初恋フィギュアドール ~ 哀しみのドールたち

小原ききょう

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ドールショップ

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◆ドールショップ

 大阪の電気街に来たのは、もう5年ほど前のことだ。
 その時から、比べるとかなり街の様相が変わっている。大きく変わっていたのは、やはりAIに関連するもの。 そして、フィギュアプリンターはネットでしか売っていないと思っていたが、お店でも売っているのには驚いた。
  更に、疑問に思ったことは、販売されているフィギュアプリンターは全てが、国産のものだということだ。見た限りでは、中○製のものはない。
 中○製は、ネットだけでしか売っていないのだろうか。

 時間があれば、もっと調べたいところだが、今の僕にはそんな余裕がない。
 早くイズミを見つけ出さないと、あの女スパイドールに何をされているか、わからない。
 イズミ、待ってろよ!

 そんな思いを抱きながら、Sドールをネットで予約してある店に着いた。
「Sドール専門店」という看板を見ながら、受付を通り、狭い階段を上がると、ドール専用のフロアがあった。
 そこには見たことのないような光景が広がっていた。
 フロアを闊歩している数人のドール、お客らしき人間とテーブルを挟んで談笑しているドール。待合所にお茶を配しているドール。
 また壁際には、充電がされていないのか、大きなショーケースのようなガラスの向こうには目を閉じたドールが何人か整列している。

 おそらく、そのほとんどが、元B型ドールと思われるS型ドールだ。
 寿命が尽きたB型ドールの使える四肢を、見事に整合させたドールだ。
 ネットで調べた情報では、
 B型ドールの寿命がなぜかくも早いか?
 それはB型ドールを作成するフィギュアプリンターが、A型ドールを作成するプリンターより遥かに質が落ちるからだ。それは価格的にどうしようもない。
 ゆえにB型の思考回路は優れていても、その体がついていけない。
 そして、B型はアップグレードが出来ない仕組みになっていた。だから、寿命が短かった。
 そんなB型のアップグレードができないというリミッターを解除して、創り上げたのが、目の前を歩くS型ドールたちだ。

「お客さんは、Sドールをお求めですか?」
 店員らしき中年男が声をかけてくる。
「いや、僕は、予約していて・・受け取りに来た井村です」
 僕は携帯の予約NOを店員に示し、現金払いであることを告げた。
 携帯を見た店員は「これは失礼しました」と謝り、
「ご予約のドールを呼んできます」と言って奥に向かった。
 呼んでくる・・ということは、ドールは既に充電済で、自ら歩いてくる、そういうことだな。

 そのドールが来るまで、待合所みたいな所のソファーに腰かけた。
 すぐさま、お茶が運ばれてきたが、運んできたのも当然ドールだ。
 それはかつてB型ドールであったことを彷彿させる容姿だ。顔も数少ないパターンのうちの一つだ。サツキさんとは別の顔だが、美人顔であることに変わりはない。
 ただ、圧倒的に違うのは、その服装だ。
 従前のB型ドールは、会社の事務や単純労働に従事するという目的だったせいで、OL風の服が多かったが、ここにいるSドールは、そのほとんどが種々のセクシー系の衣装だ。
 もちろん、そういった目的とは別の使用で購入する客もいるので、地味な服装のドールも数少ないがいる。

 10分ほどして、規則正しいヒールの音がすると、
「イムラさんですか?」と声がした。
 僕が顔を上げると、目と目が合った。
 サツキさんだ・・そう思った。
 このショップのネット画像で見たドールと同一の顔と容姿だ。
 まず、その服装、この店では異端なOLタイプ。紺のスカートスーツだ。
 そして、百合のブローチ、髪はセミロング。
 だが、当の本人は僕の顔を見ても、何も思い出さない。
 当たり前だ。思い出すも何も、現在の状態では、サツキさんはただの元B型ドールのSドールだ。
 その腕や足もおそらく、元の体のものではない。
 
 そんなドールに、僕はこう言った。
「まず、あなたに名前を付けていいですか?」
 僕の言葉にサツキさんは首を傾げ、「ワタシに名前を付けて頂けるのですか?」と言った。
 少し戸惑ったような表情のサツキさんに、
「『サツキ』・・今日から、それが、あなたの名前です」と言った・
 しばらく、僕の言葉を反芻した後、
「素敵な名称です」とサツキさんは言った。「『サツキ』・・それがワタシの名称であることを記憶に刻みました」

 そして、僕は、「名称ではなく、名前です」と訂正させ、
「それ以外の名前で呼ぶ人には、返事をしないようにしてください」と言った。
「わかりました。イムラさん」とサツキさんは綺麗な声で応えた。
 僕はサツキさんの胸を指し、
「その花・・百合のブローチを選んだのは、サツキさんですか?」と尋ねた。
 僕の問いにサツキさんはコクリと頷き、
「ハイ・・なぜか、この花が気に入ったものですから」と答えた。
 僕が「それは・・どうして?」と訊くと、
 サツキさんは遠い場所を見るような目をして、
「なぜか、懐かしい・・そんな気がするのです」と言った。「ワタシは、以前、この花をどこかで見たのではないか、とさえ思うのです」

 遠い記憶を手繰り寄せているようなサツキさんに、
「サツキさんは、百合を見ているのですよ」と言った。
 僕の言葉に「えっ?」と驚きの表情を見せたサツキさんに、
「行きましょうか・・下で支払いを済ませます」と言った。
 すると、サツキさんは、ためらいがちに、
「あの・・イムラさんは、ワタシを何にお使いなのでしょうか?」と言った。
「何に?」
「はい・・つまり、家事なのか、お仕事なのか? それとも、ワタシを性的なことにご使用になるのか」
 そういうことか。
「サツキさんには大事なお願いがあるのです」と僕は答えた。
「大事なお願い?」
 そう首を傾げるサツキさんに、
「ある女の子がいる場所を探してもらいます」と言った。
「女の子?」サツキさんは反芻した。
「サツキさんの会ったことのある子です」僕はそう言った。「とても仲のいい姉妹に見えた」
 僕がそう言うと、
「わかりました。イムラさんのお役に立てるかどうかわかりませんが」とサツキさんは答えた。
 そう言ったサツキさんは、僕から仕事を与えられ喜んでいるように見えた。
 
 そんな風にして、この日、僕はSドール・・「サツキ」さんを買った。
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