上 下
34 / 167

イズミ、外出する

しおりを挟む
◆イズミ、外出する

 僕の持ち物はネットで買っておいた例のケーブルだけだった。
 5000円のケーブルは二日後に届いた。
 保証書に「お買い上げが、ありがとうございました」とまた変な日本語の一文が添えてあった。
 ここで僕は推測する。
 イズミの変な日本語も、販売会社の翻訳ソフトを使ったような日本語もその根源は同じだ。
 販売会社のドールの思考回路の担当者が日本語をよく理解していない・・きっとそうに違いない。

 そんなことを考えながら、イズミとアパートの階段を降りる。
 一応「手を繋がなくていいか?」と訊ねると、
「高性能のワタシは、カイダンくらいダイジョウブです」と言って一人でアパートの階段を軽快なステップで降り始めた。
 コツンコツン・・一つ一つの靴の音の響きを楽しむようにイズミは下りた。

 階段を降りると、
 イズミは空を見上げ、手を翳しながら目を細めた。
「まぶしいです」
「上を見るからだろ」と言って「太陽を直接見ちゃダメだぞ」と僕は子供に言うように言った。

 イズミは今度は下を見て、
「これは、蟻んこさんですね」と言った。
 そう言われ足元を見ると、なるほど、アリが数匹、列を成して、どこかに向かっている。
 ・・いや、そう言う問題ではなく、
「イズミ、歩く時は、下を見ずに真っ直ぐ前を見るんだ」と言った。
 そう言われてもイズミは、蟻に興味があるらしく、立ち止まって蟻を見ている。
 そして、
「ココロはありますか?」と言った。
 アリに心があるのか? と僕に訊いているのか?
「あるよ。学術的に心と呼べるものかどうかはわからないが、蟻にも、どんなものにもそれらしきものはある。動くものは皆同じだ」
 ・・と、僕は普段話さないような哲学的なことを言ってみた。自分でも恥ずかしい。

「では・・このワタシ・・イズミにも心はありますか?」
 イズミは僕の顔を見上げて尋ねた。
「あるよ・・じゅうぶんあるよ」と僕は純粋に答えた。
「ジュウブンあるよ」とイズミは復唱して、また蟻に目を移した。
 イズミは蟻を見ながら、その言葉が気に入ったのか、蟻に向かって「ジュウブンあるよ」と言った。
 そんなイズミに、
「アリを踏んづけないようにな」と注意喚起し、
「ほら、立ち止まっていないで、行くぞ!」
 そう言うと、イズミは、右手を挙げ、僕の胸の辺りに差し出した。
「・・」
 全く意味が掴めないので黙っていると、
「いのちは、大事なものと聞きました」
 イズミはそう意味不明の言葉を言って、僕にまだ手を差し出したままだ。
 僕とイズミは立ち止まったままだ。
 僕は突っ立ち、イズミは僕に手を差し出している。
 ・・何だよ。この状況は。
 僕が「おい、イズミ、何が言いたいんだよ」と言うと、
「ミノルさん・・ワタシの手を・・」と小さく言った。
 そっか、それなら早く言えよ。
 手を繋いで欲しかったんだな。
 僕がイズミの手を握ると、その手は握り返された。
 弱い風が吹いた。
 イズミの右手は僕と繋がれ、左手で帽子が飛びそうになるのを押さえている。
 ・・徒歩わずか3分ほどの駐車場に辿り着くまでに時間がかかりそうだな。
 ま、いいか。今日は休日だ。植村の家に行くことしか予定がない。
 するとイズミが、
「ミノルさん。手をつないでくれるのはかまいませんが、おトモダチ同志は手をつなぐものでないそうです」
 どういうことだ? イズミの方から手を伸ばしてきただろ。
「イズミ、僕と手を繋いで歩きたかったんじゃないのか?」
 イズミは首を振って、
「そんなキモチはモウトウありません」と言った・・毛頭と。
 なんか気分が悪い言い方だな。
「だったら、何で、手を繋ごうとしたんだよ!」
 説明しろ! と言わんばかりに僕は言った。

 イズミはしばらくいつもの思考の海に沈み、そこから抜け出すと、
「イズミ1000とは無線、その他の型とはケーブルでつながります」と繋がる手段の話を説明し、
「・・でしたら、ワタシことイズミは、人間のミノルさんと、どうやったら、つながるのか? と思った次第でした・・」
 ・・うーん。よくわからないが、つまりは試してみたんだな。
 僕の心がわかるかどうか・・
 そんなの手を繋いだだけでわかるはずもない。
 僕がイズミの手を振り解こうとすると、イズミは手が離れないように、ひしと、その手に力を込めた。
「でも、手をつなぐのも、いいものです」と言った。
 ま、僕の方もそんなに悪くはないな・・

 人間とAIドールは、どうしたら、お互いの心がわかるのか?

「そういえば、イズミの頭の中が分離・・というのはどうなったんだ?
 分離しているイズミの方が面白そうなんだがな・・
 僕の質問にイズミは、
「ワタシは空を見ています。ワタシ自身も外に出て喜んでいます・・と、言っているようです」と答えた。
 よくわからない言葉だが、
「それ・・分離しているよな・・たぶん、まだ分離しているぞ」

 僕とイズミはそのまま僕が契約している月極駐車場に向かった。僕の愛車、軽自動車のムーブがそこに停めてある。走行10万キロ以上だ。

「キカイがたくさんありますね」と言ったかと思うと、「あれは自動車というものですね」と改めて言った。
 20数台の車を眺めたイズミは、
 僕の愛車を指差し、「あの車が、ミノルサンの車ですね」と言った。
 その指差す先には僕の愛車、軽のムーブが佇んでいる。

 すごい! 「どうしてわかったんだ?」
 イズミの思考回路には全く関心させられる。
「ミノルさんの情報を集め、頭の中で整理しました」とイズミは答えた。
「ミノルさんにイチバンふさわしい車がどれなのかを・・」
 まさか、AIが車に染みついた僕の体臭を嗅ぎ分けた? なんか不愉快だが、もしそうなら、それも凄い!
 遠方から車載の車検証をスキャンした? あり得ない・・
 まさか・・イズミなら・・
 悪い予感がする・・
「あのおクルマが一番・・んぷっ」
 僕は手を繋いでいる反対の手でイズミの口を塞いだ。
「んむっ・・ミノルさん・・なにするですかっ!」
 イズミは口を閉ざされ、「むうっ、ふむうっ」と呻き声を上げた。イズミの声がなんか生々しい。
 そんなイズミに僕は、
「イズミは、今、あの車が一番安物に見える・・そう言おうとしていただろ?」と問い質した。
 イズミは「ちがう、ちがう」と言う風に首を左右に振った。
 違う?
 僕からイズミの口から手を離すと、
「あのおクルマが、一番、ミノルさんに、お似合っている・・そう言うつもりで」と言った。
 僕に似合っている・・そうだったのか。
「ごめん、僕が悪かった。そうとは知らず」とイズミに素直に謝った。
 僕に似合っている車・・なんか、それも納得できない・・僕は周りの高級車を眺めながら思った。

 何とか、車まで辿り着き、助手席のドアを開け、イズミをシートに座らせた。
 イズミは座り心地を確かめるようにお尻を何度も動かした。シートベルトをイズミの体に回し付けると、イズミは自分で装着した。

 さあ、出発!
 車が始動し、公道に出ると、
 何やら興味深げに、車載のナビシステムを見ていたイズミが、
「これは、かなりもかなりの、ヤスモノのAIですね」と言った。
 むっとしたが、ここは抑えて、
「これはAIと言えるものじゃないな。それにかなりの旧式だ。マップも現実の道路や店情報を合っていない箇所がずいぶんとある」
 ナビは更新もせずにほったらかしだ。

「ミノルさん」とイズミが運転中の僕に声をかける。
「なんだ?」
 僕は前方を見ながらイズミに訊ねる。
「これと、ドウキできますが・・」
「ドウキ?」
 同期のことか?
「この古そうなナビとワタシのすぐれたAIをドウキさせれば、サイキョウのシステムに生まれ変わりますよ・・と、ワタシはミノルさんに言いました」と、イズミは言った。
 何、その日本語? やっぱり分離のせい?
 分離しているイズミがナビと同期だと?

「いや、同期はいい・・遠慮しておく・・今のシステム・・いや、ナビで十分事足りている」
 僕は丁寧にイズミの申し出を断った。
 危なそうだ。事故でもしたら大変だ。
 言い訳もできない・・
 ・・AIドールと、ナビが同期してしまって、とか。
 イズミは申し出を断られたのが不服なのか、運転中はだんまりを決め込むつもりなのか、景色を眺め始めた。
 そして、イズミはこう言った。
「実際にコウシテ、メで見るのと、知識として知っているのはチガイますね」
 イズミの思考回路には世界の景色も情報として入っているのだな・・
 確かにその通りだ。
 それはAIドールにも同じことが言える。
 通販サイトで眺めたり、掲示板を見ているのと、実際にこうして、AIドールを車に載せてドライブするのとは大違いだ。

 イズミは助手席の窓を勝手に開けて、髪を風になびかせた。
「きもちいいです・・」と流れる髪を押さえながらそう言ったイズミは、人間の少女とまるっきし変わらない・・そう見えた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

俺は異端児生活を楽しめているのか(日常からの脱出)

SF
学園ラブコメ?異端児の物語です。書くの初めてですが頑張って書いていきます。SFとラブコメが混ざった感じの小説になっております。 主人公☆は人の気持ちが分かり、青春出来ない体質になってしまった、 それを治すために色々な人が関わって異能に目覚めたり青春を出来るのか?が醍醐味な小説です。

時々、僕は透明になる

小原ききょう
青春
影の薄い僕と、7人の個性的、異能力な美少女たちとの間に繰り広げられる恋物語。 影の薄い僕はある日透明化した。 それは勉強中や授業中だったり、またデート中だったり、いつも突然だった。 原因が何なのか・・透明化できるのは僕だけなのか?  そして、僕の姿が見える人間と、見えない人間がいることを知る。その中間・・僕の姿が半透明に見える人間も・・その理由は? もう一人の透明化できる人間の悲しく、切ない秘密を知った時、僕は・・ 文芸サークルに入部した僕は、三角関係・・七角関係へと・・恋物語の渦中に入っていく。 時々、透明化する少女。 時々、人の思念が見える少女。 時々、人格乖離する少女。 ラブコメ的要素もありますが、 回想シーン等では暗く、挫折、鬱屈した青春に、 圧倒的な初恋、重い愛が描かれます。 (登場人物) 鈴木道雄・・主人公の男子高校生(2年2組) 鈴木ナミ・・妹(中学2年生) 水沢純子・・教室の窓際に座る初恋の女の子 加藤ゆかり・・左横に座るスポーツ万能女子 速水沙織・・後ろの席に座る眼鏡の文学女子 文芸サークル部長 小清水沙希・・最後尾に座る女の子 文芸サークル部員 青山灯里・・文芸サークル部員、孤高の高校3年生 石上純子・・中学3年の時の女子生徒 池永かおり・・文芸サークルの顧問、マドンナ先生 「本山中学」

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

スペースシエルさんReboot 〜宇宙生物に寄生されましたぁ!〜

柚亜紫翼
SF
真っ暗な宇宙を一人で旅するシエルさんはお父さんの遺してくれた小型宇宙船に乗ってハンターというお仕事をして暮らしています。 ステーションに住んでいるお友達のリンちゃんとの遠距離通話を楽しみにしている長命種の145歳、趣味は読書、夢は自然豊かな惑星で市民権とお家を手に入れのんびり暮らす事!。 「宇宙船にずっと引きこもっていたいけど、僕の船はボロボロ、修理代や食費、お薬代・・・生きる為にはお金が要るの、だから・・・嫌だけど、怖いけど、人と関わってお仕事をして・・・今日もお金を稼がなきゃ・・・」 これは「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」に投稿している「〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!〜」の元になったお話のリメイクです、なので内容や登場人物が「リーゼロッテさん」とよく似ています。 時々鬱展開やスプラッタな要素が混ざりますが、シエルさんが優雅な引きこもり生活を夢見てのんびりまったり宇宙を旅するお話です。 遥か昔に書いたオリジナルを元にリメイクし、新しい要素を混ぜて最初から書き直していますので宇宙版の「リーゼロッテさん」として楽しんでもらえたら嬉しいです。 〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!〜 https://www.alphapolis.co.jp/novel/652357507/282796475

怪獣特殊処理班ミナモト

kamin0
SF
隕石の飛来とともに突如として現れた敵性巨大生物、『怪獣』の脅威と、加速する砂漠化によって、大きく生活圏が縮小された近未来の地球。日本では、地球防衛省を設立するなどして怪獣の駆除に尽力していた。そんな中、元自衛官の源王城(みなもとおうじ)はその才能を買われて、怪獣の事後処理を専門とする衛生環境省処理科、特殊処理班に配属される。なんとそこは、怪獣の力の源であるコアの除去だけを専門とした特殊部隊だった。源は特殊処理班の癖のある班員達と交流しながら、怪獣の正体とその本質、そして自分の過去と向き合っていく。

処理中です...