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十章

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屋敷の裏側にある門に俺たちは近づいた。鍵は…かかっていない。
そっと中に入ろうとしたら、師匠に肩を掴まれて止められた。

「ダメだよ、ましろさん」

俺はそこでようやく気が付いた。何か大きいのがいる。
ドスン、ドスンと重たい足音に俺たちは咄嗟に身を潜めた。

「グルルルル」

それは三つの犬の頭を持った黒い獣だ。背中には真っ白な翼が生えている。ジャラリと重たい金属音がする。獣の足に太い鎖が巻かれているのだ。あれがあるからあの子はここを動けないのか。つまりあの鎖を壊せば。

「神獣ケルベロスだね。すごく凶暴な生き物なんだ。きっと魔界から無理やり捕獲してきたのだろうね。鎖に魔力を封じる刻印が施されている。あれではいくら魔力の強いケルベロスでも、ここから逃げ出せないよ」

師匠の言う通りだ。やっぱりこのヒトには敵わないって思う。

「ましろさん、このままケルベロスに気付かれないように通り抜けよう。気配をなるべく消して」

「でも、ケルベロスの鎖を壊してあげたいんです」

「その気持ちはよく分かる。でもそれは全てが済んでからだ。
今、ケルベロスを放てば、気が立っているあの子が何をするか分からないからね」

「分かりました」

ケルベロスは相当気が立っているようだ。グルルと唸っては足で地面を踏み鳴らす。俺と師匠はまさに文字通りそーっとケルベロスの脇を通り抜けた。それはすごく怖かった。ケルベロスは大きい。今、魔力は使えないとはいえ、力でも敵わないだろう。あの大きな前足で殴られたら簡単に吹っ飛んでしまう。

「グルルルル」

必ず後で解放してあげるからね。
俺はケルベロスにそう約束して、先を急いだ。中に入ると、庭が広がっている。そして向こうに大きな屋敷がそびえていた。

「ましろさん、行こうか」

俺は頷いていた。

***

エリザ様のお屋敷に俺たちは忍び込んでいる。当然だけど、すごく広くて、部屋が沢山ある。一体どうすれば彼女がエネミーと接触していない、という証拠を探せるんだろう。
俺が途方に暮れている中、師匠は屋敷内をどんどん進んでいく。

「師匠…どこに?」

「彼女の執務室だよ。そこに全ての真実がある」

「っ…!」

俺は怖くなった。もしエリザ様がエネミーを先導していたら、ヒト族はみんな彼女に裏切られることになる。いや、まだ推測の域を出ない。焦るな。
俺たちはエリザ様の執務室に向かった。今頃パーティーが行われているはずだ。そのせいか、誰にも行き合わなかった。好都合だ。

「鍵が掛かっている…」

カチカチ、と師匠は静かにドアのノブを回している。鍵穴はないのに不思議だな。

「ふうむ。厄介だね。どうやら魔法で鍵を掛けてあるようだ。無理に開けると彼女に感知される仕組みだね」

「じゃあ…」

絶望しかけた俺に、師匠が笑う。

「私はのを解くのは得意なんだ」

師匠がドアノブに魔力を込め始める。なんでも出来るヒトだとは思っていたけれど、本当に器用だな。

「鍵を掛けなきゃいけないようなものがここにはある。ましろさん、君はそれと向き合う覚悟はあるかい?」

そう言われると困ってしまう。まだエリザ様を信じている自分がいる。でも、もしかしてと思っている自分がいるのもまた事実だ。
エネミーとの戦いで、沢山のヒトが傷付いた。俺はずっとそれを見てきた。今こうしている間だって、誰かが傷つけられている。

「俺は真実を受け入れます」

師匠が俺の言葉に笑った。その瞬間、カチリと音がする。鍵が開いた。そっとドアを開けて中に入る。大きな机の周りには棚が置いてある。中には膨大な資料。この中から探さなきゃいけないのか?

「いい機会だ。検索魔法を教えてあげよう」

師匠に呪文を教わる。詠唱してみると、上手く魔法が動いた。検索ワードは「エネミー」だ。
それに関する資料が反応している。俺はそのうちの一枚を読んでみた。
エネミーの組織形態について詳しく書かれている。俺はそれに言葉が出なかった。エネミーの幹部からの報告書のようなものも出てくる。
そしてシャオのこと。エリザ様は魔族を潰そうとしている?
いや、シャオ自身を?なんで?
理由は今考えても分からない。

「ましろさん、そろそろ引き上げよう」

もうそんな頃合いか。

「ここで、何をしているのですか?」

俺たちはその声に振り返った。
エリザ様?パーティーに出席しているんじゃないのか?そして、いつの間にか俺たちの透明化が解けてしまっている。魔力を無効化された?いつの間に?

「悪戯者のネズミが入ったようですね。私が直々に制裁を加えるとしましょう」

「ましろさん!」

もうやるしかないのか?
俺はロッドを握り締めた。彼女はエネミーを先導し、シャオを陥れようとした。それはもう覆らない事実だ。覚悟は決まっているなんて嘘ばっかりじゃないか。俺はなんて弱いんだろう。

***

「姫の気配がないが…」

シャオ一行はパーティーに出席するため、エリザの屋敷に向かっている。イサールの言葉にシャオは頷いた。

「ましろのことだ。なにかあったんだろうな。安心しろ、あいつに呼ばれたら俺がすぐ迎えに行く」

「姫様は不思議な方ですから。今までも僕たちとずっと一緒にいたみたい。それくらい仲良しなんです。ね、王」

睡蓮がシャオに向かってくすっと笑う。

「……それはなんとなく、分かる気がする」

イサールも少し戸惑ったような間を置いて頷いた。シャオも改めてましろのことを思い返していた。
彼はいつも優しく自分を受け止めてくれる。そんな彼にいつの間にか惹かれていた。
初めは見た目が可愛いから、飾りとしてそばに置いておこうと思っただけだった。魔王の単なる気まぐれだったはずだ。だが、ましろを知るうちにどんどん彼が欲しくなった。いつの間にか、ましろが嫌がることは絶対にしない、と誓っていた。
好きだ、欲しい、と最近になってからますます強く思うようになった。

「でも…あいつと約束したからな」

シャオは拳を自分の胸に当てた。睡蓮がその様子を見て静かに笑う。イサールはなにも言わなかった。

ましろを自分のものにするのはこのゴタゴタが終わってからだと二人の時に、話をした。あの時に、ましろが自分を好いてくれているようだと分かり、ようやくホッとしたシャオである。ましろは華奢な外見からは想像できない程、気丈なヒトだった。そこにも惚れてしまったのは言うまでもない。

「お前たち、行くぞ」

シャオはましろの笑顔をもう一度思い浮かべて歩き出した。睡蓮とイサールがシャオの後をついてくる。シャオは誓った。必ずましろを自分のものにすると。自分は自分の望む全てを手に入れる。そう決めたのだ。

***

「シャオ陛下、ご案内致します。お付きの方はこちらでお待ちを」

「な、なんでですか!僕たちも一緒に!」

睡蓮を止めたのはもちろん、シャオである。

「わ…分かりました」

睡蓮が口を尖らせながらも渋々了承した。

「案内、してもらおうか」

「こちらへ」

『お前たち、上手くここを抜け出してましろを探せ。あいつはこの中にいる』

シャオの思念の声に二人は静かに頷いたのだった。


***

「く…」

エリザ様の魔力に俺たちは圧されている。さすが、ヒト族を束ねているだけのことはある。なんとか防御壁は張ったけれど、すぐに破られてしまいそうだ。師匠が攻撃に転じようとしてなかなか出来ないのは、俺が単純に弱いからだ。どうすればいい。俺は!!白魔導士は本来であれば陰でメンバーをサポートする役割だ。それが今の俺には全く出来てない。悔しい。弱い俺には価値がないのか。

「あなたはシャオと共にいたヒト族ですね」

「エリザ様!!なんでエネミーなんて組織を作ったんですか!!そんなこと誰も望んでません!!」

俺がそう叫ぶと、エリザ様は両手を天に仰いだ。さらに強力な魔法攻撃が俺たちに襲いかかる。壁が破られそうだ。エリザ様は感情のこもらない声で言った。

「ヒト族はかよわい、違いますか?そして、どんな種族よりも貴い…」

「っく…!!」

バリバリバリと壁にヒビが入る。もうダメか。

「エリザ様!お願いです!みんなに謝ってください!!今ならまだ間に合う!!」

「私はもう決めたのです」

エリザ様がくるり、と俺たちに背を向ける。
たったそれだけのことだったのに、今までの何倍もの衝撃が来た。いよいよ耐えきれなくておれは後ろに転がる。やっぱり俺は弱い。俺は諦めようと目を閉じようとして、出来なかった。

「し、師匠?」

師匠が鬼人化している。俺は震える腕でなんとか起き上がった。
身体中が痛くてたまらない。でもまだ負けたわけじゃない。諦めちゃいけないんだ。俺はロッドを握り締めた。

「ましろさんが時間を稼いでくれたお陰で、変身できた。
エリザ様、あなたは一体何人いるんですか?」

「あなたには関係のないこと」

エリザ様に師匠が飛び掛かる。二人は激しい攻防を始めた。
エリザ様が何人もいる?どういうことだろう。

***

時は少し遡る。睡蓮とイサールがシャオとは別の部屋に案内されてきていた。睡蓮はこつり、と杖を床についた。

「ねえ、イサール。僕たち、暇だね。パーティーなんだから美味しいものを食べられるかと思っていたのに」

「あぁ、そうだな」

睡蓮はまたこつり、と杖で床を叩いた。

「王はかなりの偏食だから美味しくないもの出されたら泣いちゃうよ」

「姫がいれば大丈夫なんだろう?」

睡蓮が更に杖で床を叩く。

「姫は王の扱い、めちゃくちゃうまいからね。ふふ、イサール、ありがとう」

「準備は出来たのか?」

睡蓮は杖を構えた。

「ばっちりだよ」

睡蓮はずっと周りに気づかれないよう、ある魔法陣を描いていた。
彼の周りに赤い光が集まる。

「炎王!我の前に姿を示せ!!召還!!イサール、こっちに向かって跳んで!」

「ああ!」

地中からマグマがぶくぶくと吹き出してくる。そこに現れたのは炎の巨人だった。睡蓮とイサールを肩に乗せている。兵士が混乱している今がチャンスだと睡蓮は考えた。

「やっちゃえ!炎王!!」

部屋の中がものすごく熱い。炎王から生じる熱のせいだ。炎王が唸っている。それだけで室温は更に高まる。兵士たちがあまりの熱気に次々と気を失っていく。睡蓮は自分達に害のないよう、防御壁を張っていた。
睡蓮が与えた魔力が尽きて、炎王が静かに消滅する。

「イサール、早く姫を探しにいこう!王が危ないかもしれない」

「あぁ」

二人は静かに部屋を抜け出したのだった。
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