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お母さんは恥ずかしいものなのです①

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◆お母さんは恥ずかしいものなのです

 そんなことを考えていると、イズミがむくりと起き上った。
「お休憩とお充電、カンリョウです」と言った。
 そして、僕の姿を見て改めて発見したように、
「ミノルさん。帰っているのなら、帰っていると、言ってください」と言った。
 怒っているのか?
「言おうにもイズミは寝てたじゃないか!」
 僕が猛抗議すると、
「足の裏のスイッチが青になっていれば、ミノルさんはワタシを起こすことが可能です。ワタシが眠りから覚めれば、ミノルさんのお役に立つことができます・・とイズミは言いました」
「僕の役に立つことができる?」
 僕がイズミの言ったことを復唱すると、
「ハイ、そうです。ミノルさんのお役に立てます」とイズミは答えた。
「なら、晩飯を作ってくれ」と僕は言った。できないことは承知で。
 イズミはしばらく思考を巡らせた後、 
「ソレはご無理な相談事と言うものです」と言った。「ミノルさんは以前も同じことを言われています・・お忘れですか?」
 何だよ、それ。こっちが物覚えが悪いみたいじゃないか。

 イズミはテーブルの上を見て「ミノルさん。お茶を飲まれたのですね」と訊いた。
「ああ、飲んだよ。ありがとう」
「おいしかったですか?」
「ああ・・まあまあな」と僕は答えた。
 イズミは「まあまあな」と復唱した。「美味しかった」と答えればよかったのか?
 
 だが、今はお茶のことよりもイズミに訊きたいことがある。
「なあ、イズミ、ちょっと訊くけどさ」
 僕がそう言うと、ペタン座りのイズミはスリスリとそのままの姿勢で這い寄って来た。
 バレッタでまとめた髪がふわりと揺れた。
「はい。何でしょうか? ミノルさん」
 目がキラキラと輝いているようにも見える。訊かれて嬉しいのか?

「イズミにとって、幸福とはなんだ?」
 ダイレクトにイズミにそう訊ねた。
 B型ドールが幸福を求めるのなら、イズミもその可能性はある。
 イズミはしばらく思考を巡らせると、
「イズミは今が幸福です」とイズミは答えた。
 嬉しいことを言ってくれるな・・
 つまり、僕といる時ということか。それならそれでいい。結論は出た。

「イズミは今が一番幸福なんだな」と僕が念を押すと、
「ハイ、今という時間が幸福です・・それは何もしなくていい時間。ミノルさんからの命令もなく、さしてすることもなく。すでに充電と安眠の終わった時間・・」と言葉をまくしたて始めた。
 何か、腹が立ってきた。
「もういい・・僕が悪い・・訊いた僕が悪かった」
 それとも僕の訊き方が悪かったのか?
 僕は訊き方を改め、
「イズミは、何かしたいことはあるんだろ?」
 取り敢えずイズミが外に行きたいという願望は叶えてやった。車に乗せて植村の家に行った。
 イズミはコクリと頷き、「ハイ、あります」と言った。
「それは何だ? 遠慮せずに言ってみろ」
 イズミは少し間を置き、
「島本のオバサンに会いたいです」
 隣の部屋の島本由美さんに・・
 彼女とイズミは母娘の関係性を持ったばかりだ。
 それに対してはイズミは嬉しそうだし、島本さん本人もなぜか嬉しそうに見えるので、敢えて僕は口出しはしない。

 しかし、会いたいとは・・彼女に会って何をどうするんだよ。
 何か、問題とか起きないだろうな? 隣人トラブルとかは勘弁だぞ。
 しかし・・まあ、一度くらいは遊びにでも行かせるか・・お隣さんなんだし。
 そう思っているとイズミは、
「近くに思念を感じるのに会えないとは・・不幸なことです」と言った。
 それ、本気で言っているのか?
 どうもおかしい・・
 いや、待て、今、イズミは「不幸」と言ったな。
 ということは、イズミは島本さんに会えば「幸福」になるっていうことなのか?

 B型ドールの幸福はフロンティアに行くこと。
 イズミの幸福は「島本さんに会うこと」・・そうなのか。

 僕はイズミに確かめるために、
「イズミの幸福は、島本さんに会うことなのか?」と訊ねた。
 そうです・・という返事が返ってくるものと思っていたが、
「ミノルさん。違います。正反対です・・」
 正反対?
「どう反対なんだ? 意味がわからん」
 ちゃんと教えろ、とイズミに抗議すると、イズミはこう言った。
「ワタシではなく、島本さんが幸福になります」
 イズミではなく、島本さんが?
 もう全くわからん。たとえ、わかったとしてもどうして赤の他人の島本さんを幸福にしなければならないのだ。 それもイズミを使ってだ。

「なあ、イズミ、それよりさ、僕を幸福にする気はないのか」
 そもそもフィギュアプリンターを買ったのは誰かの為じゃなくて僕の為なんだけどな。
 そんな僕の言葉にイズミは、
「ミノルさんの傍にはイズミがいます」と答えた。
 そして、
「それでジュウブンではないでしょうか?」とあっさり言った。
「何か、ご不満ですか?」とでも言いたげな口調だった。

 イズミの顔を見ていると、僕のことは横に置いておけ、と言われているようだ。
 そう思った僕は島本さんの話に戻して、
「島本さんがイズミが近くにいるのに・・イズミに会えない・・と、そう思っているのか?」
 そう質問するとイズミの目が少し青く光り、
「そうです。島本のおばさんがそうオモッテいます」と答えた。
 うーん・・しかし、そう言われても、
「それより、イズミ。またなんで島本さんのことを「おばさん」呼ばわりなんだ?」
 この前は「おかあさん」と呼んだじゃないか。
 僕の質問にイズミはこう答えた。
「それは・・島本のおばさんが、そう呼ばれることをキョヒしているからです」
 島本さんが「おかあさん」と呼ばれることを拒否しているだと!
 なんでそんなことがわかる。
 もしかして、人の心が読めるのか? そうならかなり高性能だな。飯は作れないが。

「島本さんはどうして、おまえに『お母さん』と呼ばれることを拒否しているんだ? それと、イズミには何故それがわかるんだ?」
 イズミよ、この二つの質問にちゃんと答えよ!
 するとイズミは「おまえに・・」と復唱した。
 イズミは「おまえ」と呼ばれることに抵抗があるようだ。
 僕はちゃんと「イズミに『おかあさん』と呼ばれることを・・」と言い改めた。
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