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十六章

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「姫、すごく綺麗!!」

睡蓮が俺を見て呟く。

「化粧の力ってすごいね」

綺麗に見えるのは、うまくメイクをしてもらったお陰だ。俺がそう答えると、睡蓮が笑った。

「姫が可愛いからだよ」

そう言われるとむず痒い。睡蓮も可愛かったから褒め返したら照れ笑いされた。可愛い。

魔界はもうすっかり春だ。花はあちこちに咲いているし、風も暖かい。
俺たちは今日、結婚式の前にみんなで正装をして写真を撮ることになっている。本番の日もこんな風に晴れるといいな。

「マシャ、おいで」

砦の一件で出会ったこの子は『マシャ』と名付けられた。まだ言葉をうまく話せなくて黙っていることが多いけれど、前より表情は豊かになってきている。
マシャが俺に抱き着いてくる。出会った日に一緒にお風呂に入った時に男の子だと分かった。でもすごく痩せていて、心配になった。ずっとこの子はどこにいたんだろう?
彼は光を発するカメラが怖いらしい。俺の背中に隠れてしまった。

「マシャ、飴をやる。少し大人しくしていろ」

シャオの飴はマシャにも大好評だった。飴を舐めていると彼はリラックスするらしい。カメラマンもプロだから、上手く撮ってくれた。

「ま…しろ」

マシャがつっかえながらも俺の名前を呼んでくれる。嬉しいな。

「そういや、ましろの弟さんたちもそろそろ学校が始まるな」

シャオがハッとしたように言う。

「そうだよね、大丈夫かな?」

「魔界の学校はヒト族の学校と随分違うからなぁ」

どうやら魔界の学校には、教室という概念がないらしい。国によって随分差があるものだな。

「ましろ、マシャに色々教えてやるのはどうだ?お前にとっても勉強になるだろうし」

「うん、そうしてみるよ」

エネミー収容所でも学習が出来るクラスを別に設けるとか言っていたな。
マシャと一緒にそこで授業を受けるのもいいかもしれない。

「ま…しろ、シャ、オ」

俺たちの名前をこうして覚えてくれて嬉しいな。
写真も無事に撮り終えて、俺たちは遅い昼ご飯を外で食べている。
さすが王族の結婚式。いっぱい写真を撮った。やらなきゃいけないしきたりもまだまだいっぱいある。頑張ろう。

「お兄ちゃま、お写真撮ったの?」

小さな翼をパタパタさせてエーくんたちがやってくる。シャオは相変わらず弟さんたちにデレデレだ。だって可愛いからね、分かる。

「あぁ、撮ったぞ。
お前たちも一緒にお昼を食べような」

「うん!」

シャオはいいお父さんになりそうだな。マシャが不思議そうにエーくんたちを見つめている。

「は…ね」

どうやらエーくんたちの翼が気になったらしいな。窓から見えた鳥を見て騒いでいたから教えたのだ。
俺たちはマシャのことをまだ全然知らない。マシャを引き取る際、分かった情報は全て提供するようにと何度も念押しされた。マシャは危ない子だと批判する意見もあった。
でもマシャは優しいいい子だ。
確かにヒトじゃないかもしれない。でもマシャはマシャだ。

「マシャ、こっち向いて」

「?」

俺は彼の口の回りをナプキンで拭った。なんていったってミートボールが大きいからな。挽き肉と葱、それにトマトソースが頬にくっついている。今日の献立はトマトソースで和えたスパゲッティ、シャキシャキなサラダ、そしてスープには大きなミートボールが入っている。全て美味しい。

「うま…い」

もっもっとマシャがミートボールを咀嚼している。こういうところだけ見れば俺たちと何ら変わらないように思うんだけど。
マシャは俺の器にあるミートボールを既にロックオンしている。
お肉が気に入ったのかな?

「マシャ、ミートボール食べる?」

「み…」

俺の皿を差し出すと、マシャが嬉しそうに笑って、ミートボールをざくりとフォークで刺した。それをそのまま口へ放り込んでいる。初めは手掴みで食べていたから随分な進歩だ。

「むまい」

「良かったね、マシャ」

「ん」

さすがにお腹がいっぱいになったらしい。マシャは椅子から立ち上がって庭を駆け回りだした。
落ちていた長い木の枝を拾って、地面を引っ掻いて遊んでいる。そんな子供らしい一面を見ると、俺はホッとしてしまう。
マシャは初め、周りのヒトに対してものすごく警戒していた。
でもそれは日にちが経つにつれて薄くなってきている。
みんなの名前もなんとか覚えようと一生懸命だ。
可愛いなって思う。シャオが俺に声を掛けてきた。

「マシャは元気だな」

「うん、そうだね」

シャオはマシャを優しく見つめていた。

2・「なるほどな…うん、そうか」

写真を撮ってから数日が経っている。俺はマシャと出掛ける支度をしていた。これからスカーさんとエネミー収容所に向かうことになっている。
シャオはずっと電話をしていた。相槌をひたすら打っているから相手がずっと話しているんだろう。
シャオ、大丈夫かな?ようやくシャオは受話器を置いた。

「シャオ…大丈夫?」

シャオが困ったように笑う。そして首を横に振った。大丈夫じゃないということか。

「お前にだから正直に話す。
獣人族の内乱が激化した。まだ大きな被害は出てないがな」

「なんで急に?」

「まあ簡単に言えば、王が死んだからだ」

獣人族はずっと、王族が支配してきた。それをおかしいとするヒトが現れて、王政派と民主派という派閥に分かれて、ずっと冷戦状態が続いていたのだ。睨み合いだった状態ががいよいよ崩れてしまったらしい。エネミーが現れたときはある意味団結していたのに、皮肉なものだな。

「俺の知り合いに獣人の騎士がいてな。そいつに助けを求められた」

さっきの電話はそれだったのかな。シャオが俺の頭を撫でる。

「大丈夫だ、このままずるずるいかせはしねえ。そいつも…ライラも内乱を止めようと走り回っている」

ライラという名前に俺は聞き覚えがある。確か、シャオの古くからのお友達じゃないか。

「シャオは獣人族の国に行くつもりなの?」

「分からない。内乱っていったって戦争であることに変わりないしな。とにかく武器を取り上げるのが一番有効だ。ここから距離もそんなに離れてないし制裁も加えられるから…」

「俺もついていくよ」

「ましろ…」

俺はシャオに抱きついていた。俺は不安なんだ。シャオの大きな手が俺の頭を撫でる。

「シャオ、やだよ。一人で行っちゃやだよ」

「行かないよ、約束する」

「うん」

シャオが俺の額にキスをした。ずっとこのヒトと一緒にいる。俺はそう決めている。

「ま…しろ…」

マシャが俺の名前を呼びながら腰に抱きついてきた。俺は欲張りだ。もう何も失いたくないなんて思ってしまっている。

***

「姫、あまり顔色が良くないが…」

スカーさんにそう尋ねられて、俺は笑った。

「大丈夫だよ」

「何かあれば拙者に言って欲しい。出来る限りのことはしよう」

「ありがとう、スカーさん」

シャオからルシファー騎士団のみんなには獣人族の内乱についての話があったらしい。みんな、内乱を止めたいと思っている。戦争というものがいかに無駄なものか俺たちは経験している。
ヒトを傷付けて何を得るというんだろう。

「ま…しろ?」

マシャが俺の顔を覗き込んできた。可愛い子だ。いつの間にか大好きな存在になっている。

「マシャ、大好きだよ」

好きという言葉はマシャにも伝わったらしい。彼がにこっと笑った。

「ましろ…す…き」

ぎゅうとマシャが抱きついてくる。俺は彼を抱き締め返した。

エネミー収容所に到着して中に入った瞬間、マシャが俺の手を振りきって走り出してしまった。急なことに俺は対応できなかった。
スカーさんが真っ先に飛び出して、彼を抱き留めてくれている。まだ建物内だったからよかった。これが交通量の多い道だったらと思うと恐ろしくなった。
マシャはけろっとしている。俺の不安だった気持ちに全く気が付いていない。小さい弟たちもそんな時があったな、なんて俺は思い出していた。

「こーら。マシャ、急に走ったら危ないでしょ?」

彼の視線に目線を合わせて言うとマシャも怒られているのだと理解したらしかった。目を泳がせる。自分が悪かったのだと分かっている顔だ。

「マシャ、スカーお兄さんにごめんなさいは?」

「ごめ…なさ…」

スカーさんが彼を下ろす。そして俺を見つめた。

「姫、マシャ殿はプレイルームに行きたかったのだと思う」

確かに入り口から、少し奥まった所に遊具の置かれている部屋がある。なるほどな。そういえば弟たちにもそれぞれ理由があった。そういうのも聞かないと分からないよな。

「マシャ、もう勝手に走ったりしないって約束できるかな?」

「ん!」

自信満々にマシャが頷く。なんかこの表情、ウチの王様を彷彿させるな。一緒にいるうちに、似てきたのかな?スカーさんが思わずといった様子で、噴き出している。

「さすがマシャ殿、器が大きい」

スカーさんのよいしょの言葉にマシャもどや顔だ。ルシファー騎士団のヒトは、みんな褒め上手だ。シャオを見ているとよく分かる。

その後はマシャとプレイルームで遊んだ。滑り台が楽しかったらしい。マシャは疲れきるまで遊んだら眠ってしまった。あぁ、結構しんどいぞコレ。マシャをおんぶして収容所の様子を確認した。今までより活動が活発化していると聞いている。
それだけ元気なヒトが増えてきているってことだよな。
窓越しに手を振って挨拶をしてくれるヒトもいた。俺はそれに会釈で答える。収容所という名前も変えた方がいいのでは、という案も出ているらしい。変わらないことの方が少ないのかもしれないな。

3・「はははっ」

夜、仕事が終わったシャオの晩酌の付き合いをしている。昼間にマシャが急に走り出したという話をしたらシャオが笑った。

「もー、笑い事じゃないよ。本当に怖かったんだから」

「悪い、そうだよな。いや、マシャってすごく元気なやつなんだなって思って」

「マシャはエリザ様の屋敷で見付かったの?」

「あぁ、そうだ。屋敷の地下に冷凍保存されていたらしい。あと神々に関する資料も出てきてるな。詰所にあるからまた見てみるけど」

「それ、俺も見ていいやつ?」

「あぁ。ただ、復元された資料だから完全って訳にはいかない。確かエリザはあの時、神になったと言っていたよな」

「うん、言ってた。あの時はシャオの眼の力で封じ込めたんだよね」

「それもどういうことか、正直よく分からない。
俺はあの時、普段と違う感じだったから」

シャオもそう感じていたんだ。

「獣人族の内乱の件もあるし、しばらくは多少バタつくかもな」

「うん。でも大丈夫。みんながいるんだし、俺もいるよ」

俺がそう言ったら、シャオに抱き寄せられていた。

「お前は本当に可愛いな。触らせろ」

「ちょ、シャオ…んっ…急に触っちゃやだ」

すごくいちゃいちゃした。夫婦だからいいよね?
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