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43.お帰りの場所

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「で、休暇は有意義に過ごせたのか?」

真っ赤な絨毯を歩き終えて、広い広い中庭に出るとパテュグはそんな事をセルスに聞いてきた。

その言葉にフッとアセナの悲しそうな顔が蘇る。

それをかき消すように言葉を返す。

「………あぁ、まぁ。パテュグは?」

「俺か?俺は生徒会の仕事に追われて休暇どころじゃ…………」

パテュグは軽く笑ってそういいながら、空をおもむろに見上げて言葉を閉ざした。

その様子に、セルスは首をかしげてパデュクが見上げる方向にあるものを見た。

それは、大人よりも少し若い竜が空を駆けるように飛んで来る様子。

「………生徒じゃねーな。」

「あの制服………ドラゴーネスクール?」

「お前の前の学校か。」

ジッとその竜の行く道を眺めていると、ズンズンこっちに向かってきているのが分かった。

「お前の、知り合いじゃねーのか?」

「俺の?まさか。」

真っ赤なマントがその竜の合間から覗いている。

「セルス!!」

空中20メートル近いその場所から、セルスを呼ぶ声がした。

「まさか………リラ?」

すると竜はそこから急降下し、セルスとパテュグの目の前にドスンと着地した。

その竜の背から、真っ赤なマントを羽織ったリラが早足でセルスに向かってくる。

その顔は怒っているようで、どこか悲しいような顔をしている。

そんなリラがセルスの目の前まで来ると、急にセルスの胸ぐらをつかんで大声を上げた。

「どうして!!!どうして、教えてくれなかったの!!!」

リラの急に起こしたわけの分からない行動に、パテュグは理解できず驚いた眼をしてセルス達を見ている。

しかし、リラのその言葉でセルスにはその行動の意味が分かった。

「悪い。」

「どうしてっ………ど…して……………止めてくれなか……ったの!?」

「悪かった。」

「謝らないでっ!!謝るなら………どうしてアセナを止めなかったのよ!!!」

ドンドンと手加減なしにセルスの胸を叩いているリラの眼から、涙が零れ始めた。

セルスはリラが泣いているのを、その時初めて見た。

「ごめん。」

「謝らないでって言ってるのにっ!!………どうして!?ど………して………!?」

それでもリラは叩くのをやめずに、セルスに拳を振り上げてくる。

骨でも折れてしまうくらい痛かった。

しかし、セルスはその手を掴む事も、振り払う事も、押し返す事もできなかった。

胸に感じるこの痛みは、リラが感じている痛みよりもずっとずっと小さな痛みでしかないような気がしたから。

「ごめん……」

「アンタなんか嫌いよっ!!知ってたんでしょっ!?……どうして………どうしてアセナを止め……て……っ」

ようやく殴る気力を失ったのか、リラの拳はセルスの胸に押し付けられたまま、リラは泣き喚いて、その場に座り込んだ。

幸い今日はまだ休暇中の学生が多いため、こっちの校舎にはセルスとパテュグの2人しかいなかった。

しかし、パテュグはセルスとリラの様子を見てまだ驚いたまま立っていた。

「セルス...……なんかっ。」

「悪かった。」

「最低よ………っ!!アセナを………返してよっ!!」

セルスは唯謝る事しかできなかった。

泣崩れたリラの震える肩をそっと支えて、その場に立たせてパテュグと一緒にすぐ近くにあるテーブルに腰掛けた。

「どうなってんだ?」

セルスの隣の椅子に座って、向居の椅子に座って涙を拭っているリラをチラチラと見ながらパテュグは聞いてきた。

「後で説明する。」

「あぁ、是非そうしてくれ。」

パテュグはそれだけ言うと、その席を立って少し遠くの場所でねっころがった。

それを見て、セルスはリラの姿に視線を戻した。

「ごめん、リラ。」

「謝らないでってば………。」

「でも。」

「説明して!………どうしてアセナをアカニネに行くの………許したのか。貴方が知らないわけないでしょう!?あそこが今、どんな状況下に置かれているか………。」

リラの眼が涙によって赤く腫れている。

こんなに心を乱したリラを初めて見たセルスは、アセナの存在がリラにとってどれほど大切なものであるかを知った。

「あいつが行きたいと言ったから、許した。」

ただ、それだけだ。

「どうして許すの!?あの子がどうなっても、いいって……いうの!?」

「初めは反対した。許したりしなかった。けど………」

アセナは言ったのだ。

“私は、行くって決めた。”と。

その目を見たときにはもう、とどめる事など出来ないとわかってしまった。

「俺はあいつをここに繋ぎとめたくはないんだ。いつも、あいつは俺の背を押して空を飛ばせてくれたのに。俺は、アセナが空を飛ぼうとする時こんなふうに反対して、その羽をこの地に繋ぐ事しか出来ないのかと思った。」

セルスにいってらっしゃいをくれたアセナに、セルスは行くなとしかいえなかった。

ロイには空を飛ばせてやりたいんだと言ったのに、セルスがしようとしていたのはロイと同じで、アセナをこの地に縛り付けることだけ。

「でもっ!そうしなければアセナは………アセナは………もう二度と、戻ってこないかも知れないのに!!」

セルスだって怖かった。

だが、それ以上にそれを一番恐れていたのはアセナだった。

それでもアセナは行くと言った。

「それを一番恐れているはずのアセナが、自分から行きたいと言ったんだ。」

「……………」

それを行くなとは、とてもじゃないがセルスには言えなかった。

「結局、あんたはアセナの事なんかどうでもいいのよ!!」

リラの眼に再び涙が溢れて零れていく。

そのリラが発した言葉はどこか、セルスの言葉と重なるような気がした。

“結局、お前にとって俺なんかどうでもいい存在でしかないんだろ!?”

「そうかもしれないな。」

「え?」

キルアが必ず守ると言ったその言葉を信じて、送り出すなんて。

本当はアセナの事をどうでもいいと思っているのかもしれない。

「でも。」

セルスとアセナは真っ直ぐにぶつかったのだ。

傷つく事を、傷つけられる事を恐れずに偽ることなくぶつかり合った。

それはアセナの事を確かに、大切だと思っていたから。

「それであいつが自分の選んだ道を行けるのなら、俺はどう思われてもいいんだ。あいつが欲しているのは、居場所じゃなくて、『おかえり』と言ってくれる場所だから。」

周りのグレイスやロイ、リラに、何を言われても。

最低だと、あいつを想っていないと罵られても。

それでアセナをここに縛り付けないで済むのなら、これがセルスの想い方なのだと言い張れるのだろう。

「……セ………ルス…」 

「キルアが言ってた。絶対守るから、と。自分が死んでもアセナは平気だけど、その逆は違うんだ、と。」

「竜が?」

「あいつらには絆がある。絆のあるドラゴーネには、運命の神も微笑む。」

「………何よそれ、キザな台詞ね。」

「ははっ。まぁ、待っていてやれよ。」

アセナが必要とするのは、アセナを引き止めてくれる手ではなく、帰って来たときに抱きしめてくれる手なのだ。

アセナは高く高く空を飛ぶドラゴーネだから。

お帰りの場所だけを、作っていてやればいい。

「本当に、セルスなんか大嫌いだわ。」

ようやく涙を止めて、リラが笑いながら言った。

リラの机に置かれていたアセナからの手紙の最後には、こう書かれていたらしい。

『わがままでごめんね。けど、私が帰ってきたら“おかえり”って言って笑って欲しいです。』
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