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第一章 宮廷魔術師の算段

宮廷魔術師の算段①

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 「で、何故、私に?」
 その人、レオニー・ダルトンは、手にしたティーカップをテーブルに置くと、笑顔でさらりと言った。レオニースマイル+たしなめるような口調。イルミナ・ルブランが大好きな組み合わせだ。
 肩より長い薄茶色の髪とお揃いの色の瞳。厚みはないが男性らしい体躯に光沢のある深緑色のローブをまとう彼は、王国一の宮廷魔術師。顔立ちは、可もなく不可もないが、その落ち着いた物腰と感じの良い喋り方で、着実にファンを増やしている。
 彼女が何故、公私共に忙しいレオニーを捕まえ、王宮と同じ敷地にある魔術師専用棟――関係者は魔棟と呼んでいる――の一室で香り高い紅茶が入ったティーカップを手に、彼と向き合っているかというと――。
 「だぁーって……会いたかったんですもの……」
 「理由になっていないですね」
 上目遣いで恥じらいながら、いや、恥じらっているように見せかけてイルミナが答えると、レオニーが笑顔で、ばっさり切り捨てる。顔を合わせれば繰り広げられる、この手のやりとり。
 ――ああ、生き返る……。
 気の置けない会話のキャッチボール。何時ぶりだろう。
 イルミナは、心が浮き立つのを感じた。

 イルミナがレオニーに会いたかったのは、本当のことだ。
 彼は、とにかく感じが良い。彼の笑顔を見るだけで、憂さが晴れる。だから、イルミナは、わざわざ魔棟まで来たのだ。硬く縮こまってしまった己の心に、彼を補充するために。もちろん、別の目的もあるのだが……。
 「で、なんでここまで来たんです?」
 「それはぁー、そのぉー」
 わざとらしくくねくねしながら返事を渋る。と、すぱっと言葉が返ってきた。
 「やめてください、その、はにゃはにゃした喋り方。ガム、くっつけますよ」
 んん?
 「が、ガム!?」
 「魔法で強度を増し増ししたガムを、その魅惑的なお口にくっつけたら、どうなるでしょうねー?」
 ま、増し増し???魅惑的???
 「何それぇ」
 しばらくは他愛のない言葉の応酬が続くと踏んでいたイルミナは、「増し増し」と「魅惑的」というワードに笑い心をくすぐられ、コロコロと笑った。完敗だった。

 二人は遠い親戚関係にあり、年は、親子ほど離れている。イルミナが上だ。
 レオニーがチャンスをつかみ、王都に出てきたときにはすでに職業婦人として確固たる地位を築いていたイルミナは、当初は、何くれと彼の面倒を見ていたが、レオニーが王国のお抱え魔術師になって立ち位置が変わると、逆に甘えるようになった。今では、レオニーは完全に巣立ち、向こうから会いに来ることはなくなったが、根っからのレオニー好きであるイルミナは、あらゆるつてを辿り、折に触れ、顔を見に行っている。その様は、ストーカーと言えなくもない。
「ストーカーまがいの行動は、慎んでくださいね。先日、生け垣に頭を突っ込んでのぞいていた女性がいたそうですが、貴女じゃないでしょうねぇ?」
「え?違う、違う」
 多分……。
 何かそれに近いことをしただろうかと思ってうろたえるイルミナに、レオニースマイルがたたみかける。
「で、どうして欲しいんです?」
「どうって……」
 壁に追い詰められ、いけない関係を迫られたような錯覚を覚えたイルミナは、どぎまぎしたが、笑顔で圧をかけ続けるレオニーの機嫌が実は悪いのを見てとると観念し、ぽつぽつと話し始めた。彼女が学院長を務める王立アルベルト芸術学院の芸術発表会で起きた一連の出来事とそれに関する彼女の懸念を。

 話を一通り聞き終えたレオニーは、イルミナに真顔で問う。
 「つまり、事態の早期解決を図ろうにも、関係者に事情聴取ができないと?」
 イルミナも、真顔で頷く。
 「そうなのよ。公爵令嬢は心身共に不調で面会謝絶、家族も話を聞けていない。伯爵令嬢は、王家から箝口令が敷かれているらしく何も言わない。ご家族もね。王子様も何も話さない。両陛下から止められているのかしら。こんなの困るわよね。こちらには、他の生徒と保護者への説明責任があるというのに……」
 「そうですよね。早く解決して、新学期へのモチベーションあげたいですよね。学院の評判にも関わりますし……。でも、この三者から話を聞けないとなると、目撃証言を集めて推理するしかないですけど、それはどうかと――」
 しばしの間があった。イルミナは、右手の親指をこめかみにあて、もみほぐしながら答える。
 「芸術発表会の日、学校から出さなければ良かったわ……。公爵令嬢が倒れてしまって、その対応であたふたしている間に、王子が伯爵令嬢を連れて帰ってしまったのよね。王家の馬車に同乗させて」
 やっと出てきた言葉は、外部に漏らすことができないもので――。生唾を飲み込んだレオニーは、言葉を紡ぐ。平静を装って。
 「お持ち帰りですか?」
 軽い溜息のあと、イルミナが、ぽつりと答える。
 「止められなかったのよ。護衛がいたから」
 「どこへ?」
 「学院近くの屋敷よ。王子のために、用意されていた……」
 「それは、それは……」
 「はああ……」
 今度は心底、嫌そうに深い溜息をつくと、イルミナは、それっきり口をつぐんだ。

 ソファーに深く身を預け、黙り込んでしまったイルミナを正面に見据えながら、レオニーは、思い起こす。もう30にもなる自分を、いつまでも気にかけ会いに来てくれる心優しき恩人が与えてくれた善意の数々を。
 魔術師としての才能を認められ周囲の期待を背負って単身15で王都に出てきたとき、自分の立ち位置が分からず腐っていたとき、寝食を忘れて仕事に打ち込んだ結果、体調を崩してしまったとき……。そんなとき、いつも優しく迎え入れ、レオニーが元気になるまで、そっとしておいてくれた。彼女が後見人となり庇護してくれたからこそ、今の自分がある。感謝しても、しきれない。ただ、彼女が自分に関わりすぎて、完全に婚期を逃してしまったようなのが……重い。若い子ぶって会いに来るのも……痛い。それでも……愛しい。力になりたい――。

 イルミナの話をもとに、項目別に自分の考えを頭の中でまとめてみる。
 ①ロレンツィオ王子
 王子とて、年頃の男子。魅惑的な女性に淫らな気持ちを抱くことは、ごく普通の反応。そして、その対象となったのが、伯爵令嬢。ピアノを弾く女性は、総じてエロく、男心をかき立てる。そんな女性と密室で過ごす機会があったとしたら、そういう展開にもなるだろう。だが、王子は、常に注目される立場。おまけに婚約者がいる身である。ここは、ぐっと我慢すべきだった。
 ②ロザリンド伯爵令嬢
 伯爵令嬢は、どうだ?婚約者がいる男性と親しくするのは、貴族社会では良くないこととされる。未婚女性が親族や婚約者以外の男性と二人きりになることも、同様だ。なのに、この二つのルールをあっさり無視。社交界デビューしていないと聞くが、常識ぐらい誰か教えているだろうに。
 ③ユリアナ公爵令嬢
 では、公爵令嬢は?婚約破棄されることは、知らなかったのか?学内で王子と接点がなかったと聞くが、プライベートではどうか?彼女は、伯爵令嬢と王子の仲に気づいていたのか?憔悴しているということは、王子との結婚には前向きだったのだろう。王子を一人の男として、愛していたかは知らないが。
 ④真実の愛
 それにしても、真実の愛ってなんだ?婚約破棄宣言した後、ロザリンド嬢を皆の前で紹介しているから、こちらが王子の真実の愛の相手ということになるが……。ましてや、そのあと、自邸に連れ込んで深い仲になっている訳だし……。

 考えれば考えるほど、疑問がわいてくる。当事者とその親族から何も話を聞けていないというのが、もどかしい。レオニーは、イルミナに、ひとまず帰ってもらうことにした。何か、動きがあったら必ず教えてくれるように、言い含めて。
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