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ミチル②

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 サツキさんは続けてこう言った。
「ドールには、人間ほど幸福という概念はありませんが、不自由については、あります。今のイズミさんの心は不自由な状態なのだと思います」
 そう言ったサツキさんの言葉を補足するようにイズミが、
「ハイ・・ワタシは、ミノルさんのオトモダチのはずですが、時折、島本のおばさんに甘えたくなります。それは、ワタシにとっての不可解な行動ですし、ミノルさんはおイヤであると推察します」
 なんか、余計なことを言いそうだな・・
 イズミは続けて、「ミノルさんは自分の物が人の物になることは、非常にイヤがると推測します。それを俗世間では『セコイ』と呼ぶそうです」
 やっぱり・・僕はイズミの頭を軽く小突いた。「ミノルさん、イタイです」イズミは抗議した。

「でも・・それって、私が望んでしたことではないわ」と島本さんは小さく言った。「フィギュアプリンターが勝手に私の思念を取り込んだのでしょう?」

 そう言った島本さんに僕は、
「そうですね・・プリンターが勝手にしたことですよ・・でも・・僕はこう思うのです」
「え?」
「何かが、島本さんを動かそうとしている・・プリンターが思念を取り込んだのは、ただのきっかけだと思うんです」
 島本さんは黙っている。

 サツキさんは、
「ワタシは、ドールなので、親子についてはよくわかりませんが」と前置きし、
「ただ、これだけは言えます・・泣いているだけでは、もったいない・・」と言った。

「私、別に泣いているわけでは・・」
 そう言った島本さんに僕は。
「でも、フィギュアプリンターは、島本さんの強い思念を感じ取っています」と言った。

「だったら、私・・どうしたらいいって言うの?」
 島本さんは困り果てたように言った。
 どうしていいかわからない・・
 それは島本さんだけではなく、僕も同じだ。
 そして、ここにいる二体のドール、イズミとサツキさんもどうしていいのか分からない。
 ただ、僕は思う。
 ただ隣に住んでいるだけの島本由美子さん。
 彼女は色々としてくれるが、元々僕は彼女とは親戚でもないし、交際している人でもない。
 それは、イズミやサツキさんも同じだ。
 無論イズミは思考の中にミチルの存在はあるが、基本的には、島本さんとは関係ない。
 ところがどうだ。
 この狭い部屋の中で、僕たちは顔を突き合せて、島本さんのために知恵を出したり、思考を添えたりしている。
 それは・・もう一つの「家族」のようなものではないだろうか?

 更に、僕は色々と考えていた。
 島本さんのために、フィギュアプリンターで、島本さんの思念だけを取り入れたドールを創ること・・そんなことも考えた。
 だが、それは子供じみた考えだ。そんな模造品は単なる慰めでしかない。
 それに島本さんもそんなことは望まないだろう。

 だが、このままでいいのか? 
 このまま放置しておくと、イズミの中にいるミチルはどうなる?
 そんなことを問うても、島本さんも分からないし、サツキさんにも分からないだろう。
 問題のイズミは?

 そう思った時だった。
「おかあさん!」
 と、その声は聞こえた。イズミなのか?
 確かにイズミの口が動き、その声を出したようだったが、声質が違うような気がした。
 同じドールから発せられた声のはずなのに、まるで別人格のような声だった。
 驚く島本さんや僕にはお構いなしに、
 イズミは続けて、
「お母さんは、私に会いたくないの?」と言った。やはり声が違う。
 島本さんは「ミチル?」と小さく言った。
 島本さんの視線はイズミに注がれている。
 僕には見えない別のイズミ・・いや、ミチルを見ているのだろうか?
「どういうこと?」と島本さんは僕に向き直り訊いた。
「どういうこととは?」

「ミチルは・・私を『お母さん』と呼ぶことなく、いなくなったわ」
 島本さんの娘さんは三歳になるかならないかの頃、連れて行かれた。
 そういうことか・・ミチルは「ママ」と言いかけた頃、いなくなったのだから、「おかあさん」と呼ぶわけがない。

「僕にもわかりません」と僕は言った。「けれど、これだけは言えます。イズミの中には島本さんの心があります・・その心が、『ミチル』という別人格を育てているのだと思います」
「ミチルを育てている?」
「はい・・けれど、それは、島本さんの実の娘さんのミチルさんではありません。あくまでも、島本さんの思念が育てた『AI』です」
 島本さんは「よくわからないわ」と応えた。
 僕は続けて、
「島本さんも、娘さんがいつまでも自分のことを『ママ』と呼ぶわけがない、そう思っていたでしょう?」
「それはそうだけど・・」

 すると、イズミが元の声になり、
「それは、予定事項です・・」と言った。「島本のおばさんの娘さんは、いずれ『ママ』ではなく『おかあさん』とお呼びになると思います。その推測に基づいて、ミチルは『おかあさん』と呼んだのです・・そうワタシは、ミチルのことを推測致します」
 説明が、ややこしいな。分かりづらい。

 そんな説明を聞いた後、島本さんは、
「でも、イズミちゃんの中にいるミチルは・・AIであって、本当のミチルではなないのでしょう?」と小さく訊いた。寂しげな顔だ。
 それは当たり前だ。それ以前に、イズミ自身もAIだ。AIの中にもう一つのAIのミチルがいる。
 僕の気持ちに同調するようにサツキさんも頷いている。

 どうしたらいい?
 どうしたら、物事は前に進む?
 島本さんは実の娘のミチルさんに会うことはない。会うことが出来ない。それは決定事項のように島本さんの中にある。
 更に悪いことに、島本さんは向こうから会いに来てくれる・・そう信じている。
 僕の想像もつかない家族の事情がそこにはある。
 そこに僕は踏み込むわけにはいかない。それはイズミも同じだ。
 僕と島本さんは赤の他人だ・・
 と、思った時、 

「どこにいるんですか?」
 大きな声で僕は島本さんに尋ねた。
 すると、それまで俯いていた島本さんは顔を上げた。
「どこに、って?・・」
 僕は「だから、今、どこにいるんですか?」と続けた。
 戸惑いの表情を見せる島本さんに僕は、
「島本さんの娘さん・・ミチルさんは、今、どこにいるんですか?」と訊いた。
 そして、
「僕がミチルさんに会うのなら、別にかまわないでしょう」と言った。

 島本さんは実の娘であるにも関わらず、会うことを禁じられている。しかし、全く関係のない僕なら構わないだろう。

 他人の事なんて、どうでもいい・・
 その言葉は、これまでそう思っていた僕の・・僕らしくない言葉だった。

 同時に僕は思っていた。
 これ以上、島本さんの悲しそうな顔を見たくない・・と。
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