名称を幾つか唱え、
「これは、レディグレイです」と言ってようやく席に着いた。
 何度か、ドリンクバーを行き来して、試飲をし、「レディグレイ」に落ちついたようだ。
「これが、濃度が低い上に、香りがワタシの好みに合うようです」
「くれぐれも酔うなよ」とイズミにきつく言っておいた。
 いつものように、ぐったりダウンされてはかなわない。

 そんなイズミと僕の様子を微笑ましく見ていたサツキさんは、
「初めて、イムラさんたちとご一緒した時は、このような場所の良さが分かりませんでしたが、今こうして落ち着いてみると楽しい場所ですね」
 サツキさんはそう言ってから、
「先ほどから、イムラさんとイズミさんのご様子を伺っていると、まるで、親娘のようですね」と感想を述べた。
 その言葉にイズミがまた敏感に反応して、
「オヤコではアリマセン・・コイビトです」と強く言った。

「え?」と反応に戸惑う僕。
「あら・・」サツキさんも驚く顔を見せる。
 僕とサツキさんがそれぞれイズミの顔を直視すると、
 イズミは自分の間違いに、はたと気づいたらしく、
「間違えました。ミノルさんと、ワタシは、オトモダチ関係です」と言い改めた。「大間違いをしました」
 そんなイズミにサツキさんが、
「関係性の名称なんて、こだわることなんてないじゃないですか。仲がよろしければ」と優しく言った。
 いや、イズミの場合、関係性は大事なような気がするぞ。

 戸惑い顔のイズミの横に、小さな男の子が寄ってきた。好奇心剥き出しの顔だ。
「わっ、ドールだ」と驚くように言った後、イズミを「ドールのおねえちゃん」と声をかけ、「おねえちゃんって、オッパイ、付いてんの?」と訊いた。
 小さな男子にとっては、至極当たり前の質問だ。僕は「うっとうしい子供だな」と、思って見ていると、
 イズミが「ミノルさん」と言って、泣きそうな顔で僕の顔を見ている。
 イズミが言いたいことがわかった。
 つまり、僕が幼児体型のイメージでイズミを創ったから、こんな体、つまり、オッパイが大きくない体になった・・そう言いたいのだろう。
 だが、何度も重ねるが、僕はそんな体を望んではいない。
イズミは僕を見ながら「ミノルさん」と繰り返し言った。
 おい、こっちを見るなよ。
 男の子がまだ立っている。イズミの返事を待っているのだ。追い払うのも気が引ける。
 仕方ない・・
 僕は男の子に言った。
「このお姉ちゃんには、ちゃんとオッパイがあるよ。けれど、君がそんなことを気にするのは10年早い気がするよ」と戒めるように言った。僕が口を開いたので、子供は「へえっ」と言って、「大きくならないの?」とか、「オッパイ、見せて!」とか更に困る質問を投げかけだした。やがて、母親らしき女性が「すみません」と現れ、息子を引っ張っていった。

 イズミは、子供が去って行ったのを見届けると、
「オッパイは、小さいながらも付いています」と僕に言った。
「知っているよ」と僕は言った。
 サツキさんが「そうなんですか?」と今知ったように言った。そして、「イムラさん、イズミさんのお胸をご覧になられたのですか?」と訊いた。
 サツキさんの問いに、なぜか、僕とイズミが気まずい雰囲気となった。

 そんな他愛もない話の後、
 二杯目のレディグレイを飲み終えたイズミは、
「ミノルさん。それで、本日は、どういったご用件のお話があるのでしょうか?」
 と変な日本語で切り出した。
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