上 下
128 / 167

写真①

しおりを挟む
◆写真

 そんな僕の想像を確信に変えるのは、ネットの情報しかない。問題が問題なだけにイズミにも言えない。
 まず、草壁グループの本社のホームページを閲覧した。
 会長の挨拶のページに草壁正雄の写真が掲載されている。会長にしては年齢が若い。
 それに男前だ。エキゾチックな顔。まるで俳優のようにも見える。もし、本当にこの男が島本さんが愛した男なら、少し妬けてくる。
 息子、後継ぎはいないのだろうか?
 いや、いるはずがない。
 草壁会長の妻は、子供の出来ない体だった。そう島本さんから聞いている。
 資産家であった草壁氏はグループ会社の創立、組織の確立を終え、一線を退いている。
 退いているとはいえ、その力は絶大なものだろう。そんなことが、ホームページから伺えた。
 しかし、このホームページには、草壁氏の一人娘である「ミチル」の情報がない。
 どこかに「ミチル」の写真がないのか?

 そう思った時、耳元に聞き覚えのある声が聞こえた。
 パソコンに齧りついていたので、気がつかなかった。
 経理の清水さんだ。営業部に届ける書類の配布のついでに僕の席に遊びに来たようだ。
「ねえねえ、井村くん、佐山さんから聞いたわよ」楽しそうに声をかけてきた。
 おそらくあのことだろう。
 僕は「いろいろあったよ」と漠然と言った。
 本当に色々とあった。あの飯山ビルのエスカレーター事件。そして、エレナさんを佐山さんが預かることになったこと。
 あれから佐山さんは、エレナさんを大阪にあるドールの修理屋さんに連れていき、今は、修理期間ということで、店に預けているらしい。所有者情報は既に佐山さん名義に書き換えてある。
 それがエレナさんにとっての幸せなのか、どうかはわからない。

 だが、清水さんにとっての関心事は、エレナさんのことよりも、例の「不倫」のことのようだ。
「それにしても、山田会長の奥さんって、ひどい女よねえ。自分の浮気の発覚の腹いせに何の罪もないドールを突き飛ばすなんて」
 確かに、あの女はひどい。しかし、
「でも山田課長は、奥さんを信じ込んでいるみたいだったよ。『私の妻がそんなことをするはずがない』と自慢するみたいに言っていた」
 山田課長は、「内海が全て悪い。妻は悪くない」と言っているようだった。
「へえっ、そうなの。意外ね、あの山田課長が」と言って、
「それにしても、すぐに左遷なんて、ずいぶんとスピーディに事が運ぶのねえ」と続けた。
 その後、清水さんは、「でも、おかしいなあ」と呟き、
「でも、山田夫人の悪い噂はよく耳にするのよ」と言った。
 清水さん、噂話が好きだな。
 僕は、「どんな話を聞くんだ?」と、一応興味を見せる。
「山田夫人、狙っているらしいわよ」
「狙っているって、何を?」
「草壁グループの会長の奥さんの座を」
 会長の妻の座を?
「いや、それって、おかしくないか? 山田夫人は既婚者だし、狙うったって、会長の方が相手にしないだろ。 それに、あの夫人は、内海のような若い男がよかったんじゃないのか?」
 僕がそう言うと清水さんは、
「内海くんは、山田夫人に利用されていただけみたいよ」と断定するように言った。
 あの夫人は、単に若い男が欲しかったわけでもなかったのか。
「あの内海に利用価値なんてあったのか?」
 僕がそう言うと、清水さんは「うーん」と何かを思い出すような様子になり、
「知り合いから聞いたのだけど、利用価値の意味が違うわ・・逆よ」
「逆?」
「つまり、彼は、山田夫人にとって邪魔だった、ってことよ。夫である山田課長の進む先の障害になるっていうことなんじゃないかしら?」そう清水さんは周囲に気を遣いながら言った。
「いや、しかし、内海は山田課長の部下みたいなもんだろ。そんな人間が邪魔になったりするのか?」
 僕がそう言うと、清水さんは「下の人間が邪魔になるってこと、世の中にいくらでもあるわよ」と言った。
「そんなものかなあ」
 そして、清水さんは話を続けた。
「これは、私の推測だけど、さっき井村くんが言ったエスカレーターのことを繋ぎ合わせたら、なんだか別の話が見えてくるのよ」
「別の話?」
 僕が訊くと清水さんは更に顔を寄せて、
「山田課長は、奥さんの話を信じて、『関係を強要された』とか言ってたんでしょう?」
「ああ、そうだよ」
「それって、自分の不倫相手を庇う気なんて、サラサラなかったってことよね?」
「そうみたいだな。冷たい女だと思ったけどな」
 それほど山田夫人の顔を間近で顔を見たことはないが、無表情な顔、というよりも「冷酷」「血が通っていない」そんな表現がピタリとくる女性だ。

 同時に、僕は思い出していた。飯山商事のロビーでのことを。
 エレナさんをエスカレーターの上段から突き落とし、素知らぬ顔で、僕と佐山さん、そしてエレナさんの横を通り過ぎていったその時の顔を。
 その時の記憶を呼び戻すと、確かな事実が蘇った。
 ・・あの時、山田夫人は、笑っていた。それだけは確かだ。
 どんな理由で笑っていたのか、そこまでは分からない。エレナさんを突き飛ばし、その体の崩壊ぶりが可笑しかったのか、それとも、自分の進めている何かのプランがあまりにも上手い具合に捗っていることで嬉しいのか。
 いずれにせよ、僕のような一般人には理解できないことで笑っていたのだろう。

 清水さんは「・・そうなると」と声を落とし、
「最初から、山田夫人は、そのつもりだったんじゃない?」と言った。
 山田夫人は、内海を会社から追いやるために、わざわざ内海と関係を持ったというのか? 
「でも、それって、全部、誰かの悪意のある噂に過ぎないだろ?」
 そう僕が言うと、「そうだけど・・山田課長は、あの人と結婚して、出世街道を突き進んだのよねえ」と呟くように言って、「男は、ああいう女性と結婚すると、出世するのかしら?」と感慨深く言った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

空虚な時計塔 -Broken Echo Tides-

るてん
SF
SF小説です。いわゆるディストピアものだと思います。 設定が荒っぽい部分もあるので、そのあたりはご了承下さい・・・ 二部編成を予定していますが、分量はあまり長くしないつもりです。 あらすじ(仮 核戦争後の荒廃した2100年代。絶滅の危機に瀕した人類は、北極圏の小さな生存圏で細々と生き延びていた。人類最後の天才科学者と呼ばれた男は、不完全なシンギュラリティと呼んだ超AIの限界を超え、滅亡を回避する方法を探る。しかし、その道はあまりにも無謀で危険な賭けだった――。

俺は異端児生活を楽しめているのか(日常からの脱出)

SF
学園ラブコメ?異端児の物語です。書くの初めてですが頑張って書いていきます。SFとラブコメが混ざった感じの小説になっております。 主人公☆は人の気持ちが分かり、青春出来ない体質になってしまった、 それを治すために色々な人が関わって異能に目覚めたり青春を出来るのか?が醍醐味な小説です。

時々、僕は透明になる

小原ききょう
青春
影の薄い僕と、7人の個性的、異能力な美少女たちとの間に繰り広げられる恋物語。 影の薄い僕はある日透明化した。 それは勉強中や授業中だったり、またデート中だったり、いつも突然だった。 原因が何なのか・・透明化できるのは僕だけなのか?  そして、僕の姿が見える人間と、見えない人間がいることを知る。その中間・・僕の姿が半透明に見える人間も・・その理由は? もう一人の透明化できる人間の悲しく、切ない秘密を知った時、僕は・・ 文芸サークルに入部した僕は、三角関係・・七角関係へと・・恋物語の渦中に入っていく。 時々、透明化する少女。 時々、人の思念が見える少女。 時々、人格乖離する少女。 ラブコメ的要素もありますが、 回想シーン等では暗く、挫折、鬱屈した青春に、 圧倒的な初恋、重い愛が描かれます。 (登場人物) 鈴木道雄・・主人公の男子高校生(2年2組) 鈴木ナミ・・妹(中学2年生) 水沢純子・・教室の窓際に座る初恋の女の子 加藤ゆかり・・左横に座るスポーツ万能女子 速水沙織・・後ろの席に座る眼鏡の文学女子 文芸サークル部長 小清水沙希・・最後尾に座る女の子 文芸サークル部員 青山灯里・・文芸サークル部員、孤高の高校3年生 石上純子・・中学3年の時の女子生徒 池永かおり・・文芸サークルの顧問、マドンナ先生 「本山中学」

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

トライアルズアンドエラーズ

中谷干
SF
「シンギュラリティ」という言葉が陳腐になるほどにはAIが進化した、遠からぬ未来。 特別な頭脳を持つ少女ナオは、アンドロイド破壊事件の調査をきっかけに、様々な人の願いや試行に巻き込まれていく。 未来社会で起こる多様な事件に、彼女はどう対峙し、何に挑み、どこへ向かうのか―― ※少々残酷なシーンがありますので苦手な方はご注意ください。 ※この小説は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、エブリスタ、novelup、novel days、nola novelで同時公開されています。

スペースシエルさんReboot 〜宇宙生物に寄生されましたぁ!〜

柚亜紫翼
SF
真っ暗な宇宙を一人で旅するシエルさんはお父さんの遺してくれた小型宇宙船に乗ってハンターというお仕事をして暮らしています。 ステーションに住んでいるお友達のリンちゃんとの遠距離通話を楽しみにしている長命種の145歳、趣味は読書、夢は自然豊かな惑星で市民権とお家を手に入れのんびり暮らす事!。 「宇宙船にずっと引きこもっていたいけど、僕の船はボロボロ、修理代や食費、お薬代・・・生きる為にはお金が要るの、だから・・・嫌だけど、怖いけど、人と関わってお仕事をして・・・今日もお金を稼がなきゃ・・・」 これは「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」に投稿している「〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!〜」の元になったお話のリメイクです、なので内容や登場人物が「リーゼロッテさん」とよく似ています。 時々鬱展開やスプラッタな要素が混ざりますが、シエルさんが優雅な引きこもり生活を夢見てのんびりまったり宇宙を旅するお話です。 遥か昔に書いたオリジナルを元にリメイクし、新しい要素を混ぜて最初から書き直していますので宇宙版の「リーゼロッテさん」として楽しんでもらえたら嬉しいです。 〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!〜 https://www.alphapolis.co.jp/novel/652357507/282796475

処理中です...