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第六章 未開の森へ

未開の森へ②

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 レオニーの心を読んだかのように、ベルナンド王子が口を開く。
 「理事長は、兄上に、自分がしでかしたことの重大さを認識してもらいたい気持ちと、本人が強く望み、精進するなら音楽の道へ進ませてやりたい気持ちがあって、このような計画をたてたのだ。アナイスを同行者に選んだのは、アナイスの評判を聞き、以前から強情なところがあったが、今回のことで更に頑なになった兄上の心を開くことが出来るのではないかと期待したからである。ただ、この者は、アナイスに会ったことはなく、アナイスが、人前で上手く話せないことや、上手く人と関われないことを知らなかった。レオニー殿が反発するのは、当たり前である。そこで、我も一緒に行くことにした。我は、アナイスと通じ合えるから、きっと役に立つ。我もアナイスも、もっと世の中のことを知らないとならぬ。魔物の討伐など、滅多にない良い機会だ。だから、参加したい。アナイスも同じ気持ちである。何かあったら、意地を張らずに一緒に逃げる。逃げて、必ずレオニー殿のところにアナイスを連れ帰るから、許可して欲しい」
 言うことは立派だが、王子には、討伐に参加した経験がない。軍師がベテラン兵士や専属護衛を派遣する時点で、「そこは危険」と言っているようなものなのに、その認識がないのだから話にならない。思い描いていたのと違う状況になって、王子が怪我するのは勝手だが、大事なアナイスをそんな目に合わせるわけにはいかない。彼女は、無傷で嫁がせるんだ。例えば、騎士様のところへ……。
 レオニーの脳裏に、純白のウェディングドレスに身を包んだ、成長したアナイスの姿が浮かぶ。「レオニー、今まで育ててくれてありがとう」と瞳を潤ませて言う、アナイスの姿が。
 念のために聞いてみる。
 「私が同行することは可能ですか?」
 「レオニー殿は、留守番で頼む。レオニー殿がいると一瞬で片付くから訓練にならないと軍師が言っている」
 そんな訳ないだろう。盛りすぎている。さて、どうしよう?
 アナイスを見る。アナイスの目は、決意を物語っていた。王子と一緒に行くと。
 とはいえ、聞くと見るとでは大違い。王子もアナイスも、魔物を一目見たら、討伐隊に参加したことを後悔するに決まっている。王宮で大切に育てられた王子様に、アナイスを守れるとは思えないし。
 「分かりました。こちらの条件を飲んでくれたら、許可しましょう。アナイスに、杖を持たせます。それを肌身離さず持ち歩くよう、周囲の人が気を配ってください。この子には魔力がありますが、暴走を防ぐため、私が使えないようにしています。その代わり、使いやすい魔法を幾つか仕込んだ杖を持たせるので、身の安全を守るためにも、周りの人間が、なくさないように気をつけてやってください」
 魔法の杖と聞いて、座がざわめく。「おおーっ」と感嘆の声をあげるものもいる。
 「それともう一つ。護衛に付けて欲しい人物が、います。オーギュスト・ハーンです。彼を見るとアナイスは固まってしまうので、いざという時、行動を制限することが出来ます。彼は、アナイスの行動特性を多少なりとも知っていますし、人として信頼できるので、是非お願いします」
 軍師が答える。
 「オーギュストは、すでにメンバーに入っています。奴にも、魔物対応の経験を積ませたいのでね。アナイス殿を緊張させないよう、陰ながら護衛させましょう。アナイス殿には、防御魔法が得意で、治癒魔法も多少使える女性兵士を当てます」
 アナイスは、本来なら行く必要がないし行かせるつもりもない。だが、本人に行く気があり、軍も、そこまでしてくれるというのなら、行かせてみようか。魔法の杖の実地テストだと思って。オーギュストとの仲が、深まるかも知れないし……。
 一度、心が決まれば、行動が早いレオニーは、杖に仕込む魔法をあれこれ頭に思い浮かべ楽しくなる。アナイスの衣装も、何か作ろう。森の妖精みたいにしようかな。
 「分かりました。アナイスを行かせましょう。よろしくお願いします」
 そう頭を下げるレオニーが心の内で、(あっと驚く魔法を仕込んでやるぞ。兵士たちよ、楽しみにしているがいい)と意気込んでいることに気づいたかどうかは定かではないが、軍師と国王が、揃って困った顔をしたことは事実であった。

 そして訪れた、訓練当日。木の葉を重ね合わせたようなデザインの服とお揃いの帽子を身につけたアナイスは、物々しい雰囲気に包まれた未開の森の入り口で、アナイス専属の護衛兵士イザベラ・キャンドルに引き合わされた。キビキビとした印象を与えるイザベラとレオニーは、顔馴染みだ。
 レオニーは、オーギュストも呼んで、アナイスの装備の説明をする。服と帽子は、アルベルト芸術学院出身のデザイナーにレオニーがオーダーしたもので、動きやすい上、草木にカモフラージュできる優れもの。防御魔法もかけられている。帽子に付けられた鮮やかなピンクの花飾りは、アナイスの目印。見失わないように、そして間違って味方に攻撃されないようにとつけられたもので、夜になると発光する。更に驚くべき機能があり、これが取れると魔法が発動し、アナイスを森の入り口まで転移させることができる。いわば、振り出しに戻る装置である。
 ニコニコと説明するレオニーに、オーギュストとイザベラは、驚きの色を隠せない。
 「で、杖はどこにあるんですか?」
 興味津々で尋ねるイザベラに、レオニーは満面の笑みで応じる。
 「杖はですねえ……、アナイス?」
 話を振られたアナイスが、右の手の平を上向きにして、ぱっと開く。と、そこに透明度の高い紫色の石が嵌められた小ぶりの杖が現れた。杖を握り、手首を返す。すると、杖は一瞬にして消えた。
 「なくすといけないから、自動収納式にしました。アナイスが操作を間違う可能性があるので、気をつけてやってください」
 「……」
 イザベラは、二の句がつなげない。オーギュストも無言で、レオニーを凝視している。
 「杖に込められた魔法は5つ。杖を振りながら、『行け』『消えろ』『来い』『待て』『やり直し』。このどれかを叫ぶことで作動します」
 「『待て』が出来るんですか~?」
 「『やり直し』って、それずるい」
 杖の機能は、二人に大受けだ。
 「で、先ほど、ピンクの花には転移機能があるといいましたが、そのための探知機能もあります。魔物の居場所を探知し、危険が迫っていると判断するとアナイスを自動で転移させるのです。誤作動することもありますので、安全を確認できたらここまで連れ戻しに来てね」
 「ええ~?そんなぁ~」
 素っ頓狂な声を上げるイザベラに、レオニーは相も変わらず笑顔で応じる。
 「イザベラは、転移できるでしょ。簡単、簡単」
 「いや、厳しいっす。レオ兄さん、一緒に来ません?」
 「無理です。申し出ましたけど却下されました~」
 「ですよね~」
 がっくり項垂れるイザベラ。何やらグチグチ言った後、「最悪、走るか」と口にし、「走れ」とオーギュストにとどめを刺される。
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