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八章

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1・ダンジョン内は薄暗くて、なんだか閉塞感がある。それはどこのダンジョンでも共通している部分だ。また少し先に扉が見える。これはヤナ君と来た時と同じだ。やっぱり前回と同じように、謎解きをしないといけないのかな。
シャオはしばらく扉の周辺を探って、早速舌打ちした。

「なんだこりゃ。いきなり鍵の掛かった扉じゃねえか。いっそ魔法で扉をぶち抜くか?」

シャオがそう言って、指先に魔力を込め始める。シャオさん、そんなことしたらダンジョン自体が崩壊しますよ。そう軽く突っ込んだら、シャオが困ったようにして魔力を収めた。やれやれ。

「俺は謎解きなんていうチマチマしたもんは嫌いだ。でもましろを守るのも俺だ」

「ありがとうね、シャオ」

俺が笑って言うと、シャオが照れたように頷く。さて、まずは今回の謎を確認しよう。俺は扉の周りを観察した。
扉の真横に赤、青、白の光が全部で6つ、規則的に並んでいる。そして同じ色のパネルがある。うーん、どうすればいいか全く分からないな。前回のダンジョンの時は光と同じ色の石を嵌めたんだっけ。とにかく、思い付くことをしらみつぶしにやってみようか。
一番最初の謎だし、そこまで難しくないはずだ。俺はパネルを左から光が灯っている順番に叩いてみた。するとガコっという音がして扉がゴゴゴと上に向かって開き始める。どうやらこれで正解だったみたいだ。

「ましろ、さすがだな」

シャオはすでに休憩モードだ。
寝転がって、どこから取り出したのかお菓子を食べている。かりん糖か、シャオお気に入りのお菓子のひとつだ。俺は呆れてシャオに声を掛けた。
シャオさーん、ここ一応ダンジョンですよー?と。
前回、ヤナ君と来た時、魔物は出てこなかったけれど一応用心しておいた方がいいだろう。
シャオはよっこらっしょと起き上がって、また猫みたいに伸びをしている。本当によく伸びるなぁ。シャオの前世は猫だな、間違いない。シャオは体を伸ばしてようやく落ち着いたらしい。ゆっくり立ち上がった。突っ込んでから反応するまでの時間の間がなんともシャオらしい。それに、いちいち突っ込んでいたら多分俺が持たない。

「よし、先に行くか」

「うん」

俺たちは更に奥に進んだ。急に入ってきた扉が閉まる。なんだ?
奥から重たい足音がする。まさか。足音がこっちに近付いてくるぞ。
現れたのは一つ目の巨大なモンスターだった。シャオがそれに楽しそうに笑って魔剣を構えた。

「やっと俺の出番が来たか」

「グルガアアアア!!」

モンスターがとてつもない咆哮をあげる。ビリビリと空気が震えた。やつの気迫がすごい。思わず気圧されそうになる。

「ましろ!お前は後ろにいろ!」

「うん!」

俺はモンスターに向かって妨害魔法を唱える。先が見えない以上、魔力の消費はなるべく抑えた方がいい。しっかり考えながら戦わないとな。

「へえ、久しぶりに力を貸してくれるのか。ロザリア」

シャオが剣に向かって呟く。魔剣の形が変わっている。
モウカのものよりはるかに禍々しい形だ。ロザリアっていう名前なんだ。魔剣を入手するのは難しいと聞く。シャオがその剣をモンスターに振るう。

「グガ!」

剣はモンスターの皮膚に跳ね返された。思っていたより硬い。シャオが更に切りかかる。よし、モンスターが怯んでいる。
今がチャンスだ!

俺は更に妨害魔法を唱えた。

「いいぞ!ましろ!!このまま押しきる!」

シャオが更にモンスターに斬りかかる。

「グガアアア…」

しばらく戦って、ついにモンスターが唸りながら倒れた。倒れた衝撃で、地面が揺れるほどだ。やった、勝ったんだ。危なかった。モンスターの向こう側にあった扉が音を立てて開き始める。これで次に進める。

「お次はなんだ?」

俺たちは更に奥に進んだ。そこには鍵の付いた大きな宝箱が台座にぽつん、と置かれている。そばにあったモニタがノイズを発しながら映った。その画面に映ったのは言わずもがな師匠だ。

「やあ、ましろさん。これを見ているということは無事にここまで来れたということだね。このモニタは私が勝手につけたものだ、この映像はこの後削除されるから心配しなくていい」

「これがましろの師匠か」

シャオが棒キャンディを頬張りながら呟く。糖分摂取って、疲れている時は大事だからね。どこでもリラックスできるシャオ、素晴らしいと思う。

「ステイタスを確認してみるといい。きっとレベル上限が解放されているはずだよ。ただし…」


***

「ましろ、元気出せよ。俺のとっておきの飴やるから」

「ありがとう」

俺はシャオから棒キャンディをもらった。それを頬張る。うん、チョコレート味だ。甘くて美味しい。数いる甘党の中でも群を抜いて甘党のシャオが、自分の甘いものを他人にくれるなんてよほどのことだ。俺がそれだけ落ち込んでいるように見えるということだろう。
まぁ落ち込みもする。レベルが1になってしまったんだから。
今まで低いとはいえ、20はあった。もちろん低いけど。それでも、魔力の上限が解放されていたからまだエネミーと戦えていたのだ。それが、レベル1に戻るということはつまり。

「弱くてニューゲームか…」

「だ、大丈夫だ。ましろ。お前は戦うのが上手いしすぐレベルも上がる。それにずっと俺が守るしな!!」

シャオが必死に励ましてくれた。そうだよな、いつまでもうじうじしていても仕方ない。ダンジョンからそろそろ出ようかな。そうだ。

「あの宝箱って一体なんなんだろうね?」

俺は置いてあった宝箱を指差した。普通に考えたら、ダンジョンクリアの報酬だよな。シャオが鍵穴を確認している。でも、鍵なんて持ってないしな。どこかに見落としがあったのかもしれない。今回は諦めるか。

「ぶち壊してやる」

シャオを止める間もなかった。シャオが魔法で鍵を壊す。ぱかり、と宝箱の蓋が開く。その瞬間だった。ゴゴゴゴゴとダンジョンが揺れ始めた。え、なにこれ。ぱらぱらと天井から砂ぼこりが落ちてくる。まさか、ダンジョンが崩壊しかけている?

「ましろ!早く脱出するぞ!」

「うん!」

俺たちは慌ててダンジョンの外に逃げたのだった。

「ダンジョン潰れちまったな」

シャオが呑気に言う。

「シャオってば宝箱を無理やり開けるんだも…」

ふと真横を見たら、ふよふよとクラゲみたいな何かが浮いていた。え、モンスター?シャオもとっさに身構えている。クラゲかと思っていたら白い服のフードだったようだ。
その子はフードを脱いで笑った。サラサラした長い金髪が現れる。

「き、君は?」

「僕は天使セレア! ましろの鍵だよ!」

「えええ!!!」

「シャオ殿、ダンジョンの楽しさを貴方は全然分かってない。謎を解く、その知的な遊びを貴方ときたら」

大変だ、セレアのダンジョン解説が始まってしまった。これ、長くなるのかな。

「二人共、僕の話を聞いているのかい?」

「はい!」

あ、返事しちゃった。
結局、解説はそれから約二時間ほど続いたのだった。

***

「はぁ、もうすっかり夜じゃねえか。どっかのクソ天使のせいで」

「シャオ殿!お口が悪いよ!僕はクソ天使ではないし、神聖なるダンジョンを蔑ろにしてはいけないんだ」

「へいへい」

シャオが焚き火に手を翳す。寒い訳じゃない、シャオは火加減を確かめている。セレアによるダンジョン解説が終わってから、俺たちは慌てて外で休む支度をした。
もうほとんど日が落ちかけていたから、俺一人じゃなくてよかった。シャオが木の枝を器用に使って、焚き火からサツマイモを掘り出す。シャオは食料や色々なものをどこかにしまっておけるらしい。便利なこと、このうえないな。

「ましろの分だ。美味いぞ」

「ありがとう、シャオ」

「シャオ殿、僕の分は?」

「待て、もうちょい焼かせろ。これは焼き加減が大事なんだ」

なんだかんだセレアの分も焼いてくれるあたり、シャオはやっぱりお兄さんなんだな。優しい。
エーくんたち、今頃どうしてるだろう。パルカスさんのことだからしっかりお世話してくれているだろうけど。

紙にくるまれたアツアツのサツマイモを一旦冷ます。そろそろ食べられるかな?
俺はおそるおそるサツマイモを持ってみた。うん、持てる。じんわり温かいしいい感じだ。
紙を剥がしてかぶりついてみた。甘味が広がってきた。ねっとりした食感がたまらない。

「美味しい」

「そりゃよかった。俺の芋コレクションが役に立ったな」

なんですか、それ。シャオは俺の疑問に答えるつもりがないのか、また火の中のサツマイモに集中している。
サツマってどっかの地名らしい。あまり詳しくないけど。

「ほらよ、クソ天使」

「クソは余計だよ、シャオ殿」

シャオが冷ました芋をセレアに渡している。セレアもお腹が空いていたのか喜んで食べ始めた。
天使って物を食べるんだな。意外。

「ましろ。お前、こいつのこと何か分からないのか?」

シャオにセレアについて尋ねられて、俺は首を横に振った。何も分からないというのが正直な感想だ。さてこれからどうするかなあ。シャオも焼き芋を頬張り始めて、しばらく誰も喋らなかった。
俺はセレアを観察した。長い艶のある金髪。そして白い翼。間違いなく彼は天使だ。そして俺の鍵でもあるわけで。セレアが急に咳払いする。

「君たちは僕が何者なのか気になるのだね?」

「うん、気になるよ」

俺の言葉にセレアがふふん、と不敵に笑う。

「僕はましろの力の源になる。
ましろ、君はヒトでありながら天使の子でもあるのだよ」

「え!」

「そりゃ本当なのか?」

シャオに向かってセレアが頷く。

「ましろのレベルは僕がちゃんと保持している。君たちがダンジョンに来てくれて本当によかったよ」

俺は不安になった。

「セレアはどうなるの?」

セレアがにっこり笑う。

「僕はましろに力を渡すだけの存在。ただ消えるだけさ」

「そんな」

こうして話せているのにもうお別れなのか?

「ましろが優しい子なのは知っていた。でもね、この世に不変はないんだよ」

その通りだ。俺はセレアをぎゅっと抱き締めていた。

「ましろ、君はまだ戦うのだろう。きっと沢山得るものがある。もちろん失うものも沢山あるだろうね」

セレアから力が流れ込んでくる。
なんだか体に力がみなぎってくるようだ。

「ましろ、君は希少なヒト族の天使だ。これからも沢山のヒトを癒してあげてほしい。僕は君とずっと共に在るよ」

「セレア、うん」

セレアが消えていく。お別れはどんな時も、寂しいな。
いつの間にか彼の姿はなかった。
ステイタスを見ると、レベルが35まで上昇していた。
セレアが俺の経験値を保持してくれていたんだろう。ずっと俺のために待っていてくれたんだ。

「前よりレベル上がってる」

そう呟いたら、シャオに頭をわしわし撫でられた。セレアとは少しの間一緒にいただけだ。
でも涙を止められなかった。そんな俺を見て、シャオは笑った。

「セレアが泣いているお前を見たいって思うか?」

拳で涙を拭ったけど止まらない。

「分かってるけど寂しいよ。どうすればいいの」

そう弱音を吐いたら、シャオが俺を抱き寄せてキスをしてきた。

「大丈夫。お前は一人じゃない」

「シャオ、ありがとう」

俺たちはまた唇を重ねた。
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