兄が届けてくれたのは

くすのき伶

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胸騒ぎ

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カチっと音とともに、CDプレーヤーが止まった。

タカはゆっくりと目を閉じ、そしてハルの手からすっと両手を離した。

「タカさん」

「……」

タカがふうっと小さく息を吐いた。

「すみません。少し……余韻に浸りたくて」

「じゃあ、やっぱり」

「はい」

「そうですか、よかったです」

ハルは少しほっとしたような表情でタカを見た。

「ハルさん、ありがとうございます。あどけなさが残るお兄さん、可愛かったです」

タカはそう言って、はははっと笑った。

「僕の記憶の中にもあの兄の姿は残ってますけど、目の奥で視ると、よりはっきり視える。ああ僕はいま視ているんだなって」

「うん、不思議ですよね。そういう感覚」

「はい。すごく」

「あれは夕方?」

「はい。たぶんそうです。夕陽かな、オレンジっぽかったですよね」

「夕陽かぁ……夕陽、好きだな」

そう言ってタカはシーツをぎゅっと掴み、そのまま顔を下に向け、今度は大きく息を吐き出した。

「タカさん……大丈夫ですか……?」

ハルが少し顔を斜めに傾け、タカの顔を覗き込むようにして聞いた。

「うん。いやほんと、ありがとうございます」

「……」

「ハルさん」

「はい」

「すごいですね」

「え?」

「人に自分が視えたもの見せることができるほどに、どんどん元の自分を取り戻してる」

「あっいや、これもどれもタカさんのおかげですよ。タカさんがいなかったら元の自分に戻りたい気持ちも、自分の機能のことも何も分からなかったから」

タカはまたふふっと笑ってから、ハルを見る。

「あのお兄さん、ハルさんにイヤホンを聴かせてた時のですか?」

「はい」

「じゃあこのCDと関係していることが、映像として視えたってことですね」

「はい。それ聴いているときはたいてい親が喧嘩してたから、親の思考も。それと罵声も」

「そうでしたね」

「……ここまでできるのに、父からの言葉だけは聞けないなんて。どんだけだよって感じですよね」


「代わりに聞いてあげたいとこですけど、それじゃあ意味がないし、それに方法もわからないし……」

「あ、でも」

「ん?」

「タカさんと一緒だと不思議といろいろできているから、タカさんが隣にいてくれたら、何かまたできそうな気がします」

ハルが目を細めて笑った。

「ああ……いつもそう言ってくれますよね」

「はい。でも僕も、どうすればいいかまでは全然わからないんですけど」

「あははっ、そこなんですよね」

「で、あの……」

ハルが自分の鎖骨あたりを触ってから、着ている服の胸元を掴んだ。

「ん?」

「この音楽。僕に聴かせてた音楽……兄は大人になってからもずっと聴いていた……んですよね」

「はい。そういうことになりますね」

「なんでだろうって、ちょっと思ってます」

「なんで……って?ハルさんとお兄さんを繋ぐものだし弟を思い出せるからじゃないんですかね。思い出を忘れないために」

ハルはどこか納得のいかない表情で頷く。

「でも、兄がこのCDを聴いていたり気に入ってる様子はなかった気がするんです」

「そうなんですか」

「はい。あ、まあ、少しうろ覚えなところありますけど。それに僕にとっては、両親の喧嘩とこのCDはセットみたいなもんで、良い思い出ではないです。兄だって、このCD見たらその時の光景思い出すだろうに」

「……それもそうですね」

「あっ、てことは兄もこのCD持ってたということですよね」

「ああ、そっか。これお母さんの家から持ってきたんですもんね。お兄さんと離れた時、このCDはハルさんの元にあった」

「はい。これ、白いからたぶん父がパソコンか何かで入れたと思うんですけど」

「お父さんが本体のCDを持ってて、お兄さんはハルさんと離れて以降、それをずっと聴いてたんじゃないですか」

「……」

「気になりますか?そのCD」

「はい。僕の勘が、なんとなく……それに」


ハルが一瞬険しい表情になる。

「え、何?」

「それに、さっきから変な胸騒ぎみたいなの感じちゃって」

「……」

「何かを掴まれているような感覚というか」

「……そのCDプレーヤーを押せなかったことと、関係してそうですか?」

「そこまではわからないんですけど、ひっかかります。これを兄が……サエさんが知ってるくらいずっと聴いてたってことが。音色だって独特だし、正直言って心地よいわけでもない」

「まあ確かに変わっている音色ですよね」

「兄ってこういう音楽好きだったんですか?」

「……」

「タカさん?」

「あ、いや、そういえばお兄さんの音楽の趣味知らないなと思って。音楽の話題になることあまりなかった気がします」

「……そうですか」

「……はい」





「あの、タカさん」





「はい」






「僕の機能が失われたのって、本当に父の言葉が原因なんですかね」






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