黒獣ダンジョン殺人事件

Sora Jinnai

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インフェルノ

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グノートス遺跡 第1階層 14:01 p.m.(推定) パラヘルメース

 薄闇の中を灯りが照らしていく。階下は天井の高さが3メートルほどあり、地下にしてはかなり広い空間が広がっている。入り組んだ柱の後ろや曲がり角には深い影ができ、得も云えぬ雰囲気に満ちていた。

 パラヘルメースはポケットに手を突っ込み、肩で風を切る。手首にさげた鞄がカタカタと音を鳴らす。
 目を配ると、ところどころに木々の葉や動物の骨が落ちていることに気づく。生き物によって持ち込まれたようだ。モンスターが潜んでいる可能性もあるが、とはいえそれと戦うのは自分ではない。パラヘルメースはフンと息をならした。

 パラヘルメースの後方でレアンドロは興味深そうに目を凝らした。
「アイディンさん、あれをご覧ください」
 レアンドロが壁の下部を指した。長方形の細長い穴が空いている。

「あれはなんですか博士」
「空気供給管ですな。地下に何階層と続くこの遺跡は、先史時代に建設されながら空調設備を設けていたのです」

 リュディガーは呆れて腕を組んだ。
「お二方、一応モンスターが潜んでいる危険がありますからもう少し警戒していただかないと」
「問題ないバーケル殿。これだけの傭兵を雇っているのだから、私達にもしものことなんて。むしろ私達に警戒すらさせないと啖呵を切ってもらいたいものですな」
「もしも、が起きてからでは遅いのです。モンスターに傷をつけられたら、たちまち黒獣病にかかって死んでしまうのですから」
「心配性ですな、あなたも」

 老人も珍しく良いことを云うじゃないか、とパラヘルメースは目を細めてほほえんだ。
 ふと、大人たちの背後でベアトリーチェが黙々と地図を書き取る姿が目に入る。

「お嬢さん、何かお手伝いできることはありますか」
 キザな物云いでパラヘルメースはベアトリーチェの視界に入り込んだ。

「結構よ。あたし一人で出来るから」
「ノーノさんは大人びていますよね。同年代のどんな女性より淑女然としている」

「あらそう。でもなら戦奴の彼には構わないわ」

 パラヘルメースは顔をしかめた。今話しているのは僕なのに他の男を話題に出すのか。ゴホンと咳を払う。

「俺に云わせれば、あれは老けている類ですよ」
「確かに、あなたは彼より子供じみているものね」
 ベアトリーチェは地図から目を話すことなくあしらった。戸惑いを隠しきれないパラヘルメースだったが、ひきつった愛想笑いで返すと話題を変えた。

「その年齢でご当主でしたね。たしかお父様が亡くなられたから、と風の噂でお聞きしましたよ」
「それはどうも」

「心中お察しします。酔って階段から転げ落ち、頭部は目玉が飛び出るほどグチャグチャになってしまったとか」

 ベアトリーチェの顔が上がり青年と目が合う。彼女は喉から言葉が出かけたが、抑え込んで顔を伏せた。そして――

「…あなたもと云いたいの」

――と、ひねり出した声はそれまでよりもずっと弱々しかった。

 パラヘルメースはにっと笑う。
「疑ってやいませんよ。あなたがそんなことするはずがない」


―――――――――――――



 突然、列の前進が止まる。玉突き事故のように武装した男たちがぶつかり合う。口々に驚きの声が上がった。

 フランチェスコは武器を抜き、臨戦態勢を取った。

 曲がり角の影から現れたのはライカンスロープだった。ブラッドウルフの上位種で、発達した後ろ足によって二足歩行の突進で近づく。鋭い爪は肉を裂き、顎は噛みついた四肢を食いちぎる。

「盾と槍を持っているやつ以外は全員下がれ」
 フランチェスコはライカンスロープと対峙しながら、後方へ指示を出す。彼の指示に傭兵たちは戸惑いながらも動き出した。

 フランチェスコは左手に盾を構えるとじわりじわりと距離を詰めていく。盾持ちの傭兵もそこへ加わって横一列の陣が築かれた。
 ライカンスロープはすっと前足を上げると後ろ足二本で立つ。傭兵たちに緊張が走る。

 体が倒れる勢いを利用し、ライカンスロープは突進をくり出した。
 痛烈な当たりが炸裂し、盾ごと傭兵をふき飛ばす。

 倒れた兵に噛みつこうと顔を出したところに、フランチェスコはファルシオンを振り下ろした。
 刃が当たった振動が腕に伝う。攻撃は人狼の額に直撃し、出血する傷をつけた。灰色の毛皮に阻まれ致命傷には至らない。

 ライカンスロープはくるりと身を翻し、すぐさま距離を取ろうと後退する。
 瞬間、ビュンと何かが横切ったかと思うと、人狼の臀部めがけて矢が勢いよく突き刺さった。
 ギャウンと唸ると身を捻って悶える。

 隙を見るやいなやフランチェスコは戦線に再び指示を出す。
「体当たりに合わせて盾持ちは前進、あいつを弾き返せ」
 指示とともに陣形は再び整う。

 盾が前に出ると、警戒した狼は後退する。傭兵たちは手負いの敵をゆっくり時間をかけて追い詰めていった。
 地下は狭い。モンスターには突進を何度も出来るほど後ずさる余裕は残されていなかった。壁際に追い詰められたライカンスロープはギロリを鋭い眼光を保っていたが、段々と動きが少なくなっていった。

 フランチェスコの指示で一気に槍持ちが前に出る。
 次々飛び出す槍に身動きを封じられ、モンスターは絶命した。

 戦いは終わった。フランチェスコは腰から垂れた清め布で剣についた血を拭う。
 剣身の根本に布を這わせてスッと引き抜く。一連の動きはみそぎとして戦いで高ぶった自分の闘争心を鎮める役割もあった。深呼吸をした後、しっかり拭い取ったことを確認して剣を鞘に納める。

「先ほどの戦い、見事な統率だった。とてもその辺の荘園にいる戦奴とは思えないな」

 知らない顔と目があった。30代後半といった感じの男で、だぼっとした赤い衣装に身を包んでいる。彼が肩に担いだ武器を見て、フランチェスコはそれが誰であるか理解した。

「見たことのない金色のハルバード。あなたがダミアンさんですね」
「私を知っていたか。それと、これはハルバードではない。ポールアックスだ」

 ポールアックス。見たことも聞いたこともない武器だった。長い柄の先には中指ほどの鋭い穂先、その左右に半月状の刃と正方形の槌頭がのびていた。通常、ハルバードは槍の側面に斧の身と鉤爪かぎづめがついている。一方ダミアンの持つそれは、鉤爪の部分がハンマーのように殴打するでっぱりになっているのだ。

「やはり物珍しく映るかな。これはわざわざ国外から取り寄せた特注品でね」
「国外…道理で見たことがないわけです」

 どの部分がどんなモンスターに有効なのか、頭の中でシミュレーションしてみる。
 斧の部分は重く、遠心力が加わって剣よりも高いダメージが期待できる。槍の切先はリーチを活かして安全に攻撃でき、ハンマー部分は硬いキバやツノを砕くことに使える。なるほど、鎧を着た人間を想定した鉤爪よりモンスターに適しているわけだ。

「任務だけの付き合いになるが、よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
 フランチェスコはエーレンフリートの紹介が間違いでなかったと確信を持った。

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