上 下
5 / 167

AIフィギュアドール

しおりを挟む
◆AIフィギュアドール

 その時、ドアをドンドンと叩く音がした。続けてチャイムがピンポンと鳴った。
 慌てて僕は、部屋の間仕切りのドアを閉め箱が見えないようにして、ドアを開けた。
 ドアの向こうに立っているのは、例の隣のおばさんだった。

「あのっ、井村くんっ! さっきからちょっとうるさいんだけど」
 おばさんの言うことはごもっともだ。苦情が出ても致し方ない。
「す、すみません・・もうすぐ終わりますから」
「何が終わるっていうの?」
「ちょっと、大きな棚を組み立てていて・・」と僕は適当な事を言った。
 おばさんはちょっと考えた後、「そんな音だったかしら?」と言った。「もっと機械的な音だった気がするけど」

 そして、おばさんはありえないことを言った。
「井村くん、棚を作るのなら、手伝ってあげましょうか?」
 えっ?
 このおばさん、小うるさいのか、優しいのか、全くわからない。
「い、いいです。自分でできますからっ!」
 僕は必死でそう答えた。部屋に入って来られてはかなわない。

 ・・が、次の瞬間、
「ミノルさん」
 と、また、フィギュアの僕を呼ぶ声が聞こえた。これも機械的な声。
 その声を聞いたおばさんは、
「あら、女の子がいたのね?」と含みを持たせた笑顔を見せた。
 女の子を連れ込んでいるとでも思ったのだろう。それよりも早く出て行ってくれ。

「ミノルさん、この箱、アキマセン・・」
 箱が開かない?
 えーっ・・自分で出てくるんじゃないのかよ!
 説明書にはそう書いてあったじゃないか! この嘘つき! 中○製!

 フィギュアの声を聞いたおばさんは、
「やっぱり、手伝った方がいいんじゃない?」と心配そうに言った。「ミノルって、井村くんのことでしょ」
 たぶん、おばさんは人がいいのだろう。しかし、今はただのお節介、邪魔だ!
「だ、大丈夫ですよ」と僕は答えた。
「でも・・」
 えーっ、おばさんは靴を脱いで家の中に上がろうとしている。

「いえ、いいですから・・結構ですから」
 部屋の中を見られたらたまったものではない。部屋の中は散らかっているし、あの大きな箱、見られてはいけない・・こともないが、商品が商品なだけに恥ずかしい。男としても恥ずかしい。欲求不満に思われる。

 かなり焦っているのが自分でもわかった。
 部屋の中から僕を呼ぶ少女の声、その中を見よう部屋に入り込もうとするおばさん。
 僕はおばさんに無理やりにでも出て行ってもらおうと、おばさんの体を押そうとした。
 むにゅっ、
 何だ? この感触は?
 僕の手の持っていった先は、おばさんの人より大きめの乳房だった。
「ちょ、ちょっと井村くん!」
 顔を紅潮させたおばさんの顔が間近にあった。
「ごっ、ごめんなさいっ!」
 僕は慌てておばさんの体から手を離し素直に謝った。

「わ、私も悪かったわ・・」そう言っておばさんは、「彼女といるところ、お邪魔したら悪いものね」

「ミノルさん。ドウカされましたか?」
 あれ? さっきより声が少し柔らかくなった気がする。

 おばさんは中にいるフィギュアに「ごめんさなさいね・・おばさんはこれで失礼するわね」と声をかけた。

 それでおばさんは自分の部屋に戻る・・そのはずだった。
 ところが、また中からフィギュアの声が聞こえた。

「そこのオバサンもテツダッテください・・ミノルさん一人の力ではムリだと思いますから」
 えーっ・・何て事を言うんだよ!
 僕は心の中で、まだ見たことのないフィギュアに激しく抗議した。
 そんなことしたら、お前の姿を見られてしまうじゃないか・・

 おばさんの方はおばさんの方で。
「ちょっと、今、おばさんって言ったわね」と言って、「姿が見えないのに、どうして、私がおばさんだってわかるのよ!」と少し憤っている。

 僕は「こ、声が、おばさん、っぽいんからじゃないですか?」と言った。
 どさくさに紛れてかなり失礼なことを言ってしまったと、激しく後悔した。
「井村くん、ずいぶんと失礼なことを言うわね」
 おばさんの顔が更に真っ赤になっている。
「レディに対してなんてことを。これでも、私、まだ若いつもりなのよ」

すぐに僕は「ごめんなさい・・」と謝って「彼女はああ言ってますが、一人で大丈夫ですから」と言った。僕はフィギュアドールのことを「彼女」と言った。
 すると、また中から、
「ミノルさん、私はまだアナタの彼女ではありません」と声がした。どんどん人間の少女の声らしくなっていく。
 それにいち早く反応したのがおばさんだ。
「えっ・・井村くんの彼女じゃないって言ってるわよ」と疑いの目を向けてくる。
「こ、これから彼女になるんですよ」と僕は誤魔化した。
 もう彼女でも何でもいいじゃないか、早く、帰ってくれよ!

「彼女になるかどうかはマダわかりません」
 また続けてフィギュアの声が聞こえた。お願いだから、黙っててくれ!
 とにかく今は、この状況から脱しないと、
 おばさんは少し落ち着いたのか、息を整え、
「わかったわ」と言った。
 ホッとした。これでやっと・・

 と思ったら、また中から、
「ミノルさん、早く、私をここから出してショキセッテイをしてください」
 初期設定?
 そう言えば、そんなこと書いてあったな。

 それより、
「井村くん、今、『ここから出して』って言ったわよ・・確かに、私、そう聞こえたわ」
 僕は「部屋ん中、暑いですからね」と適当に誤魔化した。

 おばさんは怪訝そうな表情を浮かべ、
「そうだったかしら?・・」と言って、
「一言、挨拶をしてから帰ることにするわ」とおばさんは言った。
 え~っ!
 それがまずいんだよ!
 そう思った時には、もうおばさんはドアを開けかけていた。
 止めないと!
 僕はドアノブに手を伸ばしたおばさんの手をむんずと掴んだ。
「ちょっと・・井村くん?」
 振り向いたおばさんの顔はこれでもかというくらい間近にあった。下手をするとキスでもできそうな距離だった。
 おばさんにしたら、どうしてそこまで部屋に入られては困るのか、そんなことを考えているのだろう。
 香水の香りがほわっと漂ってくる。けれど、不快な匂いではない。会社の女性社員の香水にはあれほど、過剰反応をする僕なのに。

 そして、現実は、いつだって予想外に展開する。
 内開きのボロいドアは、僕とおばさんを合わせた重みのせいか、簡単に二人の体を受け入れ、僕とおばさんは絡み合うように部屋の中に倒れ込んでしまったのだ。

「ごっ、ごめんなさい」と即座に謝った僕の下に、おばさんの顔はあった。
「わ、私こそ、ごめんなさい」と僕の下になったおばさんは息を荒くし答えた。

 何だよ、この状況・・
 僕がおばさんをねじ伏せているみたいじゃないか。
 僕は慌てて立ち上がった。
 おばさんも衣服、スカートの乱れを整えながら、起き上がった。

 それより、あの箱・・
 問題のあの箱は? 僕は箱を確認した。
 ・・まだドライアイスのような煙を吐き出し続けている。

「井村くん、あ、あれ、何なのよ」
 おばさんが箱を指差して言った。
 どう説明したらいいんだ? 僕が答えあぐねていると、
「ちょっと、井村くん! 聞いているのっ!」と問いただされた。
「は、はいっ!」
 おばさんに声高に名前を呼ばれ、僕は背筋をしゃきんとさせた。

 すると、
 箱の小さな出窓から声が漏れてきた。
「そこのオバサン・・ミノルさんはちゃんとキイテいますよ」
 また「おばさん」と言ったぞ、このフィギュア、お行儀が悪いんじゃないか?
 
 おばさんは「な、中に誰か入っているの?」と声を震わせながら言った。
 僕は観念して、
「じ、実は・・中には、女の子が・・」
 じゃない・・フィギュアドールだけど。
「井村くん・・それって・・」
 おばさんは僕の顔を直視した。
 僕、何か変な事をいったか?
 
「もしかして、誘拐?」
 えーっ・・そうじゃないんだって、
「ち、違うんです・・これは女の子が入っているだけで・・」
 いや、僕の答え方がまずい。
「それ、誘拐、さらに監禁って言うのよ」
 監禁!
「ちっ、違うんですよ。これは・・か、買ったんです!」
 そうだ、これはただの通販の商品だ。
「買ったって・・女の子を買ったの?」
 買う・・その言葉もまずいな。
 おばさんは次々と出てくる怪しい言葉に面食らっているようだった。
 その顔はまるで犯罪者でも見るかのようだった。

 すると、
「はい、オバサン、私はただのショウヒンです」と声が聞こえた。
 それはもう普通の女の子の声だった。
 次第にフィギュアドールが人間の声を出すのに慣れてきたっていうことか?

 おばさんはまだ疑っている様子なので、僕は宅配の納品書を見せて、
「これがその証拠です。これ、通販で買ったものなんです」
 おばさんは一応目を通したが、まだ信じられないようなので、僕はフィギュアの説明書を見せた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

俺は異端児生活を楽しめているのか(日常からの脱出)

SF
学園ラブコメ?異端児の物語です。書くの初めてですが頑張って書いていきます。SFとラブコメが混ざった感じの小説になっております。 主人公☆は人の気持ちが分かり、青春出来ない体質になってしまった、 それを治すために色々な人が関わって異能に目覚めたり青春を出来るのか?が醍醐味な小説です。

時々、僕は透明になる

小原ききょう
青春
影の薄い僕と、7人の個性的、異能力な美少女たちとの間に繰り広げられる恋物語。 影の薄い僕はある日透明化した。 それは勉強中や授業中だったり、またデート中だったり、いつも突然だった。 原因が何なのか・・透明化できるのは僕だけなのか?  そして、僕の姿が見える人間と、見えない人間がいることを知る。その中間・・僕の姿が半透明に見える人間も・・その理由は? もう一人の透明化できる人間の悲しく、切ない秘密を知った時、僕は・・ 文芸サークルに入部した僕は、三角関係・・七角関係へと・・恋物語の渦中に入っていく。 時々、透明化する少女。 時々、人の思念が見える少女。 時々、人格乖離する少女。 ラブコメ的要素もありますが、 回想シーン等では暗く、挫折、鬱屈した青春に、 圧倒的な初恋、重い愛が描かれます。 (登場人物) 鈴木道雄・・主人公の男子高校生(2年2組) 鈴木ナミ・・妹(中学2年生) 水沢純子・・教室の窓際に座る初恋の女の子 加藤ゆかり・・左横に座るスポーツ万能女子 速水沙織・・後ろの席に座る眼鏡の文学女子 文芸サークル部長 小清水沙希・・最後尾に座る女の子 文芸サークル部員 青山灯里・・文芸サークル部員、孤高の高校3年生 石上純子・・中学3年の時の女子生徒 池永かおり・・文芸サークルの顧問、マドンナ先生 「本山中学」

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

トライアルズアンドエラーズ

中谷干
SF
「シンギュラリティ」という言葉が陳腐になるほどにはAIが進化した、遠からぬ未来。 特別な頭脳を持つ少女ナオは、アンドロイド破壊事件の調査をきっかけに、様々な人の願いや試行に巻き込まれていく。 未来社会で起こる多様な事件に、彼女はどう対峙し、何に挑み、どこへ向かうのか―― ※少々残酷なシーンがありますので苦手な方はご注意ください。 ※この小説は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、エブリスタ、novelup、novel days、nola novelで同時公開されています。

スペースシエルさんReboot 〜宇宙生物に寄生されましたぁ!〜

柚亜紫翼
SF
真っ暗な宇宙を一人で旅するシエルさんはお父さんの遺してくれた小型宇宙船に乗ってハンターというお仕事をして暮らしています。 ステーションに住んでいるお友達のリンちゃんとの遠距離通話を楽しみにしている長命種の145歳、趣味は読書、夢は自然豊かな惑星で市民権とお家を手に入れのんびり暮らす事!。 「宇宙船にずっと引きこもっていたいけど、僕の船はボロボロ、修理代や食費、お薬代・・・生きる為にはお金が要るの、だから・・・嫌だけど、怖いけど、人と関わってお仕事をして・・・今日もお金を稼がなきゃ・・・」 これは「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」に投稿している「〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!〜」の元になったお話のリメイクです、なので内容や登場人物が「リーゼロッテさん」とよく似ています。 時々鬱展開やスプラッタな要素が混ざりますが、シエルさんが優雅な引きこもり生活を夢見てのんびりまったり宇宙を旅するお話です。 遥か昔に書いたオリジナルを元にリメイクし、新しい要素を混ぜて最初から書き直していますので宇宙版の「リーゼロッテさん」として楽しんでもらえたら嬉しいです。 〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!〜 https://www.alphapolis.co.jp/novel/652357507/282796475

処理中です...