上 下
12 / 167

ワタシはヤスモノ

しおりを挟む
◆ワタシはヤスモノ

「じっとしていろ」とドールに言い残して出てきたのに、
 ボロアパートの部屋に戻ると、ドールは、ペタン座りでパソコンに向かっていた。
 紫の安物ワンピースが座布団の上に広がっている。
「おい、何をしてるんだ。それ、僕のパソコンだぞ!」
 いくらAIでも僕専用のパソコンに触れていいってことはない。
 ドールは振り返ると、
「ミノルさん、おそいです」
 僕の言葉を無視して言った。
「ジッとしていろ、とイワレましても、お役に立てることがないものですから」
 ドールは無表情で淡々と言った。
 役に立つことだと?
「ドールは役に立つことをするようにできているのか?」
 僕の問いにドールはコクリと頷いた。
「ワタシのタイプはそうできています」
 私のタイプ?

 ドールについて、色々知りたいことはあるが、
 まずは、そのドールの手!
 さっきから僕の話を聞きながら、マウスをくりくり操作しているのは、何だ?
「パソコンの使い方がわかるのか?」
「はい、初歩的なコトは、アラカジメ組み込まれています」
 すげえな。改めて感心する。
「それより、そのマウスから手を離せ! 人の物に勝手に触るんじゃない!」
 僕の言葉にドールは素直にコクリと頷き「ヒトの物に勝手に・・フレテハイケナイ」と暗唱した。ひょっとして学習しているのか?
 パソコンの使い方よりも一般常識の方が先だろ。

 僕は「もう人のパソコンには触らないな?」と念を押した。
 すると、ドールは、「はい」と綺麗な声で答え、
「このパソコンはヤスモノなのですか?」と言った。
 は? 今、僕のパソコンのことを安物、と言ったのか?
 僕は「ヤスモノとは安い商品のことを言っているのか?」と訊いた。

 僕の問いに、
「このパソコンのCPU、メモリー・・スペック全てが低く、ヒンジャクです」と、ドールは答えた。
 貧弱って・・すげえ表現だな。けっこう傷つくぞ。
「あのなあ・・何が貧弱か、高価な物なのかは知らないが、僕の安月給で買えるものはこれくらいなんだよ。悪かったな、安物で」
 僕はぶっきら棒に言った。
「ミノルさん。傷ついたようですね」
 ドールは僕の顔を覗き込むような表情で言うので、
 僕は「ああ、すごく傷ついたな」と言ってやった。
 言うだけではない。本当に傷ついた・・だんだん傷が深くなっていくようだ。
 誰かに指摘されるのではなく、自分で買ったフィギュアに「安物」と言われたのだ。何も動じない方がどうかしてる。

 ところが、ドールは、
「傷ついたのは、ワタシもです」と本当にしょげ返るように少し俯きながら言った。ドールなりの感情表現なのか?
 私も傷ついた?
「なんで、フィギュアの・・いや、ドールのお前が傷つくんだよ?」
 
「ワタシもヤスモノだからです」
 ・・私も安物、と言ったのか?
「お前が、何を基準に安物と言っているのか知らないが、フィギュアプリンター自体は結構な値がしたんだぞ。僕の給料一か月分とまでは言わないが」
 あとで、買ったことを後悔したがな。
 今はもっと後悔し始めているぞ。

「ホカのドールはもっとお高いです」
 他のドールって・・あの20万のフィギュアプリンターで作れるのは、みな似たり寄ったりじゃないのか?
 自分の思念で作成したドールに高いも安いもないだろう。

「お前は、僕の思念がお粗末だとでもいいたいのか?」
 僕の問いにドールは首を機械的にぶんぶんと左右に振った。
 違うのか。

「ミノルさん。ワタシが言いたいのは・・コレです」
 ドールはパソコンのディスプレイを僕に向けた。

 ドールは何かを説明したがっているように見えた。
 ドールは検索サイトの僕の「お気に入り」をクリックしたらしい。
 サイトには、フィギュアプリンターの販売サイトがある。
 20万円、クレジット分割払いのフィギュアプリンターがそこで売られている。

「これがどうかしたか?」
「まだレビューを読まれてはいないのですか?」
 購入者の感想が連なっているレビュー欄なら読んだ。そもそも、買おうと思ったのはレビューを読んだからだ。 人生のやり直し・・そんな嘘みたいな、素敵な文句に惹かれたの僕が馬鹿だった。

「読んだよ」
「ゼンブですか?」
「いや、最初のページだけだ」勢いで購入したから全部は読んでいない。
 僕がそう言うと、ドールは「ヤハリ・・」と納得したように呟いた。

 ドールは「では・・」と言って、可愛い指でマウスをクリックして、レビュー欄の次の頁を繰った。
「ミノルさんは、このレビューを読んでいないとスイサツされます」
 推察?
 僕は、どれどれ、とパソコンの画面に目を落とした。

「激安でした! 国産のプリンターだと、数百万もするのが、このプリンターだと、国産の10分の一以下の値段で買えました」20代・学生。

「プリンターで可愛いドールを作って、毎日楽しんでいます。友達が国産のプリンターでドールを作ったのを自慢していましたが、こっちのドールの方が断然いい! しかも高性能!」30代・会社員。

 国産があるのか?
 国産のフィギュアプリンター、価格が数百万だと!

 僕は慌てて、検索エンジンで「フィギュアプリンター」とタイプした。
 僕はフィギュアプリンターの販売サイトに直接アクセスしていたから、プリンター全般のは見ていなかった。
 あった!・・他の販売サイトでは、国産のフィギュアプリンターがたくさんある。
 いつも僕が本を買っていたサイトでは国産のフィギュアプリンターは取り扱っていなかったのだ。
 他の販売サイトでは国産ばかり扱っている。逆に、僕が購入した先の販売会社のものは扱っていない。どうしてなんだ?

 それよりも、この金額・・国産のフィギュアプリンターは高級車一台が買えるような金額だ。とても僕のような者には手が出せない。
 僕は20万円で、今目の前にいるドールを作ったフィギュアプリンターを買った。
 それはレビューにあるような「ラッキー」な事だったのだろうか?
 それとも、ドールが嘆くような、只の安物を買ったに過ぎないのだろうか?
 けれど、レビューには国産より、断然安く、高性能、と書いてある。
 僕は国産のフィギュアプリンターについては何も知らないが、どうして、そんなに価格が違うのだろう?
 改めて、僕が買った先のサイトの詳細を見てみる。
 メイドイン○○がわからない。説明書にはメールの連絡先しかない。

 僕はレビュー欄に更に目を通すことにした。
 そこには二つほど気になるレビューがあった。

「このプリンターって、中○製だとばかし思ってました。確かに中○製だけど、規格と販売会社はアメリカなんですね」40歳・男子。

「国産のフィギュアプリンターを買おうか、こちらにしようか、ずいぶん迷いましたが、国産の方のレビューにはいわゆる『サクラ』が多く見受けられるようなので、こっちに来ました。それに安い! もし買うのが失敗だったとしても、後悔しない程度の金額です」55歳・無職。

 アメリカの会社だと?・・そう言えば、メールの相手は「マリー」だった。僕はまた中○人が、適当な名前で相手をしているものと思っていた。
 いや、こっちのレビューばかり読んでいては、考え方が偏ってしまう。念のため、僕は国産のフィギュアプリンターのサイトのレビューにも目を通すことにした。

 だが、国産のレビュー欄、そして評価は低かった。
 買ったことを後悔する者や、買わない方がいいよ、と忠告する人。
 そして、信じられないことに、国産の方が「サクラ」が多かった。

 中にはこんなレビューもあった。
「国産はまるで血の通わないアンドロイドみたいだ。それに、細かい設定が多すぎ! 僕には必要のないものばかり・・ユーザーはそんなものを求めていない。
・・そんなわけで、僕はあとで安い方を買い直しました。安い方が、断然いいよ。おススメです!」55歳・会社経営者。
 これ、営業妨害だな・・削除されないのかな?

 パソコンの画面を食い入るように見ていると、
 耳元で「どうですか? ミノルさん」とドールが言った。
 お下げの髪の無表情なドールの顔がそこにあった。
 イズミに似て、非なる顔・・

「とりあえず・・お前が言っている安物の意味はわかった」
 僕がそう言うと、
「やはり、私はヤスモノなのですね」
 ペタン座りのドールはそのままの姿勢でガッカリしたように静かに俯いた。
・・ドールに、どんな感情の起伏があるのかは知らない。人間の僕にはわかるはずもない。
 自分が安物ということで、優れた国産製のドールに妙な劣等感を持ったりするなんて、僕には考えられないし、昨日までの僕はそんなことは信じられなかった。

 けれど・・今は、
「おい、ちょっと、こっちに来い!」
ドールは「ミノルさん・・何でしょう?」と言って、ペタン座りのまま、スリスリとすり寄ってきた。
 僕は近づいてきたドールの髪の毛を掴み、くいっと引っ張った。
「イタイッ!」
 と小さく叫んでドールは頭を押さえた。
 すごいな・・痛覚まであるのか。
 まるで、人間の女の子の頭皮と髪じゃないか・・

 ドールは「ミノルさん・・いったい何を?」と頭を押さえながら訴えた。
 僕を見上げるドールはやはり無表情のままだった。
 そんなドール・・「イズミ」と名を付けたドールに僕はこう言った。

「お前は、ちっとも安物なんかじゃないよ」

 僕の言葉に素直に頷くドールが間近にいる。
 これが人間の少女だったら、体温や息遣いまで感じられる距離だ。思わず抱きしめてしまうかもしれない。
 けれど、僕はそんなことはしない。これは単なる玩具・・フィギュアプリンターで作られたドールだからだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...