上 下
6 / 167

二つの名前

しおりを挟む
◆二つの名前

 おばさんは説明書から顔を上げると、
「信じられないわ・・フィギュアって、こんなに大きいものなの?」
 と感嘆しながら言った。「これが井村くんの趣味なのね」
 僕は「フィギュアドールです」と言った。
「こういうのって・・高いんでしょう?」
 僕は「まあ、それなりに」と答えた。さすがに金額までは言えない。
 わかって頂けたら、部屋を出て言って欲しい。

「この中のフィギュアが・・さっき、しゃべっていたの?」
「・・みたいです」
 するとおばさんは、「世の中、いつのまにか、進んでいたのねぇ」と言いながら、這うようにして箱に近づき、煙が噴き出ている箱の出窓を覗き込んだ。

 そして、
「本当ね・・煙でよく見えないけど・・ちゃんと顔があるわ・・」
 フィギュアの顔を先に見られてしまったぞ! 何かいやだ。
「でも、これって・・人間の女の子じゃないの・・」と言って、僕の方に向き直り、「やっぱり、誘拐・・監禁じゃないの?」と真剣そのもの、疑惑の顔で僕を睨んだ。
「でも・・この顔って・・」
 おばさんはぽつりと言った。

「だから、精巧に、人間の女の子そっくりにできているんですよ」
 そう僕が言うと、
「ソンナことより・・ハヤク、ココから出してください」
と、またフィギュアの声が聞こえた。
 その声におばさんは「あら、かわいそう・・この中、狭いのね」と言った。「私の顔を見ているわ」
 僕もたまらなくなって、箱に近づいて出窓を覗いた。
 ああっ、またおばさんと近接距離だ。肩が、腕が触れ合う。年上のふくよかな女性の体がそこにある。

 そんなことも気にしながら、僕はガラス越しにフィギュアドールの顔を見た。
 僕が覗き込んだ瞬間、
 霧のようなものが引いていったのか、フィギュアの顔が綺麗に見える。
 ああっ!・・
 おそらく、これは、夢だ。
 フィギュアドールの大きな瞳がジロリと僕を睨んだ。
「アナタが、ミノルさん?」と小さな口が開いた。

 この顔・・このフィギュアドールの顔・・
 イズミ・・そのものだ。
 ん? 
 いや・・違う・・よく見ると、どことなく違う。
 年齢は17歳前後・・のような幼い顔。
 しかし・・
 AIのバグなのか? 妙な違和感がある。
 少し・・違う・・思念の伝達にミスがあったのか?

 そう思いながらフィギュアの顔を見ていると、僕の真横にいて、その体温まで感じられそうなおばさんが、
「さっき、この子、おばさんも開けるのを手伝って、と言っていたわね」
 そうだったっ! 
 確かにフィギュアは言っていた。僕一人では無理だと・・箱はそんなに開けづらいものなのか?
「だ、大丈夫ですよ。僕一人でできますから・・おばさんは・・」
 おばさんはもう帰ってください!
「だから、おばさんじゃないわよ。私には、シマモトユミって、ちゃんとした名前があるのよ」
 シマモト・・ああ、表札に「島本」と書いてあったっけ。
「だ、だから、島本さん、これは僕の・・」僕が買ったものだ。どうして他人のあなたも手伝わなくちゃならない。
 そう言って僕は黒いボックスの蓋の取っ手を持った。
 そして、力を込め、持ち上げ・・「あれ?」びくともしない。
 何だこれ?
 僕は踏ん張って両サイドにある取っ手を握りしめ「うーん」と声まで上げた。
 ダメだ。

「ミノルさん。この箱は・・そちらのオバサンの手がないと、ロックは解除されません」
 フィギュアはそう淡々と説明した。

 ロック?
 何だよそれ?
「僕以外の人間の手がないと解除されないって・・それ、おかしいだろ!」
 僕はこの商品に対して、怒りが込み上げてきた。

「お二人のチカラでなら、この箱はカンタンに開きます」
 そうフィギュアは説明を続けた。
「井村くん、この子もそう言ってるじゃない・・私、左の取っ手を持つから、井村くんは右を持って持ち上げてちょうだい」
 もうすっかり、僕はフィギュアと島本さんのペースに飲まれていた。

 はいはい、と島本さんの言う通り、右の取っ手を持ち、力を込めた。
 あれ・・力を込めずとも、
 箱の蓋はふわりと、まるでカーペットくらいのものを持ち上げるかのように開いた。
 開くと同時に、
 中のフィギュアドールは半身を起こした。
 セミロングの髪が風圧でふわっと持ち上がったかと思うと、すぐ肩に落ちた。
 裸じゃないんだな・・てっきり何も着ていないのかと思っていた。
 フィギュアは、すっごく安物っぽい紺色の・・ゴシック調のワンピースを着ている。これも中○製だろう。
 下着とか、どうなってるんだ? と、つい余計なことを考えてしまう。

 そして、フィギュアは僕と島本さんの顔を見て、
「ダメです・・これ以上、チカラが入りません」と言った。

 その時だった。
 島本さんは「みちる?」と小さく言って、
「まるで、ミチルみたい・・」と遠くを見るような目で言った。

「ミチル?・・その名前はまだ知りません・・私の名前はミノルさんが付けてくれます」
 そうフィギュアは機械的に説明した。
 そうそう、このフィギュアの名は持ち主であるこの僕が付けてあげるんだ。
 イズミ・・と。
 しかし、このフィギュア・・さっき・・「ミチルの名は、まだ知りません」と言ったな。
 まだ・・って、どういうことだ。

「井村くん・・この子、本当に、フィギュア? ドールなの?」
「本当です・・」僕も信じられないがそうなのだ。これは商品。
「私、信じられない・・」また島本さんは感嘆の声を上げた。

「ミノルさん、ボーっとしてないで」
 フィギュアは僕に乱暴に呼びかけ、
「早く、充電してください!」と命令口調で言った。
 
 フィギュアドールには初期設定の分だけしか、充電されていない。
 満タンにするのは購入者である僕の役目のようだ。
そう・・
 フィギュアの稼働はあくまでも充電だ。人類の文明はこの電気の充電に関して、さほど進歩していないと思われる。自己発電というものがいづれできると思うが。

 フィギュアの少女はワンピースを脇の方まで持ち上げた。「ココです」とフィギュアが差した先には、なるほど・・何かを差し込むような小さな穴がある。
 あ、そうか・・付属のコードはここに差すんだな。
 僕は壁の差し込み口にコードを差し、コードを伸ばし、その先をフィギュアの脇腹の穴に差し込んだ。カチリと乾いた音がした。

「ジュウデンをカイシします!」
 なぜか今度は機械音のように言って、フィギュアは目を瞑った。
 姿勢が半身を起こしたまま・・そのまま体が硬直してしまったようた。
 しゃべらない・・
 再び説明書を読むと、充電時間は2時間・・その間、フィギュアに触れてはいかないそうだ。今度は静かにブーンという音がし始めた。

 僕の様子を見ていた島本さんは「本当にすごいのねえ」と感嘆の声を漏らし「私はお邪魔みたいね・・そろそろ、私、失礼するわ」と言った。
 確かに邪魔だ・・
 邪魔なんだけど、なぜか、このおばさん・・
 島本さんは悪い人では全然なく・・
 もしかして寂しい人なんじゃないか・・と、ふと思った。

「ねえ、井村くん・・」部屋を出る際、島本さんは、
「また遊びに来てもいいかな?・・」と言った。「厚かましいとは思うのだけど・・」
「お、落ち着いたら・・別にかまいませんが・・」
 僕は適当に返事した。今はフィギュアの初期設定が先だ。
「そう・・ありがとう・・またお邪魔するもしれない・・」と言葉を残して「お休みなさい」と言って去った。去ったと言っても隣の部屋だ。すぐに隣でドアの鍵を開ける音がした。
 後には上品な香水の匂いだけが残った。

 商品を開梱して、ヘッドホンを付けての思念の伝達、
 プリンターでフィギュアドールの作成。
 箱を開ける作業・・そして、今は充電・・
 大変だな・・
 次第に、何のためにこのような作業をしているか、わからなくなってきた。
 そして・・この先には何が待っているというのか?

 一つ、この商品に関して気になることがある。・・
 フィギュアの少女はこの箱を開ける時、
 僕と、島本さんの二人でないと、ロックが解除されないと言っていた。
 あれはどういう意味だったのか?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

俺は異端児生活を楽しめているのか(日常からの脱出)

SF
学園ラブコメ?異端児の物語です。書くの初めてですが頑張って書いていきます。SFとラブコメが混ざった感じの小説になっております。 主人公☆は人の気持ちが分かり、青春出来ない体質になってしまった、 それを治すために色々な人が関わって異能に目覚めたり青春を出来るのか?が醍醐味な小説です。

時々、僕は透明になる

小原ききょう
青春
影の薄い僕と、7人の個性的、異能力な美少女たちとの間に繰り広げられる恋物語。 影の薄い僕はある日透明化した。 それは勉強中や授業中だったり、またデート中だったり、いつも突然だった。 原因が何なのか・・透明化できるのは僕だけなのか?  そして、僕の姿が見える人間と、見えない人間がいることを知る。その中間・・僕の姿が半透明に見える人間も・・その理由は? もう一人の透明化できる人間の悲しく、切ない秘密を知った時、僕は・・ 文芸サークルに入部した僕は、三角関係・・七角関係へと・・恋物語の渦中に入っていく。 時々、透明化する少女。 時々、人の思念が見える少女。 時々、人格乖離する少女。 ラブコメ的要素もありますが、 回想シーン等では暗く、挫折、鬱屈した青春に、 圧倒的な初恋、重い愛が描かれます。 (登場人物) 鈴木道雄・・主人公の男子高校生(2年2組) 鈴木ナミ・・妹(中学2年生) 水沢純子・・教室の窓際に座る初恋の女の子 加藤ゆかり・・左横に座るスポーツ万能女子 速水沙織・・後ろの席に座る眼鏡の文学女子 文芸サークル部長 小清水沙希・・最後尾に座る女の子 文芸サークル部員 青山灯里・・文芸サークル部員、孤高の高校3年生 石上純子・・中学3年の時の女子生徒 池永かおり・・文芸サークルの顧問、マドンナ先生 「本山中学」

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

スペースシエルさんReboot 〜宇宙生物に寄生されましたぁ!〜

柚亜紫翼
SF
真っ暗な宇宙を一人で旅するシエルさんはお父さんの遺してくれた小型宇宙船に乗ってハンターというお仕事をして暮らしています。 ステーションに住んでいるお友達のリンちゃんとの遠距離通話を楽しみにしている長命種の145歳、趣味は読書、夢は自然豊かな惑星で市民権とお家を手に入れのんびり暮らす事!。 「宇宙船にずっと引きこもっていたいけど、僕の船はボロボロ、修理代や食費、お薬代・・・生きる為にはお金が要るの、だから・・・嫌だけど、怖いけど、人と関わってお仕事をして・・・今日もお金を稼がなきゃ・・・」 これは「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」に投稿している「〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!〜」の元になったお話のリメイクです、なので内容や登場人物が「リーゼロッテさん」とよく似ています。 時々鬱展開やスプラッタな要素が混ざりますが、シエルさんが優雅な引きこもり生活を夢見てのんびりまったり宇宙を旅するお話です。 遥か昔に書いたオリジナルを元にリメイクし、新しい要素を混ぜて最初から書き直していますので宇宙版の「リーゼロッテさん」として楽しんでもらえたら嬉しいです。 〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!〜 https://www.alphapolis.co.jp/novel/652357507/282796475

怪獣特殊処理班ミナモト

kamin0
SF
隕石の飛来とともに突如として現れた敵性巨大生物、『怪獣』の脅威と、加速する砂漠化によって、大きく生活圏が縮小された近未来の地球。日本では、地球防衛省を設立するなどして怪獣の駆除に尽力していた。そんな中、元自衛官の源王城(みなもとおうじ)はその才能を買われて、怪獣の事後処理を専門とする衛生環境省処理科、特殊処理班に配属される。なんとそこは、怪獣の力の源であるコアの除去だけを専門とした特殊部隊だった。源は特殊処理班の癖のある班員達と交流しながら、怪獣の正体とその本質、そして自分の過去と向き合っていく。

処理中です...