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36.会いたい人

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目の前に聳え立つ真っ白な建物を、ジッと魅入っている2人の隣でセルスは唯院長室を思い浮かべていた。

「すごく大きいわ。」

「そうですね。医者のいない村だったとはまるで想像がつかない。」

箒に乗るたくさんの魔法使いと魔術師たちが空を縦横無尽に飛び交い、地上にもたくさんの人が歩いている。

とても大きなこの病院に集う人はたくさんいるようだった。

「いらっしゃい、コンゼルフィート学院の生徒さん?」

金色の綺麗な髪を風に遊ばせながら、笑ってそういった女性はセルス達にそっと近づいてきた。

「はい。」

「貴女は?」

マルクとリーナが交互の声を上げるとその女性は一層笑顔を見せて答えた。

「私はコト。ここで副院長をしているの。」

「はじめまして、コトさん。私の名前はリーナです。」

「僕はマルクと言います。で、こいつがセルスです。」

2人が礼儀正しく挨拶したかと思うと、マルクがセルスを指差しながらセルスの名前を教えた。

セルスはその言葉に気づいて急いで合わせるように頭を下げる。

「はじめまして、リーナさん、マルク君、セルス君。」

若干、驚いたような彼女の顔。

そして彼女は微笑み、マルクがポーっとなっているのが見ているだけで分かった。

セルスはその横顔にクスリと笑い、そっと彼女に目を移した。

「リーナさんは福祉の方で、マルク君は外科よね?それでセルス君は、どこの希望かしら?」

その時フッとこっちを見られて、セルスはその目をサッとそらしてしまった。

2、3枚の紙をめくっている彼女の右の腕には赤いブレスレットがしてあった。


それを見つけて、セルスはまた笑いながらマルクとコトを見てしまった。

「何ですか?」

マルクがセルスの視線に気づいて首をかしげている。

まだ右腕に輝く赤い宝石は見えていないようだ。

セルスは必死に笑いをこらえて平常を装いながら言った。

「コトさん、ご結婚なさってるんですね。」

「え?あぁ、コレ?」

彼女が“コレ”と言ってかざした右腕にある赤いブレスレットはついにマルクの眼に映った。

女性が右腕に赤いブレスレットをしているという事は、既に結婚しているという証なのである。

それと同じに、男性は左腕に青いブレスレットをして既婚であることを示す。

「コトさん、婚約されてるんですかっ!?」

その目に映る赤い宝石に、マルクが驚いた顔をしながら声を上げた。

その声に彼女は幸せそうな顔を覗かせる。

「ずっと、前から結婚していたけど、彼と心が通じていなくてね、彼が私をどう思ってるのか、分からなかったの。でも、とある少女が背中を押してくれて。彼と分かり合うことができたのよ。」


マルクがおもしろいほどに落ち込んでいるが、リーナは気づいていないようだ。


「お相手はどなたなんです??」

女というのは他人の恋にこんなに興味を持てるから凄い。

セルスは思った。

いや、セルスだって今すぐ隣で落ち込むマルクの恋には大いに興味がある。

それまで聞き流すように聞いていたその言葉にピタリと止まった。

「知ってるかしら?今総予省の省長官をしているの。」

「えっ!?まさか、ヒビキ省長官さん!?」

驚くような声がマルクから上がる。

その言葉にセルスも驚きの眼を向けて、コトを見つめた。

「えぇ。」

「本当に?凄いですよ!!今度是非お会いしたい!!」

さっきまでの失恋空気はどこへやら、マルクはいつもとは全く違い興奮しきっていた。

とはいえセルスも、この心臓の音を大きくして興味を表わしていた。

ヒビキ省長官という男もまた、かなりの若さで政治に足を踏み入れていた。

まだ幼いセルスでさえ、あのテレビに映った彼の凛とした姿はまだ焼きつくように残っている。

「あら?それを聞いたら彼も喜ぶわ。紹介させてもらうわね。」

「いいんですか?」

「えぇ、もちろん!貴方達の都合がよければでいいんだけど。」

「平気です!!全然暇です!!はい!!」

もう、何キャラなのかさっぱり分からなくなったマルクの姿にリーナは黙り込んだまま魅入っている。

「そう、それじゃあ、また詳細を郵送するわ。」

「ありがとうございますっ!」

「いえいえ。…あ、それで??話が飛んじゃったけど、セルス君はどこに行きたい?」

そういえば、この話に夢中になりすぎて忘れていたがそう言われてセルスは頭を急いで回転させたが、何も思い浮かばずそのままを答えた。

「院長に会えませんか。」

ここに何をしに来たのか。

セルスの答えはきっとこの2人とは全く違う。

セルスがここに来たのは、彼自身への質問と……あの女性の事を聞くため。

「え??」

「キョウヤ院長に会わせてはもらえませんか。」

セルスの言葉にコトもマルクもリーナも驚いた顔をしている。

「どうしてキョウヤに会いたいの?」

「お聞きしたい事があって。」

「それはキョウヤじゃないと答えられない事?」

「彼に関することなので。」

笑っていた顔が、明るさを失い眉間にしわを寄せている。

セルスはただその表情を見つめて立っていた。

彼女の目が一瞬こちらを見て、すぐに反らされた。

「………分かったわ。聞いてみるから、少しここで待っていてくれる?」

その後、彼女はそのくらい顔を少しずつ笑顔に変えながらセルスを見た。

「本当ですか!?ありがとうございます!!」

「彼が拒否したら残念だけど。」

「はい!ありがとうございます!!」

「それじゃあ、マルク君とリーナさんはついて来て。」

2人は少し不思議そうな目をセルスに向けたまま短く返事をして彼女の後ろをテクテクとついていった。

その2人の背中を見送った後、セルスはすぐ傍にあった小さな二人用のベンチに腰掛けた。

通り抜けていく風が、葉の香りを漂わせて爽やかというに相応しい風を作り出していった。

すぐ傍にある木が俺に木陰を与えて、セルスは熱った頬を冷やされたような気持ちになり、目を閉じた。

静かにただ、走り抜けていく風に葉が小さく笑い声を上げて揺れていた。
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