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十八章

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1・「えぇ…魔王様がなんでこんなところに」

ここは弁護士事務所だ。そう俺たちは今、獣人国内にいる。睡蓮、マシャ、第八王女や他のルシファー騎士団のみんなには安全な所で待っていてもらっている。嫌そうに言ったのは犬の獣人さんだ。まだ若そうに見える。彼はライラさんの弁護を担う弁護士さんらしい。サムさんがずい、と前に進み出た。

「サダハルくん、どうか頼むよ。我輩たちはライラ殿を助けたいんだ」

「それは僕だって一緒ですよ。でも急に魔王様がやって来たらみんなびっくりしますし」

それはそうだ。シャオがため息を吐く。

「分かった。それなら俺は行かないことにしよう。ましろ、後は頼めるか?」

「うん。俺なら大丈夫。シャオはこれからどうするの?」

「ああ。俺なりにいろいろ探ってみるつもりでいる」

シャオがにやりと笑った。あ、ろくでもないことを考えている時の顔だ。

「では、これからライラさんに事情を聴きにいきますので」

いよいよか。ライラさんから本当のことを聞けたらいいのだけど。

「シャオ、無理はしないでよ?」

「ああ」

俺はシャオに手を振った。その手をシャオにそっと撫でられる。絶対にライラさんを助ける。サダハルさんの運転する車に乗ってやって来たのは拘置所だった。出来ればこんなところ、入りたくないけど、今は大事な用がある。ライラさんとは硝子越しに話すようだ。本当に閉鎖された空間なんだな。

「ましろ姫?」

ライラさんがやって来るやいなや俺を見て、目を丸くした。あ、さすが城勤めのヒトだ。そういうの分かるんだな。俺たちは彼から話を聞き始めた。ほとんどが確認事項だったらしい。俺はそれを頑張って頭に詰め込んだ。

「魔王様も心配されているよ。ライラさん、本当に君がやったの?」

サダハルさんが真摯に訴えかける。でも彼は最後まで自分がやったと訴えた。やっぱり誰かを庇っている?
それとも本当に彼がやったんだろうか?

もう聞くこともないかと諦めの空気が場を制圧しそうになった時、口を開いたのはサムさんだった。

「ライラ殿、最後に聞きたい。君はどうやって広間のシャンデリアを落としたのか?」

「え?あ、もちろん国から支給された銃で撃ち落としました。なんで今更…」

サムさんの質問にライラさんが明らかに動揺する。でもその証拠はとっくに調べられているはずだ。警察が王政側の組織である以上、その証拠はどうやっても覆らないだろうし。
ふうむ、とサムさんが唸った。

「もういいですか?まだ事情聴取も終わっていないし」

ライラさんがせかす様に言ってくる。彼は王政側の独裁をやめさせようと動いていた。その割には素直というか、むしろ自分が逮捕されることに協力的な気がする。

「何かあるな」

サムさんが小声でそう呟いた。俺もそんな気がする。裁判は明日からだ。もし有罪が決まれば彼は処刑になる。そんなのは絶対に食い止めなければならない。でもどうやって?
俺は帰りの車でモヤモヤ考えていた。

2・「ま…しろ」

「ただいま。マシャ」

俺たちは獣人国のはずれにあるサムさんの家にいる。彼は立派なお屋敷に住んでいた。どうやらもともと名家の出らしい。ということはスカーさんもお坊ちゃんということかな?

「ましろ、どうだった?」

シャオの問いかけに、俺は首を横に振った。どうやっても今の状況は覆りそうにない。それが分かってしまった。絶望的な気持ちでいると、シャオがいつものようにどこからか飴を取り出して舐め始めた。マシャにも飴を渡している。マシャは今日すごく静かだった。周りの様子をずっと窺っている。なんだか可哀想なくらいだ。俺がマシャを抱き上げるとようやく笑った。ここに連れて来るべきではなかったかもしれない。でも城に置いて来るのも不安だった。この子は良い子だから我が儘だって言わないだろうし、そもそも言葉を知らないから、それすらも言えない。ずっと眠っていたこの子に、もう辛い思いはさせたくない。そう思ったのに。でも結果的に辛い思いをさせてしまっている。俺のエゴのせいで。

「おい、サム。俺に調べてきて欲しいって言ってたよな?」

シャオが取り出したのは数十枚の写真だ。焦げているけど、これはシャンデリアだよな?サムさんがそれを受け取って写真を一枚ずつ虫眼鏡で検分する。

「ふうむ。やはりか」

なにがやはりなんだろう?

「ライラ殿はシャンデリアを銃で落としたと言っておられた」

「はい。俺もそう聞きました」

「それは後から作られた捏造の証拠なのです」

「え?ええええええ?」

あまりのことに俺は驚いた。シャオが腕を組む。

「写真を見てみろ」

シャオに言われて俺は写真を間近で見た。なんだろう、シャンデリアの付け根に細い鋭い傷が何ヵ所かある。焦げていて分かりづらいけど、よく見ると分かる。もちろん傷を拡大した写真もあった。

「おそらく少しずつ傷を入れていたのでしょうな。パーティの日にちょうど落下するように」

「要するにライラが誰かを庇っているのは間違いないってこった。ただあの頑固者が口を割るとは思えない」

シャオが舐めていた飴を噛んだ。がりっといい音が響き渡る。

「それは私たち王族のせいなのです」

睡蓮たちがやってきた。一緒に来た第八王女が言う。

「ライラさまはおそらくお兄さまを庇っていらっしゃいます」

彼女の話によれば、ライラさんと彼女の三つ上のお兄さん、第三王子はすごく仲が良いのだという。彼は王政の在り方にずっと不満を持っていた。そこで結成されたのが今回のレジスタンスである。リーダーはライラさんだけど、王子もリーダーのような扱いを受けていたんだろうな。

「お兄さまが会場のヒトを狙って、シャンデリアを落とすなんて、そんな恐ろしいことをするはずがありません。それはライラさまも同じ。お二人は誰かに罠にはめられたのでしょう」

その誰かをどうにかあぶりださないといけないわけか。難しそうだな。シャオがそれを鼻で笑う。

「そんなもの簡単だろう。シャンデリアに近付いたやつが一番怪しい」

それもそうだな。シャンデリアには当日に落ちるよう、仕掛けが施されていた。でもライラさんが自分でやったって言っている限り、それを覆すのは難しい。

「裁判で覆すしかねえみたいだな」

シャオの言葉にみんなが頷いた。

3・裁判当日の朝、サダハルさんは緊張しているようだった。

「大丈夫ですか?」

思わず尋ねると、彼が額の汗をハンカチで拭きながら言う。

「実は僕、あがり症でして」

大丈夫かなぁ。

「おいサダハル。いい証拠をやる。しっかり覆せよ」

そうシャオに鋭い眼力で睨まれながら言われてサダハルさんはますます緊張したようだ。俺には同情しかできない。彼はそれでも弁護士らしくしっかり証拠を確認している。そしてこう小声で呟いた。

「これならもしかしたら…」

裁判が始まった。証言をするのはいきなり容疑者とされるライラさんらしい。自分がやったと自供をしているのだから当然だろう。

コンコン、と裁判長が木槌を振り下ろす。

「では被告人、証言をお願いします」 

ライラさんは事件当夜、パーティ会場内に侵入。ヒトの波に紛れて銃を発砲し、シャンデリアを落としたと供述した。その証拠品として、銃とその弾が提出される。鑑識によれば間違いなくその銃から発砲されたとあった。

「異議あり!その証言はこの証拠品と矛盾しています!」

サダハルさんが大きな声で言った。そして先ほどシャオが渡した証拠品、シャンデリアの傷の写真を提出する。

「なんですか?この傷は!!シャンデリアの落下の原因が銃撃の為ではないというんですか?」

裁判長が驚いている。シャオはシャンデリアをようく観察してきたらしい。シャンデリアのあらゆる角度の写真を撮って来たみたいだ。それも証拠として提出する。

「銃痕なんてどこにもない…では銃でシャンデリア落としたというのは」

「異議あり!シャンデリアは焼け焦げて完全な状態ではありませんでした!」

検察側が食いついて来る。裁判長が改めて尋ねた。

「この傷について検察側はどういう見解を示していますか?」

「は…確かにその傷は数日前に付けられたようだと。しかし、弾は現場から見つかっています!」

検察のヒトがめちゃくちゃ慌てているな。今日の裁判を傍聴しているヒトはいない。内乱が激しくなってそれどころじゃないもんな。裁判長が唸った。

「検察側はこのシャンデリアが銃で落とされたという証拠を提出できるのでしょうか?」

裁判長の問いに、検察官は首を横に振った。

「…できません」

「では、まだ被告人に判決を言い渡すことはできませんね。そして証人、あなたの証言には現在提出されている証拠と矛盾があるようです。もう一度、正確な証言をお願いします」

サダハルさんが下でぐっと拳を握ったのが分かる。今の状態なら状況を覆せるかもしれない。警察はともかく、裁判長や検察のヒトには王族の息がかかっていないと分かっただけでも収穫だ。ライラさんが改めて証言する。彼はシャンデリアの傷については知らなかったと言った。そして確実に銃でシャンデリアを撃ち落としたと証言した。
裁判長が唸る。

「どうも信憑性の低い証言です。弁護側、尋問をお願いします」

サダハルさんがまた証拠品を新しく提出する。

「これはシャンデリアのある広間にパーティー前日から三日前までに入ったとされるヒトのリストです。ちゃんと裏は取れているのでご安心ください」

「そんにゃ…」

ライラさんが絶句している。そりゃそうだろうな。シャオや他のルシファー騎士団のみんなが必死に駆けずり回って集めた証拠だ。ライラさんもシャオたちがここまでするとは思わなかったんだろう。

「証拠を受理します。おや、このリストに被告人の名前はないようですが」

サダハルさんが顔を真っ赤にしながらも言った。

「その通りです。被告人はレジスタンスの一人であり、城門を潜ることさえままならないのです!」

「確かに!」

 「異議あり!被告人が変装をして侵入した可能性が…」

裁判長が首を横に振る。

「それを裏付ける証拠はありますか?」

検察側は肩を落とした。裁判長が木槌を振り下ろす。

「本日はこれにて閉廷します。検察側はちゃんと証拠を洗い直しておくように」

「か、かしこまりました」

***

「よ、よかったー」

サダハルさんの足が今更ブルブル震えている。本当に緊張していたもんな。

「陛下!!シャオ陛下!!」

こちらに声をかけてきたのは、スカーさんに負けないくらい黒ずくめのヒトだった。

「お前は?」

そのヒトがシャオの前で跪く。

「は、殿下より言伝てを」

そうか、第三王子はレジスタンスだから身を隠しているんだな。表に出てこられないんだ。

「なんだ?言ってみろ」

シャオ、なんでそんなにふんぞり返ってるの?

「ライラが世話になっている。内乱がおさまった暁には礼をしたい…とのことです」

「ほう」

シャオ、面白そうだな。口の端を歪めて笑っている。うん、すごく悪そうな顔だ。

「まぁライラのことは任せろと伝えておいてくれ」

「は」

そのヒトは返事をするなり姿を消した。速いな。

「さて、ライラに話を聞きに行くぞ。今日は俺も行くからな」

シャオがそう言うってことは絶対にそうするってことだ。サダハルさんの足はまだブルブルしてる。

「で、では行きましょうか」

サダハルさんを連れて俺たちは拘置所に向かったのだった。
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