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二話

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もう金曜日の夜だ。
今日は一日、雨が降っていて肌寒かった。

大きな湯船に浸かって、初めて自分の体が冷え切っていたことに気が付いた。
大分暖かくなったけど、まだ夏になるまでに時間がかかる。
ここの気候は日本にそっくりだ。

体を動かすとちゃぷ、と湯船のお湯が音を立てる。今日は寒いからよく温まらないと風邪を引いてしまいそうだ。

「ゆうかさまー、お着替えここに置いておくねー!」

扉の向こうから、リゼの声がする。

「はーい」

よく温まって、私は浴室を出た。
パジャマに着替える。
今日もなんとか学校に行けたし、明日はウル様とプラネタリウムに行く。

(楽しみだな)

明日は何を着ていこうかなんて一人でにやにやする。
そこで私は気が付いた。

(これ、デートになるのかな?)

二人きりで出かけるのだから、デートになると思う。自信はないけれど。
ウル様はどう思ってるのかな。
というか、私達付き合ってるの?
そう思うとすごくモヤモヤしてきた。

聞きたいけど怖い。

(ウル様はめちゃくちゃ大人だし、私はまだ子供だもんな)

いくらキスしたことがあるとはいえ、ウル様からすれば小さい子をあやすくらいのことだったのかも。

(自信なくなってきた)

洗面台の鏡の中の自分を見る。
もう少し大人だったらな。

しょんぼりしながら、私は脱衣場を出た。

「ゆうかさま!明日の服決めよ!」

リゼがパタパタ走ってきた。


部屋に戻ると、ロゼが服を何枚か出して待っていてくれた。

「夕夏様、明日も少し天気が悪いようです。
肌寒いかもしれないので、タイツを履きましょうか」

ロゼが最後に決めたのはピンク色のセットアップだった。
それに白い薄めのコート。
クローゼットの服がいろいろありすぎて、私はまだ全部把握しきれていない。

「夕夏様には白やピンクがお似合いです」

ロゼがニコニコしながら言う。

「あ、でも逆に、ボーイッシュな夕夏様も見てみたいですね」

「私もゆうかさまのお洋服えらびたーい!」

リゼが慌てたように言う。

「リゼはカバンと靴を選びなさい」

「やったー!」

それから三人でコーディネートを決めた。
楽しいなぁ。

靴は赤色のパンプスに決まり、カバンはピンク色の小さなハンドバッグになった。
それは、初日にウル様がプレゼントしてくれたものだ。

「楽しみですね、夕夏様」

「二人共、ありがとう」


次の日、ミカエルさんの運転する車で出かけた。

「夕夏、今日も可愛いな」

ウル様はいつも可愛いって褒めてくれる。
嬉しいなぁ。

「ウル様、もう間もなく到着いたします」

「うん」

車が小さな駐車場に停まる。
プラネタリウムは山の上にあった。
雨がちょうど止んでいる。

車のドアをミカエルさんが開けてくれた。

「夕夏様、お足元お気を付けて」

「ありがとう」

「いってらっしゃいませ」

ミカエルさんに手を振って、私達はプラネタリウムのある展望台に向かった。

中に入ると白衣を着た男の人がいた。
こちらに気がついたらしい。近寄ってくる。

「ウル!お前!」

「よう、島崎」

どうやらウル様の知り合いのようだ。

「プラネタリウムのチケットを買ってくれなんていきなり言うから驚いたぞ」

島崎さんはバンバン、ウル様の肩を叩いている。本当に仲良しのようだ。

「いや、彼女に見せたくてね」

島崎さんは私をまじまじと見つめる。
そしてため息をついた。

「ウル、こんな可愛らしいお嬢さんをどうやって拉致したんだ?」

「私は昔からラッキーなのさ」

どうやら二人の冗談だということに、私は今更気が付いた。

「えと、夕夏っていいます」

慌てて名前を名乗ったら島崎さんは笑った。

「夕夏ちゃん、うちの展望台とプラネタリウムはいいんだよ。面白いしためになる」

「楽しみにしてます」

そう答えると島崎さんは満足そうに笑った。

「そろそろだな」

ウル様が懐中時計で時間を確かめている。プラネタリウムの上映時間だ。

「おう、今日は貸し切りだ」

行った行ったと島崎さんは手を振った。

プラネタリウムは椅子に座って見るようだ。
リクライニングのようになっていて、 楽な姿勢が取れる。
島崎さんが言ったとおり、お客さんは私達しかいなかった。

「夕夏、島崎は私の大学の同期だよ」

「仲良しなんだね」

少し拗ねたようになってしまった。
ウル様が笑う。

「この展望台はなくなってしまうかもしれないんだ」

「え?」

そしたら島崎さんはどうなるんだろう?

「今は自然なものより、作られた派手なもののほうが人気があるからね」

「そうかもしれないね」

「夕夏、君にはいっぱいいろいろなことを体験してほしい。
君という可能性は無限なんだよ」

ウル様の言葉は不思議だ。
何故か、もっと頑張りたいって思わせてくれる。

「この展望台はなくなるかもしれないが、島崎は諦めていない。
宇宙の神秘を必ず解き明かすとあいつは言っている」

「すごいなぁ」

「夕夏、君にもそんな大切なことがきっとできるよ」

「うん」

プラネタリウムの上映が静かに始まった。
もうじき見られる、夏の星空を詳しく解説してくれる。
ウル様と話しながら見られて、とても楽しかった。

その後、展望台に登った。
大きな望遠鏡が部屋の中央にある。
それを島崎さんに調整してもらって見た。
なんて綺麗なんだろう。
しばらく星空を堪能した。

「ウル、俺はここで粘るつもりだ。
また秋に会おうぜ!」

「あぁ、また来るよ」

二人はガッチリ握手をしていた。
男同士の友情は熱い。

「夕夏、晩御飯はどこかで食べようか?」

ふとウル様が言う。
それってまだウル様と二人きりでいられる?
でもこれ以上は欲張りかな。

私が答えないでいると、ウル様に抱き寄せられた。

「夕夏、元気ないな。つまらなかったか?」

「そんなわけない」

ただ、ウル様といると欲張りになるから。
それは言えなかった。

「えと、ちょっと疲れちゃっただけ」

笑って言ったらウル様はすごく心配してくれた。

ウル様をどんどん好きになっている。
それは止められそうになかった。

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