上 下
76 / 167

如月カオリ②

しおりを挟む
 イズミを盗撮した社員のことか。そいつに、秘書ドールを売ったということか。
「ドールの所有者は変更できるんですか?」
 確か、山田課長はA型ドールの所有者の証であるカードを持っていたはずだ。
「ああ・・簡単だ。カードの名義・・つまり所有者の名義を変更するだけのことだ。車と同じだよ」
 なるほど・・簡単そうだ。
 ならば、山田課長が名前を付けた「カオリ」という名のドールはどんなタイプなんだろう?
 以前の秘書ドールと同じように国産のA型ドールか?
 新しいドールが山田課長の秘書的役割をしているということか。

 そう思った時、喫茶店のドアが開くチャイムが聞こえ、一人の女性が入ってきた。
 そして、ツカツカと靴音を立てながら、こちらに向かってくる。しなやかな動きだ。
 彼女・・いや、あのドールが「カオリ」という名のドールに違いない。
 しかし、あの容姿・・まるで女スパイ、あるいは何かの使命を託されたエージェントにも見える格好だ。
 ボディラインにピタッとフィットした黒のパンツスーツに、サングラス・・AIドールにサングラスの必要性があるのかどうかは疑問だが。
 全体的に女性のセクシーさを強調しているスタイルだ。それにドールだけあって、そのセクシーさは完璧だ。隙がない。

 そんな黒のドールは、こちらの席を確認すると、更にツカツカと寄ってきて、山田課長の横の席を指し「私はこちらの席でよろしいでしょうか?」と言った。
 山田課長はカオリという名のドールを横に座らせ、
「こちらは、取引先の井村くんだ」と僕を紹介した。
「ハジメマシテ・・カオリと言います」とドールのカオリさんは深く挨拶をした。長い髪を簡易なヘアゴムで留めたポニーテールだ。
 こちらも恐縮して「井村です」ときっちりと応えた。

 彼女とどんな会話を進めていいかわからないでいると、山田課長が、
「どうだ。カオリはいいだろう?」と自慢げに笑った。
 そして、「カオリは、妻にも内緒のドールだ」と言った。
 ・・ということは、性的な目的に創ったドールということか?

「カオリ、サングラスをとりたまえ。井村くんに失礼だろ」
 山田課長にそう言われたカオリさんは「失礼しました」と言ってサングラスを外した。
 そこに現れた顔は驚くべきほどの美貌だった。
 美貌の中の瞳・・それは青色だった。
 黒色の髪に、青い瞳・・アンバランスだ。それで、サングラスをしているのか?
 それに冷徹な顔・・AIドールのせいか、元々がそうなのか、感情のとらえどころのない冷たい顔にも見える。

 僕がドールを一通り見るのを見計らって、山田課長は、
「彼女はね、国産A型ドールの特別仕上げなんだよ」と話を切り出した。
「特別仕上げ?・・ですか」
 山田課長の口調の強さに圧倒されながら訊ねる。
「プロポーションや顔を、山田課長の好みに合うように、事細かに入れ込んだんじゃないのですか?」
 フィギュアプリンターによるA型ドールの製作には、膨大な量のデータをインプットしなければならない。
 僕が、自前の知識で尋ねると、「さすが、井村くん。ドールを持っているだけあって、よく知っているね」と持ち上げ、
「特別仕上げのA型ドールは、もっと簡単なんだよ」と言って、
「カオリは、メーカーの提供するドールタイプの中から選ぶだけでいいんだ。膨大なインプットシートに入力する面倒もない」と豪語した。

 ということは、カオリさんの容姿は山田課長の好みのプロポーションではなく、メーカーの提供するプロポーションということになる。
 すると、その顔や体つきだけではなく、その人格も販売会社のオリジナルということか。
 メーカー指定のカオリさんはどのような人格を持つのだろう。
 インプットデータでもなく、思念の伝達による作成でもない。

 山田課長は、「インプットタイプのA型は、私に言わせれば、もう古いね」と、さも分かったかのようなセリフを吐いた。
 それは、山田課長にとってだけのことだろう。インプットするのが面倒なだけのことだ。
 理想のドールを創りたい人間はいくらでもいるだろう。

 更に山田課長は、にやにやの笑顔で、
「私はね。子供の頃、『007』に憧れていてね。ジェームスボンドになった気分に浸れる・・そんな夢を叶えてくれるようなドールが欲しかったんだよ。そしたら、それが販売サイトにたまたまあった・・それだけのことなんだよ」

 なるほど・・それで、このような服装に身を包んでいるのか。
 それにしても、山田課長の子供の頃の夢だと? 知りたくもないが、
 映画「007」のお色気担当のボンドガール・・山田氏は、そんなセクシーな彼女が欲しかった・・そういうことか?
 ということは、やはり、山田課長は性的使用のために、このドールを・・
 僕がそう思っていると、
「君、勘違いしないでもらいたいのだが、私は浮気はしない主義でね、カオリはあくまでも、子供の頃の憧れの対象なんだよ」
「憧れの対象? ですか」
「そうだよ・・つまり、観葉植物みたいなものだ・・いや、盆栽かな? ま、どっちでもいい。そんな植物のような女に秘書をさせている」
 大根から観葉植物か・・どうも山田課長の例えはよく理解できないし、センスもない。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

時々、僕は透明になる

小原ききょう
青春
影の薄い僕と、7人の個性的、異能力な美少女たちとの間に繰り広げられる恋物語。 影の薄い僕はある日透明化した。 それは勉強中や授業中だったり、またデート中だったり、いつも突然だった。 原因が何なのか・・透明化できるのは僕だけなのか?  そして、僕の姿が見える人間と、見えない人間がいることを知る。その中間・・僕の姿が半透明に見える人間も・・その理由は? もう一人の透明化できる人間の悲しく、切ない秘密を知った時、僕は・・ 文芸サークルに入部した僕は、三角関係・・七角関係へと・・恋物語の渦中に入っていく。 時々、透明化する少女。 時々、人の思念が見える少女。 時々、人格乖離する少女。 ラブコメ的要素もありますが、 回想シーン等では暗く、挫折、鬱屈した青春に、 圧倒的な初恋、重い愛が描かれます。 (登場人物) 鈴木道雄・・主人公の男子高校生(2年2組) 鈴木ナミ・・妹(中学2年生) 水沢純子・・教室の窓際に座る初恋の女の子 加藤ゆかり・・左横に座るスポーツ万能女子 速水沙織・・後ろの席に座る眼鏡の文学女子 文芸サークル部長 小清水沙希・・最後尾に座る女の子 文芸サークル部員 青山灯里・・文芸サークル部員、孤高の高校3年生 石上純子・・中学3年の時の女子生徒 池永かおり・・文芸サークルの顧問、マドンナ先生 「本山中学」

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...