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視線①

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◆視線

 それから数日が経った。
 どうも僕は社会の変容ぶりに気づくのが遅いようだ。
 街ゆく人をよく観察して見ると、その中にフィギュアプリンターで創られたドールが溶け込んでいるのがわかる。
 街に出ても、電車の中にも、他の会社の中にもAIドールはいる。
 ネットの情報を読む限りでは、それはごく最近になってのことらしい。
 ドールは急速に増えつつある・・

 それにしても、今まで僕がいかに周囲の様子に無関心だったかが改めて認識させられる。
 自分でも自負しているが、僕は「働く引き籠り」のような人間なのだ。
 だから、この年で、結婚もしていないし、当然彼女もいない。
 彼女どころか、AIドールと同居しているのだから、この先、彼女ができることはまず望めないだろう。
 
 そんな僕は、休みの日や夜、イズミと連れ立って買い物に行くようになった。もちろん、レジはイズミに任せる。イズミはサツキさんの買い物を見て学んだのだ。
 しかし、一人で買い物に行かせるのは不安かつ危険なので、今のところはさせない。
 イズミが盗まれたりしたら大変だ。
 イズミは「心」のようなものを通わせるAIドールだ。とはいえ、一応「物」だ。僕の所有物みたいなものだ。
 僕の出費した中では、かなり高額な部類に位置する。
 それに買い替えできるものでもない。
 なぜなら、イズミには心があるから・・
 いや、おかしい・・やっぱり物か?

 そんなことを考えながら、今日は電車通勤だ。
 目の前には、綺麗な脚の女性が座っている。背筋がしゃきんとしており、足もきれいに揃えられ、隙のない姿勢を保っている。
 その顔をよく見れば、その女性がAIドールだと分かる。しかも、B型ドールだ。
 サツキさんとは異なる顔だが、B型ドールには、顔が三種類程度しかない。それはネットで確認済みだ。僕は三種の顔を覚えている。
 会社の制服を着ているので、まさか通勤しているということでもないだろう。
 いや、ドールのことだ。私服などあるはずがないので、制服で通勤していることも考えられる。
 ・・それもおかしいな。通勤って・・ドールに家はないだろう。宿舎とかに住んでいるとか・・どっちにしても金がかかる。
 仮に宿舎としても、B型ドールはその中で何をしているんだ?
 それに、更なる疑問は・・ドールは、勤務時間外はどうして時間をやり過ごしているのだろうか? 煙草を吸ったり、読書をしたり、そんな人間みたいなことはしないだろう。
 そもそもドールには人間と同じような休憩時間とかがあるのだろうか?

 色んな疑問が浮かぶが、
 最も疑問に思えるのは、目の前のB型ドールが僕の顔を見て微笑んでいることだ。
 おかしい・・僕の顔に何か米粒でも付いているのか?
 ドールの微笑みは、決して嘲笑ではなく、優しい微笑なのだ。顔を僅かに傾け、遠くを見るような目で僕を見ている。まるで知り合いとか縁者でも見るように。

 疑問だらけの頭で出勤し、仕事に勤しむ。
 植村が椅子を寄せてきて、
「佐山さんからメールで聞いたよ」と切り出し、
「サツキさん・・可哀相だったな」と言った。
 植村にはお母さんドールがいる。同じドール所持者として思うところもあるのだろう。
 しかし、今の僕にはある考えがある。
「植村、サツキさんには、また会える・・というか、蘇らせることができるんだ」
 そう植村に言って、僕がネットで得た情報や、サツキさんから聞いたB型ドールの並列思考の特徴を話した。
 植村は「なるほど・・」と頷き、
「並列思考から、サツキさんオリジナル思考を分離させることが出来るのか・・」と言葉を噛みしめるように言った。
「そうなんだ。それにはイズミの力が必要だがな」
 しかし・・サツキさんは蘇らせることはできても、
「なあ、井村、サツキさんはそうできても、俺のお母さん・・いや、母親代わりのドールには、その方法は無理だろうな・・」
 植村は力無げに言った。
「・・そうだと思う。サツキさんは、並列思考だから、それが可能なんだ」
 僕がそう言うと、植村は黙って自分の机に戻った。
 植村の所持する中○製のドール。思念の送信で作成したドールは、単体だ。
 他の同じ型のドール同士でも、思考やパターンがまるで異なる。
 寿命が尽きれば、それで終わりだ。
 最も、作成時と全く変わらない思念を植村が送れば話は別だ。

 仕事が終わり、駅に徒歩で向かう。
 今まで注意を払わず見過ごしていたAIドールたちが行き交っているのを何度か目にする。
 ~ドールを外に持ち出してはいけない~
 そんな規制などお構いなしのようにも見受けられる。
 そして、目にするのは、A型ドールとB型ドールばかり、イズミや、植村のお母さんドールは目にしない。
 それも当然だ。中○製のドールは、思念作成型なので、パターンが読めないので予測も出来ない。
 ひょっとしたら、それは人間の形をしていないかもしれない。ペットの犬や猫の類かもしれない。
 それに比して、国産型のドールは見つけるのが容易だ。
 B型ドールの顔は三種しかないし、A型ドールは不自然なほどに、均整のとれた体、突出した美貌を備えている。モデルや女優以上のありえない美人が颯爽と街を歩いているのですぐに目に留まる。
 それにしても・・だ。
 僕の驚きは別のところにある。
 ・・というのは、目にするB型ドール、彼女たちの誰もが僕と目が合うと、僕を見て微笑み、会釈のようなものをすることだ。朝の電車の向かいの席にいたドールと同じだ。
「何かおかしくないか? どうしてB型は僕を見て微笑むんだ?」
 思わず僕は歩きながら独り言を言った。
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