64 / 81
僕の感情じゃない
しおりを挟む
2人でケーキの箱の中を覗き込む。
「わあ」
「お!やっぱり」
「これ、タルトですか?」
「アップルタルト、アップルケーキ……なのかな?僕も正式名はわからないですけど、アップルパイって言ってます。この前サエちゃんとアップルパイの話出たんです」
「美味しそうですね」
「ね。切りますね」
小皿に取り分けされたパイを、ぱくっと口に入れるハル。
「どうですか?美味しいでしょう」
そういってタカも一口食べる。
「うん、これこれ。この味、久しぶりだな~うまっ」
「……」
「ん?ハルさん?」
ハルは咀嚼をしながら眉間に皺をよせ、神妙な面持ちになっていた。
「あの……」
「あれ、思ってた味と違いました?」
「違います、あ、そういう違うじゃなくて。美味しいです。すごく美味しいんですけど、なんか嬉しくて」
「そっか、よかったです」
「違っ……その嬉しいじゃなくて。これ、なんか変です」
「え?」
ハルが自分の胸あたりを何度も指差す。
「僕の……感情じゃない気がして」
「……ん?え?どういう意味ですか?」
そう言ってハルは、口の中のパイをごくっとすべて飲みこんだ。
「すごく嬉しいんですけど。あれ、なんでこんなに嬉しいんだろう。あはは」
「……」
「タカさん、すみません。もう一度食べてみてくれませんか?」
「え?あ、はい」
パイを食べるタカをじっと見つめながら、ハルが言う。
「なんだろう、タカさん見てると嬉しい。うまく説明できないんですけど。僕も美味しく感じてるし、嬉しいですけど」
「ハルさんの感情じゃないってことは……、え、もう少し詳しく説明してもらえますか?」
「これ……食べた瞬間に、よくわからないけど急に込み上げる気持ちが出てきて。この感覚、前にタカさんとCD聞いたときと似ている気がします」
「え……?」
「自分とは違う、誰かの感情に気づく、というか」
「あの時、確かご両親の会話が聞こえたと言ってましたよね?」
「はい。でも、あの時タカさんに言ってませんでしたけど、僕ではない誰かの、たぶん両親のひどい感情みたいのも入り込んでて」
「あ、そう……だったんですね」
「はい。僕の勘違いかもしれないから言わないでいたんですが。いま感じでるの、その時のと似てます」
「……」
「すごく、もぞもぞする。あの時は怒りとか辛いとかでしたけど、今は嬉しい感情……あ」
ハルの呼吸が少し荒くなる。
「どうしました?」
「タカさんが前に僕に見せてくれた時のこと」
「あ……あのとき……そうか。そうでしたね。視えただけじゃなくて、僕の感覚伝わったんですよね」
「はい。とてつもなく幸せな……感覚に包まれて……。そのときのと今のこの感覚、似てます」
「……そうですか」
「はい。これってその……」
「思考が入ってくるようになった」
「……はい」
ハルの目に、少しずつ涙が溜まり始める。
「ってことはサエちゃんか」
「たぶん。え?サエさんってもしかして……」
「いや、違います。サエちゃんは僕たちのような、そういう人間じゃないです」
「え、じゃあ……僕が何か感じ取っ……あれ?このパイ、ですか?」
「ハルさん、ちょっとフォーク置いて」
「あ、はい」
「耳とか、手の痺れはないですか?」
「ないです。それは大丈夫です」
タカがふうっと息を吐き、笑みを浮かべて言う。
「よかった。サエちゃんがね、これ渡してくれる時に言ってたんです。ケーキ作るの楽しかったって」
ハルが、タカの目を見た。
「ケーキを作ることが楽しかったんじゃないんです。サエちゃんにとって、僕とハルさんにケーキを作ることが楽しかった、という意味です」
「……」
「ハルさんは気づいてないかもしれないけど、ハルさんはサエちゃんの背中を優しく押してあげたんですよ」
「え……?」
「サエちゃんは今節目にきているから。ずっとケーキを作るのが大好きだったのに、ケーキを作るとヒロを思い出す。それでもたまに作ってたとは言ってたけどね。でも今回は僕と……というかハルさんの存在が大きい。ハルさんにケーキを作ることができて、嬉しく感じた。サエちゃん、ケーキを作る楽しさを思い出せたんじゃないかな。この意味、分かりますか?」
その瞬間、ハルの目から涙が溢れ出した。
「えっ、あ、ちょっと。なんだこれ」
「ハルさん」
「あっ、すみませんタカさん、自分でもよくわからなくて。また涙が勝手に」
「ハルさん、大丈夫ですよ。無理に止めなくていいですから」
「あはは、どうしてこんな……かっこ悪いです」
「大丈夫」
「自分の感情と、サエさんの感情と……この涙、嬉しくて出ているのかな……分かりません」
ハルが鼻をすすりながら続けて言う。
「タカさん」
「うん、大丈夫。分かってるよ」
泣きながら、笑いながら、ほんの少し苦しそうな表情でタカの目を見るハル。
そして目を閉じて、右手の甲を口と鼻に押さえつけ、左手で自分の心臓あたりを何度も指差した。
「うん、大丈夫。大丈夫だよ」
タカはそう言って、ハルの涙が溢れ出すのを、じっと見つめていた。
「わあ」
「お!やっぱり」
「これ、タルトですか?」
「アップルタルト、アップルケーキ……なのかな?僕も正式名はわからないですけど、アップルパイって言ってます。この前サエちゃんとアップルパイの話出たんです」
「美味しそうですね」
「ね。切りますね」
小皿に取り分けされたパイを、ぱくっと口に入れるハル。
「どうですか?美味しいでしょう」
そういってタカも一口食べる。
「うん、これこれ。この味、久しぶりだな~うまっ」
「……」
「ん?ハルさん?」
ハルは咀嚼をしながら眉間に皺をよせ、神妙な面持ちになっていた。
「あの……」
「あれ、思ってた味と違いました?」
「違います、あ、そういう違うじゃなくて。美味しいです。すごく美味しいんですけど、なんか嬉しくて」
「そっか、よかったです」
「違っ……その嬉しいじゃなくて。これ、なんか変です」
「え?」
ハルが自分の胸あたりを何度も指差す。
「僕の……感情じゃない気がして」
「……ん?え?どういう意味ですか?」
そう言ってハルは、口の中のパイをごくっとすべて飲みこんだ。
「すごく嬉しいんですけど。あれ、なんでこんなに嬉しいんだろう。あはは」
「……」
「タカさん、すみません。もう一度食べてみてくれませんか?」
「え?あ、はい」
パイを食べるタカをじっと見つめながら、ハルが言う。
「なんだろう、タカさん見てると嬉しい。うまく説明できないんですけど。僕も美味しく感じてるし、嬉しいですけど」
「ハルさんの感情じゃないってことは……、え、もう少し詳しく説明してもらえますか?」
「これ……食べた瞬間に、よくわからないけど急に込み上げる気持ちが出てきて。この感覚、前にタカさんとCD聞いたときと似ている気がします」
「え……?」
「自分とは違う、誰かの感情に気づく、というか」
「あの時、確かご両親の会話が聞こえたと言ってましたよね?」
「はい。でも、あの時タカさんに言ってませんでしたけど、僕ではない誰かの、たぶん両親のひどい感情みたいのも入り込んでて」
「あ、そう……だったんですね」
「はい。僕の勘違いかもしれないから言わないでいたんですが。いま感じでるの、その時のと似てます」
「……」
「すごく、もぞもぞする。あの時は怒りとか辛いとかでしたけど、今は嬉しい感情……あ」
ハルの呼吸が少し荒くなる。
「どうしました?」
「タカさんが前に僕に見せてくれた時のこと」
「あ……あのとき……そうか。そうでしたね。視えただけじゃなくて、僕の感覚伝わったんですよね」
「はい。とてつもなく幸せな……感覚に包まれて……。そのときのと今のこの感覚、似てます」
「……そうですか」
「はい。これってその……」
「思考が入ってくるようになった」
「……はい」
ハルの目に、少しずつ涙が溜まり始める。
「ってことはサエちゃんか」
「たぶん。え?サエさんってもしかして……」
「いや、違います。サエちゃんは僕たちのような、そういう人間じゃないです」
「え、じゃあ……僕が何か感じ取っ……あれ?このパイ、ですか?」
「ハルさん、ちょっとフォーク置いて」
「あ、はい」
「耳とか、手の痺れはないですか?」
「ないです。それは大丈夫です」
タカがふうっと息を吐き、笑みを浮かべて言う。
「よかった。サエちゃんがね、これ渡してくれる時に言ってたんです。ケーキ作るの楽しかったって」
ハルが、タカの目を見た。
「ケーキを作ることが楽しかったんじゃないんです。サエちゃんにとって、僕とハルさんにケーキを作ることが楽しかった、という意味です」
「……」
「ハルさんは気づいてないかもしれないけど、ハルさんはサエちゃんの背中を優しく押してあげたんですよ」
「え……?」
「サエちゃんは今節目にきているから。ずっとケーキを作るのが大好きだったのに、ケーキを作るとヒロを思い出す。それでもたまに作ってたとは言ってたけどね。でも今回は僕と……というかハルさんの存在が大きい。ハルさんにケーキを作ることができて、嬉しく感じた。サエちゃん、ケーキを作る楽しさを思い出せたんじゃないかな。この意味、分かりますか?」
その瞬間、ハルの目から涙が溢れ出した。
「えっ、あ、ちょっと。なんだこれ」
「ハルさん」
「あっ、すみませんタカさん、自分でもよくわからなくて。また涙が勝手に」
「ハルさん、大丈夫ですよ。無理に止めなくていいですから」
「あはは、どうしてこんな……かっこ悪いです」
「大丈夫」
「自分の感情と、サエさんの感情と……この涙、嬉しくて出ているのかな……分かりません」
ハルが鼻をすすりながら続けて言う。
「タカさん」
「うん、大丈夫。分かってるよ」
泣きながら、笑いながら、ほんの少し苦しそうな表情でタカの目を見るハル。
そして目を閉じて、右手の甲を口と鼻に押さえつけ、左手で自分の心臓あたりを何度も指差した。
「うん、大丈夫。大丈夫だよ」
タカはそう言って、ハルの涙が溢れ出すのを、じっと見つめていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
銀の森の蛇神と今宵も眠れぬ眠り姫
哀木ストリーム
BL
小さな国に、ある日降りかかった厄災。
誰もが悪夢に包まれると諦めた矢先、年若い魔法使いがその身を犠牲にして、国を守った。
彼は、死に直面する大きな魔法を使った瞬間に、神の使いである白蛇に守られ二十年もの間、深い眠りに付く。
そして二十年が過ぎ、目を覚ますと王子は自分より年上になっていて、隣国の王女と婚約していた。恋人さえ結婚している。
そんな彼を大人になった王子は押し倒す。
「俺に女の抱き方教えてよ」
抗うことも、受け止めることもできない。
それでも、守ると決めた王子だから。
今宵も私は、王子に身体を差し出す。
満月が落ちてきそうな夜、淡い光で照らされた、細くしなやかで美しいその身体に、ねっとりと捲きつくと、蛇は言う。
『あの時の様な厄災がまた来る。その身を捧げたならば、この国を、――王子を助けてやろう』
ユグラ国第一王子 アレイスター=フラメル(愛称:サフォー)(28) × 見習い魔術師 シアン = ハルネス(22)
ある日、人気俳優の弟になりました。
ユヅノキ ユキ
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
Breathe 〜僕の生きてきた時間〜
いろすどりあ
エッセイ・ノンフィクション
この物語は事実に基づいたフィクションです。
『僕』はごく平凡な家庭に生まれ、ごく普通の生活を送ってきた。…あの時までは。
幸せな日々を送ることができますように…
愛され末っ子
西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。
リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。
(お知らせは本編で行います。)
********
上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます!
上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、
上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。
上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的
上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン
上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。
てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。
(特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。
琉架の従者
遼(はる)琉架の10歳上
理斗の従者
蘭(らん)理斗の10歳上
その他の従者は後々出します。
虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。
前半、BL要素少なめです。
この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。
できないな、と悟ったらこの文は消します。
※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。
皆様にとって最高の作品になりますように。
※作者の近況状況欄は要チェックです!
西条ネア
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる